デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

2部 社会公共事業

1章 社会事業
3節 保健団体及ビ医療施設
1款 東京地方衛生会
■綱文

第24巻 p.414-422(DK240049k) ページ画像

明治12年8月2日(1879年)

是年、東京府下ニコレラ病発生シ猖獗ヲ極メ、是日、中央衛生会ノ決議ニ依リ、日本橋区蠣殻町二丁目七番地ニ東京地方衛生会、臨時開設サル。栄一、幹事ニ就任シ、予防費ヲ寄附シタルホカ尽力スルトコロアリ。同年十月十日当会ハ所期ノ目的ヲ達シ閉会ス。


■資料

東京日日新聞 第二三〇一号 明治一二年八月七日 【○東京地方衛生会ハ、…】(DK240049k-0001)
第24巻 p.414 ページ画像

東京日日新聞  第二三〇一号 明治一二年八月七日
○東京地方衛生会ハ、府会より福地源一郎・山中市兵衛・笠井庄兵衛荒木政樹・鹿島清四郎。商法会議所より渋沢栄一・中山譲治・小室信夫・子安峻・松尾儀助の諸君を委員と内務省より命せられ、其他の委員を併せて三十人の内より千田東京府大書記官・石井権中警視・江口権少警視・三間権少警視・石黒軍医正・松山棟庵・渋沢栄一・福地源一郎の八君を幹事と定められたり


第二法令類纂 巻之二十五(DK240049k-0002)
第24巻 p.414-415 ページ画像

第二法令類纂 巻之二十五        (東京府文庫所蔵)
                 東京府
別紙仮編成法ヲ以テ東京地方衛生会開設候条、同会開設中従前其処ニ於テ管理候衛生事務ハ同会ヘ可引渡、此旨相達候事
  明治十二年七月三十日      内務卿 伊藤博文
〔別紙〕
  東京地方衛生会仮編成法
    第一
東京地方衛生会ハ以下該会ト単称ス疫病流行ノ時ニ方リ中央衛生会ノ決議ニ因リ内務卿ノ命ヲ以テ臨時之ヲ開設ス
    第二
該会ハ府下疫病ノ予防・消毒・検疫・病院等凡ソ衛生上ノ事項ヲ商議シ、其決議ヲ以テ中央衛生会ニ稟議シ、或ハ中央衛生会ノ指図ヲ以テ其事務ヲ施行スル所トス、然レトモ布達ハ警視署及ヒ東京府ノ名ヲ以テス
    第三
該会ハ委員長一名・幹事六名・委員三十名及ヒ助員書記若干名ヲ以テ編成ス、但助員書記ノ数ハ該会ノ決議ヲ以テ之ヲ定ムヘシ
    第四
該会員ハ東京警視署・東京府官吏・医士及ヒ東京府会議員中ヨリ撰フ然レトモ該会若クハ中央衛生会ニ於テ特別ノ要用アリト見込ムトキハ其他ノ官衙或ハ郡区中ヨリ撰ム事ヲ得ヘシ
 - 第24巻 p.415 -ページ画像 
    第五
委員長ハ内務卿之ヲ特撰シ、幹事及ヒ委員ハ中央衛生会ノ薦挙ニ因テ内務卿之ヲ命シ、助員以下ハ委員長之ヲ専命ス
    第六
該衛生会ノ決議ヲ以テ其ノ議事及ヒ事務ノ章程ヲ造リ、中央衛生会ノ認可ヲ経テ内務卿ニ呈スヘシ

甲第七拾六号
今般府下日本橋区蠣殻町弐丁目七番地ヘ東京地方衛生会臨時開設相成候条、此旨布達候事
  明治十二年八月二日     東京府知事 楠木正隆

                        東京府
追々虎列剌病ノ勢相衰ヘ殆撲滅ノ期ニ至リ候ニ付、東京地方衛生会ハ来ル十日限リ閉会可致候条、従前其処ニ於テ管理候衛生事務ハ同会ヨリ可引継、此旨相達候事
  明治十二年十月六日       内務卿 伊藤博文

甲第九拾九号
本年八月当府甲第七拾六号布達東京地方衛生会ノ儀、本月十日限リ閉会相成候条、此旨布達候事
  明治十二年十月九日   東京府知事楠本正隆代理
              東京府大書記官 千田貞暁


