デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

7章 経済団体及ビ民間諸会
1節 商業会議所
3款 東京商業会議所
■綱文

第21巻 p.174-184(DK210019k) ページ画像

明治29年9月15日(1896年)

是日栄一当会議所会頭トシテ、先ニ農商務省ヨリ調査ヲ依頼サレタル米穀・食塩・魚肥ノ荷造ノ件ニ関シ、同省農務局長藤田四郎・商工局長安藤太郎ニ回報ス。


■資料

東京商業会議所月報 第四七号・第一―三頁 明治二九年七月 【○六月三日、本会議所…】(DK210019k-0001)
第21巻 p.174 ページ画像

東京商業会議所月報  第四七号・第一―三頁 明治二九年七月
○六月三日、本会議所事務所ニ於テ第五十三回臨時会議ヲ開ク、当日ノ出席者ハ左ノ如シ
 加東徳三君 ○外二十一名氏名略
午後六時三十分開議、会頭渋沢栄一君議長席ニ着キ、左ノ件々ヲ議事ニ附シ、午後八時二十分閉会ス
○中略
 一、俵製荷造改良ノ義ニ付農商務省農務局長、商工局長ヨリ照会ノ件
本件ハ全会一致ヲ以テ役員会議ノ意見ノ如ク委員ニ附託シテ調査セシムルニ決シ、委員ハ議長ノ指名ニ任スヘシト決ス(本件ニ関スル農商務省農務局長・商工局長ノ依頼書全文ハ参照ノ部第六号ニ掲載ス)


東京商業会議所月報 第四七号・第三一頁 明治二九年七月 【○参照第六号 六月三日臨時…】(DK210019k-0002)
第21巻 p.174-175 ページ画像

東京商業会議所月報  第四七号・第三一頁 明治二九年七月
○参照第六号
 六月三日臨時会議ノ決議ニ依リ委員ニ調査ヲ附託セシ俵製荷造改良ニ関スル農商務省農務局長及商工局長ノ依頼書全文ハ左ノ如シ
俵製造改良ニ係ル別紙事項ニ付六月三十日迄ニ御調査煩度、此段及御依頼候也
 - 第21巻 p.175 -ページ画像 
   明治二十九年五月八日
             農商務省農務局長 藤田四郎
             農商務省商工局長 安藤太郎
    東京商業会議所会頭 渋沢栄一殿
(別紙)
    米穀・食塩及魚肥ノ俵製造ニ係ル調査事項
左ノ各項ハ米穀・食塩及魚肥ニ付各別ニ調査スルヲ要ス
 一貴地ニ於テ主ニ取引スル各地産商品ノ俵製荷造ノ旧慣法
 一前項各地旧慣法ノ長所及欠点
 一俵製荷造ノ改良急務ナルヤ否
 一若シ改良ヲ要ストセハ改良俵ノ編方(内俵・外俵ニ要スル藁ノ重量、編縄ノ数等)
 一同上改良俵ノ升量及形状(口径ト長サノ割合等)
 一各俵ノ升量ヲ全国一定ナラシムルノ便否
 一若シ各俵升量ヲ全国一定ナラシムルヲ便ナリトセハ、広ク実行セシムルニ就テノ方案
 一改良荷造ノ方法(竪縄・横縄ノ数及其緊縛ノ方法等)
 一改良俵製荷造法ヲ実行セシムルトセハ各地産商品ニ対シ製俵上・荷装上労費ノ増加スル額
 一改良法ニ由リ製俵荷装ヲ行ヒタル商品ハ生産者ニ於テ相当ノ高価ニテ売却シ得ヘキ見込アリヤ
 一改良俵製荷造ノ方法ヲ広ク実行セシムルニ就テノ方案


東京商業会議所月報 第四七号・第一―三頁 明治二九年七月 【○六月三日、本会議所…】(DK210019k-0003)
第21巻 p.175 ページ画像

東京商業会議所月報  第四七号・第一―三頁 明治二九年七月
○六月三日、本会議所事務所ニ於テ第五十三回臨時会議ヲ開ク、当日ノ出席者ハ左ノ如シ
 加東徳三君 ○外二十一名氏名略
午後六時三十分開議、会頭渋沢栄一君議長席ニ着キ、左ノ件々ヲ議事ニ附シ、午後八時二十分閉会ス
○中略
議長ハ前記ノ決議ニ従ヒ六月四日左ノ如ク各種委員ヲ指名セリ
    各種調査委員
○中略
一俵製荷造改良ノ件
  奥三郎兵衛君  野本伝七君  野中万助君
  渋沢喜作君   鳥海清左衛門君


東京商業会議所月報 第四七号・第四頁 明治二九年七月 【○同月 ○六月十八日…】(DK210019k-0004)
第21巻 p.175 ページ画像

東京商業会議所月報  第四七号・第四頁 明治二九年七月
○同月 ○六月十八日午後四時、本会議所事務所ニ於テ俵製荷造改良ノ件調査委員会議ヲ開キ、委員長ヲ選挙シ、午後五時閉会ス、選挙ノ結果左ノ如シ
                 委員長 奥三郎兵衛君


