デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
2節 米国加州日本移民排斥問題
3款 日米関係委員会
■綱文

第34巻 p.558-563(DK340062k) ページ画像

大正14年7月1日(1925年)

是日、アメリカ合衆国千九百二十四年移民法施行一周年ニ当ルニヨリ、東京ニ於テ「国辱デー」開カレントス。栄一ソノ慰撫ニ努ム。


■資料

(シドニー・エル・ギューリック)電報 渋沢栄一宛 一九二五年六月一一日(DK340062k-0001)
第34巻 p.558 ページ画像

(シドニー・エル・ギューリック)電報  渋沢栄一宛 一九二五年六月一一日
                 (渋沢子爵家所蔵)
 Newyork
Viscount E. Shibusawa, Tokio    June 11, 1925
  Yesterdays cablegram from tokyo reporting plans for humiliation day includes proposal inform japanese nation wickershams and my advocacy quota for japanese immigration we are not conducting any such political campaign unwise to raise national expectations using our names highly inexpedient kindly prevent mistaken agitation
                  Sidney L Gulick
(右訳文)
 東京          (大正十四年六月十一日入電)
  渋沢子爵         シドニー・エル・ギューリック
昨日着東京電報によれば、屈辱デーに於ける種々の計画の内にウヰツカーシヤム博士と小生とが、日本移民をコータに編入すべしと主張することを日本国民に知らしむ筈なる由なれども、吾等は斯る政治運動に従事し居らざるを以て、日本が本問題に関して国民的期待を為すは得策にあらず、又此際吾等の名義を使用するは非常に不利益なり、此誤れる運動を防止せられんことを懇望す


渋沢栄一電報 控 シドニー・エル・ギューリック宛 大正一四年六月一三日(DK340062k-0002)
第34巻 p.558 ページ画像

渋沢栄一電報 控  シドニー・エル・ギューリック宛 大正一四年六月一三日
                 (渋沢子爵家所蔵)
                  (別筆)
                  子爵御承認
 紐育
  ギユーリツク博士            渋沢栄一
貴電拝誦御申越ノ趣全然御同感ニ付、可成該集会ヲ中止セシメント努メツヽアルガ、少クトモ貴君トウイツカーシヤム氏ノ行動ニ関シテハ必ズ言及セサル様為サント目下尽力中ナリ
    大正十四年六月十三日午後七時発

 - 第34巻 p.559 -ページ画像 

渋沢栄一書翰 控 シドニー・エル・ギューリック宛 大正一四年六月二三日(DK340062k-0003)
第34巻 p.559 ページ画像

渋沢栄一書翰 控  シドニー・エル・ギューリック宛 大正一四年六月二三日
                 (渋沢子爵家所蔵)
    案
 紐育市第四街二八七
  シドニー・ギユーリツク殿
                      渋沢栄一
○上略
来る七月一日即ち排日移民法実施日を期し、日本に於て集会催し、其席上に於て貴台並にウヰツカシヤム博士の運動に対し謝意を表すべしとの報道貴国に達せし由を聞かれ、斯る企図は貴台等の運動を阻碍するとも決して援助するものにあらずとの御意見にて、若し此種の計画有之候様ならば中止致候様との貴電去る十日確に拝受仕候に付ては、当方より、貴電の趣全然御同意に候へば能ふ限り該運動の中止に努め少くとも貴台並にウヰッカシヤム博士に言及せざる様発起人諸氏に勧告致すべき旨御返電致置候、定めて御入手御了承の義と拝察仕候
米国にも親日派と排日派と有之候と同様に日本にも相反する両派有之各自其主義主張に基いて時事問題を処理せんと致居候、而して此等の運動は干渉圧迫等によりて防止致し難く又必ずしも防止すべきものにも無之、寧ろ其成行に任せ候方賢明なる手段と考へらるゝ場合有之候兎角に老生は七月一日の出来事に注目致し居り、事情によりては詳細御通信可申上心組に候、御同様政府の役人にも無之、又有力なる公共団体の後援もなく、全然奉公の精神を以て国際事業に鞅掌する者は、予め其困難を期し毀誉褒貶の外に立ち専心一意之が解決に当るべきは申すまでも無之候得共、貴台の如く常に身命を賭して世界の平和と人類の幸福との為に尽瘁せらるゝは老生の感佩措く能はざる処に有之候何卒今後とも愈々御壮健にて奉公の御使命を十分に完ふせらるゝ様切望の至りに御座候 敬具
  ○右英文書翰ハ大正十四年六月二十三日付ニテ発送セラレタリ。


