デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

3部 身辺

1章 家庭生活
2節 健康
■綱文

第29巻 p.145-149(DK290044k) ページ画像

明治37年4月27日(1904年)

是ヨリ先四月二十四日、転地先ナル国府津ヨリ帰京セル栄一ハ、是日再度発熱シ肺炎ニ冒サレテ臥床ス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治三七年(DK290044k-0001)
第29巻 p.145 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三七年     (渋沢子爵家所蔵)
四月十五日
病尚愈ヘス、廿四日ニ至リ病ヲ犯シテ帰京シ、廿七日ヨリ熱気漸ク増加シ、廿九日ニハ終ニ肺炎症トナリテ一時死ヌヘク思ハレシモ医師ノ処方宜ヲ得、家人ノ看護ニ尽セルヲ以テ六月中旬ヨリ稍快方ニ赴キ七月初ヨリ起床庭中ノ散歩ヲ試ムルニ至ル ○下略


竜門雑誌 第一九一号・第五五頁 明治三七年四月 ○青淵先生の近況(DK290044k-0002)
第29巻 p.145 ページ画像

竜門雑誌  第一九一号・第五五頁 明治三七年四月
○青淵先生の近況 青淵先生には其後引続きて倍々健康を恢復せられ今や耳患は殆んど全く快癒するに至られし由なるも、何分大患後の事とて気候の変動に冒され、又は腸胃を害せられ易き為め、大事の上にも大事を取られ、爾来引続き国府津に滞在の上全く塵俗の事務を避けられ、或は詩歌の吟詠、或は古書雅文の書見、或は海浜の散策、又は書を楽まれ、悠々自適以て松籟濤声の裡に起臥せられつゝありしが、時下気候も大に好調となりたれば、一先づ去廿四日を以て帰京せられたり、尤医師の勧告に従ひ、当分は尚引続き要務及ひ来客を謝して、王子の別墅に静養せらるゝ由なり


竜門雑誌 第一九二号・第四五―四六頁 明治三七年五月 ○青淵先生の病況(DK290044k-0003)
第29巻 p.145-146 ページ画像

竜門雑誌  第一九二号・第四五―四六頁 明治三七年五月
○青淵先生の病況 青淵先生には四月二十四日国府津より帰京せられ王子の別墅に静養せられつゝありたるが、同月二十七日の夜より俄に発熱、翌二十八日には体温三十八度以上となられ、従て気分大に勝れず、同三十日払暁より全く肺炎となられ、爾来王子の別墅に於て医学博士高木兼寛氏を主治医とし其相談相手としては「プロフヱッソル」ベルツ氏を聘し、尚ほ医学士土屋良蔵・医師堀井宗一両氏の如きは、殆んど常に詰切り療養に従事せられつゝあり、今其経過の一斑を示さんに、最初の一週間即ち四月二十八日より五月四日迄は、熱度も中々高く、毎日の最高三十八度乃至三十九度四分の間を徘徊せしも、五月五日より体温俄に下り、六日も尚下向の儘なりしが、翌七日よりは再
 - 第29巻 p.146 -ページ画像 
び昇騰を始め、今日に至るまで殆んど常なく三十七度前後のことあるかと思へば忽ちにして三十八・九度にも上り、従て咳嗽・咯痰等も漸く増加し、加之十四・五日頃より気管支加太児をも併発せられ、尚一層咳痰を増されたり、食事は発病以来体温の高き為め、全く粥湯・ソップ・牛乳・肉汁等の流動食のみを用ゐられつゝあり、昨今稍々食欲減せられて多少衰弱せられし様見受けられたり、何分大患後に又軽からざる病気を発せられたることなれば、家族・親戚方の一方ならぬ心配を為されつゝあるは勿論、殊に国家多事にして財政及経済上先生に待つあるの甚だ大なる際、久く病魔の悩ます所となれるは、世人の等しく痛心する所にして、先生自身にも亦如何許りか御遺憾のことならんと察せらる、吾輩は一日も早く先生の病気全快せられて、旧の如く国家経済及財政の為尽されんことを祈るものなり(廿日記)