東京商業会議所月報 第四八号・第四頁 明治二九年八月 【○同月 ○七月二十一日午後…】(DK210019k-0005)
第21巻 p.175-176 ページ画像

東京商業会議所月報  第四八号・第四頁 明治二九年八月
 - 第21巻 p.176 -ページ画像 
○同月 ○七月二十一日午後五時、本会議所事務所ニ於テ委員会議ヲ開キ俵製荷造改良ノ件ヲ審議シ、午後八時三十分閉会ス


東京商業会議所月報 第四九号・第六頁 明治二九年九月 【○八月四日午前九時、…】(DK210019k-0006)
第21巻 p.176 ページ画像

東京商業会議所月報  第四九号・第六頁 明治二九年九月
○八月四日午前九時、本会議所事務所ニ於テ委員会議ヲ開キ、俵製荷造改良ノ件ヲ審議シ、正午閉会セリ


東京商業会議所月報 第五〇号・第一三頁 明治二九年一〇月 【○九月十二日、本会議…】(DK210019k-0007)
第21巻 p.176 ページ画像

東京商業会議所月報  第五〇号・第一三頁 明治二九年一〇月
○九月十二日、本会議所事務所ニ於テ第五十四回臨時会議ヲ開ク、当日ノ出席者ハ左ノ如シ
 朝吹英二君 ○外二十六名氏名略
午後六時五分開議、会頭渋沢栄一君議長席ニ着キ、左ノ件々ヲ議事ニ附シ、午後九時五十分閉会ス
○中略
 一、俵製荷造改良ノ件調査報告(委員会議提出)
本件ハ全会一致ヲ以テ委員報告ノ如ク農商務省農務局長並ニ商工局長ヘ回報スルニ決ス


東京商業会議所月報 第五〇号・第一五頁 明治二九年一〇月 【○同月 ○九月十五日…】(DK210019k-0008)
第21巻 p.176 ページ画像

東京商業会議所月報  第五〇号・第一五頁 明治二九年一〇月
○同月 ○九月十五日、俵製荷造改良ノ件ニ関シ農商務省農務局長並商工局長ヘ回報書ヲ発送ス(回報書ノ全文ハ参照ノ部第三号ニ掲載ス)


東京商業会議所月報 第五〇号・第一六―二二頁 明治二九年一〇月 【○参照第三号 九月十二日臨…】(DK210019k-0009)
第21巻 p.176-182 ページ画像

東京商業会議所月報  第五〇号・第一六―二二頁 明治二九年一〇月
○参照第三号
 九月十二日臨時会議ノ決議ニ依リ、同月十五日農商務省農務・商工両局長ヘ発送セル俵製荷造改良ノ件回報書全文ハ左ノ如シ
去五月八日附ヲ以テ俵製荷造改良ニ係ル事項ニ就キ調査方御依頼ノ趣承知仕候、右ハ其後篤ト遂取調候処、其結果ハ別紙ノ通リニ有之候間左様御承知相成度、此段本会議所ノ決議ニ依リ御回報申上候也
  明治二十九年九月十五日
            東京商業会議所会頭 渋沢栄一
    農商務省農務局長 藤田四郎殿
    農商務省商工局長 安藤太郎殿
(別紙)
    米穀・食塩及魚肥ノ俵製荷造ニ係ル事項
一東京市ニ於テ主ニ取引スル各地産商品ノ俵製荷造ノ旧慣法
     米穀
 米穀ハ全国各地概ネ之ヲ産セサルハ無キヲ以テ、其俵製ノ如キ土地ノ情況ニ従ヒ、藁俵一重アリ、藁莚二重アリ、或ハ叺入アリ、区々一定セス、随テ其升量亦同シカラスト雖トモ試ミニ其概要ヲ示セハ左ノ如シ
 俵装 竪縄ハ通例二本ヲ用ユレトモ、中ニハ一本ヲ用ユルモノアリ横縄ハ通例五本ヲ用ヒ、稀ニ三本若クハ七本ヲ用ユルモノアリ、俵皮編ハ四所編ヲ通例トス、稀ニ五所編若クハ六所編アリ、而シテ中
 - 第21巻 p.177 -ページ画像 
ニハ莚皮若クハ藁皮ヲ用ユルモノアリ
 升量 ハ大要左ノ如シ

   産地        小俵升量        中俵升量        大俵升量
  陸前米       ナシ          四斗入         五斗入
  陸中米       ナシ          四斗入         ナシ
      庄内    ナシ          四斗入         五斗一升入
  羽前米
      本庄    ナシ          三斗七升入       ナシ
  羽後米       三斗五升入       ナシ          ナシ
  越中米       ナシ          四斗入         五斗入
  越後米       ナシ          四斗三升入       四斗七升乃至五斗入
  越前米       ナシ          四斗二升乃至四斗六升入 ナシ
  伊勢米       ナシ          四斗乃至四斗二升入   ナシ
  美濃米       ナシ          四斗二升入       ナシ
  尾張米       ナシ          四斗二升入       五斗入
  参州米       ナシ          四斗入         ナシ
  遠州米       ナシ          四斗二升入       ナシ
  筑前米       三斗四升入       ナシ          ナシ
  筑後米       三斗五升乃至三斗七升入 ナシ          ナシ
  肥前米       三斗五升乃至四斗入   ナシ          ナシ
  肥後米       三斗五升乃至三斗七升入 ナシ          ナシ
  摂津米       ナシ          四斗二升入       ナシ
 地廻ノ内
  常陸米       ナシ          四斗二升入       五斗入
  両総・両野・武州米 ナシ          四斗入         ナシ

