デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

7章 経済団体及ビ民間諸会
1節 商業会議所
3款 東京商業会議所
■綱文

第20巻 p.331-338(DK200031k) ページ画像

明治26年6月3日(1893年)

是ヨリ先神戸商業会議所ヨリ当会議所ニ対シ、鉄道敷設法第二章第七条近畿鉄道予定線中、土山ヨリ舞鶴ニ至ル線路ハ国家経済上最モ主要ト認メラルヽニ就キ、貴会議所ニ於テモ其旨当局ニ請願アリタシトノ照会アリシガ、是日栄一当会議所会頭トシテ、右ハ詳密ナル調査ヲ必要トスル故賛否決シガタキ旨ヲ回答ス。


■資料

第三回東京商業会議所事務報告 第三三頁 明治二七年四月刊(DK200031k-0001)
第20巻 p.331-332 ページ画像

第三回東京商業会議所事務報告  第三三頁 明治二七年四月刊
一近畿鉄道予定線中土鶴線ノ儀ニ付、神戸商業会議所ヨリ照会ノ件
 本件ハ明治二十五年十二月中神戸商業会議所ヨリノ照会ニ係リ、其要旨ハ、鉄道敷設法第二章第七条近畿鉄道予定線ノ中、土山ヨリ舞鶴ニ至ル線路ヲ以テ国家経済上最モ主要ト認ムルニ付、本会議所ニ
 - 第20巻 p.332 -ページ画像 
於テモ賛成アリタシト云フニ在リ、依テ役員会議ニ於テ之ヲ審議シタルニ、本件ノ如キハ其線路ノ実地ニ就キテ技術上其他ノ諸点ヨリ詳密ナル調査ヲ遂グルニアラザレバ容易ニ断定シ難キ問題ナルニ付要スルニ鉄道会議ノ審査ニ任ズルノ外ナシト決シタルニ付キ、其旨ヲ明治二十六年五月二十四日第二十四回ノ臨時会議ニ報告シテ其承認ヲ得、同年六月三日附ヲ以テ左ノ如ク同会議所ヘ回報シタリ
  拝啓、陳ハ先般貴会議所ニ於テ鉄道敷設法第二章第七条ノ近畿鉄道予定線ノ中、土山ヨリ舞鶴ニ至ル線路ヲ以テ最モ主要ト認メラレ、此義其筋ヘ御開申並御請願相成候ニ付、本会議所ニ於テモ賛成ノ上同様ノ手段ヲ取リ候様御依頼有之候処、右ハ其線路ノ実地ニ就キ技術上其他ノ諸点ヨリ詳密ナル調査ヲ遂クルニアラザレバ容易ニ其得失ヲ決シ難キモノト存候ニ付、本会議所ニ於テハ甚タ残念ナガラ御賛否何レトモ申上兼候間、不悪御承知相成度、此段御回報旁得貴意候也
  明治二十六年六月三日
            東京商業会議所会頭 渋沢栄一
    神戸商業会議所会頭 山本亀太郎殿


