デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.12.19

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

4章 鉱業
2節 石炭
6款 石狩石炭株式会社
■綱文

第15巻 p.431-440(DK150054k) ページ画像

明治39年5月25日(1906年)

是日栄一、石狩石炭株式会社準創立総会ニ於テ議長席ニ就キ、重要案件ヲ議了シ、尋イデ顧問役ヲ依嘱セラル。四十二年六月ニ至リ同役ヲ辞任ス。


■資料

(石狩石炭株式会社)第一回報告書 自明治三十九年五月廿五日至同年十二月三十一日(DK150054k-0001)
第15巻 p.431-432 ページ画像

(石狩石炭株式会社)第一回報告書 自明治三十九年五月廿五日至同年十二月三十一日
準創立総会 当会社ハ株式ノ総数ヲ発起人ニ於テ悉皆引受ケ、明治三十九年四月二十六日各株ニ付第一回ノ払込ヲ結了シタルヲ以テ、同年五月二十五日東京市日本橋区坂本町銀行倶楽部ニ於テ準創立総会ヲ開ク、総株主壱百〇七名、此株数拾五万株ノ内、当日出席株主七拾六名此株数拾壱万壱千個ニシテ、男爵渋沢栄一氏議長席ニ就キ左ノ議按ヲ評議ニ附セシニ、全会一致ヲ以テ左ノ通リ可決シタリ
    議按
第一 創立費金九千弐百参拾参円四拾九銭也承認ノ件
第二 本店所在地ヲ東京市日本橋区北新堀町十八番地ニ設置スルノ件
第三 取締役報酬決定ノ件
第四 監査役報酬決定ノ件
 一金壱万〇四百円也
  右取締役及監査役総員ノ報酬年額トシ、其分配ハ重役会ノ決議ニ依ルモノトス、但取締役七名、監査役三名トス
第五 発起人報酬全廃ノ件
第六 定款変更ノ件
 第十条 第二項ヲ左ノ如ク改メ第三項ヲ追加ス
  第二項中変更ノ下「又ハ改印シ」ノ五字ヲ加フ
  第三項 本会社ノ株主ニシテ外国ニ旅行シ又ハ外国ニ住居スルモノハ、本人カ本会社ニ対シ為スヘキ諸般ノ行為ヲ代弁セシムルタメ、帝国内ニ住居スル相当ノ代理人ヲ定メ、其氏名・住所及印鑑ヲ本会社ニ届出ツルコトヲ要ス
 第十九条及第二十六条中「専務」ノ二字ヲ削ル
 第二十五条ノ末尾ニ左ノ但書ヲ追加ス
  但第十条第三項ノ代理人ハ此限ニアラス
 第三十二条ノ次ニ左ノ一ケ条ヲ加ヘ第三十三条以下順次繰下ク
  第三十三条 本会社ハ払込株金ニ対シ、開業前三ケ年ヲ限リ年利五朱以内ノ利子ヲ配当スルモノトス、其配当率ハ毎半期株主総会ノ議決ニ依リ之ヲ定ム
 第三十五条ノ次ニ左ノ附則ヲ追加ス
  第三十六条 本定款第二十九条ノ事業年度ハ明治三十九年度ニ限リ明治三十九年五月二十五日ヨリ同年十二月迄ヲ一期トス
  第三十七条 本定款第二十二条ノ定時株主総会ハ明治三十九年度
 - 第15巻 p.432 -ページ画像 
ニ限リ之ヲ開カス、明治四十年一月ニ於テ開会スルモノトス
  第三十八条 本定款第三十三条ノ利子ハ明治三十九年度ニ限リ、明治三十九年十二月末日現在ノ株主ニ払渡スモノトス
第七 取締役及監査役選挙ノ件
 右重役選挙ハ全会一致ヲ以テ議長ノ指名ニ一任スル事ニ決シ、議長ハ左ノ諸氏ヲ指定セラレタリ
  取締役 浅野総一郎・中野武営・馬越恭平・村井吉兵衛・若尾幾造・渡辺福三郎・天埜伊左衛門ノ七氏
  監査役 前島密・大倉喜八郎・山中隣之助ノ三氏
  ○右準創立総会ニ於テ浅野総一郎氏ノ発議ニテ、男爵松平正直ト共ニ栄一ニ当会社顧問役ヲ嘱託スル事ノ承認ヲ求メラレ、全会一致ヲ以テ可決シ、栄一等亦之ヲ承諾ス。
  ○同年五月二十六日取締役互選ノ結果、取締役社長ニ浅野総一郎就任セリ。
   同年十月三十日支配人ニ足立太郎ヲ選任ス。