 俵形 長凡一尺八寸位ヨリ三尺位マテ径凡一尺二寸位ヨリ一尺六寸位マテナリ
     食塩
 食塩ノ俵製荷造モ亦一ナラス、其梗概ヲ挙示スレハ左ノ如シ
 赤穂(播磨ニテ産ス) 藁菰ヲ以テ俵製シ、細縄ニテ横三ケ所ヲ結ヒ、俵ノ竪ニ六条ノ細縄ヲ掛ケ(但シ従前ハ四条ノ細縄ヲ掛ケタリ)両小口ヲ梅鉢形ニカヽリ、元浜仕出シノ節ハ一俵ノ升量三斗五升ニシテ其量目凡九貫八百目ナレトモ、品川着ノ上之ヲ受渡スルニハ三斗二升ヲ以テ本準トス、是レ畢竟スルニ運送中「ニガリ」ノ為メ自然ノ減量アルニ由ル
 大塩(播磨ニテ産ス) 荷造ハ前ト同シ、元浜仕出シノ節ハ一俵ノ升量凡四斗ニシテ其量目凡十貫目ナレトモ、品川着ノ上之ヲ受渡スルニハ九貫三百目ヲ以テ本準トス、其理由前ニ述フル所ノ如シ
 本斎田(阿波ニテ産ス) 俵ノ竪ニ四条ノ細縄ヲ掛クル一事ノ外ハ其荷造総テ前ト同シ、元浜仕出シノ節ハ一俵ノ升量凡二斗五升内外ニシテ其量目凡七貫目ナレトモ、品川着ノ上之ヲ受渡スルニハ六貫五百目ヲ本準トス、其理由前ニ述フル所ノ如シ
 新斎田(備前・備中・備後・安芸・周防長門・讃岐・伊予等ニテ産ス)荷造ハ前ト大同小異ナリ、此等ノ塩ハ其名称種々アリト雖モ、東京ニ於テハ一般ニ之ヲ新斎田塩ト称ス、元浜仕出シノ節ハ一俵ノ升量凡二斗五升内外ニシテ其量目六貫八百目ナレトモ、品川着ノ上之ヲ受渡スルニハ六貫二百目ヲ以
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テ本準トス、其理由前ニ述フル所ノ如シ
 以上各種ハ東京ニ於テ俵直シト称シ、取引上慣用ノ目方即チ赤穂ハ九貫目、大塩ハ九貫百目、本斎田ハ六貫四百目、新斎田ハ六貫二百目ニ均ラシテ改俵造ヲ為シ、横縄ヲ三ケ所ニ掛ケ需用地ニ運搬スルヲ通例トシ、其汽車積トシテ奥羽其他ノ地方ヘ輸送スルモノハ更ニ外部ヲ薄キ莚ヲ以テ包ミ、横縄一ケ所(買人ノ望ミニ依リ三ケ所括リト為スコトアリ、此場合ハ別ニ賃銭ヲ徴ス)及十文字形ニ竪縄ヲ施スヲ例トス、又近年東京ニ於テ行ハルヽ一種ノ俵製ニ古積塩《コツミ》(通称四ツ半)ト称スルモノアリ、右ハ藁俵ナレトモ別ニ厚キ俵ヲ製シ、太縄ヲ以テ縦横ヲ緊括スルモノナリ
     魚肥
 本品ノ俵製荷造亦一ナラス、其概要ハ左ノ如シ
 内海及鎌倉(千葉県寒川・曾我野最寄ヨリ以南房州山館辺迄、東京湾以南羽根田・大津・鎌倉ニ至ル間)ヨリ陸奥ニ至ル迄ノ各浜ニ産スル魚肥ハ立莚又ハ耳織莚ヲ以テ包装シ(皆掛九貫目俵ニシテ五百目掛莚ヲ用ユルアリ、同十五貫目俵ニシテ六百目掛莚ヲ用ユルアリ)縄ヲ以テ胴三ケ所ヲ結ヒ、両小口ヲカヾリ、立縄ヲ掛ケ、両小口ヘ莚切ヲ入ルルアリ、又ハ入レサルアリ、中通シ(小口ヨリ小口ヘ縄ニテ胴中ヲ通シ両小口ノカヾリヲ締メルヲ云フ)ヲ附スルアリ、又ハ附セサルアリ
 北海道各地ニテ産スル魚肥ハ、耳織莚ニテ包装シ、両小口ヘ莚切ヲ入レ、縄ヲ以テ胴一ケ所ヲ結フヲ通例トス、而シテ函館ヲ経テ京坂ニ輸送スルモノハ、之ヲ改造シ、更ニ胴縄ヲ三ケ所ヘ掛ケ、両小口ノカヾリヘ増縄ヲ掛クルコトアリ、或ハ原俵ノ儘ニテ輸送スルコトアリ
 各種魚肥一俵ノ量目ハ左ノ如シ



