デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

5章 教育
3節 其他ノ教育関係
18款 社団法人東北学院
■綱文

第46巻 p.26-29(DK460008k) ページ画像

大正11年11月10日(1922年)

仙台市大火ニ類焼シタル当学院復興ニツキ、是日東京銀行集会所ニ当学院院長ディー・ビー・シュネーダー主催招待会開カル。栄一寄付ニ応ジ、十
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二月二十九日当学院ハ栄一ニ感謝状ヲ贈ル。


■資料

集会日時通知表 大正一一年(DK460008k-0001)
第46巻 p.27 ページ画像

集会日時通知表 大正一一年          (渋沢子爵家所蔵)
十一月九日 木 午前十時 シユネダー氏○中略 来約(兜町)
十一月十日 金 正午   東北学院ノ件(銀行クラブ)


東北学院書類(DK460008k-0002)
第46巻 p.27-28 ページ画像

東北学院書類                 (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
(表紙)
   乞御一覧
     (別筆)
     大正十一年
    十一月十日正午東京銀行倶楽部
    御招待会席上ニ於ケル陳述ノ要旨
           東北学院長
            デー・ビー・シユネーダー
 最モ多忙ナル東京ノ有力者各位ガ、私共仙台ノ者ノ招待ヲ御請ケ下サイマシテ、今日大切ナル時間ヲ割キ此処ニ私共ト食事ヲ倶ニシテ下サルコトハ、私共ノ最モ光栄トスルトコロデ御座イマス。私ハ衷心カラ御礼ヲ申上ゲマス、私ハ皆様ニ暫時御辛抱ヲ願ヒマシテ、今日皆様ヲ御招待申上ゲマシタ理由ヲ聊カ申述ベタイト思フノデゴザイマス、私ガ代表シテヰル東北学院ハ明治十九年ニ仙台市ニ設立サレタ学校デゴザイマス、初メハ至ツテ小サイ学校デアリマシタガ、ダンダン多クノ同情者ノ助ヲ頂キマシテ、今日デハ可ナリ大キイマタ割合ニ必要ナ学校ニナツテヰルト思ヒマス。中学部ト専門部ノ二部ニ分レテヲリマスガ、中学部ノ今年ノ入学志願者ハ殆ト六倍ニ達シ、専門部ノ志願者ハ凡ソ二倍位デ御座イマシタ。専門部ハ四学科ニ分レテヰマスガ、ソノ一ツハ英語高等師範科デ、モ一ツハ高等商業科デゴザイマス。此両学科ハ東北ノ発展ノタメニ極メテ大切デアルト思フノデ御座イマス。
 明治三十八年ニ、日露戦争当時ノ物価ガ割合ニ安カツタ時ニ、僅カナ経費デ可ナリ立派ナ中学部校舎ヲ建テマシタガ、ソノ校舎ハダンダン東北全体ニ広ク慕ハレル処ノ校舎ニナリマシタ、然ルニ其ノ校舎ハ大正八年三月ノ大火デ類焼シタノデアリマス。附属ノ寄宿舎モ其ノ他ノ建物モ殆ト全部焼ケテシマヒマシタ。保険ハ相当ニ附イテヲリマシタケレトモ、現在ノ如キ物価騰貴ノ時ニ再築スルニハ遥カニ足ラナイノデ御座イマス。
 保険金ハ八万八千円ノホカニアメリカノ同情者カラ拾四万円ヲ貰ヒマシタガ、アメリカカラハ之以上ドウシテモ貰ハレナイ事情ガアルノデ御座イマス。然ルニ校舎ノ再築、寄宿舎ノ再築及ビ校庭ヲ少シク広クスルタメニ実際必要デアツタ分ハ参拾弐万円デゴザイマシタ。従テ九万弐千円バカリノ不足ヲ生ジタ訳デアリマスガ、之ハ重ニ私自身ノ責任トナツタノデゴザイマス。
 此九万弐千円ノ不足ノコトヲ学校ノ同窓生、学校ノ父兄及ビ学校ノ一般ノ同情者ニ訴ヘマシタトコロ、彼等ガ皆力ヲ尽シテ助ケテ下サイマシタ結果、今日デハ九万弐千円ノウチ約六万七千円ハモハヤ現金デ集ツテヲルノデアリマス。コレ丈モウ集ツテヲルノハ誠ニ幸ナコトデ
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ゴザイマス。併シナガラ残ツテヲル弐万五千円ノ分ヲドウシテ集メルコトガ出来ルカト云フノガ、非常ナ問題ニナツテキマシタ。再築ハモウ殆ンド出来テヲルノデゴザイマス。
 仙台ノ有力者ハ出来ル限リ尽シテ下サイマシタ。或ル方ハモハヤ三四回程多大ノ同情ヲ表ハシテ下サイマシタ。父兄ノ方々モ広ク同情ヲ現ハシテ下サイマシタガ、或ル方ハ可愛想ニ思ハレル程犠牲ヲ払ツテ下サイマシタ。彼等ノ多クハ私ノ家内ノ勧誘ニ応ジテ、机代トシテ拾円宛寄附シテ下サイマシタガ、ソノ金高ハ約八千円ニ達シタノデアリマス。同窓生ノ多クノ人々モ苦シイ程ノ犠牲ヲ払ツテ、母校ノタメニ尽シテイルノデアリマス。併シナガラ仙台デハモウ方法ガ殆ト尽キテヲリマス。之以上ドウスルコトモ出来ナイ位デゴザイマス。
 左様デ御座イマスカラ、私ハ私ノ尊敬スル力石宮城県知事閣下・鹿又仙台市長閣下並ニ仙台商業会議所会頭清野閣下ノ御賛成ヲ願ヒ、又日本ハ勿論米国ニモ英国ニモ最モ尊敬サレテヲラルヽ渋沢子爵閣下ノ深イ御同情ニ励マサレテ、私共ノ心配シテヰルコトヲ東京ノ有力者各位ニ訴ヘルコトニ致シ、今日皆様ヲ此意味デ御招待申シマシタ訳デゴザイマス。但各位ノウチニハ既ニ御同情ヲ表セラレマシテ多大ノ御寄附ヲ下サイマシタ方モゴザイマスガ、ソノ方々ハ深イ御礼ト感謝ノ意味デ御招キ申シタ次第デゴザイマス。若シソノ他ノ方々ニモ此場合幾ラカノ御援助ヲ仰グコトガ出来マスナラバ、ソレハ私ニトリマシテ此上モナイ喜ト奨励トナリマスト同時ニ、多クノ東北ノ青年ノタメニ大ナル恩恵トナルノデゴザイマス。
 東北ト云フ地方ハ日本ニ於テ割合ニ遅レテイル地方デアルト云ハレテ居リマスケレドモ、私ハ非常ニ望ノ有ル地方デアルト信ジマス。今日デモ東北カラハ割合ニ多クノ人物ガ出テヲリマス。総理大臣ヲツトメラレタ方々モアリ、大学総長ヲツトメテ居ラレル学者モアリマス。其ノ他政治界ニモ官界ニモ教育界ニモ、色々重要ナ地位ヲ占メテヲル東北出身者ノアルコトハ、一々皆様ニ申上ゲルマデモナイ事実デゴザイマス。
 将来東北ハ、英国ノスコツトランドノ様ニ国家ノタメニ多クノ大人物、即チスグレタ政治家・精神家・学者・実業家ヲ出スヤウニナリハシマイカト思フノデ御座イマス。私モ私ト同志ノ者モ、東北学院ヲ通シテ是非斯ノ如キ人物ヲ我ガ日本ノタメニ養成シタイト思ウテ居ルノデ御座イマス。私共ガ東北ノタメニ尽スコトハ私共ノ喜トスルトコロデ御座イマス。私自身ハ生涯ノ終マデ日本ノタメ、殊ニ東北ノタメニ微力ヲイタス積リデゴザイマス。
 此際ドウカ私共ノ衷情ヲ御愍察ノ上何分ノ御援助ヲ御願ヒ申シタイノデゴザイマス。之ハ東北ノ将来ノタメニ決シテ無駄デハナイト私ハ確信イタシマス。