青淵先生公私履歴台帳(DK150054k-0002)
第15巻 p.432 ページ画像

青淵先生公私履歴台帳          (渋沢子爵家所蔵)
    民間略歴(明治二十五年以後)
○上略
石狩石炭株式会社顧問役 三十九年七月卅一日 同○四十二年六月六日辞任
○中略
  以上明治四十二年六月七日迄ノ分調


(石狩石炭株式会社)第一回報告書 自明治三十九年五月廿五日至同年十二月三十一日(DK150054k-0003)
第15巻 p.432-433 ページ画像

(石狩石炭株式会社)第一回報告書 自明治三十九年五月廿五日至同年十二月三十一日
鉱区 本会社ハ拡大ナル共同所有鉱区ヲ有ス、試掘・採掘共ニ五拾七其面積四千弐拾八万五百拾三坪ナリトス、北海道ニ於テ石炭ハ数種アリト雖モ現今優等炭ト称スルモノハ夕張ナリ、此ニ亜クモノヲ幌内・空知トス、当社ハ優等炭区ニテハ拾八鉱区八百四拾四万八千余坪ヲ有シ、其他ノ炭区ニテハ幌内ノ隣区美唄並ニ空知ニテ三十九鉱区三千百八拾三万余坪ヲ有ス
明治三十九年九月廿九日、堀田連太郎・高田慎蔵・坂市太郎・樋口利知・御園徳蔵・山崎鎮次諸氏ノ所有ニ係ル北海道石狩国空知郡所在石炭鉱三十九鉱区此面積三千壱百八拾三万壱千六百二十六坪ニ対シ、共同採掘業ヲ為ス契約ヲ締結シタリ
同年同日山崎鎮次氏所有ニ係ル北海道石狩国夕張郡所在石炭鉱四鉱区此面積壱百五拾壱万六千八百三十九坪ニ対シ、共同採掘業ヲ為ス契約ヲ締結シタリ
同年十月三日谷七太郎・浅野泰治郎両氏ノ所有ニ係ル北海道石狩国夕張郡所在石炭鉱十四鉱区此面積六百九拾三万二千〇四拾八坪ニ対シ、共同採掘業ヲ為ス契約ヲ締結シタリ
右夕張鉱区ニ在テハ四尺・六尺・八尺・十尺ノ四層ヲ有シ、其品質ハ北海炭中第一位ヲ占ム、又空知郡所在字美唄鉱区ニ在テハ炭層ノ露頭総数四百七拾余ニシテ、今日マテノ調査ニ依レハ八尺・六尺・四尺ノ三層ヲ有ス、又同郡字空知川鉱区ハ三尺・五尺・七尺・八尺ノ四層ヲ有シ其炭質ハ幌内炭ニ比シ良好ナリ、尚ホ夕張鉱区ニ於テハ大部分水準以上六百尺乃至八百尺以上ノ採掘ニシテ、美唄・空知ノ両所モ一部
 - 第15巻 p.433 -ページ画像 
分水準上ノ採掘ニ堪ユルヲ以テ採炭ノ容易ナルハ本邦炭山中稀ニ見ル所ナリ
以上ノ所有鉱区中夕張字「ワツカナンベ」ニ於テハ、新夕張第二鉱ト命名シタル坑口ヲ昨三十九年九月ヨリ開坑起業ニ着手シ、又同所ヨリ追分夕張ニ達スル官線鉄道鹿ノ谷清水沢間ニ、新ニ新夕張ト称スル停車場ヲ設ケ、之レニ接続スル専用鉄道線路ノ実測モ終了シタルヲ以テ解雪ノ時期ヲ俟テ布設ニ着手シ、明年度ヨリ拾五万屯以上ヲ採掘搬出シ逐年採炭額ヲ増進シ、四十五年度以後ハ毎年七拾五万屯ツヽヲ採掘スル予算ナリ