   産地                    量目(皆掛)           風袋
  参州及尾州                 自十貫目至十二三貫目      一貫目乃至一貫五百目
  内海及鎌倉                 自八貫目内外至十七貫目     七百目内外乃至一貫五百目
  房州磯村最寄上総夷隅郡迄          自十二三貫目至十四五貫目    八百目乃至一貫六百目
  上総九十九里浜               自八貫目内外至十一貫目     五百目乃至八百目
  下総銚子常陸鹿島水戸及磐城         自八九貫目至十三四貫目     六七百目乃至一貫目
  陸前陸中                  凡十五貫六七百目        七百貫《(目)》
  陸奥八戸                  凡十五貫目内外         六七百目
  北海道函館及附近地方            自二十六七貫目至三十五六貫目  一貫目乃至一貫四五百目(一貫八百目又ハ二貫目ノモノモアリ)
  北海道樽前浦川幌泉及釧路厚岸        自二十五貫目至二十九貫目内外  一貫四百目乃至一貫八百目
  北海道北見石狩天塩後志小樽ヨリ渡島江差迄  自二十四五貫目至二十七八貫目  一貫百目乃至一貫四五百目
  北海道根室                  二十五貫目内外        風袋不同ナシ



   本表ニ示ス如ク風袋ニ不同アルハ莚ヲ故ラニ重量ニ編製シ、又莚ハ左マテ重量ナラザルモ小口莚(俵ノ両小口ニ当ツル莚切)ニ故ラニ重量ノモノヲ用ユルアルニ由ル
一前項各地旧慣法ノ長所及欠点
 単ニ各産地ノ俵製荷造ノ大体ニ就テ其優劣ヲ較スルトキハ長短ノ云フヘキモノ無キニ非ス、例ヘハ米穀ニ在テハ伊勢米其他東海道筋ノモノハ俵製荷造概シテ劣等ニシテ、庄内及越前米ハ概シテ優等ト称セラレ、魚肥ニ在テハ三陸地方及ヒ北海道根室ハ其俵造優等ニシテ他ハ概ネ粗造ノ評ヲ免カレサルカ如キ是レナリ、然レトモ俵ノ編方
 - 第21巻 p.179 -ページ画像 
縄ノ掛方、小口ノカヾリ方等各俵製荷造ノ細目ニ就テハ特ニ長所欠点トシテ指摘スヘキモノナシ、要スルニ現時ノ俵製荷造ハ米穀・食塩・魚肥ニ論ナク、概シテ粗製濫造甚シク、運搬中漏脱減耗ノ弊アルハ蔽フヘカラサルノ事実ナリトス
一俵製荷造ノ改良急務ナルヤ否
 前項ニ述フルカ如キ事実ナルヲ以テ、俵製荷造ノ改良ヲ謀ルハ固ヨリ希望スル所ナリ、然レトモ土地各々其慣習ヲ異ニシ、強ヒテ画一ノ方法ニ依リ一時ニ改良セシメント欲スルモ其目的ヲ達シ得ヘキニ非ス、故ニ其改良ハ俵造ヲ一層堅固ニシ、及フヘキ限リ漏脱減耗ノ弊ナカラシムルヲ主トシ、漸次ニ之カ実行ヲ期シ其方法ノ如キハ各製産者ノ択フ所ニ一任スルノ外ナシト信ス
一若シ改良ヲ要ストセハ改良俵ノ編方(内俵外俵ニ要スル藁ノ重量、編縄ノ数等)
 前項ニ述フルカ如ク改良ハ必要ナラサルニ非スト雖トモ、製俵ノ原料ハ土地ニ従ヒ一定セス、等シク藁ヲ用フルモノニ在テモ風土ノ如何ニ依リ藁ノ長短一ナラス、其品質亦強剛脆弱ノ差アリ、随テ従来製産者カ使用スル藁皮莚皮ノ編製器ノ如キモ其原料ノ精粗長短ニ応シテ各地其製作ヲ異ニスルモノアリ、塩俵ノ如キニ至テハ土地ノ情況ニ依リテ藁ニ代フルニ麦稈ヲ以テスルモノスラ無キニ非ス、是クノ如キ事情ナルカ故ニ改良俵ノ編方ノ如キハ土地ノ情況如何ニ依リテ之ヲ定ムルノ外ナク、決シテ一定ト為シ得ヘキモノニアラスト信ス、参考トシテ左ニ当市ニ於ケル当業者ノ希望ヲ附記ス
 米穀 改良俵ニ望ムヘキ編方ハ別段従来ノモノヲ変更スルヲ要セス藁ノ重量ハ全体ニテ一貫二百目内外トシ、編縄ノ数ハ四ケ所トスルコト全国一般ナレハ此レニテ不足ナシ、只従来ノ如キ粗雑ノ編方ヲ禁シ其編製ヲ堅固叮嚀ナラシムルヲ要ス、其編製ニシテ堅固叮嚀ナラハ決シテ漏米ノ患ヒナキナリ、俵装ハ一種ノ商標ニシテ一見其何国産タルヲ識別スルノ目標トナルモノナレハ、之ヲ改良スルニ当リテハ常ニ各産地固有ノ性質ヲ失ハサランコトニ注意スルヲ可トス