(八十島親徳) 日録 明治三七年(DK290044k-0004)
第29巻 p.146-149 ページ画像

(八十島親徳) 日録  明治三七年  (八十島親義氏所蔵)
四月廿八日 晴 極メテ好天気
○上略 男爵昨午後ヨリ又々七度四・五分ノ熱アリ(廿四日帰京、廿五・六両日ハ平温)今日夕ノ如キハ八度ニ達シ氷袋ヲ当テラルヽ位ニシテ
○下略
四月三十日 晴
渋沢男去廿四日帰京后、廿五・六両日平温、廿七日夕より不気分、廿八九両日ハ八度位ノ熱アリシカ、今暁ヨリ肺炎ニ被罹 ○中略 何分先ノ病気以来五ケ月余、兎モ角衰弱ノ后故心配ノ事也、高木国手ヲ主治医ト定メ、ベルツ相談相手、土屋・堀井両氏当直トス
○下略
五月一日 雨 日曜
○上略 青淵先生肺炎ハ、右肺ノ背部ノ一部ニシテ、別ニ蔓延セズ、経過ハヨキ方ナルモ熱ハ九度位ニ留マル、即不規則ノモノニ付、分離モ規則正シク行クマジトノ事、若主人夫婦等モ滞泊セラル
五月五日 雨
○上略 男爵今日ヨリ熱八度以下トナル、聊安心也、只今後ノ注意ハ衰弱ヲ防クニアル由 ○下略
五月六日 晴
○上略 男ハ一時病気ノ頂上ノトキハ色々考ヘ、兎角人ハ死際ニハ囈語ナド言ヒ、或ハ平素ト異リ我儘ニナルモノナレトモ、願クハ瞑目スルノ瞬間迄モ精神堅固ニ、ツマリ終始一貫ヲ全フシ度、タトヘ熱気アリトモ心ヲ形ニ使ハルヽ事ナキヨウニシタキモノナリナド、堅ク考ヘラレシ由物語アリ、俗ニ言フ寐顔ヲ人ニ見ラレヌヨウスルハ、女ノ嗜ミト云フ事ナド例ニヒカレ、又勇子《(士)》ノ戦々兢々如臨深淵云々ノ語モ、目ヲツブル迄実行シタキモノ也ナドモ、例ニ引カル
○下略
五月八日 日曜 快晴
○上略 男爵熱低キモ、衰弱ハ増ス傾向ナキニ非ス
今日夕ハ更ニ三浦博士来診 ○下略
五月九日 晴
 - 第29巻 p.147 -ページ画像 
○上略
男爵去五日以来熱卅八度以下ニナリテモ、尚時々八度ニ達スル事アリ気分モ悪シク衰弱モ増ス由ニテ心配也
五月十日 快晴 大ニ暖(外套不用ナル位)
○上略 早朝七時高木博士来診、廿八日より発熱、五日ヨリ八度以下ニ《(下カ)》上リシモ、七日ヨリ又向上、但未余症ノ兆ハナシトノ事ナレトモ、何分日日衰弱増スハ甚心配ナリ、今朝モ一寸病床ニ見舞ヒシカ、気力大ニ衰ヘ、スキノ話カケモセラレサル有様也、只衝立ニハリツケタル戦地々図ニツキ、普蘭店辺ノ事下問サレシ位也 ○下略
五月十一日 快晴 暖
○上略 今朝ハ熱卅七度以下ニ下リシモ、午后ヨリ又発熱、八度六分ニ及フ、何分心配ノ容体也
○下略
五月十二日 南ノ強風 大ニ暖
○上略 男爵ハ体温一高一低、捗々敷向快セラレサルモ、余症ヲ更ニ併発セラルヽ等ノ模様ハナシ ○下略
五月十三日 晴 寒シ
○上略 今朝男爵ニ病室ニ於テ拝顔ス、衰弱ハ不得已結果ニシテ、永日ノ平臥ト発熱頗苦悶ノ状モアリ、予ハ本日「予ノ如キ体ニシテ男ノ如ク十五日間モ発熱平臥且流動物食ノミナリトセハ大ニ衰弱スルナランニ流石ハ男爵常人ニ勝レ肉豊ニ体健ノ御方ナレハ、意外ニ御ヤツレモ目立タス、予ノ健康体ヨリモ却テ勝レル位ナド」申セシニ「ダツテ御前豚ハ死ヌ時デモ肥満シテルカラネー」ジヨウ談半分ニ嘆息セラル、今日ハ熱高ク朝八度夕八度七分ニシテ高キ方也
○下略
五月十四日 雨 寒シ
○上略 男爵今日ハ熱度三十九度ニ上ル、今午後ベルツ・高木両国手ノ見立ニヨレハ、腐敗性気管支加答児ノ兆(肺依疸《(壊)》ノ初期)アリト、セキ啖等《(痰)》ノ盛ニ出テ、又気分アシク、食慾減退、大ニ心配ノ容体也 ○下略
五月十五日 朝雨後晴 日よう
○上略 男爵今日ハ体温下リ最高卅七度六分、気分モヨシ、何ト無ク回復期ニ向ハレシニハ非スヤト、昨日ニ反シテ大ニ望ヲ生セリ ○下略
五月十八日 雨
男爵ハ爾来体温一高一低、咳嗽多ク臭気アル咯痰アリ、然ルニ今朝血痰アリ、今日ハ衰弱モ増シ、又卅八度ノ熱アリ
