デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

5章 農・牧・林・水産業
2節 水産業
7款 大日本水産株式会社
■綱文

第15巻 p.678-680(DK150091k) ページ画像

明治39年11月15日(1906年)

資本金三百万円ヲ以テ諸水産物ノ製造並ニ重要水産物ノ漁撈、殊ニ鰮油漬缶詰ノ製造ヲ目的トスル当会社、是日創立セラル。栄一創立発起人トシテ尽力シ、創立後顧問ニ推挙セラル。


■資料

中外商業新報 第七四〇〇号 明治三九年七月三一日 大日本水産会社(DK150091k-0001)
第15巻 p.678 ページ画像

中外商業新報 第七四〇〇号 明治三九年七月三一日
    大日本水産会社
八月一日より株式募集に着手する大日本水産会社は塩谷方圀《(塩屋方圀)》・男爵渋沢栄一・福原有信氏外五十余名の発起に係り、資本金三百万円総株六万にて、其事業は帝国領海より韓清海樺太及沿海洲に於ける水産物の製造を為し之を海外に輸出する目的にて、差当り外人の嗜好物なる鰮油鑵結《(詰)》の製造よりする筈にて、廿八日上野精養軒に於て本社設立の披露を為したり


中外商業新報 第七四九三号 明治三九年一一月一六日 大日本水産創立総会(DK150091k-0002)
第15巻 p.678 ページ画像

中外商業新報 第七四九三号 明治三九年一一月一六日
    大日本水産創立総会
大日本水産株式会社にては十五日赤坂三会堂に於て創立総会を開催せり、出席者は内蔵頭を初め約六十名、委任状千七百余通、此株数四万三千余株にして、創立委員長塩屋方圀氏の挨拶あり、次で同氏議長となり、創立事務の報告は総て印刷物に譲り、次に定款改正案を議せんとするや、列席の一員より創立総会の通告状には単に定款改正の件とのみあり内容を示さず是商法違反の通告状なり、即ち他日創立総会無効等の訴訟出でたる場合一切の事総て無効に属す可ければ本日の総会を無効とす可しとの動議出で、採決の結果流会説は僅かに二名にて消滅し、直ちに議事を進行し満場異議無く定款改正案を可決確定し、役員撰挙の議事に入り、議長指名説に決し、塩屋氏は遠山・山口の多数権利者と諮り左の如く指名せり
 取締役 金子元三郎  横山一平   塩屋方国《(塩屋方圀)》
     鈴木久太郎  渡辺和太郎  藤原忠一郎
 監査役 福原有信   田村惟昌   石塚重平
尚専務取締彼社長をも選任しては如何との動議ありしも、塩屋議長より這は目下社長として地位名望共に高き有力者に交渉中にて多分其承諾を得可きを以て然る上に選定す可き予定なりと述べ、重役報酬の件を議せるが一万六千円を限度として割当つ可き事に決し、更に新任監査役より商法規定の調査報告あり、創立費剰余金千余円は塩屋氏の発議にて全部事務員の功労に酬ゆることに決し、四時半創立総会を畢へたり


中外商業新報 第七五〇一号 明治三九年一一月二六日 大日本水産の社長及顧問(DK150091k-0003)
第15巻 p.678-679 ページ画像

中外商業新報 第七五〇一号 明治三九年一一月二六日
 - 第15巻 p.679 -ページ画像 
    大日本水産の社長及顧問
大日本水産会社にては一両日前重役会を開き塩屋方圀氏を社長に、渋沢男・村井吉兵衛の二氏を顧問に推薦し何れも承諾を得たりといふ