 食塩 改良俵ハ一俵即チ一枚ニ付大俵ハ藁凡六百目トシ、編縄ハ六ケ所トシテ編縄ト編縄トノ間隔ヲ凡二寸、竪ヲ一尺二寸、口径ヲ一尺四寸ト為スヲ要ス、又小俵ハ藁凡四百五十目トシ編方ハ五ケ所、其間隔ヲ二寸、竪ヲ一尺、口径ヲ一尺二寸ト為スヲ要ス、大俵・小俵共ニ厚ク編ムニ於テハ必スシモ二重ト為スヲ要セス
 魚肥 内地産正味十五貫目入俵ハ莚ノ量目五百目トシ竪五尺八寸、幅二尺八寸、筬数十九立トスヘク、北海道産正味二十四貫目入俵ハ莚ノ量目八百目トシ竪六尺、幅三尺一寸、筬数二十一立トスヘシ
右ハ当市当業者間ニ於テ希望スル所ノ一斑ナリ、此点ニ関シ当市ノ運漕業者ハ米穀ニ在テハ外俵ハ藁菰ヲ廃シテ莚造ト為シ、食塩ニ在テハ藁菰編方ヲ成ルヘク細カク、且ツ二重俵装ト為スコトヲ希望セリ
一同上改良俵ノ升量及形状(口径ト長サノ割合等)
 本項亦土地ノ情況如何ニ従ヒ宜キヲ制スルノ外ナシト信スト雖トモ
 - 第21巻 p.180 -ページ画像 
参考ノ為メニ当市ニ於ケル当業者ノ希望ヲ左ニ掲ク
 米穀 升量ハ各地ノ旧慣一ナラサルヘシト雖トモ、東京ニ輸入スル米穀ハ一般ニ四斗二升入トスルヲ便利トス、是レ運搬上軽重其度ニ適ヒ、自然俵造ヲ損傷スルコト少ナク、且ツ精米臼入ニモ好都合ナルカ故ナリ、形状ハ事情ノ許ルス限リ其国固有ノモノニ拠ルヲ可トスルモ、強ヒテ選ハヽ越前米ノ如ク長サハ凡曲尺二尺六・七寸ト為スヲ可トス、之ヲ四斗二升量トセハ口径自カラ適度ヲ得テ、倉庫ノ積付其他ニ就テ幾多ノ便利アラン
 食塩 升量及形状ハ大俵ハ三斗五升入(俵ノ長サ一尺二寸、口径一尺四寸)小俵ハ二斗五升入(俵ノ長サ一尺、口径一尺二寸)トセハ適度ヲ得ン
 魚肥 俵装ノ形状ニ就テハ別ニ望ム所ナシト雖トモ、量目ハ総テ内地産ヲ正味十五貫目風袋凡七百目トシ、北海道産ヲ正味二十四貫目風袋一貫二百目トスルヲ可トス
 而シテ此点ニ関シ当市運漕業者ハ米穀ニ在テハ升量ヲ四斗トシ、形状ハ長キニ失セサルコトニ注意スヘク、魚肥ハ升量ヲ十五・六貫目(北海道ハ俵製品供給其他ニ特種ノ事情モアレハ二十貫目)トシ、形状ハ米穀同様長キニ失セサルコトニ注意スヘシト希望セリ
一各俵ノ升量ヲ全国一定ナラシムルノ便否
 若シ事情ニシテ之ヲ許ルサハ、各俵ノ升量ヲシテ全国一定ナラシムルハ取引上・運搬上時ニ便利ナキニアラサルヘシト雖トモ、風土ノ如何ニ依リテ製俵ヲ同一ナラシムル能ハサルコト前文已ニ述フル所ノ如クナルカ上ニ、輸送スヘキ土地ノ情況ニ従フテ其升量ヲ異ニスルノ必要ナキニアラサルヘシ、左レハ強ヒテ各俵ノ升量ヲ全国一定ナラシムルハ実際ニ於テ却テ不便少カラスト信ス
一若シ各俵升量ヲ全国一定ナラシムルヲ便ナリトセハ、広ク実行セシムルニ就テノ方案
 前項述フルカ如キ理由ナルニ依リ本項ニ対シテハ別ニ意見ヲ附スルノ要ナシ
一改良荷造ノ方法(竪縄・横縄ノ数及緊縛ノ方法等)
 荷造ノ改良ハ俵装及ヒ升量ニ伴フヘキモノナレハ是レ亦土地ノ情況ニ従ヒ其宜キヲ制スルノ外ナシト信ス、今試ミニ当市ニ於ケル当業者ノ希望スル所ヲ掲ケテ参考ニ供スレハ左ノ如シ
 米穀 従来一般ニ行ハルヽ如ク竪縄ハ四ケ所(越中米ハ二筋ツヽヲ用ユレトモ、二筋分ヲ一筋トシテ太キ縄ヲ用ヒハ二筋トスル必要ナシ)横縄ハ五ケ所ニテ別ニ不足ヲ感セサルモ、越後・本庄・津軽・矢島(羽後)等ニテ五ケ所ノ横縄ヲ間隔ナク俵ノ中央ニ集ムル習慣ノ如キ、又越中ニテ掛縄ヲ緊縛セス捩ヂ挿ミニスル習慣ノ如キハ之ヲ改良スルヲ要ス、而シテ口カヽリ縄ハ概ネ細キニ過クル嫌ヒアリ、横縄ト同一ノ縄ヲ用ヒ、カヽリ元ノ数ハ十三通シト為サハ相当ナラン
 食塩 横縄ヲ三ケ所ニ掛ケ、之レニ竪縄ヲ十文字ニ施シ竪横共ニ緊縛スレハ漏脱ノ患ヒナシ
 魚肥 内地産改良俵(正味十五貫目)ハ莚ハ竪五尺八寸、幅二尺八
 - 第21巻 p.181 -ページ画像 
寸ノモノヲ用ヒ、両小口ヘ方一尺ノ莚切ヲ入レ九ツ目通シ(一ツ飛ヒ菊カヽリ)、中通シ(小口ヨリ小口ヘ縄ヲ通シ両小口ノカヽリヲ締ルヲ云フ)、縄ニテ締メ胴縄三ケ所ヲ結ヒ、之レニ二方竪縄ヲ掛廻スヲ要ス、北海道産改良俵(正味二十四貫目)ハ莚ノ重量凡八百目トシ、両小口ヘ方一尺余ノ莚切ヲ入レ九ツ目通シ(一ツ飛ヒ菊カヽリ)、胴縄三ケ所ヲ結ヒ、太縄ヲ以テ四方竪縄ヲ掛廻スヲ要ス