図表を画像で表示貸借対照表

 貸借対照表 明治三十九年十二月三十一日現在    借方資産             貸方負債 費目       金額      費目    金額 預ケ金     145,156  460  株金    7,500,000  000 定期預ケ金  1,111,197  500  仕払未済    58,511  600 払込未済株金 5,625,000  000  雑収入     51,527  330 雑勘定     242,886  120 什器       1,479  660 有価証券     31,727  500 信認金     225,000  000 受入未済     5,902  700 鉄道費      2,634  680 炭鉱費      21,106  933 埠頭費      82,493  029 創業入費     9,233  490 総係費      55,073  028 配当金      51,000  000 現金        147  830 合計     7,610,038  930  合計     7,610,038  930 



用地 新夕張第二鉱々業用地トシテ北海道石狩国夕張郡登川村ニ於テ壱百拾六町歩余ヲ、昨三十九年九月御料局ヨリ拝借ノ許可ヲ得タリ、尚同所ニ於テ八拾五町六反歩余ノ拝借ヲ同局ヘ出願中ナリ


(石狩石炭株式会社)第一回報告書 自明治三十九年五月廿五日至同年十二月三十一日(DK150054k-0004)
第15巻 p.433-436 ページ画像

(石狩石炭株式会社)第一回報告書 自明治三十九年五月廿五日至同年十二月三十一日
    石狩石炭株式会社定款
      第壱章 総則
第壱条 本会社ハ石狩石炭株式会社ト称ス
第弐条 本会社ハ本社ヲ東京市ニ設置シ、必要ニ応シ支店出張所又ハ代理店ヲ設置スルコトアルヘシ
第参条 本会社ハ石炭ノ売買及運搬ヲ以テ目的トス
  但時宜ニ依リ石炭ノ採掘ヲナスコトアルヘシ
第四条 本会社ハ有限責任ニシテ資本総額ヲ金七百五拾万円トス
第五条 本会社ハ事業ノ進行ニ伴ヒ資金ノ必要ヲ生スル時ハ、株主総会ノ決議ヲ経テ増資若クハ社債ヲ発行スルコトアルヘシ
第六条 本会社ノ存立期間ハ会社成立ノ日ヨリ満九十九ケ年トス
  但株主総会ノ決議ニ依リ之ヲ伸縮スルコトヲ得ヘシ
第七条 本会社ノ公告ハ所轄登記所ノ公示スル新聞紙ニ提載スルモノトス
      第弐章 株式
第八条 本会社ノ資本総額金七百五拾万円ヲ拾五万株ノ株式ニ分チ、各壱株ノ金額ヲ五拾円ト定ム
 - 第15巻 p.434 -ページ画像 
第九条 本会社ノ株券ハ記名式ニシテ、法定ノ条件ヲ記載シタル壱株券・拾株券・百株券ノ参種トス
第拾条 本会社ノ株主ハ株主名薄ニ登録ヲ経タルモノニ限ル
 株主カ株主名薄ノ登録後其住所ヲ変更シ又ハ改印シタルトキハ、遅滞ナク之ヲ会社ニ届出ツルコトヲ要ス
 本会社ノ株主ニシテ外国ニ旅行シ又ハ外国ニ住居スルモノハ、本人カ本会社ニ対シ為スヘキ諸般ノ行為ヲ代弁セシムル為メ、帝国内ニ住居スル相当ノ代理人ヲ定メ其氏名・住所及印鑑ヲ本会社ニ届出ルコトヲ要ス
第拾壱条 株券ハ第一回払込ヲ終リ本会社成立ノ後之レヲ発行スルモノニシテ、其第壱回ノ払込金額ハ壱株ニ付金拾弐円五拾銭ト定メ、第弐回以後ノ払込金額及期日ハ取締役会ノ決議ヲ以テ之レヲ定メ、弐週間以前ニ各株主ニ通知スルモノトス
第拾弐条 株金払込ヲ怠リタル株主アルトキハ商法ノ規定ニ従ヒ之ヲ処分スヘシ、此場合ニハ其滞納金ニ対シ金壱百円ニ付壱日金四銭ノ遅延利息及之レカ為メニ生シタル費用ヲ徴収スヘシ
第拾参条 株式ノ売買譲与若クハ相続ニ依リ名義書換ヲ要スル時ハ、其株券ノ裏面ニ双方記名捺印シ且名義書換ノ請求書ヲ差出スヘシ、此場合ニハ書換手数料トシテ壱通ニ付金五銭ヅヽヲ徴収ス
  但遺産相続ニ依リ其名義書換ヲ乞フトキハ請求書ニ正当ナル証明書ヲ添付スヘシ
