デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.12.19

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

2部 社会公共事業

8章 其他ノ公共事業
2節 祝賀会・歓迎会・送別会
14款 井上駐独大使歓迎会
■綱文

第28巻 p.809-810(DK280128k) ページ画像

明治41年2月1日(1908年)

是ヨリ先ドイツ駐箚特命全権大使井上勝之助帰国ス。栄一、朝野紳士九十名ト共ニ発起人トナリテ是日歓迎観劇会ヲ明治座ニ開催シ、会員総代トシテ歓迎ノ辞ヲ述ブ。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四一年(DK280128k-0001)
第28巻 p.809 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四一年     (渋沢子爵家所蔵)
二月一日 晴 軽寒
○上略 午後三時浜町明治座ニ抵リ井上大使歓迎会ニ出席ス、会員総代トシテ大使ニ対シ一場ノ謝詞ヲ演説ス、後余興ノ演劇数番アリ(ウヱニスノ商人)(〓裟《(袈)》)夜十一時帰宿


中外商業新報 第七八六六号 明治四一年二月一日 ○井上大使歓迎会(DK280128k-0002)
第28巻 p.809 ページ画像

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竜門雑誌 第二三七号・第二九―三一頁 明治四一年二月 ○井上駐独大使歓迎会(DK280128k-0003)
第28巻 p.809-810 ページ画像

竜門雑誌  第二三七号・第二九―三一頁 明治四一年二月
○井上駐独大使歓迎会 井上駐独大使が本邦より視察又は留学の為め独国に渡航したる人々に対し在勤中与へられたる便宜の尠少ならざるを多とし岩崎小弥太・大隈常信・添田寿一・山口鋭之助・福原鐐二郎沢柳政太郎・日比翁助・大倉喜八郎・高橋豊治・高木益太郎・馬越恭平・田所美治・岡田和一郎・安田善三郎諸氏九十名発起となり、伊藤公・松方侯・牧野文部大臣・金子子等約五百名の賛成を得て大使及大使夫人並令嬢を招待し、二月一日午後五時より明治座に於て歓迎観劇会を催ふされしが、青淵先生にも発起人の一人として之に加入せられ当日歓迎の辞を述べられたり、当日は歓迎の辞に次で大使の謝辞あり演劇は第一に「ヴエニスの商人」次に立食の饗あり、第二に「袈裟と
 - 第28巻 p.810 -ページ画像 
盛遠」を演じ、稀に見る盛会なりき、先生の述べられたる歓迎の辞左の如し。
 閣下の歓迎の辞を申上げまするに、二つの意味が御座いますが、其一は公に属し一は私に属します、蓋し閣下は公使並に大使として、独逸に駐在せらるゝ事十年以上、而して温良謹厚の御性質、又用意周到の御気質、機を見て変に応ずるの才覚、此三つを兼ね備へて局に当られましたから、所謂国光の宣揚と国威の発展に資せられました事は、申す迄もない事で、是れは公として厚く御礼申上げなければなりません。
 加ふるに令夫人は優美にして淑徳、尤も交際場裏にお働きになりましたるは、事情に通ぜぬ我々迄も、博く一同の聞き及ぶ所で御座います。
 されば大使並に令夫人両閣下の公けの御偉勲を頌するは、是れは邇・ノ集まつた者のみの是れを専らにする能はぬ所で、閣下御帰朝の節に際し、我帝国の山川草木悉く破顔一笑して、閣下の御夫妻を御迎へ致した事は、天下の共に知る所、閣下の御承知相成つた事であらうと思ひます。
 果して然らば我々は邇・ノ私に属する歓迎の辞を述べんと存じますが申す迄もなく独逸は欧洲大陸中に在つて、最も軍事並に文物の盛んなる国で、我国の大に学ぶ可き国でありますから、種々の方面よりして我国人の独逸に視察留学し、閣下の御厚配を蒙つた人々が、此所に集まりし者のみにても五百を超ゆる所を以て見ますれば、其多数なる事を知る可しであります。
 是等多数の我国人が独逸に赴くや、必ず先づ大使閣下を訪ひ、大使閣下の御懇篤なる待遇と 令夫人の御懇切なる御世話を受けました事は、実に容易ならぬ事で、斯る御高配を蒙りし我々が、邇・ノ御歓迎の会を開催致すに就て、諸般の設備は実に不充分なるも此劇場を以て此会場に充てましたのは、聊か思ふ所が御座います。
  即ち当座主の左団次は、是亦方面こそ異なれ、独逸に遊んで御懇篤なる御世話を受し一人でありまして、今回登場の翠扇、旭梅二女優の父故団十郎も、老侯爵には一方ならぬ御世話を受ました者で、此両女優が登場致しますも演劇改良の一端と存じますれば、此劇場を以て閣下歓迎の会場に選びし所以でありますから、諸般不設備の段は閣下並に令夫人の御諒恕を仰いで、単に我々一同の熱誠を御嘉納あらせられん事を切望致す所で御座います。