東京商業会議所月報 第一〇号・第六頁 明治二六年六月 【○五月二十四日午後五…】(DK200031k-0002)
第20巻 p.332 ページ画像

東京商業会議所月報  第一〇号・第六頁 明治二六年六月
○五月二十四日午後五時、東京銀行集会所ニ於テ臨時会議ヲ開ク、当日出席会員ハ二十九名ニシテ左ノ件々ヲ審議シ午後七時十五分閉会ス
(第一)
  神戸商業会議所ヨリ照会ニ依ル鉄道敷設法第二章第七条ノ近畿鉄道予定線中、京鶴線及土鶴線ノ得失比較ノ件(役員会議報告)
本件ハ役員会議報告ノ趣意ヲ可認シ会議ニ附セザルコトニ決ス
   ○明治二十四年七月井上鉄道庁長官ノ建議ニ基キ政府ハ鉄道国有ノ国是ヲ定メ、同年十二月十四日鉄道公債法案並ニ私設鉄道買収法案ヲ第二回議会ニ提出セシニ両案トモ特別委員会ニ於テ否決セラレタリ。翌二十五年五月七日、政府ハ再ビ両案ヲ第三回議会ニ提出セシガ、議員中ニモ鉄道拡張法案鉄道敷設法案ヲ提出セル者アリ、之等数箇ノ法案ハ大同小異ナルヲ以テ特別委員ニ於テ之ヲ審査シタル結果之ヲ折衷綜合シテ新ニ一案ヲ起草シ議会ノ可決ヲ経同年六月二十一日公布シタリ。之レ鉄道敷設法ニシテ、ソノ第一章第一条ニ「政府ハ帝国ニ必要ナル鉄道ヲ完成スル為漸次予定ノ線路ヲ調査シ及敷設ス」ト規定シ、第二条ニ予定線路名ヲ列記シ、第二章第七条ニハ「予定線路中左ノ線路ハ第一期間ニ於テ其ノ実測及敷設ニ著手ス」トシテ中央予定線以下九箇ノ予定線ヲ挙グ。土山ヨリ舞鶴ニ至ル線ハ近畿予定線ニ属シ、京都ヨリ舞鶴ニ至ル線ト比較ノ上何レカニ決定サルベキモノトサレタリ。同年十二月十三日、敷設法第四章ノ規定ニ基キ鉄道会議開催サレシガ、翌二十六年二月政府ハ同会議ニ敷設法第七条ノ比較線決定案ヲ諮詢シタリ。近畿線ノ内舞鶴線ニ就テハ京都・舞鶴間ト土山・舞鶴間トガ比較サレシガ、討議ノ結果、後者ハ距離長キモ建設費少シ、然レトモ線路ノ方向ニ於テ前者ニ輸スル所以ヲ以テ殆ト満場一致ニテ前者ヲ採決セラレタリ。コノ決定ニ基キ政府ニ於テモ京都・舞鶴間ヲ決定線トシ、明治二十七年第六議会ノ可決ヲ経、工事ニ着手セリ。(日本鉄道史上篇及中篇)


東京経済雑誌 第二七巻第六五七号・第四六―五〇頁 明治二六年一月一四日 ○京都舞鶴間鉄道敷設の義に付意見書(京都商工同盟会)(DK200031k-0003)
第20巻 p.332-338 ページ画像