第拾四条 株券ヲ損傷シ若クハ分割合併ノ為メ新券ノ交換ヲ求ムルモノアル時ハ其申出ニ従ヒ之レヲ交付スヘク、又紛失焼亡セシ場合ニ弐名ノ保証人ヲ立テ其事実ヲ証明スルトキハ、本社ハ請求人ノ費用ヲ以テ其旨ヲ三日以上公告シ故障ナキコトヲ認メタル上新券ヲ交付スヘシ、此場合ニハ新券交付ノ手数料トシテ壱通ニ付金弐拾銭ツヽヲ徴収ス
第拾五条 株式名義書換ハ定時総会前参拾日以内相当ノ期間ヲ定メ之ヲ停止ス
      第参章 役員
第拾六条 株主総会ニ於テ三百株以上ヲ所有スル株主中ヨリ、取締役五名乃至拾名及監査役三名乃至七名ヲ撰任ス
  但兼任スルコトヲ得サルモノトス
第拾七条 取締役ノ任期ハ参ケ年トシ、監査役ノ任期ハ壱ケ年トス
  但満期ニ至リ再撰セラルヽコトヲ得
第拾八条 取締役及監査役在任中欠員ヲ生シタルトキハ、法定ノ員数ヲ欠カサル限リハ現在ノ役員ニ於テ事務ヲ処理スルモノトス
第拾九条 取締役中互撰ヲ以テ取締役社長壱名ヲ撰定シ会社万般ノ業務ヲ総理執行シ、且ツ本会社ヲ代表スルモノトス
  但必要ニヨリ顧問壱名若クハ弐名ヲ置クコトヲ得
 取締役社長事故アルトキハ他ノ取締役中互撰ヲ以テ其任ニ当ルモノトス
第弐拾条 取締役ハ在役中自己所有ノ本会社株券弐百株ヲ監査役ニ供託スヘシ
 - 第15巻 p.435 -ページ画像 
第弐拾壱条 取締役及監査役ノ報酬ハ株主総会ノ決議ヲ以テ之ヲ定ムルモノトス
      第四章 株主総会
第弐拾弐条 定時株主総会ハ毎年壱月・七月ノ両度ニ之ヲ開ク
第弐拾参条 定時総会ノ議事ハ毎年各半期間ノ損益計算書・財産目録貸借対照表・営業報告書及配当金積立金ニ関スル議案ノ外、又臨時総会ノ議事ハ予メ通知シタル議題ノ外他議ニ渉ルコトヲ得ス
第弐拾四条 株主総会ノ議決権ハ一株ヲ一箇トス
第弐拾五条 株主ハ代理人ニ委任シテ議決権ヲ行フコトヲ得、而シテ其代理人ハ本会社ノ株主中ヨリ之レヲ撰任スヘシ
  但第十条第三項ノ代理人ハ此限リニアラス
第弐拾六条 株主総会ノ議長ハ取締役社長之レニ任シ、取締役社長差支アルトキハ他ノ取締役之レニ代ル
第弐拾七条 株主総会ノ議決ニ就キ可否同数ナルトキハ議長ノ裁決ニ依ル
第弐拾八条 株主総会ニ於テ議決シタル事項ハ決議録ニ記載シ、議長及出席株主参名以上之レニ署名捺印スヘシ
      第五章 計算
第弐拾九条 本会社ノ諸勘定ハ毎年六月及拾弐月ノ末日ニ於テ決算シ取締役ハ財産目録・貸借対照表・営業報告書・損益計算書及利益金分配案ヲ作リ、之ヲ定時株主総会ニ提出スヘシ
 取締役ハ総会ノ当日ヨリ一週間前ニ前項ノ書類ヲ監査役ニ提出シ、監査役ハ該書類ヲ調査シ其意見ヲ株主総会ニ報告スルモノトス
第参拾条 本会社ノ損益計算ハ総益金ヨリ総損金ヲ引去リ残額ヲ純益金トシ、其内ヨリ左ノ諸積立金及役員賞与金ヲ扣除シ、其残額ヲ各株主ニ配当ス
  但計算ノ都合ニ依リ後期ヘ繰越金ト為スコトヲ得
 一法定積立金 百分ノ五以上
 一元資償却積立金 百分ノ五以上
 一役員賞与金 百分ノ八以内
第参拾壱条 各半期ノ配当金ハ六月及拾弐月末日現在株主ニ割賦ス
第参拾弐条 取締役ハ第弐拾九条ニ掲ケタル書類ヲ定時総会ニ提出シテ其承認ヲ求ルコトヲ要ス
  但シ定時総会前ニ退任シタル取締役ハ、其在任中ニ於ケル事項ニ付テハ総会ノ承認ヲ求ムル責任アルモノトス
  取締役ハ前項ノ承認ヲ得タル後貸借対照表ヲ公告スルコトヲ要ス
第参拾参条 本会社ハ払込株金ニ対シ、開業前三ケ年ヲ限リ一ケ年四朱ノ利息ヲ配当スルモノトス
第参拾四条 本会社負担ニ帰スヘキ創立費用ハ金壱万円以内トス
第参拾五条 本定款ニ規定ナキモノハ総テ商法ノ規定ニ依ルモノトス
      附則
第参拾六条 本定款第二十九条ノ事業年度ハ明治三十九年度ニ限リ、明治三十九年五月二十五日ヨリ同年十二月マテヲ一期トス
第参拾七条 本定款二十二条ノ定時株主総会ハ明治三十九年度ニ限リ
 - 第15巻 p.436 -ページ画像 
之ヲ開カス、明治四十年一月ニ於テ開会スルモノトス
第参拾八条 本定款第三十三条ノ利子ハ明治三十九年度ニ限リ、明治三十九年十二月末日現在ノ株主ニ払渡スモノトス
  以上