(芝崎確次郎) 日記簿 明治一二年(DK240049k-0003)
第24巻 p.415-416 ページ画像

(芝崎確次郎) 日記簿  明治一二年   (芝崎猪根吉氏所蔵)
八月八日 雲
○上略
区役所ヨリ明九日午前九時出頭可致旨端書呼出し到来致し候
○下略
八月九日
本日例刻出頭、今朝未明ニ区長大木良房殿宅ヘ参リ主人之手紙差出面語、コレラ予防方法之義伺候処、午後二時銀行ヘ出張致し候旨被申、帰宅直ニ銀行罷出、正午時前主君出頭ニ付上申候処、今夕来客ニ付一時ニ御出張被下候様被申聞、書状使市五郎差出、無程一時半頃被参、御相談之末退社、其刻願書と共ニ金三百円予防費ノ内ヘ御差出持参方被申付、又外ニ鹿島清左衛門ヘ書状差出方被申付候、尤口上も有之、相尋候様被申付候事、夕刻退社
八月十日 晴
日曜日
今朝、昨日下命有之件ニ付区長宅ヘ罷出候処不在ニ付、区役所ヘ差出受取書取之、直ニ鹿島清左衛門殿ヘ参リ候得共、不在ニ付手紙差置帰リ ○下略
八月十一日 晴
○上略 主人出先三十間堀兵庫屋ヘ衛生会来状之分為持差出候事 ○下略
 - 第24巻 p.416 -ページ画像 
   ○中略。
八月十四日 晴大暑
○上略
主君東京地方衛生会ヘ夕刻御出頭、夜ニ入王子ヘ御帰館相成候事
○下略
   ○中略。
八月廿七日 晴
本日例刻出頭、主君午前十一時御出頭、午後四時御退出、他ヘ御廻リ右之際区役所榎本江之伝言被申付 ○下略
八月廿八日 晴
今朝区役所ヘ参リ、榎本不在ニ付広川殿ヘ口上申置帰リ、夫ヨリ直ニ銀行ヘ出頭
○下略
   ○中略。
九月三日 晴
○上略 明四日区役所ヘ罷出、鹿島清二郎殿ヘ談示ニおよひ候件ニ付、午前之内出頭致し候旨区長江御案内可申上様被命候
○下略
九月四日 雲
今朝八時区役所ヘ参リ、主君午前之内出頭之御案内区長ヘ陳述方依頼致し、但し広川範二殿ヘ引合 ○下略
九月五日
今朝区役所ヘ罷出コレラ病除ケ書類持参差置、且主人本日ハ出頭言々申置帰宅 ○下略
   ○中略。
九月十一日 雨降
本日例刻出頭、午後主君御出頭、三時頃ニ相成、深川区衛生掛宛書状添区役所ヘ持参、本日当番出頭仕兼候断リ可致旨被申付、直ニ人力ニテ罷出候処、鹿島清次郎殿ニハ出頭無之、鹿島清四郎殿ニ口上申述帰社致し候上申
夜ニ入九時帰宅、鹿島清次郎宛封状差出方御下命、持返リ候事
九月十二日 雨降
昨日衛生会廻し廻答、鹿島清次郎殿ヘ御直書今朝相届ケ、返書ト共に例刻出頭、主君早朝御出頭ニテ直ニ上申致し候 ○下略


青淵先生公私履歴台帳(DK240049k-0004)
第24巻 p.416 ページ画像

青淵先生公私履歴台帳        (渋沢子爵家所蔵)
    賞典
同 ○明治十三年四月 明治十二年虎列剌病流行之際、為予防費金三百円差出候段奇特ニ付、為其賞銀盃壱個下賜候事 同 ○東京府


東京日日新聞 第二三〇二号 明治一二年八月八日 【○昨日中央衛生会より…】(DK240049k-0005)
第24巻 p.416-417 ページ画像

東京日日新聞  第二三〇二号 明治一二年八月八日
○昨日中央衛生会より、森外務大輔をはじめ松本軍医総監・長与衛生局長・三宅秀の方々が東京地方衛生会へ出席せられて、廁圊構造改良
 - 第24巻 p.417 -ページ画像 
の事に就きその意見を演述せられたりとぞ


東京日日新聞 第二三〇四号 明治一二年八月一一日 【○一昨日ハ東京地方衛…】(DK240049k-0006)
第24巻 p.417 ページ画像

東京日日新聞  第二三〇四号 明治一二年八月一一日
○一昨日ハ東京地方衛生会にて臨時会議を開かれ、委員長よりコレラ流行に付き厠構造法を明細に再布達すべきの議案を出して議せしめられたるに、此一条ハ改造行ハるべからずとの動議に起立するもの多数に付き、廃案と成りぬ、又た会場編制法を改良するの建議ありしが、是ハ建議に同ずるもの多数にて、終に其筋へ建言することに議決したりと


