デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

2部 社会公共事業

1章 社会事業
3節 保健団体及ビ医療施設
2款 博愛社(日本赤十字社)
■綱文

第24巻 p.436-437(DK240051k) ページ画像

明治19年10月30日(1886年)

麹町区飯田町ニ新築中ナリシ当社病院稍々落成セシヲ以テ、是日、同所新事務所ニ於テ第二回社員総会催サレ、栄一、議員ニ選任サル。


■資料

博愛社日誌 明治十九年(DK240051k-0001)
第24巻 p.436-437 ページ画像

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東京日日新聞 第四四九四号 明治一九年一一月三日 博愛社録事(DK240051k-0002)
第24巻 p.437 ページ画像

東京日日新聞  第四四九四号 明治一九年一一月三日
    博愛社録事
明治十九年十月三十日、今回飯田町ニ新築ノ博愛社病院稍落成セシヲ以テ、本日新事務所ニ於テ社員総会ヲ開キ、総長熾仁親王殿下及ヒ威仁親王殿下・同御息所臨席セラレ、参会スル社員百有余名、総長殿下当会ノ祝詞ヲ演ラレ、副総長大給恒、衆社員ニ代リ答辞ヲ陳フ、次ニ副総長佐野常民社員中特ニ本社ニ功労アリシ者ヲ挙テ之ヲ総長殿下ニ具申セリ、即チ其大要ハ独乙人シーボルト氏ガ、彼国救護会社ノ諸例規則ノ翻訳及ヒ日内瓦府条約ノ調査等ニ尽力シ、松平乗承・桜井忠興両氏カ奮テ戦地ニ赴キ救護ノ務ニ従事シ、且常ニ社事ニ尽力セシ等ノ事ナリ、此日議員ヲ改撰シ病院職員ヲ嘱托スル等ノ事アリ、又威仁親王殿下・有栖川殿下御息所・北白川宮御息所初メ新入ノ社員男女合テ八十余名及ヒ金件ノ寄贈等アリ ○下略



〔参考〕日本赤十字社史続稿 赤十字社編 下巻・第六三二頁 昭和四年一〇月刊(DK240051k-0003)
第24巻 p.437 ページ画像

日本赤十字社史続稿 赤十字社編  下巻・第六三二頁 昭和四年一〇月刊
 ○第四編 第三章 第一 其一 病院ノ総説
    (一)日本赤十字社病院
(イ) 皇室ノ恩眷 ○中略
日本赤十字病院ノ前身ハ即チ博愛社病院ニシテ、明治十九年八月現在ノ飯田町駅所在地元陸軍省用地起工、同十月竣工ヲ告ケ、同十一月十一日東京府知事ノ許可ヲ得テ院務ヲ開始セリ
○下略



〔参考〕(芝崎確次郎) 日記 明治二〇年(DK240051k-0004)
第24巻 p.437 ページ画像

(芝崎確次郎) 日記  明治二〇年   (芝崎猪根吉氏所蔵)
廿三日 ○二月 晴
  本日主君ヨリ
  被命候用向左ニ
博愛社
赤十字社ヘ寄付
○金弐拾円也御遣し相成候事
○下略