(石狩石炭株式会社)第三回報告書 自明治四十年七月一日至同年十二月三十一日(DK150054k-0005)
第15巻 p.436-437 ページ画像

(石狩石炭株式会社)第三回報告書 自明治四十年七月一日至同年十二月三十一日
    事業概況
目下現ニ起業中ニ属スルモノハ新夕張第二礦及美唄礦ノ二ケ所ニシテ本期ヨリ採炭事業ヲ開始シタルモノハ、新夕張第一礦ノ一ケ所ナリ、今其概況ヲ記セハ左ノ如シ
一新夕張礦
 新夕張第一礦 当期間ノ坑況ハ順境ヲ以テ経過シタリ、今之レヲ概述セハ各坑道掘進総延長ハ八千九百拾七尺九寸ニシテ、此出炭量五万四千五百三拾八噸八九トス、外ニ旧礦主ヨリ譲受其他ノモノ壱万六千四百六拾参噸八九九ヲ合シ総炭量七万壱千〇〇弐噸七八九ノ内売炭高ハ五万参千七百九拾八噸七〇八ニシテ、差引残炭ハ壱万七千弐百〇四噸八一ナリ、而シテ同期間ニ於テハ前期噸数以上ニ出炭セシムル計画ナリシモ、北海道ニ於ケル鉄道ハ近来貨車不足ノ為メ各停車場到ル処貨物輻輳シ、輸送一般ニ甚タ渋滞シタルヲ以テ、当社モ勢ヒ其影響ヲ受ケ前記ノ残炭ヲ見ル状態ニ遭遇シタルニ依リ、輸送力トノ平衡ヲ保持セシメントシテ不得止出炭ヲ手扣ヘタル次第ナリ、之レカ為メ各得意先ヘ充分ノ供給ヲナス能ハサリシハ誠ニ遺憾トスル所ナリ
 新夕張第二礦 当期間ニ於テハ鉄道布設工事未ダ完成セサリシカタメ、石炭ヲ輸送スル能ハサリシヲ以テ、次期ニ於ケル採炭着手ノ準備トシテ専ラ坑道開鑿ニ従事シ五千八百拾三尺五寸ヲ掘進シタリ、而シテ坑道掘進ニ依ル総出炭高ハ六百九十四噸〇四ニシテ、其内小売炭及自用炭ノ数量合計五十六噸五五ヲ扣除シ、期末現在ノ貯炭量ハ六千百三十七噸四九ナリトス
 新夕張専用鉄道 夕張官線ヨリ分岐シ第二礦ニ達スル二哩半ノ専用鉄道布設工事ハ当期間内ニ竣工セシムル予定ナリシモ、土工ニ意外ナル困難ヲ生シタルト、夏期降雨多ク加フルニ初冬ノ積雪早カリシトニ依リ、工事ハ予期ノ如ク進行セサリシト雖トモ、幸ニ土工ハ殆ント全部完了ヲ告ケタルヲ以テ、次期融雪ヲ俟チ直チニ軌条敷設ニ着手シ、速ニ列車ノ運転ヲ開始セントス
一諸建築 当期間ニ落成シタルモノハ第一礦第二礦間四哩半ノ電話線架設外木鉄工場其他事務所・社宅拾六棟・坑夫屋三棟ニシテ、目下工事中ノモノ社宅七棟ナリ