東京日日新聞 第二三〇六号 明治一二年八月一三日 【○一昨十一日の東京地…】(DK240049k-0007)
第24巻 p.417 ページ画像

東京日日新聞  第二三〇六号 明治一二年八月一三日
○一昨十一日の東京地方衛生会にていよいよ前会の議を取り、委員の議事を甲乙の二部となし、甲部を本議事と称し、幹事および委員のうち府会議員・区会議員・開業医士、その他非職の人を以て此部の議員となし、法令・告諭・共同施行ともに府民の一般に遵守すべき事柄並に地方費に管する事項を議す、乙部を内議事と称し、幹事および委員のうち警視署・東京府の官員、医士その他在職の人を此部の議員となし、また此部を分つて行政・医務の二部となし、行政部ハ行政事務に専任する者これに当り、政府の決行すべき事及び官費を以て支弁すべき事を議し、医務部ハ医務上に管する事を議す、但し議事の便宜に依りてハ乙部のうち行政・医務の両部議員を互に相交へ、又た甲部議員を乙部議員に加ふるを得ると雖も、乙部議員を甲部議員に加ふるを得ずと決定せられたり、右に付き府下十五区にて深川・京橋・日本橋・神田・浅草の五区会よりハ差向き一区より二人づゝ、其他の区ハ一区より一人づゝの委員を選定して出すべしと定まりたるよし、又た本会にては大に避病院の事に力を尽され、患者を送るにも釣台にてハ日に照らされなど患者の為にも悪しゝとて、更に臥したるまゝ乗らるゝやうに長き駕を製せられ、舁夫も法被を着し菅笠を冠ふりて送らるゝ事になり、既に昨日より行ハるゝとぞ、又た避病院を真症と類似の二院に別ち、其手当向きも丁寧懇切に取扱ひ、病院にて死する時ハ死骸を火葬し、其遺骨を父兄親戚に還して程々の法事供養を営ましむる事にせらるゝとぞ、斯く送付の手続き、病院の手当等も行届かバ、是まで避病院と云へバ患者を投り出して手を付る者も無いなどゝ、言語同断の説に迷ハさるゝ者も無く、患者あれバ入院せしめんことを願ふに至らバ、大に病勢の蔓延を防くべきハ必定なりと信ず


東京日日新聞 第二三〇七号 明治一二年八月一四日 【昨日地方衛会生より…】(DK240049k-0008)
第24巻 p.417 ページ画像

東京日日新聞  第二三〇七号 明治一二年八月一四日
○昨日地方衛会生より警視の撿疫掛りへ、左の二件を達せられたり
 排泄物ヘ消毒薬を灌キ、為ニ水分多量ニ至リ運搬ニ困難ト見認ル時ハ、灰或ハ鋸屑ヲ混布シ候様可取計、為心得此旨相達候事
 虎列剌病死屍火葬場ヨリ送付時限、午前ハ第六時限リ、午後ハ第五時後タルヘキ旨警視本署ヨリ達ノ趣モ有之候処、右ハ取消ノ義ト心得ヘシ、此旨相達候事

 - 第24巻 p.418 -ページ画像 

東京日日新聞 第二三〇八号 明治一二年八月一五日 【○一昨十三日ハ東京地…】(DK240049k-0009)
第24巻 p.418 ページ画像

東京日日新聞  第二三〇八号 明治一二年八月一五日
○一昨十三日ハ東京地方衛生会へ十五区の区会より議員二名或ハ一名づゝ出頭せしに、当会の幹事千田大書記官より夫夫辞令書及び当日の議案を分附せられたり、当日ハ兼て前号に記せしごとく甲部議事の初日なりけれバ、委員新旧とも抽籖に由つて番号を定め、鳴鐘と共に座に就く、会長前島密君より本会の目的とする所を細やかに演説せらる、其要を摘みて申さバ、本会に於てハ患者二万人までの世話を為しその為に避病院を洲崎・大久保・駒込・深川等に設置し、建築その他百端の費用ハ凡そ三十万円の見込にて、是は官の臨時出費を乞ふ積りなりとの事にて、右の演説終り第十三号議案の第一次会を開かれしに総体論の終りに十八番議員(渋沢栄一君)の建議にて、各区にコレラ担当人を置き、本会より施行する所の方法等其緩急を斟酌し、患者の手当・撒布薬等の取扱ひをなす者を置たし、この建議の採用に成ると成らざるに因て本案の逐条につきて大に意見ありと述られしに、同意者の多数によりて建議採用となり、其方法ハ幹事之を草し後会の議案となし、此上第二次会ハ右の議決の後になすべしとのことに決し、会長ハ休息を命じ、休息後ハ第十条にさかのぼり、開業医のコレラを忌避するの患ひ無からしめんとの議案にて、大に討論ありし末、第二条第三条とも之を修正することに可決せり