 此点ニ関シ当市ノ運漕業者ハ米穀・食塩・魚肥トモ竪縄ハ四ケ所、即チ十文字形ニ掛ケ、横縄ハ米穀ニ在テハ細縄ヲ以テ五ケ所、食塩ハ三ケ所、魚肥ハ太縄ニテ三ケ所、孰レモ二筋掛トシテ緊縛シ、竪縄ハ俗ニ称スル「イボイ結」ト為スヲ希望セリ
一改良俵製荷造法ヲ実行セシムルトセハ各地産商品ニ対シ製俵上荷装上労費ノ増加スル額
 労費増加ノ割合ハ改良ノ程度ニ伴フヘキカ故ニ之ヲ明言スルニ由ナシト雖トモ、当市ニ於ケル当業者カ其希望スル改良ニ対シテ立テタル労費ノ見込ハ左ノ如シ
 米穀 俵製荷造ヲ改良スルモ別ニ材料ノ変更ヲ要スルニ非スシテ、只其製造ヲ堅固叮嚀ニスレハ足レル事実ナレハ、産地ノ農家ニ於テ其改良ヲ謀ルアラハ極メテ些少ノ労費ヲ以テ完全ノモノト為スヲ得ヘシ
 食塩 一俵ニ付凡七・八厘ノ増費ヲ見ルヘシ
 魚肥 改良俵ヲ実行スルヲ得ハ新旧費用ヲ比較シテ下ノ如キ結果ヲ見ルヘシ、即チ旧慣俵(正味八・九貫目)一人三十俵造リ、此日雇賃五十銭トシテ、一俵ニ要スル費用ヲ算スレハ手間賃一銭七厘莚四銭、上縄一銭三厘、計金七銭トナリ、改良俵(正味十五貫目)一人二十俵造リ此日雇費前同断トシテ、一俵ニ要スル費用ヲ算スレハ手間賃二銭五厘、莚四銭、上縄一銭八・九厘、計金八銭四・五厘トナリ、差引一銭四・五厘ノ差ヲ見ルト雖トモ、旧慣俵ニテ二百七十貫目ヲ三十俵ニ造ルモノ、改良俵ハ十八俵ニテ同貫目ヲ俵造スルヲ得ルカ故ニ、二百七十貫目ノ俵造ニ対シテ差引金五十七銭ノ利益ヲ見ル割合ナリ、北海道産正味三十貫目内外ノ旧慣俵ノ如キハ之ヲ改良俵(正味二十四貫目)トスルニ於テハ多少労費ヲ増スヘキモ、彼此平均セハ益アツテ損ナカラン
一改良法ニ由リ製俵荷造ヲ行ヒタル商品ハ生産者ニ於テ相当ノ高価ニテ売却シ得ヘキ見込アリヤ
 現時ノ取引ハ俵造ノ粗雑ナルカ為メ原品ノ漏脱減耗スル高ヲ見込ミ其価ヲ定ムルノ事情アルカ故ニ、改良法ニシテ実行セラレ商品ノ信用十分ナルニ至ラハ自然高価ニ売却セラレ得ヘキハ勿論ナリトス、然レトモ是レ製産地全体ニ改良ノ行ハレシ上ニ非サレハ見ル能ハサル結果ニシテ、一人一己ニ於テ改良ヲ行フモ直接ニ其製産者ヲ利益スル場合甚タ少ナシト信ス
一改良俵製荷造ノ方法ヲ広ク実行セシムルニ就テノ法案
 本邦現時ノ運輸ハ陸ニ汽車アリ、海ニ汽船アリ、主トシテ人肩馬背ニ頼リ有無相通シタル昔時ニ比スレハ固ヨリ同日ノ論ニ非ス、夫レ
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運輸ノ方法已ニ異ナレハ運輸サルヘキ米穀其他ノ俵製荷造亦従テ改良スヘキハ理勢ノ当然ナリ、然ルニ現時ノ俵製荷造ハ独リ昔時ニ比シテ改良ノ迹少ナキノミナラス、甚シキニ至テハ反テ益々粗雑ニ流レントシ、之レカ為メニ間接若シクハ直接ニ被ムル損害ハ極メテ尠少ナラサルモノアリ、是故ニ現時ノ俵製荷造ヲ改良シテ以テ間接直接ニ被ムルヘキ損失ヲ防クハ何人モ其必要ヲ認ムル所ナリト雖トモ土地各々其慣習ヲ異ニシテ強ヒテ一律ヲ以テ規スル能ハサルコト、略ホ前各項中ニ述ヘシ所ノ如ク、加フルニ縦令改良ノ方案確立スルモ之ヲ実行セシムルハ頗フル至難ナルヲ免カレス、蓋シ改良ニ因テ生スル利益ハ製産者ヨリ之ヲ視レハ、間接ニシテ所謂声価ニ伴フ利益ナレハ、製産地全体ニ於テ改良ノ実ヲ挙クルニ非サレハ製産者ヲシテ何等ノ利益ヲモ覚知セシムル能ハス、是レ改良ノ必要ナルヲ知ル、製産者モ其断行ニ蹰躇スル所以ナルヘシ、世上或ハ地方行政庁ヲシテ行政命令ヲ以テ強制セシメハ、容易ニ改良ヲ実行セシメ得ヘシト説クモノアリ、然レトモ此等ノ事ハ其性質上妄リニ行政命令ヲ以テ強制覊束スヘキモノニ非ス、若シ強ヒテ之ヲ覊束スルアランカ多少改良ノ実行ヲ見ルヘキモ、之カ為メニ弊害百出、物論四起シ未タ其利ヲ収メスシテ先ツ其弊ニ堪ヘサルニ至ルヘキハ瞭然タリ、事情是クノ如クナルカ故ニ、俵製荷造ノ改良ヲ広ク実行セシムルニ就テハ法令ノ力ヲ仮ラス、製産地ノ組合若クハ団体ヲシテ力ヲ之ニ致サシメ、以テ徐々ニ其効果ヲ収ムルノ外別ニ良方案ナカルヘキヲ信ス
   ○本資料第十七巻所収「東京商法会議所」明治十一年十二月十一日、同十四年九月二十八日ノ条、並ニ第十八巻所収「東京商工会」明治十八年一月五日ノ各条参照。