一美唄礦
 美唄礦 本礦ノ事業ハ着々進行シツヽアリト雖トモ、元来同地ハ榛莽未開ノ地ナルヲ以テ樹木ノ伐開及切取地均等ノ工事多ク事業上多少ノ困難ナキ能ハス、今当半期間ニ於ケル成績ヲ調査スルニ、坑道掘進ノ延長壱百参拾六尺、道路ノ開設及改修工事延長弐千六百四拾間、事務所・倉庫・鉱夫長屋等ノ新設家屋拾八棟ノ工事ハ悉ク竣功
 - 第15巻 p.437 -ページ画像 
ヲ告グ、其他美唄市街ヨリ美唄礦業事務所ニ至ル六哩間ニ私設電話線ヲ架設シタリ
 美唄専用鉄道 本鉄道ハ美唄停車場構外ヨリ美唄礦区ニ至ル六哩間ノ敷設工事ハ当期中ニ竣功ノ予定ナリシガ、新夕張線同様雨雪ノ阻礙ヲ受ケ且ツ労働者欠乏ヲ告ケ諸材料ノ運搬モ亦頗ル渋滞ヲ極メタルヲ以テ、全部ノ竣功ヲ看ル能ハサリシハ遺憾トスル所ナリト雖モ土砂・岩石切取工事及土留石垣工事・橋台・暗渠等ハ殆ンド竣成シ全線ヲ通シテ略ホ軌道ノ形体ヲ具備シタルヲ以テ、来春融雪ヲ俟チ不取敢美唄停車場ヨリ約四哩間ニ仮軌条ヲ敷設シ、鉄道用諸材料・橋桁其他礦業用諸材料ノ運搬ニ供シ漸次全線ノ完成ヲ期セントス
一空知礦 本礦ハ引続キ調査中ナルヲ以テ其結了ヲ俟チ起業方針ヲ決定スヘシ
  ○明治四十年九月一日北海道夕張郡登川村字鹿ノ谷ニ於ケル新夕張炭礦ノ営業権ヲ谷七太郎外一名ヨリ譲受ケ、新夕張第一礦ト命名シ同日ヨリ営業ニ従事セリ


(石狩石炭株式会社)第六回報告書 自明治四十二年一月一日至同年六月三十日(DK150054k-0006)
第15巻 p.437-439 ページ画像

(石狩石炭株式会社)第六回報告書 自明治四十二年一月一日至同年六月三十日
    事業概況
当期間ニ於ケル新夕張鉱・美唄鉱・空知鉱及室蘭売炭所ノ事業概況左ノ如シ
一新夕張鉱
 (イ)新夕張本鉱
    (一)出炭量及輸送数量 当期間ノ総出炭量ハ六万八千参拾九噸〇九ニシテ、鉄道輸送ノ数量ハ七万弐千参百弐拾噸ナリ(輸送量ノ出炭量ニ超過シタルハ前期ノ繰越貯炭ヲ輸送シタルニ由ル)之ヲ前期ニ比較スルトキハ、出炭量ニ於テ弐万千七百四拾八噸壱四ヲ減シ、又鉄道輸送ニ於テ壱万七千七百八拾四噸ノ減少ナリトス、其月別左ノ如シ