東京経済雑誌  第二七巻第六五七号・第四六―五〇頁 明治二六年一月一四日
  ○京都舞鶴間鉄道敷設の義に付意見書 (京都 商工同盟会)
 - 第20巻 p.333 -ページ画像 
我等熟ら按ずるに事業の施設には必ず目的あり、方法あり、目的は主なり、方法は従なり、仮令事業施設の費用少額なるも其目的を成就する能はざれば亦何の用をもなさゞるは明白なる事理なり、然るに今日此れに類する説をなす者あり、曰く何ぞ、鉄道敷設法第七条中、近畿予定線の内京都府下京都より舞鶴に至る鉄道、若くは兵庫県下土山より京都府下福知山を経て舞鶴に至る鉄道の比較線に於て、土山舞鶴間鉄道敷設を熱望するもの即ち是なり、是れ実に我等の黙せんと欲するも黙する能はざるものなり、今や我等が鄙懐を陳述するに先だち京鶴土鶴両線に係る地図(略す)及予定線路の哩数を掲げて予め之れが参考に供せんとす
  京都舞鶴間    五十七哩
  土山舞鶴間    七十哩
抑も鉄道敷設の目的は大凡そ三とす、曰く軍備、曰く理財、曰く交通即ち是なり、我等熟々按するに、近畿予定線中、舞鶴に至る鉄道の目的は、主として軍備の為にするものにして、理財・交通の如きは決して其主たる目的にあらざるを知る、而して軍備上の事は、素より我等の容喙する所にあらざるが、陸軍省参謀本部の意見なりと云ふを聞くに「軍事上の必要としては、無論京都・舞鶴線を可とするなり」と
本線目的の主眼たる軍備上に於て、既に此の如しとせば、両線の得失既に明かなりと雖、更に理財・交通の二事に就て両線の利害便否を査察し、以て益々両線の優劣を明かにせんとす
    理財上の関係
鉄道の理財上に於ける関係は、其鉄道敷設地方物産の有無を通じ、産を殖し、業を興すにあり、而して丹波丹後地方の特有製産物を査察するに、其他国に輸出する最も大なる物品は、所謂丹後縮緬にして、其金額は平均一ケ年三百万円以上にあり、之れに亜ぐものは蚕糸にして其額五十余万円あり、而して此種の商品は何れの地方に需要するやと云ふに、丹後縮緬は一たび必ず京都に輸入して縮緬商の手に入り、夫より染呉服・鹿之子絞・半襟等の各商に渡り、色染其他の工芸を加へ初めて各地方へ販出するものにして、丹後縮緬製造業は恰も京都縮緬商業者の工場たるの様あり、又蚕糸は京都西陣織物及糸組物等の原料となすもの多く、或は横浜港に輸出する物ありと雖も、是れ必ず京都を経過せり、又丹波地方より京都へ輸送する米穀の価額は、年々七八十万円に上れり(鉄道開通すれば因伯地方より舞鶴港に送り而して京都の方角へ輸送するに至るべし)又丹後沿海には魚類多く、其数量概ね百六十万貫目、且但・石・隠・若・越等沿海産の宮津及舞鶴へ輸入する数額は、大凡そ二百三十万貫目、価額四十五万円に上れり、将た三丹の山中には、木材・薪炭・蕈・菓物類等の有価物夥多あり、而して右掲くる魚類・木材其他の各品は、従来運送の不便なるが為め、需要少く価格低かりしも、京鶴鉄道開通するに至れば、大に其需要を増加し、非常に其価格を高めるや必然なり、然るに若し此鉄道にして土鶴間に開通することとならば、是等殖産興業的の結果はあらざるなり、何となれば山陽海岸地方に在ては魚類の生産多く、又土鶴線路の間には木材・薪炭・蕈類等の将来大に価格を増進すべきものあらざればなり
 - 第20巻 p.334 -ページ画像 
然り而して、更に丹後地方へ輸入する貨物の重なるものを査察するに丹後縮緬の原料とすへき生糸・絹紡績・綛糸の類最も多くして、此種の品は概ね之を京都より輸送せり、其他各般需要品の商業取引に於ても、京都と三丹地方との間は旧来の慣行親密にして殆ど離る可からざるの関係ありと雖とも、神戸及土山・舞鶴間の取引に至りては唯僅々たる品種の取引あるに過ぎざるなり
且夫れ敦賀・京都間は其距離八十五哩なりと雖とも、京鶴間は五十七哩にして其差二十八哩近く、随て運賃を低減するを以て京鶴鉄道の開通するに至れば、米穀其他の物産を京坂に輸送するには、敦賀線に由らずして舞鶴線を以て輸送するに至るべく(此外、敦賀線は積雪の為め時に鉄道を中止するの不便あり、且柳ケ瀬隧道は、勾配急にして多数の貨車を連繋する能はざるの不利あり)又従来北海産物の馬関を迂廻して、兵庫・大阪に輸送したる貨物も舞鶴より京阪間に輸送するもの多きに至るべし、其他鉄道開通の為め、商業取引の区域を拡張し、貨物の運送を増進するは挙て論す可からざるなり
今京都商業会議所の調査に係る京都・丹後間、平均一ケ年貨物輸出入の数額を左に掲けて之れが参考とすべし
      京都・丹後間重要貨物輸出入価額

