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『竜門雑誌』第318号(竜門社, 1914.11)p.12-15
◎国産奨励の真意義
青淵先生
本篇は雑誌「実業之世界」記者が青淵先生を訪ひて聞得たる談なりとて十[十一]月発行の同誌上に掲載せるものなり(編者識)
国産奨励会の必要は言ふまでもないことで私共年来の希望であつた。唯だ余りに賭[睹]易い道理なので特に呼号しなかつた〻゙ けである。処が這回の欧洲戦争は未曾有の大乱であるだけに尠からぬ影響を我国にも与へ、我国の産業に欠陥のある事が、著しく国民の注意を惹き、為に憂慮を促すに至つたのである。この憂慮すべき点が、幸にも新聞や雑誌に論議せられ、朝野の視聴を動かしたるに乗じ、国産奨励の具体的考案を立て、年来の憂慮を一掃する実を現はしたいものだと、十数名の実業家が会合した或席上で申合せ、一方政府側にも交渉して見たところ、大浦大臣、上山次官、岡局長等も熱心な賛意を表し、諸種の便宜を与へたが、但だ斯の種の運動は、寧ろ民間側の主催に俟つた方が適当であらうと云ふことで、武井男や、中野武営氏や及ばずながら私共が卒先奔走の任に当り、其結果、兎に角、国産奨励会は事実の上に成立し、去る十五日其発会式を挙げ、特に 宮殿下を総裁に奉戴するの御内許を拝し、武井男爵を会長に、郷男爵を幹事に推薦し得たのは、邦家のため慶賀に堪へない次第である。
国産奨励会は成立したが、事業は猶ほ将来に在る。由来、日本人の通弊として熱し易く冷め易い風がある。この事業なども矢張り空騒ぎに終り、後は百人や二百人の発起人任せに委ねて置いて、一向顧みないやうでは実効の挙がる日は永久に来ないと思ふ。凡そ何種の計劃でも苟も国家的事業である以上、国民全体の足並が揃はなくては、成功は决して容易ではない。殊に国産奨励の如き国民日常生活の一挙手一投足に負ふ処多き事業は挙国一致の必要あること勿論である。そして又、一国の産業状態を改良することは、其国土、其国民性の改造と云ふに等しいもので、至難な企である。之を一部有志家の呼号にのみ任し置くべきでないと同時に、その効果は一朝一夕の間に挙げられ得べきものでない。我々は此の事業を遂行するために、十年百年或は子孫の代に亘つてまでも、是非続行する底の覚悟を予め極めて置かねばならぬ。物の大小、事の緩急に応じて秩序的に、我々の遠大な事業を運んで行かねばならぬ。
さて然らば、国産奨励会の目的は抑々如何、それに就ては、前号の本誌に鶴見課長が詳しく言はれてある通り、輸出入貿易を旺んにし、特に内地の産業を助長して之を以て避け得べき輸入品に代へ、更に輸出を奨励して国富国力の振張を期するに在る。尚は[ほ]言ひ方に依つては、国産奨励会の目的を消極的目的と積極的目的の二つに大別し得られる。ローズベルト氏が最近のアウトルツク誌上で言つた通り、我々は今度の大戦が齎らす教訓に依り、斯かる不祥事の襲来に備ふるため、進んで国力の増進を計り置かざる可らざる事が前者で、本会の発会式に大隈伯が、今後国家の独立上産業の独立の必要なるは猶国防上兵器独立の必要なるが如しと述べた事が後者である。或は又之を対内的奨励、対外的奨励とに区別することも出来やう。対内的とは内地製品を発達さして代用輸入品を防止するが如きことで、対外的とは海外の市塲を開拓し輸出を増進せしめるが如きことである。日本は今日では年々一億円からの輸入超過に苦んでゐるのであるが、戦後は更に独逸と云ふ頑強な一敵国を向に廻はして競争せねばならぬ境遇に立つのであるから、国民は此の処緊褌一番して蹶起奮闘すべきである。