(シドニー・エル・ギューリック)書翰 渋沢栄一宛 一九二五年七月一〇日(DK340062k-0004)
第34巻 p.559-561 ページ画像

(シドニー・エル・ギューリック)書翰  渋沢栄一宛 一九二五年七月一〇日
                 (渋沢子爵家所蔵)
      FEDERAL COUNCIL OF THE CHURCHES
          OF CHRIST IN AMERICA
    NATIONAL OFFICES, 612 UNITED CHARITIES BUILDING
        105 EAST 22d STREET, NEW YORK
                     July 10, 1925
Viscount E. Shibusawa
  2 Kabutocho Nihonbashi
  Tokyo, Japan
My dear Viscount Shibusawa :
  I was delighted yesterday to receive your letters of June 22 and 23, and am very happy to know that you are feeling much better. I earnestly hope that through the summer and coming winter you may have no relapse of those very distress
 - 第34巻 p.560 -ページ画像 
ing troubles, asthma and bronchitis.
  Your thought, as expressed in the letter of June 22, regarding the importance of our continuing to work on this program for promoting goodwill between the United States and Japan reassures me, for I had gathered from a statement by Professor Anesaki that you were rather anxious lest what we are doing might perhaps be not altogether desirable.
  I am glad that your group was able to make contact with Mr. Samuel Mather. He is a very important leader in Cleveland, Ohio, and has wide national relations.
  According to the cablegrams from Japan the Humiliation Day meetings of protest did not make very much of a stir. We are particularly glad that so far as we know, neither Mr. Wickersham's name nor mine was brought up in any particularly conspicuous way.
  I am much interested in learning from Mr. Obata that your grandson is to be passing through New York about this time and that you have given him a letter of introduction to me. I shall be delighted to meet him and to render him any service within my power.
  You will be interested in the enclosed leaflet, which, after much conference and study, has been officially issued by the Administrative Committee of the Federal Council. You will see from this the kind of educational program we hope will be widely studied by the churches during the coming autumn and winter.
  Again expressing my hope for your continued good health,I am
           Very cordially yours,
            (Signed) Sidney L. Gulick
                        Secretary
(右訳文)
                    (栄一墨書)
                     八月十六日一覧
 東京市                  (七月廿七日入手)
  子爵渋沢栄一閣下     紐育、一九二五年七月十日
                シドニー・エル・ギューリック
拝啓、六月廿二日及廿三日附貴翰何れも昨日正に落手致候、閣下には次第に御快方に向はせられ候趣喜ばしく存候、何卒今年の夏冬を通じて御持病の再発に悩ませられざる様衷心より祈上候
六月廿二日附貴翰にて御申越の日米両国の親善増進に関する吾等の啓発運動継続の必要に対する御主張は、頗る吾等の意を強ふするものにして、先般姉崎博士との会談は本運動に関する閣下の御意志を一層明瞭ならしめ申候
日米関係委員会の諸氏にはサミユール・マザー氏と会見相成候由喜ば
 - 第34巻 p.561 -ページ画像 
しく存候、同氏はオハイオ州クリーヴランドに於ける有力者にして、広く我国民間に知られ居る紳士に有之候
日本よりの来電によれば、七月一日の国辱日には大なる騒擾も起らざりし由承知致候、私共の知れる範囲にては、ウヰツカーシヤム氏及小生の名は何れも特に目立つ様吹聴せられざりし由にて、殊更喜ばしく存居候
小畑氏よりの来状によれば、御令孫○渋沢信雄には此頃紐育市を通過の由にて、閣下より小生宛の紹介状を御令孫に与へられ候趣承知致候、小生は喜んで御面会致すべきは勿論、能ふ限りの御尽力可申上候
別紙印刷物御参考《*》までに御覧に供し候、右は周到なる協議と研究とを遂げたる上作製せるものにして、基督教会聯合会実行委員より公式に発表致したるものに御座候間御一覧被下度候
之によりて本年秋冬の候広く教会に於て実行せらるべき啓発運動の一般を御了解被下度候
呉れ々々も閣下の御健在を祈上候 敬具
*(欄外記事)
[別紙印刷物ハ目下翻訳中に有之候


(毛利伊賀) 書翰 増田明六宛(大正一四年)六月一六日(DK340062k-0005)
第34巻 p.561 ページ画像

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〔参考〕日米関係委員会集会記事摘要(DK340062k-0006)
第34巻 p.561-562 ページ画像