図表を画像で表示--

 月別       出炭高        鉄道輸送高 一月         噸           噸      九、七一四、四四〇   九、三六三、〇〇〇 二月  一三、四〇六、五七〇  一三、六一五、〇〇〇 三月  一四、九七九、三九〇  一八、〇四八、〇〇〇 四月  一一、三七九、二二〇  一三、二六八、〇〇〇 五月   九、九九五、〇五〇   九、七五〇、〇〇〇 六月   八、五六四、四二〇   八、二七六、〇〇〇 計   六八、〇三九、〇九〇  七二、三二〇、〇〇〇 



    即チ一ケ月平均出炭高ハ壱万千参百参拾九噸八四八ニシテ、之ヲ前期ニ於ケル一ケ月平均出炭高ト比較スレバ参千六百弐拾四噸六九ノ減少ナリトス、右ハ当期ニ於テ比較的不経済ナル三番坑及四番坑ノ採掘ヲ中止シタルト、四月中ニ大洪水アリタル為メ各坑出炭高ヲ減少シタルトニ因ル、又当期末ニ於ケル山元貯炭ハ総計四千百弐拾九噸八四弐ナリトス
○中略
 - 第15巻 p.438 -ページ画像 
 (ロ)新夕張若鍋鉱
    (一)出炭量 当期間ノ出炭総数量ハ壱万五千八百四拾四噸七五ニシテ、前期ニ比シテ壱万壱千七百七拾弐噸四八ノ増加ナリ、而シテ昨年末迄ノ起業時代ニ採掘シタル貯炭壱万七千百五拾弐噸五弐ヲ合セ山元貯炭ハ総計参万弐千五百七拾弐噸弐七ナリトス
○中略
 (ハ)専用鉄道
    (一)鹿ノ谷停車場ヨリ若鍋ニ至ル参哩四拾七鎖余ノ専用鉄道ハ前期ニ於テ工事竣成セルモ、恰モ降雪ノ期ニ際シ鉄道院ノ検査ヲ受クル能ハサル為メ、当期ニ入リテモ運炭ヲ開始スルヲ得ザリシハ遺憾ニ耐ヘサル所ナリシガ、漸ク四月十八日鉄道院ノ検査ヲ経テ運転ノ許可ヲ得タリ、然ルニ運転ヲ委託シタル当局官庁ノ都合ニ依リ当期中ハ遂ニ運転開始ノ運ニ至ラサル為メ、若鍋ニ於ケル貯炭ハ多大ノ数量ニ達シ殆ント置場ニ困難ヲ告ゲタルモ、七月ニ入レバ早々運転ヲ開始ス可キ手配ナレバ、品質優等ノ石炭ヲ市場ニ見ルハ甚ダ遠キニ非ル可シ
    (二)鹿ノ谷停車場ヨリ新夕張本鉱新選炭場下ニ至ル四拾八鎖ノ延長線ハ全部線路ノ布設ヲ了シ、又発電所炭置場ニ至ル側線四鎖余モ既ニ完成セリ
二美唄鉱
 (イ)美唄鉱
    経済界ノ情況ニ鑑ミ速成ノ必要ナキヲ認メタルヲ以テ、当期間ハ全ク事業ヲ中止シタルニ依リ別ニ報告ス可キ事項ナシ
 (ロ)専用鉄道
    本鉄道ノ工事モ美唄鉱ト同様一切之ヲ中止シタリ、然ルニ不幸ニモ四月猛雨ノ為メ被害不少、其主ナルモノハ切取崩壊五百七拾参坪、築堤崩壊百五拾坪等ナリトス
三空知鉱
  事業上其他ノ都合ニ依リ該鉱区ノ採掘事業ヲ廃止スルノ必要ヲ認メタルヲ以テ契約ノ規定ニ基キ之ヲ廃止シ、其旨同鉱主ニ通告シタリ
四室蘭売炭所
  当期ニ於テ受入レタル数量ハ総計六万弐千参百八拾五噸三、払出ノ数量ハ五万四千弐百六拾噸七ニシテ、当期末残高ハ前期繰越高ヲ合セ壱万七千五百六拾壱噸七ナリトス、同所ニ於ケル払出数量ノ前期ニ此シテ参万参百七拾八噸五ヲ減シタルハ、当期ニ入リテ石炭ノ市況益不振ニ陥リ、新夕張炭ノ特長ヲ利用スル瓦斯会社需用炭ノ如キハ幸ニ引続キ之ヲ供給シツヽアルモ、普通ノ常用炭ニ至リテハ其品質ノ如何ヲ問ハス、漫ニ価格低廉ナルモノヲ之レ撰ブノ傾向トナリ、而シテ市場ノ競争ハ益激甚ヲ加ヘ来リ、鋭意販路ノ拡張ニ努メタリシニ拘ハラス以上ノ如キ販売高ノ減少ヲ見タルハ誠ニ遺憾トスル所ナリ
  其他小樽港・名古屋市及大阪市ニ売炭取扱店ヲ設置セリ
  ○栄一ノ持株左ノ如シ。
 - 第15巻 p.439 -ページ画像 
   明治三十九年下半期           七〇〇株
   自明治四十年上半期至同四十四年下半期  五〇〇株
   自明治四十五年上半期          二五〇株