東北学院一覧 昭和十三年 第四頁昭和一三年九月刊(DK460008k-0003)
第46巻 p.28-29 ページ画像

東北学院一覧 昭和十三年 第四頁昭和一三年九月刊
    東北学院沿革略
○上略
一、同○大正十年五月 中学部校舎並ニ寄宿舎再築工事ニ着手。
 - 第46巻 p.29 -ページ画像 
一、同十一年六月廿七日 中学部校舎竣工。
一、同十一年九月八日 専門部三科(文科・師範科及商科)ヲ東二番丁中学部構内ニ移転。
○下略


東北学院書類(DK460008k-0004)
第46巻 p.29 ページ画像

東北学院書類              (渋沢子爵家所蔵)
  子爵渋沢栄一閣下
 閣下ハ東北学院ガ中学部再築資金ノ募集ヲ開始スルニ当リ、卒先シテ多大ノ寄附金ヲ贈与セラレ、且東京市ノ有力者間ニ該資金ノ募集ヲ開始スルヤ、甚深ノ同情ヲ以テ斡旋ノ労ヲ執ラレ、之ニ依リテ望外ノ好果ヲ収ムルコトヲ得タリ
東北学院理事会ハ大正十一年十二月二十七日、閣下ノ御同情ニ対シ最モ深厚ナル謝意ヲ表スルコトヲ決議セリ
右御披露申上候
    大正十一年十二月二十九日
         東北学院
          理事局長 デー・ビー・シユネーダー