東京経済雑誌 第五四巻第一三四八号・第二一八頁明治三九年八月四日 ○大日本水産株式会社の創立(DK150091k-0004)
第15巻 p.679 ページ画像

東京経済雑誌 第五四巻第一三四八号・第二一八頁明治三九年八月四日
    ○大日本水産株式会社の創立
渋沢男爵・村井吉兵衛・福原有信・塩屋方圀・三輪信次郎諸氏の発起に係り、塩屋氏を創立委員長と為せる大日本水産株式会社は、愈々本月一日より株式募集に着手するまでに運びたる趣にて、去月廿八日当市内に於ける新聞雑誌通信社員を上野精養軒に招ぎ、塩屋委員長は同会社創立の趣旨目的を説明せられたり、会社の目論見書に曰く
 一 当会社は日本帝国領海は勿論韓海・支那海・露領沿海州及び樺太に於ける諸水産物の製造を為し、専ら之を海外に輸出し、兼ねて重要水産物の漁撈に従事するを目的とす
 二 当会社が第一期に於て着手するものは、差当り欧米市場に最も需要多き鰮油漬缶詰にして、第二期以後に至り其事業の漸く進捗するに随ひて、更に最も有益なるものを選択して、之が製造又は漁撈に着手し、次第に販路を全世界に開き、着々事業の拡張を計らむとす
 三 鰮油漬製造には自ら一定の時期あり、随ひて事業経済上副業の必要を生ずるが故に、傍有利なる諸水産物製造を営み、力めて年中間断なく各工場の活動を期するものとす
 四 当会社は本社を東京に置き、本工場三及び分工場五を茨城・千薬・富山等最も便宜の地に設け、漸次進で各府県並に新領地に増設するものとす
 五 当会社の資本金は参百万円とし、其四分の一払込を以て事業に着手し、必要に応じて漸次払込を為すものとす、是れ内外の状況に照し創業当初第一期の事業は此程度に於て経営するを適当と認めたるに因る
 六 資本金第一回払込額七拾五万円は、其内拾壱万円を固定資本に六拾四万円を創業費及び流動資金に運用するものとす
 七 当会社総株六万株の内壱万五千株以上を発起人に於て引受け、其残株を一般公衆より募集するものとす
営業予算案に依れば、年一割五分の配当を為すことを得べしと云ふ


青淵先生公私履歴台帳(DK150091k-0005)
第15巻 p.679 ページ画像

青淵先生公私履歴台帳           (渋沢子爵家所蔵)
    民間略歴(明治二十五年以後)
○上略
一大日本水産株式会社相談役 三十九年十一月 四十一年七月廿三日辞表提出
○中略
  以上明治四十一年六月七日迄ノ分調


渋沢栄一 日記 明治四一年(DK150091k-0006)
第15巻 p.679-680 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治四一年        (渋沢子爵家所蔵)
九月二十日 雨午後晴 涼
○上略 塩屋中将・田村惟昌二氏来リ、水産会社ノ事ヲ談ス○下略
 - 第15巻 p.680 -ページ画像 
  ○中略。
十月十一日 晴 冷
○上略 三時水産会社株主協議会ニ出席ス、種々ノ質問アリ、結局委員ヲ挙クル事ト定マリ六名ヲ指名ス○下略
  ○中略。
十一月二十九日 晴 寒
○上略 午飧後大日本水産会社株主相談会ニ付、本所ナル本社ニ出席シテ種々ノ談話ヲ為シ、午後六時帰宿ス○下略
  ○中略。
十二月五日 晴 寒
○上略 十時兜町事務所ニ抵リ、水産会社調査委員諸氏ニ面話ス○下略
  ○中略。
十二月八日 晴 寒
○上略 午前十時兜町事務所ニ抵リ、水産会社委員諸氏ト会見ス○下略
十二月九日 晴 寒
○上略 十二時半銀行倶楽部ニ抵リテ午飧ス、食後早川氏ト水産会社ノ事ヲ談ス○下略
十二月十日 晴 寒
○上略 塩屋方国氏来《(塩屋方圀)》リ、水産会社ノ事ヲ談ス○下略
  ○中略。
十二月十二日 雨 寒
○上略 袴田・駒井二氏来リ、水産会社ノ事ヲ談ス○下略


渋沢栄一 日記 明治四二年(DK150091k-0007)
第15巻 p.680 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治四二年        (渋沢子爵家所蔵)
一月八日 晴 寒
○上略 二時兜町事務所ニ抵リ、大日本水産会社調査委員会ヲ開ク○下略
  ○中略。
二月七日 晴 寒
○上略 夜皆川・竹田二氏来ル、皆川氏ト大日本水産会社ノ事ヲ談ス