 一金四百〇七万九千九百三拾六円   輸出総額
   内訳
  金四十四万七千二百十一円      亀岡地方ヘ
  金三十万二千二百九十七円      園部地方ヘ
  金十三万八千五十七円        綾部地方ヘ
  金四十九万二千五百七十四円     福知山地方ヘ
  金二十三万五千五百四十円      舞鶴地方ヘ
  金六十二万六千八十七円       宮津地方ヘ
  金百八十三万四千百七十円      峰山地方ヘ
 一金五百〇五万千六百三十六円    輸入総額
   内訳
  金八十九万七千八百六十円      亀岡地方ヨリ
  金四十八万七千〇五十三円      園部地方ヨリ
  金五万六千三百十円         綾部地方ヨリ
  金三十二万八千八百十六円      福知山地方ヨリ
  金十一万二千六百五十円       舞鶴地方ヨリ
  金百五十三万六千九百四十七円    宮津地方ヨリ
  金百六十三万二千円         峰山地方ヨリ
      京都・丹後間重要貨物輸出入種別表
     輸出の部
              円                   円
 生糸   一、五〇〇、〇〇〇  薬物及絵具染料     二四、三三〇
 絹紡績糸   四一九、六二五  煙草          一四、六一六
 綛糸     一二三、四三六  菓子          三二、〇五四
 糸組物     三〇、七六〇  砂糖          六八、〇九〇
 西陣織物   二一二、一七八  干物塩物類       七五、七六五
 関東織物   一六三、一七三  蚊帳蒲団敷物類     一〇、三〇〇
 - 第20巻 p.335 -ページ画像 
 染呉服類    九六、二二〇  古着         一三五、〇〇〇
 木綿金巾類  四一七、一一二  麻苧布糸繰綿類     二八、三七二
 半襟鹿ノ子   四五、九〇〇  陶磁器         一二、六〇〇
 法衣装束類   一三、二三〇  漆器          一一、〇二五
 呉服染悉皆物  二五、〇一四  諸金属器具地金類    七一、四四二
 足袋染風呂敷  二三、六二〇  婦人装飾用金具     一〇、三三三
                 煙管袋物金具
 洋物雑貨    六一、三四九  蔬菜種物菓物類     三五、六二五
 婦人小間物   一七、二〇〇  灯油蝋燭類       四五、六六〇
 笠傘履物諸荒物 三二、八四九  紙類          五二、二〇〇
 家具及婦人用具 一九、四五八  藍玉          一五、〇〇〇
 仏像及仏具類  一一、八五八  肥料          二五、五〇〇
 書籍文具類   三二、八八〇  蚕種          三一、六一〇
 教育用楽器類
 新聞雑誌印刷物 一八、五四二  雑品         一一二、〇一〇
  合計              四、〇七五、九三六円
   輸入の部
              円                   円
 蚕種     五三〇、九八〇  砥石          一二、六〇〇
 丹後縮緬 三、一二〇、〇〇〇  畳表蓆木賊       一七、二一五
                 掠葉竹皮類
 米      六八四、三七五  酒           四四、一〇〇
 穀物類     八五、七四〇  煙草          三〇、五一〇
 製茶      三〇、八三〇  菓物蔬菜干物      三四、九一九
 魚類      二六、四七五  生漆          二六、一〇〇
 薪炭     一五九、四八一  雑品         一二七、二〇〇
 木材板木地類 一二一、〇八九
   合計             五、〇五一、六三六円

以上は唯内国の関係に付てのみ観察したる所なるが、更に外国との関係に付、商業上の得失を考査するに、他年シベリヤ鉄道の竣功する暁には、丹後の宮津は商港となるべし、然るときは外国貿易上、京鶴・土鶴の両線中、果して何れか便利なるや、我等熟ら按するに、宮津港より外国へ輸出すべき貨物は、京都・大阪・名古屋・福井・金沢等の地方に於て製造する物品多かるべく、而して此等の各地方は皆土鶴線に由るよりも京鶴線に由るを以て便利とするものなり、又外国より宮津港に輸入する貨物の消費地は神戸地方に多からずして京都・大阪・名古屋・金沢等の地方に多きや知べきなり、殊に京都府は美術工芸品及雑貨の製産地且製茶の本場なれば、外国貿易上京鶴線の国家に利益あるや亦明かなり
    交通上の関係
鉄道の人事交通上に於ける関係の要務は、人々の交通往来する都邑と都邑とを連絡し、遂に全国の首府に貫通するにあり、蓋し舞鶴と土山との間に従来如何なる人事の通交ありし乎、我等実に其見るべきものあるを知らざるなり、然るに京都と山陰地方との交通は、其来由すること旧く、通常人事の上に於ても、将た商業取引の上に於ても、密着して殆んど離る可らざるの関係を有せり、左表は京都市参事会に於て調査したる、京都と三丹地方との人事交通関係表なり、亦以て其関係の厚きを知るに足るべし
 - 第20巻 p.336 -ページ画像 
      三丹地方の京都に於ける人事交通関係表

図表を画像で表示三丹地方の京都に於ける人事交通関係表

 種目            員数        種目            員数                     人                     人 旅客   普通旅客     二〇九、六六四   臨時雇人  酒造出嫁人   七、九七〇      親族に関する旅客  四七、〇八三         製茶出嫁人   一、八三六      合計       二五六、七四七         合計      九、八〇六 常時雇人 男女職工      一七、〇一七   移住人   人口      七、九六七      通常婢僕       八、九四一         戸数      三、八〇六      合計        二五、九五八   親族           三六、二〇七 