東京日日新聞 第二三一二号 明治一二年八月二〇日 【○東京地方衛生会ハ一…】(DK240049k-0010)
第24巻 p.418-419 ページ画像

東京日日新聞  第二三一二号 明治一二年八月二〇日
○東京地方衛生会ハ一昨十八日の午後一時より会議を開かれ、第十五号議案の討議ありて原案に可決し、午後三時すぎ一同退散せられたり其議案を左に掲ぐ
    各区ニ衛生掛ヲ設クルノ議
 第一条 虎列剌病流行中予防法実施ノ為メ、各区区長ハ其区会ニ謀リ区吏及ヒ区民中ヨリ区内衛生掛及ヒ附属員ヲ選定スヘシ(但此衛生掛ニハ必ラス地方衛生会委員ニ命セラレタル区民ヲ加フヘシ)○第二条 衛生掛ハ区内ノ広狭、患者ノ多少等ニ依リ増減スヘシト雖トモ、予メ毎区三人以上ヲ選定スヘシ(但衛生掛ノ手当及ヒ附属員ノ給料ハ、区会ノ意見ニ依ルヘシ)○第三条 衛生掛ハ附属員ヲ指揮シ、法令及ヒ区長ノ指示、地方衛生会ノ諭告ヲ受ケ、之ヲ実地ニ執行スル者トス○第四条 此附属員ハ其地方患者ノ多少ニヨリテ人員ヲ増減スヘシトイヘトモ、凡ソ戸数五百戸ニ付壱人ヲ目的トスヘシ○第五条 衛生掛ハ其附属員ノ課程ヲ設ケ、凡ソ其区内ニ緊要ナル消毒及ヒ予防方法ヲ実施セシムヘシ○第六条 此方法ヲ施行スルニ付テノ要費ハ、区会ノ議決ニ依リ之ヲ其区ノ協議費及ヒ区内ノ有志醵金ニ求ムヘシ
    区内衛生ヲ設クルノ議案説明
 虎列剌病予防ノ方法タル、多端ナリト雖トモ飲食ヲ節制シ不潔ヲ掃除シ、且ツ患者アルニ当ツテハ他人ノ交通ヲ絶ツ等、細民ノ一身上ニ於テハ其拘束ノ為メ大ニ怨嗟ヲ来スノ基トナル少シトセズ、故ニ予防ノ点ヨリ論スレハ法令ヲ以テ厳禁スヘキノ利アルモ、実際執行ノ甚ダ難ク、強テ之ヲ令スレハ却テ忌避隠匿ノ情ヲ来シ、為メニ病
 - 第24巻 p.419 -ページ画像 
勢蔓延ノ害ヲ招クノ恐レナシトセス、是其尤実施ニ困難ナル所以ナリ、故ニ之ヲ処スルニ官ノ誘導保護忽ニスヘカラサルハ勿論ナリト雖トモ、区民ヲシテ各自其負担心ヲ厚フセシムルヲ以テ尤急日要トナス、其負担心ヲ厚フセシムルニハ各区ニ衛生掛ヲ選定セシメ、本会□気脈ヲ通シ、百般ノ予防事務ヲ負担シ、懇切区民ニ示諭シ、予防ノ忽ニスヘカラザルヲ知ラシムルニアリ、是ノ如クナレバ法令上ヨリ発スルノ予防方法ハ簡易ヲ旨トシテ其大綱ヲ示シ、敢テ細苛ニ渉ル事ナキモ、其実際ニ於テハ却テ区民負担上ノ情誼ヨリシテ予防ノ事務モ行届キ、細民自ラ之ニ感触シ、各自病毒ノ恐ルヘク予防ノ緊要ナルヲ弁知スルニ至リ、始テ本会ノ目的ヲモ達スルヲ得ヘシ、依テ今本案ノ目的ヲ以テ各区長ニ議シ、区民ヲシテ協議決定速ニ実施セシメン事ヲ希望スルナリ
○またこの会の甲部議員ハ前号にも記せし如く府会・十五区々会・商法会議所、東京の紳士医師より選抜せられしものにて、小西義敬・町田今亮・高松凌雲・伊沢道盛・小林義直・高木正善・石塚信寛・成島柳北・鹿島清四郎・中山譲治・加藤佐兵衛・安藤正胤・子安峻・大槻肇・福島弥兵衛・小室信夫・辻金五郎・渋沢栄一・松尾儀助・福地源一郎・千葉勝五郎・松山棟庵・一色健郎・笠井庄兵衛・条野伝平・雲本鋤雲《(栗本鋤雲)》・牧山源兵衛・石井信義・山中市兵衛・松平忠恕・隈川宗悦・鹿島清次郎・永富謙八・山田忠兵衛・豊島有常・河内全節(順序ハ議場の番号に拠る)の三十六人なり