日米関係委員会集会記事摘要         (渋沢子爵家所蔵)
 大正十五年十二月二十日(月)正午、於東京銀行倶楽部、日米関係委員会開催、紐育日米関係委員会々員ジエームス・フランクリン博士と協議之為
 出席者
  来賓 ジエームス・エチ・フランクリン博士、ウヰリアム・アキスリング博士
  委員 浅野総一郎氏、藤山雷太氏、阪谷男爵、添田寿一氏、内田嘉吉氏、頭本元貞氏
 - 第34巻 p.562 -ページ画像 
  幹事 服部文四郎氏、小畑久五郎氏
    記事概要
阪谷男 ○中略私共の隠忍を緩漫な処置であると誤解して憤慨を漏さんとしたものもあります、例へば米国大使館の国旗を奪取したる事、帝国ホテルに抜剣にて乱入したるものあること、米国大使館前に於て自殺を行ひしものに対して盛なる葬儀を行ひしことなどであります。尚ほ之より一層烈しいのは日本人は新移民法に満足して、今日となりては之に不服を称へて居るものは無いなどゝの宣伝をなし居る者ありとの事を聞き、之に昂奮して彼の国技館といふ大建物内に米国排斥運動を宣揚せんとの噂がありましたから、吾々之を聞きましたものが、手を廻して之を中止せしめた程であります。若し此上米国内に於て若くは国内に於て、日本人は最早排斥移民法に頓着せぬなどゝいふ事が盛に称へらるゝ様になりましたならば、其れこそ大事と思ひます。
○下略



〔参考〕報知新聞 第一七三六九号 大正一四年六月八日 米国の排日実施されて正に一周年となる 国民皆な当時を忘れたる如く 日本満足との報米国に伝はる 七月一日新運動(DK340062k-0007)
第34巻 p.562-563 ページ画像

報知新聞  第一七三六九号大正一四年六月八日
 米国の排日実施されて正に一周年となる
   国民皆な当時を忘れたる如く
     日本満足との報米国に伝はる
       ◇七月一日新運動
 米国の排日移民法が実施されてから、満一年の七月一日も近づいた今日、潮時を見た日米関係委員会は、前司法長官ウイツカシヤム氏やギューリック博士を中心として、ワシントンで該法修正の運動を開始し日本移民絶対排斥の条項を含む現行法を改めて、日本人をも他の欧洲諸国民と同じく
 比率制度を適用せしめる事に努力して、上下両院議員を始め各方面の有力者の間に諒解を求めて居る、しかるに在東京シカゴ・デーリー・ニュースの通信員が米国の本社に通信を寄せて『日本人は今や米国の移民政策に同意を表して居る、随つてウイツカシヤム氏を会首とする日米関係委員の移民法
 修正運動を歓迎して居らぬ、うんぬん』と報じた為めに、排日者流はこれをたてに、日米関係委員の折角の運動をも妨げやうとして居るところである、この報道が米国の各地日本人会から達したので、日米問題の解決の為めに、不断の努力をして居る東京における太平洋文化協会では、日本国民の米国排日に対する真意を米人に示し、日米関係委員と相呼応して善後策を講ずる事とし、いはゆる
 国辱記念日の七月一日には、対米問題の市民大会を国技館・青山会館に開き、尾崎行雄氏外日米関係の有志多数出演し、また朝野数百名から意見を聴取して、これを日英両文の冊子として発行し、日本文のものは日本全国に配付し、英文のものは米国上下両院議員・各州会議員・商業会議所・労働団体その他諸方面の有力者に送付する事となつた、太平洋文化協会の常務幹事であるハワイ新報社長服部毅氏は語る『日本の輿論はパツとさいてパツと散る
 - 第34巻 p.563 -ページ画像 
 桜花的の輿論で、ねばりがないのは残念である、昨年の今頃は無名の国士は米国大使官邸附近に悲痛な遺書を抱いて憤死し、上下両院は満場一致で決議を可決し、演説会は全国到る処に催されるといふ有様で、遂に親日米大使のウツヅ氏も居たゝまらないで逃げ出すといふ有様であつたが、今日では鳴りを鎮めて排日のハの字も耳にせぬ始末である、これがためあだかも日本人が国辱的排日法を
 是認して居るなどと伝へられる事ともなる、我々が今度演説会を開き、輿論の冊子を印刷して内外に配付する事としたのは、この遺憾の点を補ひ、かつ不断の努力をして居る親米の有力者の運動を有効ならしむる目的に外ならないのである』



〔参考〕日米外交史 川島伊佐美著 第七七三頁昭和七年二月刊(DK340062k-0008)
第34巻 p.563 ページ画像

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〔参考〕日米外交史 川島伊佐美著 第八〇一頁昭和七年二月刊(DK340062k-0009)
第34巻 p.563 ページ画像

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