デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

6章 学術及ビ其他ノ文化事業
1節 学術
7款 帰一協会
■綱文

第46巻 p.669-672(DK460170k) ページ画像

大正12年3月21日(1923年)

是日当協会、一ツ橋如水会館ニ於テ、例会ヲ開クト共ニ、前年栄一ノ提唱セル「現代気風調査」委員会ヲ開催ス。栄一出席シテ、姉崎正治ノ「我国目下の危機に関する一観察」ト題スル講演ニ対シテ意見ヲ述ブ。


■資料

集会日時通知表 大正一二年(DK460170k-0001)
第46巻 p.669 ページ画像

集会日時通知表  大正一二年      (渋沢子爵家所蔵)
参月廿一日 水 午後四時半 帰一協会委員会(如水会館)
        午後五時半 帰一協会例会(如水会館)


帰一協会記事五(DK460170k-0002)
第46巻 p.669-672 ページ画像

帰一協会記事五             (竹園賢了氏所蔵)
    三月○大正一二年例会 三月二十一日(水) 於神田 如水会館
例会の開催と共に四時半より、渋沢会長の提唱にかかる「現代気風調査」委員会を開く、委員会の顛末は別冊議事録に記載しあり
本日の講演
 - 第46巻 p.670 -ページ画像 
 我国目下の危機に関する一観察
              文学博士 姉崎正治氏
 我国現代の気風状態は決して安泰であるとは云へないと冒頭して、本能性の爆発状態なりとし、明治以来の社会状態は「商王法を作つてこれに倒れた」の類である、又キリストの「人間の為めの安息日」なることを取違へて、富国強兵主義は軍備の拡張を産み、権力の強きことを意識してこれによる整調を急いだ結果、凡ての方面に権力による保護政策をとつた、今や軍備縮少に際し失業者が頻出した、富国強兵は形式組織を整へたが、そのために圧迫を伴ひ、青年の心を反逆に導いた、社会の中以上は明治前半の人であり、それ以下は明治後半の人である、社会心理が上下二つに分れた処に危機があると結ぶ
 当日の出席者 ○印は出席の通知ありながら欠席したるもの
 麻生正蔵氏  姉崎正治氏
 井上雅二氏  岩野直英氏
 浮田和民氏  尾高豊作氏
 片山国嘉氏  沢柳政太郎氏
 渋沢栄一氏  添田敬一郎氏
 田中次郎氏  頭本元貞氏
 時枝誠之氏  土肥修策氏
○夏秋十郎氏  成田勝郎氏
 花房太郎氏  福原俊丸氏
 穂積重遠氏  本郷房太郎氏
 堀内三郎氏 ○間島与喜氏
 増田義一氏  マツケンヂー氏
○松井茂氏   森村開作氏
○矢野茂氏   山内繁雄氏
          以上二十四名
 講演後に於て左記の如き諸氏の腹臓なき意見が吐露された
△本郷房太郎氏 姉崎博士の講演中「陸軍は国家の経済力を顧みず軍備を拡張する」と申されたが、陸軍は召集力を養ひ、精神力(智育・徳育・体育)富力・工業力を養はんとして居る、これによつて初めて国民教育の最後のものなる訳である、一旦急があれば国民は皆国防に当れる様にする、そのためには経済力に待たねばならぬ、二十七・八年迄は富の力から云へば無理であつたが、兎に角軍力を拡張して来た次で露国は極東に手を伸したに対して、国防上これに備へねばならぬと考へて、川上参謀総長等は非常に苦心した、陸軍は国力を考へずに軍備を拡張するものではないことを断つて置く
△渋沢氏 私は明治四年の廃藩置県の時にも、廿七年の日清戦役の時迄は、軍事経済に就ては手控へにする方針で来たのでしたが、日清・日露の時は止むを得ず開戦を主張した、日露戦争の前には支那に鉄道布敷のことには進んで骨折つた、こんな工合で国の経済に考を置かずに国外に向ふて発展し乃至は戦端を開くことは不賛成であつた、日露戦争後は軍備に対する費用の割合が多過ぎはしないかと思はれる、現に昨年の予算の如きも多過ぎると考へる
 - 第46巻 p.671 -ページ画像 