東京日日新聞 第二三一五号 明治一二年八月二三日 内務省録事(DK240049k-0011)
第24巻 p.419 ページ画像

東京日日新聞  第二三一五号 明治一二年八月二三日
    内務省録事
                      中央衛生局
                   各通
                      東京地方衛生会
今般虎列剌病流行ニ付深ク 叡慮被為悩、即別紙之通被 思召候条、衆医ニ於テ厚ク 聖旨ノ所在ヲ奉体シ、奮発黽励衛生ノ功ヲ奏シ候様尽力可致、此旨相達候事
  明治十二年八月廿二日      内務卿 伊藤博文
人生ノ一大禍害タル病毒ヨリ甚シキハ無ク、其最惨烈ナル伝染病ニ過ルモノアラサルナリ、抑安政五年ニ於テ虎列剌病ノ我国ニ起ルヤ、其病勢ノ劇烈ナリシヨリ于今数十年間ヲ過レトモ其勢猶未タ退治ニ至ラス、之ヲ思惟スルニ爾来医学者ノ未タ進歩セサルニ由ル歟、将タ病勢ノ勢力ニ由ル歟、然リト雖トモ近世医術日ニ月ニ進ムノ時、何ソ其理ノ明カナラス、其術ノ精シカラサルニ有ンヤ、且其予防法ハ貧富ノ力ニ因ルヲ以テ、其斃ルヽ者ハ貧民ノ其力ニ能ハサル者多シ、豈憫然ノ至リナラスヤ、即今京坂及各地方ニテ斃ルル者少ナカラス、今又東京ニ及ヘリ、爾後ノ病勢如何ナルモ未タ知ルヘカラス、此際ニ当リ医学者一層精神ヲ奮発シ、断シテ此病ヲ克治スルニ期シ、夜以テ日ニ継キ病毒ノ源因ヲ闡明シ、治療ノ方法ヲ精練シ、予防ノ規則ヲ簡便ニシテ病者ヲシテ斃ルニ至ラシメス、貧民ヲシテ予防ニ易カラシメ、速ニ衛生ノ功ヲ奏セン事ヲ欲ス

 - 第24巻 p.420 -ページ画像 

東京日日新聞 第二三二四号 明治一二年九月四日 【○府下のコレラ患者あ…】(DK240049k-0012)
第24巻 p.420 ページ画像

東京日日新聞  第二三二四号 明治一二年九月四日
○府下のコレラ患者ある家ハ十日の間だ外交を禁ぜらるゝに付き、貧窮人はその日の餬口に差支ゆるを愍察せられ、然る者へハ一人前男ハ一日に三合、女ハ二合づゝの米を人頭にあて救助せらるべき旨を、已に府庁にて決定になりたる趣きなり