〔参考〕第九回東京商業会議所事務報告 第一二―一七頁 明治三三年四月刊(DK210019k-0010)
第21巻 p.182 ページ画像

第九回東京商業会議所事務報告  第一二―一七頁 明治三三年四月刊
一米穀ノ俵装ノ義ニ関シ新潟県内務部ヨリ照会ノ件
 本件ハ明治三十二年二月二十八日附ヲ以テ新潟県内務部ヨリノ照会ニ係リ、其要旨ハ、米穀俵装ノ如何ハ取引上・運送上ニ至大ノ関係アルヲ以テ之レカ一定ヲ謀リタキニ付、右ニ関スル意見ヲ回報アリタシト云フニ在リ、即チ同年三月八日附ヲ以テ左ノ如ク回報セリ
  去月二十八日附ヲ以テ米穀ノ俵装桝入ニ関シ御照会ノ趣委細承知仕候、同件ニ就キ曾テ本会議所ニ於テ取調候モノハ別紙写ノ通リニ有之候間、左様御承知相成度此段及御回報候也
   明治三十二年三月八日
                      東京商業会議所
    新潟県内務部長 御中
   ○別紙ハ前掲月報回報書ト同一ナルニツキ略ス。



〔参考〕荷造改良に関する意見 遠藤吉平著 第三四―四一頁 大正八年六月刊(DK210019k-0011)
第21巻 p.182-184 ページ画像

荷造改良に関する意見 遠藤吉平著  第三四―四一頁 大正八年六月刊
 ○荷造改良促進の経過
    七 農商務省より全国商業会議所への諮問
明治二十九年に、私は再び衆議院へ請願書を出しました、此時には前
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年の貴族院に於けるやうに、何の異議なく、願意採択と決議になり、議院から農商務大臣へ移諜されたのです。そこで榎本農商務大臣は、全国五十二個処の商業会議所に向て、左の如き諮問を発しました。
 第一 貴地ニ於テ主ニ取引スル各地商品ノ俵製荷造ノ旧慣法
 第二 前項各地旧慣法ノ長所及欠点
 第三 俵製荷造ノ改良急務ナルヤ否
 第四 若シ改良ヲ要ストセバ改良俵ノ編方(内俵外俵ニ要スル藁ノ重量、編縄ノ数等)
 第五 同上改良俵ノ升量及ビ形状(口径ト長サトノ割合等)
 第六 各俵ノ升量ヲ全国一定ナラシムルノ便否
 第七 若シ各俵ノ升量ヲ全国一定ナラシムルヲ便ナリトセバ広ク実行セシムルニ就テノ方案
 第八 改良荷造ノ方法(竪縄・横縄ノ数及ビ其緊縛ノ方法等)
 第九 改良俵製荷造ヲ実行セシムルトセバ各地産商品ニ対シ製俵上荷装上労費ノ増加スル額
 第十 改良法ニ由リ製俵荷装ヲ行ヒタル商品ハ生産者ニ於テ相当ノ高価ニ売却シ得ベキ見込アリヤ
 第十一 改良俵製荷造ノ方法ヲ広ク実行セシムルニ就テノ方案
以上の十一個条項をば、米・塩・魚粕の三者に就て、各別に調査せんことを求めたのでした。此内の或条項は私共に取つては知れ切つたことゝいひ度いのもありますが、大体に於ては実に要を得た諮詢で、殊に第四・第七・第八・第十一などは大切な事柄であります。
明治天皇の御治世は、日本の国運の進歩の最も著しいものであつたことは、私が今更かれこれ申すまでもない事ですが、私共の年輩の者は此絶大なる変化を、眼前に見て来た者であります、而して其御治世の中で、日清・日露の両戦役は、有らゆる方面の進歩の階段をば、最も鮮明に示して居ると思ひます。就中通商貿易、之れに伴ふ海陸運輸業は急激な進歩を致しました。明治二十九年は即ち日清戦役の終つた翌年で、明治の進歩の第一階段から、第二階段に移つた時であります。此頃の国民一般の自覚は、迚も過去数年間に於けるの比でなく、凡てに就て覚醒して来ました、荷造の事に就いても、今迄の仕来りでは実に不都合であるといふ事が、生産者・商人・運送業者一勢に感じて来た際で、農商務省から全国各地の商業会議所へ出した前掲の諮詢は、丁度人々の頭の中を往来して居た問題に触れたのでした。