渋沢栄一 日記 明治三九年(DK150054k-0007)
第15巻 p.439 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治三九年         (渋沢子爵家所蔵)
四月十三日 晴 軽暖              起床七時就蓐十一時三十分
○上略 七時半朝飧ヲ畢ル、北垣国道氏来ル、北海道鉄道ノコト及石狩石炭会社ノ件ニ関シ談話アリ○下略
  ○中略。
五月二十五日 晴 風アリ            起床六時就蓐十二時
○上略午後二時銀行集会所ニ抵リ、石狩石炭会社創業総会ニ出席シ、坐長ノ席ニ就テ議事ヲ整理シ、畢テ日本鉄道会社ノ祝賀会ニ出席ス○下略


渋沢栄一 日記 明治四一年(DK150054k-0008)
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渋沢栄一 日記 明治四一年         (渋沢子爵家所蔵)
六月二十日 曇夕雷雨 暑
○上略三時事務所ニ抵リ、石狩石炭会社ノコトニ関シ村津・古田二氏ノ来訪ニ接ス○下略
  ○中略。
六月二十六日 雨 暑
○上略午前十時鉄道庁ニ抵リ、平井総裁ニ面会シテ、石狩石炭会社ヨリ依頼シ来リシ汽鑵車貨車ノコトヲ談ス○下略


竜門雑誌 第二五三号・第四八―五〇頁 明治四二年六月 青淵先生の各種関係事業引退(DK150054k-0009)
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竜門雑誌 第二五三号・第四八―五〇頁 明治四二年六月
    青淵先生の各種関係事業引退
我青淵先生○中略本月六日○中略同日附を以て左記の如き辞任書及書状を発送せられたり
○中略
    辞任書
 拙者儀頽齢に及び事務節約致度と存候間、貴社「何々役」辞任仕候此段申上候也
  明治四十二年六月六日
                      渋沢栄一
    書状
 拝啓時下向暑の候益々御清泰奉賀候、陳は小生儀追々老年に及び候に付ては関係事務を減省致度と存し、今回愈々第一銀行及東京貯蓄銀行を除くの外一切の職任を辞退致候事に取極候に付、別紙辞任書差出候間事情御了察の上可然御取計被下度候、尤も右様役名は相辞し候へ共、向後とて従来の御交誼上必要に臨み御相談に与り候事は敢て辞する処に無之候間、其辺御承知置被下度候此段申添候 敬具
  明治四十二年六月六日
                      渋沢栄一
辞任せられたる各種事業の名称及職任左の如し
○中略
  石狩石炭株式会社同上○顧問
○下略

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実業之世界 第六巻・第七号 明治四二年七月 余が今回辞任したる六十会社の運命観(男爵渋沢栄一)(DK150054k-0010)
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実業之世界 第六巻・第七号 明治四二年七月
  余が今回辞任したる六十会社の運命観 (男爵 渋沢栄一)
○上略
    ○石狩石炭株式会社
          (明治三十九年四月設立、払込資本二百三十二万五千円、配当年七分、渋沢男は当会社の取締役)
是は頗る難物であるが、支配人の足立太郎と云ふシツカリした人物が大車輪で経営して居るから、多分遣り損ひはせぬであらうと思ふ。



〔参考〕渋沢栄一 日記 明治四四年(DK150054k-0011)
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渋沢栄一 日記 明治四四年        (渋沢子爵家所蔵)
七月七日
○上略午後第一銀行ニ於テ佐々木氏ト共ニ足立太郎氏ト会見シテ石狩会社・浦賀船渠会社ノコトヲ談ス○下略