度々識者が力説する通り、我国民の思想には忌むべき弊習がある、其は即外国品偏重の悪風である。外国品だからとて別段排斤[排斥]する必要がないやうに、之を偏重して内地品を卑下する理由もない筈である。然るに、舶来品と云へば総て優秀なものばかりとの観念が、深く国民の上下に普及してゐるのは誠に慨嘆に堪へない。尤も日本の文明は最近の発達で、而も欧米諸国からの移植に負ふ所頗る多いために、曾つては欧化主義の流行に苦しみ、今も猶ほその余弊として此の舶来品愛重の勢を作してゐること〻思はれる。けれども維新以来早くも半世紀に成らうとする今日、且つ又、東洋の盟主世界の一等国を以て任じて居る今日の日本国たるもの、何時まで欧米心酔の夢を見てゐるのであらう。何時まで自国軽蔑の不見識を敢てする積りであらう。実に意気地のない話である。外国のレツテルが貼つてあるから此の石鹼は好いぞと威かされたり、外国品だから此のウヰスキーを飲まなければ、時世後れの人間に見られると怖れるやうで、それで独立国の権威と大国民の襟度が何うして保たれて行かれよう。私は実に国民の大自覚を望むのである。我々は今日唯今、心酔の時代と袂別せねばならぬ、模倣の時代から去つて自発自得の域に入らねばならぬ。
とは云ふもの〻、私は徒に排外思想を皷舞する者ではない。物に一得一失は動もすれば伴ふもので、先年 戊申詔書を下された時も、之を極端非理な消極主義に穿き違へた人々が多く、当路者が御大旨の徹底に悩まされたことがある。今度の国産奨励の宣伝をも極端な消極主義、排外主義と取られては独り発起人等の迷惑のみならず、延いては国家の大損失を招く虞がある。有無相通ずとは数千年前から道破された経済上の原則で此の大原則に反して経済の発展は企図せられる筈がない。一県にしても、佐渡からは金を産し、越後からは米を産する。一国にすれば、台湾からは砂糖が出るし関東地方からは生糸が出る。更に国際間に拡大して考へると[て]見ると、亜米利加の小麦、印度の棉花と云ふが如く、夫れ〳〵地勢に依つて其産物をも異にするのであるから、我々は彼の小麦粉を食し、彼の棉花を購ひ、そして我は生糸、綿糸を売つて行くべきである。この点は特に注意して、我国に適する物を作り、適せないものを仕入れることを過らぬやうにせねばならぬ。
次に我々は奨励会の事業を選択して置く必要がある。奨励は其声ばかりでも効益は尠くないが、折角、会組織にしたのであるから、是非目的を貫徹するために実際の事業に着手し範を天下に示すべきである。目下の処では会報を発行する以外具体的に决定したものはないが、規則書にもある通り、今後は国産の調査研究、共進会の開催、講話会の開催、商品陳列塲の完備、一般の質疑応答、輸出奨励策等を実施して行くのである。特に研究所の設立、産業上の注意、市塲又は製品の紹介、試験分柝[分析]、証明の依頼に応ずることなどは裨益する所大なるものがあらうと思ふ。而して事業の成否は一に係つて各人の双肩にあるのだから、御互にこの会の発展と利用とに力を注がねばならぬ。
最後に方つて当局者に一言して置き度いと思ふ。其は他でもない、奨励と保護干渉とを混同せぬ事、即ち是である。奨励は大に之を努めねばならぬけれども、不自然不相応の奨励を行ふとすれば、終には無理が出て来る。親切なやり方も却て不親切な結果となり、保護した積りのものが、干渉束縛となる。殊に商品の試験及び紹介をする際には、私利私情を離れて、一に邦家のためを念ひ、公平と親切とを忘れざらんことを切望して置く。更に又、日本品使用の機運が動いたのを奇貨として、詰らぬ物を粗製濫造し、忠良なる国民を欺瞞し、一時の私腹を肥やさんと試むる商売人もあらう。斯の如きも亦国産の発達を阻害すること小少でないから、相警めて斯かる不逞漢の輩出を防がねばならぬ。