各商業会議所から農商務省へ集まつた答案をば、農商務省は参考の為めにといふて、私の手許に送つて呉れました、私は多大の趣味を以て之れを一々研究したのでしたが、今之れを全部掲げる訳に参りませぬから、概括したところを述べて見ませう、先づ各項に就て要点を記します。
容量 九州方面では三斗五升入れを便利だといひ、其他の地方は四斗乃至四斗二升が一般であります。
長さと幅との比 これは大概二に対する一を可としました。
編処 函館からの答案には十個処とありましたが、之れを最高として各地色々でした、併し四五個処といふのが沢山でした。
 - 第21巻 p.184 -ページ画像 
横竪縄 皆十文字掛けを唱へまして横縄は外俵五個処が一般でした。
改良費 三四銭位といふのが大多数で、熊本からの答申には二十銭とありました、併し熊本では、之れ丈け掛けても利益があると申して居ました。
容量一定の可否 大概は之れを便利だと答申し、中には、最も希望すなどゝ申して居ますが、二三の県では困難だろうと掛念して居りました、東京丈けが之れを不便だと答申しました。
改良の急否 神戸では今日の儘で宜しいと答へ、高知は急務とは感せぬと曰ひ、東京からは改良は容易の業でないから漸次着手すべしとありました、此三個処の答申を除けば、就れも急務中の急務と唱へぬのはありませぬ。
改良実行法 之れは答申が大層区々でありまして、色々な考案を出して居ますが、大体三説に区別されます、第一は、主務省から法令を出して強行せよといふもの、第二は、各産地に組合とか団体とかを作つて、監督官に厳重に取締まらせよといふもの、第三は、取引所は改良しない米に打歩をせよ、改良しないものは輸出させるな、取引を許すなといふのであります。此答案の中には、単に斯様にしたら宜しかろうといふのもありますが、中には既に実行して結果が好いので、其法を主張して居るのも見えます、例令ば滋賀県では、第二の方法で成功しましたし、熊本県は第三の方法で漸々進歩して居ました、夫れで其方法を答申として居ります。
此答申で全国一般の趨向が判かるのでありますが、要するに、俵装は今日の状態では宜しくないといふに帰しました。農商務省でも之れを見て、余程改良の必要を感じたらしいのですが、自治的に改良させやう、徐徐と誘導しやうといふ方針であつたらしく思はれました。
明治三十年の三月に、神戸に第二回水産博覧会が開かれました。私は之れに評議員の辞令を内閣から受けまして、開会中度々参り、塩と絞粕と俵装の改良案、乱俵の為めに是等が漏脱する実況などを、大きな掛図にして出陳しましたが、此掛図は故田中芳男先生の請求により後に伊勢の神苑会へ寄附し、今尚ほ其処に在る筈です。此時全国塩田業者大会などもありましたので、私は塩俵改良の経過、尚ほ一層改良を要する所以などを述べたところ、満場の賛成を得ました。
夫れから五月には、広島に全国商業会議所聯合会が開かれたので、私は函館商業会議所を代表して出席し、荷造改良を建議しましたところ之れも満場の賛成を得ました。
玆で大に注意すべきことは、翌明治三十一年に日本郵船会社が一編の意見書を作りまして、荷造改良を各荷主に勧告したことであります。同社としては、主として船積の事柄に重きを措いたのでしたが、荷造不完全の為めに、取扱ひに困ること、荷主に及ぼす損害の大なることなどを、実際の状況から説いてありました、勿論其荷物も俵物のことばかりではありませんが、是等は大に荷主を覚醒したに相違ありません。