△姉崎氏 我国教育に関しては過去に於ける富国強兵の考が影響して教育に及ぼして居る、過去の軍備産業は大に国家に貢献したが、富国強兵を培養して居た為めに心が浮いて居た、失業問題なぞが起つて来れば尚更で、どちらにしても心が浮々して居る、正に危機である、昨年教育施設五十年紀念があつたが、これは制度の完成につとめた丈けであつて、例へば中等教員の俸給等は実に惨めなもので、決して教育問題が完備しては居ない、教員にしても自由を束縛され、上から指し示された事を教へるので、自分の工夫と云ふものがない、これに対して反応が二種ある、一は力を失ひ麻酔する、他は自由ならざるために苦悶する、小学校の如きは今日の何時から何時迄は同じ言葉で修身をやつて居ると云ふことが判る状態にある、沈退した或は鬱屈した精神で教育して居るから、精神状態の鋭敏なものには鋭く働く、過日貴族院で敬神崇拝が問題になつたが、教育が型に嵌つたものであるため、教員も子供も不自由で、精神の鬱屈を導く、今一つは入学試験の問題である、これは精神上丈けでなく肉体的に苦痛を増し、自殺したものもある、小学校でさへ入学試験に苦しむ状態である、日本の子供は小学校から大学迄で試験で苦められて、少しポカンとした人間となつて大学へ送られる、然らずんば嫌に悧口になつて居る、国内にこれ程の腐敗を作りながらも外敵に供へねばならぬかと云ふ疑問がある、日本の教育は整つて居るに拘らず、そこに矛盾がある、それは理性と本能とが相反する点で、普通にはこの二つが調和し又は交互に現はれて来るのである、今の世は一人、一階級に一条道の困つた本能が現はれて自分の欲するものを端的に発表する、或時は性欲或時は突撃(パグナシテー)が出る、本能の或方面丈けが一時に出て他の方面の本能をしのぐ、従つて理性と調和しない、これを私は本能性の爆発と云ひたいこれを教育の問題として云へば、明治五年の学制が布かれて以来、殊に明治十年以来、技術主義が行はれて、この方に注集されて来た科学理学でも真理を重んずると云ふよりも、結果を重んずると云ふ傾向がある、教育は実理を重んじつゝ人間の霊を発揮するものでありたい、そこで教育界には根本的に教育の精神を改革し了はらなければ、これが改良は望まれない、然らざれば教員は生きた屍である、文部当局は今の制度が好いとは考へないが、手をつけると面倒だと考へるらしいこれに対して学生々徒は下から頭を挙げて不満足を訴へる、日本の教育界は組織中毒に罹つて居る、水平社の運動もその覇気は買ふべし、この意気を用ゐれば宗教的殉教殉難の尊き精神になる
△頭本氏 根本的改革如何
△姉崎氏 教員自ら教科書を作り、又ハ劃一制度を止めること
△頭本氏 日本の教育は或種の徳育と結び付いて居るが為めに、之を破らなければならむ
△本郷氏 大学には研究部と教授とを別け、先生が活模範を示すことが必要
△穂積氏 小学校の修身に宗教を加へなければならぬ、性格教育―徳育主義―心理的に性格を鍛へ上げる
     Fairchild: Character education movement
 - 第46巻 p.672 -ページ画像 
△マツケンヂー氏 小供に道徳宗教を教へることは六ケ敷い、カナダでは毎日定つた所で或る聖書の一句を読む丈けであつた、新旧両派があるので厄介で、カナダ政府は劃一的にせんとしたが、天主教は全体の学校に金を出さずに自分で学校を建てゝ居る、それで余程六ケ敷いが、日本は尚更である、キリスト教は大戦によき結果を見せなかつた、英国で二百年前にオツクスホード大学にウッスレーが出て、宗教改革をやつた、そのために仏国が赤化したのに対して防ぐことが出来た、今日の日本の仏教は英国二百年前のキリスト教と同様で、社会に対して導く力がない、日本の神、仏、Xt等が広い心を持つて心を併せて青年のためにつくすなら、人間の心のフハンダメンタル・プリンシプルは共通であるから必ず行けると思ふ
△浮田氏 私は前回、気風調査の興りは渋沢子の御帰国当時「現代気風は真面目なりや否不真面目なりやの問題」があつたのでその委員の席を汚したのであるが、姉崎君の今日の話により「現代気風は真面目である」との診断が与へられたがために、これからは問題が広くなつたから、私は委員を辞職させて貰ひたい、その代りとして沢柳さんを委員にして実行方面に力のある人を挙げたい