東京日日新聞 第二三二六号 明治一二年九月八日 【東京地方衛生会より去…】(DK240049k-0013)
第24巻 p.420 ページ画像

東京日日新聞  第二三二六号 明治一二年九月八日
○東京地方衛生会より去月卅一日に撿疫掛へ左の通り達せられたり
 旅店其他劇場・寄セ席等総テ衆人集合スル場所ニ在テ虎列剌病患者有之節ハ、左ノ条目ニ準拠シ取計ヘシ、此旨相達候事
 第一条 劇場・寄セ席・諸観物、其他人数群集スル場所ニテコレラ病ヲ発スル者アラハ、直ニ之ヲ避病院又ハ自宅(自宅療養ヲ許スヘキ者ニ限ル)ヘ護送スヘシ○第二条 前条ノ場合ニ於テハ、第一他ニ感染ノ憂ナカラシメン為メ速ニ来客ヲ解散セシムヘシ、而シテ該患者ニ直接又ハ同席シテ感染ノ慮アリト認ル者ハ充分消毒法ヲ施行シ之ヲ解散スヘシ(但シ患者ノ排泄物ニ汚染シタル衣類等ハ消毒所ヘ送付スベシ)○第三条 該患者発病セシ一室ハ厳ニ消毒法ヲ施行シ、一周間之ヲ閉鎖スヘシ(但シ広濶ナル場所ニテ閉鎖スル事能ハザル物ハ、該一部ヲ厳ニ区画シ伝染ノ憂ナキ様ニ処置スヘシ)○第四条 貸座敷・旅人宿及ヒ料理店等ノ内数多ノ室ヲ有シタルモノハ前数条ニ照準取扱フヘシ


東京日日新聞 第二三四五号 明治一二年一〇月一日 【○東京地方衛生会へ出…】(DK240049k-0014)
第24巻 p.420 ページ画像

東京日日新聞  第二三四五号 明治一二年一〇月一日
○東京地方衛生会へ出務の府庁官吏ハ来る五日限にて引払ハるゝ由なれど、警視局より出務の官吏ハ避病院に在る患者が悉く退院するまでハ事務を扱ハるゝよし


東京日日新聞 第二三四七号 明治一二年一〇月三日 【○府下コレラ患者ハ九…】(DK240049k-0015)
第24巻 p.420 ページ画像

東京日日新聞  第二三四七号 明治一二年一〇月三日
○府下コレラ患者ハ九月三十日迄にて二千五十三人、此うち死亡千五百廿五人・全治三百六十三人・療養中百六十五人なりと、東京府下にして他の地方に比すれバ斯く患者の少数なる者ハ、全く地方衛生会の注意と各区衛生掛りの予防に尽力せられたるに由るものにして、既に是まで地方衛生会に於て費用せし金額ハ殆と九万円余なり、又た十五区の内ち深川区・神田区の如きハ患者の数おほかりしより、両区に費す所の金も亦おほく、其高おのおの千三百円なりしと、又た地方衛生会ハ本月十日頃にハ閉会に相成るよしに聞けり


東京日日新聞 第二三五一号 明治一二年一〇月八日 【去る六日内務卿より東京…】(DK240049k-0016)
第24巻 p.420-421 ページ画像

東京日日新聞  第二三五一号 明治一二年一〇月八日
○去る六日内務卿より東京地方衛生会へ左の通り達せられたり
 其会来ル十日限リ閉会候条此旨相達候事(但避病院ニ属スル残務ハ東京府、検疫上ニ属スル残務ハ警視局、会計上ニ属スル分ハ当省会計局ヘ引継可申候事)
○右に付き東京地方衛生会より各郡区役所へ左之通り通達せられたり
 - 第24巻 p.421 -ページ画像 
 追々虎列拉病々勢相衰ヘ、殆ント消熄ニ至リ候ニ付来ル十日限可致閉会旨其筋ヨリ相達セラレ候、就テハ本会之議決ニ拠リ其区々ニ於テ設置相成候衛生世話掛ハ、便宜解散相成可然ト存候、此段及御照会候也
○また同会より昨七日撿疫掛へ左の通り達せられたり
 虎列剌病流行漸次減少ニ至候処、此際万一隠匿スル者アリテ消毒法行届カザルトキハ、其毒後年ニ至テ蔓延ノ原トナルモ測リ難ク候条現今患者少数ナルニ当リ一層厳ニ撿疫・消毒法ヲ施行可致、就テハ一患者アレバ七日ノ間該家ハ勿論、戸口稠密ナル市街ニ在テハ其近隣ノ雪隠並総雪隠・下水・芥溜等ニ日々一回消毒薬ヲ撒布セシメ候様可致、此旨相達候事(但右消毒薬ハ官費ノ事)
○昨日番外を以て警視本署より各分署へ左の通り達せられたり
 東京地方衛生会来ル十日限閉会ニ付、従前当署ニ於テ管理候衛生事務ハ同会ヨリ可引継旨内務卿ヨリ被相達候条、為心得此旨相達候事



〔参考〕東京府史 東京府編 行政篇第六巻・第四七二―四七三頁 昭和一二年五月刊(DK240049k-0017)
第24巻 p.421 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

〔参考〕東京府史 東京府編 行政篇第六巻・第五一二―五一三頁 昭和一二年五月刊(DK240049k-0018)
第24巻 p.421-422 ページ画像

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