(備考)
 旅客・常時雇人・臨時雇人の数は一ケ年の員数にして、移住人は当代より三代前まで、親族は現在のものなり
而して更に之を丹波・丹後・但馬の国別とすれば左表の如し

図表を画像で表示--

     旅客               常時雇人           臨時雇人          移住人           親族     普通旅客  親族に関する旅客   男女職工    通常婢僕   酒造出嫁人  製茶出嫁人  人口     戸数           人       人       人      人      人      人      人      戸       戸 丹波  一二三、六六一  二五、四七五   八、五一〇  四、四二二  二、三〇八  一、〇四一  五、四七八  二、五一六  一八、八一一 丹後   五四、八九一  一二、九四三   五、三六九  二、四六五    三六五    二八七  一、八三一    九四五  一〇、〇一九 但馬   三一、一一二   八、六六五   三、一三八  二、〇三四  五、二九七    五〇八    六五八    三四四   七、三七七 計   二〇九、六六四  四七、〇八三  一七、〇一七  八、九四一  七、九七〇  一、八三六  七、九六七  三、八〇五  三六、二〇七 



然り而して更に全国の大躰に就き、京鶴・土鶴両線の人事交通上に於ける便否如何を観察するに、国の首府なる東京に達する距離に非常の懸隔あり、又内国商業の中心たる大阪に達するにも其差少なからず、今之を比較すれば即ち左の如し
 舞鶴より京都を経て東京に至る間   三百八十六哩
 舞鶴より土山を経て東京に至る間   四百六十六哩
    京鶴線の方    差引   八十哩近し
 舞鶴より京都を経て大阪に至る間   八十四哩
 舞鶴より土山を経て大阪に至る間   百十哩
    京鶴線の方    差引   二十六哩近し
是に由て之を観れば、人事交通上、舞鶴・土山線の迂廻不便にして、京都・舞鶴線の便利適当なるや明かなり、殊にシベリヤ鉄道開通の後欧洲大陸諸国より浦塩斯徳を経て我が舞鶴に渡航し京阪及東京に来る人ある場合に当て、若し京鶴線の成らざるが如きことあらば、彼の外国人は前記するが如き土鶴線の迂路に由らざるを得ず、是れ豈に不便利至極のことならずや、故に我等は人事交通の上に於ても、京鶴線を以て至当と認むるなり
京鶴・土鶴両線に於て、軍備上・理財上・交通上の得失便否概ね以上陳述するが如くなれば、其両線の優劣素より同日の論にあらざるや明白なり、且夫れ京鶴線に付ては前記三事の外猶ほ特に一つの注意を要するものあり、他にあらず帝国の名都是なり、抑も京都は 桓武聖帝奠都より一千有余年を持続したる世界無比の名都にして今尚ほ京都の大号を存し、国家の大礼なる登極の儀、大嘗の典に至ても、京都に於て行はせらるゝことに定められ、又美術工芸は千古の精粋を遺存して益々改良を勉め、歴史上の名所旧跡は洛の内外に散在して、山水風光の清秀と共に其美を発し、実に帝国の公園、世界の楽境たるの躰を具
 - 第20巻 p.337 -ページ画像 
へり、然るに今此舞鶴線にして万一土山線に成るが如きことあらば、此帝国の公園、世界の楽境も大に其品位を毀損するに至るべし、是れ我等の深く憂慮する所なり、之れに反し京鶴鉄道の敷設せらるゝ時は益々此名都を旺盛にし、此楽園を優麗ならしめ、以て世界に誇示すに足るべし、故に我等は此名都の隆盛を希図するより思ふも、将た国光発揚の上より考ふるも、京鶴鉄道の最も必要なることを感ずるなり
然るに土山・神戸地方の有志者は、以上所述の事実を顧みず、漫りに架空の妄説を述べて世論を瞞着せんとするが如きの様あり、若し議員各位に於て、彼れ有志者の唱説する所を聞き、其事理実情の如何を査察せられ、而して我等が言ふ所と之を対照せらるゝことあらば、其得失便否更に瞭然たるを信するなり、而して彼れ有志者は、土鶴線路工事の容易にして其費用の京鶴線より少きを主張し以て土鶴線の必要なることを唱導せり、然れども是れ事業の目的と手段とを混同したるの誤論なり、抑も鉄道敷設の目的は、既に前述したるが如く、軍備・理財・交通の三事にあり、而して工事の難易費用の多少は之れが手段方法なり、譬へば玆に一商店を開く者ありとせんか、其開店の目的は、商品を盛んに販売し利益を多く得んとするにあり、然るに此商人にして、唯開店の費用の少きを旨とし、其場所は諸人交通往来の閑散なる裏路を撰み、其店の装飾は粗造なる仕入物を以てし、其店員は不熟練にして無愛嬌の者を用ゆるとせば、果して能く商業開店の目的に適ひたりと云ふべき乎、蓋し何人と雖も此の如き迂濶なることを為さゞるべし、苟くも商業に通する者に在ては、其場所は最も交通往来の繁多なる所を撰み、其店の装飾は精良美麗なる者を以てし、其店員は熟練にして且愛嬌ある者を用ひんとするや必然なり
然るに今鉄道を敷設するに当り、其目的たる軍備・理財・交通の得失如何は之れを是れ顧みず、唯工事の易きと費用の少きとの故を以て、鉄道を敷設すべしと云ふ者あらば如何、是れ豈に前者に類似する者にあらずして何ぞ、我等は彼れ有志者の説実に此の如くなるを見るなり而して京鶴・土鶴両線実際上、工事の難易及費用の多少如何と尋るに此頃鉄道技師が実測の結果を伝聞するに左記の如くにして、京鶴線は当初世人が想像せし如き難路にあらざるのみならず、工事に要する原料たる木石材を購求するに便宜なることを発見せりと云ふ(此地方にては煉瓦石を他より購入するより石材を用ゆる方廉価にして効益なるの利あるに由る)
      京鶴間哩数及工事関係表