朝病床ヘ若主人・尾高次郎氏ト及予ヲ被召、第一銀行ノ将来ニ対スル希望、即男爵万一瞑目ノ際、商売敵ヨリ打撃ヲ受クル事アルモ内ノ協同一致ヲ要スル事、後任ハ佐々木氏可然事、対韓経営ハ国運ノ進暢ニ伴テ進捗ズヘキ事等ヲ被陳、又家事ニ付財産ノ整理、同族ノ協和等ニ付去二月十五日被申渡ノ件ヲ反覆セラル、蓋万一ノ事アランヲ覚悟サレテノ上ノ事ナラント思ヘハ感慨胸ニ迫ル、殊ニ其御声タル俗ニ申ス蚊ノ鳴クカ如キ有様ニシテ、又不良ノ電話ヲ遠クニ聞クカ如シ御衰弱ノ程可察、又御本人モ話終テ落涙セラレ談話中モ屡水ヲ望マレタリ
今日ハ親戚其他ノ訪問客多シ、夕ベルツ・高木二氏来診、土屋・堀井
 - 第29巻 p.148 -ページ画像 
両氏カ過半ハ六敷思フニ反シ稍楽天的ナルカ如シ、一喜一憂也 ○下略
五月十九日 晴
○上略 男爵病状先同辺ナリ ○下略
五月廿日 晴
○上略 今夜当直ス、一寸病床ニテ面会ヲナス、中々ノ御衰弱ヲ被呈
五月廿一日 少雨
男爵先同辺 ○中略 今朝拝顔ノ節、低声ニテドウモ未死ニ切レヌ、併シ直ルトモキマラヌナド御物語アリ、誠ニ返事ニ当惑シ「永々ノ御難渋、只々察スルノ外ナシ」ト申上ク、平素ハ随分《(ト)》モ何事ニモ寛大ナル方ナレトモ、何分永々ノ重病ニテ、万事ニ気六ケ敷、又薬用・滋養品ノ食事等中々六ケ敷、看護人ノ骨折一方ナラズト
○下略
五月廿二日 朝曇午後快晴 日曜
○上略 男爵ハ一昨夜半ヨリ今日迄引ツヾキ熱低ク、常ニ六度台ニシテ、其他凡ヘテノ症状先ツ悪シカラス、此分ニシテ今両三日モ経過セハ、一先安心ナルベシトノ事(今朝ベルツ・高木来診)ニ、先々漸ク今日ハ初メテ愁眉ヲ開クノ心地ス、本日ハ男爵モ佐々木勇之助・皆川四郎大川平三郎等ニ順次面会セラレ、種々物語アリ、佐々木氏ニハ予愈危篤ト定マラハ、伊藤・井上二元老ノ来車ヲ乞ヒ、遺言トシテ対満韓経営ニ関スル卑見ヲ申陳ヘ置キ度、其意見トハ即従来モ京釜・京仁ノ発起等、其他アラユル時機ニ於テ伊藤・井上ノ恐露且消極論ニ反対セシ事ナルガ、此度ハ人ノ死セントスルヤ其言善シノ諺ノ如ク、今ワノ言トシテ充分ニ其意見ヲ陳ヘ、願クハ此戦后ヲ機トシ、政府ニ於テ充分ニ実業経営ノ後援ヲナスノ必要アル事ヲ、極言セント考ヘ居ラレタル由ヲ、詳説セラレシト言フ
○下略
五月廿三日 晴 暖
○上略 一昨日朝来引ツヾキ熱下リ、一体ノ経過ヨク愁眉ヲ開ク、本日ハ夕高木氏診察中拝光、元気モ相当ニ出タルモヨウ也 ○下略
五月廿四日 雨
○上略
今日ハ天気ノ故カ青淵先生又々発熱、七度九分ニ至ル、且咳嗽アリトノ事 ○下略
五月廿五日 雨
○上略 引続キ御快方ニテ今日ハ初メテ戦況・蚕況・馬賊ノ動静・欧米ノ同情ノ如何等下問セラレ、引続テ堀越商会・正金銀行ニ対スル借金完済ノ事、大阪紡績ノ大川待遇方等ニ付用談ヲ試ミラル、但当初来尚流動食ノミニテ昨今漸ク平温ニ復セラレシトハ云ヘ疲労甚敷低声也 ○下略
五月廿六日 雨
○上略 午後王子行、今夜当直、今夕モ高木氏来診、快方也
五月廿九日 曇 日曜
男爵モ引続経過宜シ、朝高木氏来診ス ○下略
五月三十一日 曇
○上略 引続キ御快方、矢の二郎翁ノ電話見舞ニ対シ、将来ハ細ク永キ事
 - 第29巻 p.149 -ページ画像 
体ノ如キ矢の野翁ノ養生法ニ傚フベシ(従来ノ太ク短キ主義ヲ変シテ=且身モ此度ノ病気ニテ疲セタレハ、幾分カ休《(体)》モ細クナリタレバ)仍テ翁ノ希望ノ如ク、今少シ快方ニナリシ節ハ翁ノ来訪ヲ乞ヒ、養生法ノ伝授ヲ受クベシト伝言セヨナドヽ、幾分ノジヨウ談ヲ言ハルヽ位ニナレリ、食物モオモユ的粥、其他流動物乍ラ幾分食気増シ、気力モ回復セラレタル様也、体温ハ平温也 ○下略
六月三日 快晴
○上略 午後王子行、引続キ快方也 ○下略
六月四日 快晴 暑蒸
○上略 十時 ○午後王子ニ至リ当直ヲナス、逐《(追)》々御快方ニテ、最早大丈夫ト認メラルレトモ未タ解ケサル也 ○下略
六月五日 快晴 日よう
○上略 男爵今日ハ元気最宜シ、平温ニシテ食気モ稍進ミ、鬚モ刈ル位也 ○下略