図表を画像で表示京鶴間哩数及工事関係表

  個所       哩数   極度の勾配   工事の模様 自 京都停車場   六哩   無勾配     平易 至 葛野郡嵯峨 自 同上      七哩   百分一以内   隧道三ケ所難 至 南桑田郡亀岡 自 同上      六哩   無勾配     平易 至 船井郡鳥羽 自 同上      六哩   自八十分一   短隧道一ケ所易 至 同郡殿田         至九十分一 自 同上      九哩   同上      稍難 至 同郡本庄 自 同上      八哩   同上      稍難 至 何鹿郡山家 自 同上      三哩   同上      易 至 同郡綾部 自 同上      四哩   九十分以内   易 至 同郡上杉 自 同上      八哩   百分一以内   短隧道一ケ所平易 至 加佐郡舞鶴  以下p.338 ページ画像  合計      五十七哩 



然り而して土鶴線実測の結果は、七十哩余なりと云ふ、然るに彼れ有志者は頻りに線路の平夷にして工事の容易なることを唱説すと雖も、京鶴線と土鶴線と合同するに丹後何鹿郡以北に於ては、同一の工事なれば険夷共に差異ある理なし、唯其東南の線路に於て京鶴線の方少しく難路ありと仮定し、而して工事の事は我等之を確知するを得ずと雖も両線の合同する綾部・舞鶴間の工費を平均一哩に付四万円、土山・綾部間の工費を平均一哩三万五千円、京都・綾部間の工費を一哩四万五千円と仮定して、両線の工費を算出すれば左の如し、蓋し綾部東南部に於て両線工費の差一哩に付平均壱万円と仮定すれば、実際余りあるも不足なかるべしと信すれとも、尚ほ仮令壱万五千円の差ありとするも、其工費の超過は僅かに十七万五千円に過きざるなり

     京都より綾部まて  四十二哩  金百八十九万円
 京鶴線 綾部より舞鶴まて  十五哩   金六十万円
     合計        五十七哩  金弐百四十九万円
     土山より綾部まて  五十五哩  金百九十二万五千円
 土鶴線 綾部より舞鶴まて  十五哩   金六十万円
     合計        七十哩   金弐百五十二万五千円

京鶴・土鶴両線の比較、大要前来陳述するが如し、我等不肖と雖とも豈に漫に事実を抂けて意見を述る者ならんや、亦京都に居住するが為め、国家の実業たる鉄道を其地方に敷設せられんことを熱望する者ならんや、唯鉄道敷設の本旨目的に依拠し、其実際の得失を観察し、正理に鑑み公道に照し、以て京鶴鉄道の必要至当なることを確認したるが故に、敢て本線の敷設を希望して止まざるものなり