デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

1章 金融
1節 銀行
5款 社団法人東京銀行集会所 東京銀行倶楽部
■綱文

第51巻 p.62-64(DK510013k) ページ画像

大正15年10月26日(1926年)

是日、東京銀行倶楽部第二百十七回晩餐会開カル。栄一出席シテ演説ヲナス。


■資料

銀行通信録 第八二巻四九〇号・第七六頁大正一五年一一月 録事 銀行倶楽部晩餐会(DK510013k-0001)
第51巻 p.62-63 ページ画像

銀行通信録  第八二巻四九〇号・第七六頁大正一五年一一月
 ○録事
    ○銀行倶楽部晩餐会
 - 第51巻 p.63 -ページ画像 
東京銀行倶楽部にては十月二十六日午後六時より、名誉会員井上準之助氏を招待し、第二百十七回月例晩餐会を開き、食後小野委員長の挨拶に次で名誉会員渋沢子爵の保健上の注意に就ての談話、来賓井上氏の金輸出解禁に就ての大演説ありて、九時盛会裡に散会せり


銀行通信録 第八二巻第四九〇号・第一八―一九頁大正一五年一一月 予の健康長寿法(大正十五年十月二十六日東京銀行倶楽部晩餐会演説) 子爵渋沢栄一(DK510013k-0002)
第51巻 p.63-64 ページ画像

銀行通信録  第八二巻第四九〇号・第一八―一九頁大正一五年一一月
    ○予の健康長寿法
      (大正十五年十月二十六日東京銀行倶楽部晩餐会演説)
                   子爵 渋沢栄一
会長、会員諸君。昔度々出ましたから古巣に戻つたやうな感じがしますけれども、今や其の当時と全く変つて、どうも古巣の感を為し兼ねるやうな盛大な場所に相成つて居ります、故に田舎者が何か特殊の場所へ引出されて窮命を蒙るやうな感じをしつゝ一言を述べねばならぬのでございます
今夕の御講演の主たることは、井上君が予ての御抱負を後段に充分お述べになると云ふことでございまして、経済界に殆ど絶縁同様な私が諸君に対して申上げることは殆ど何もございませぬ。併し私は我が持前に於て一言諸君に申上げたいと思ふのは、諸君の御健康を維持すると云ふことでございます。俗に申す命あつての物種、如何に銀行事務が繁昌しても、身体が弱くてはいけぬではありませぬか。故に身体を健全にするのは即ち一つの健康法でございます。此健康法はお医者も言ひませう、種々な人が申しませうが、私も矢張之を申上げるだけの或は資格を持つて居るとまで自信するのでございます
東京に百二歳になる人がありまして、先頃此の百二歳の人と私の家で会見しました。折柄に大倉鶴彦翁も参られまして、私を加へて三人、三人で年の数は驚くなかれ二百七十九(笑声)、而して此百二歳の人は僧侶でございます。名は鳥栖越山、生れは九州熊本の人であります。禅僧で頗る体得して居る人のやうに見受けました。且つ頗る壮健でございます。私は口は稍々達者であるが、足が弱くなりました。此のお人は口は私より幾分か減ずるが足は私よりも余程長じて居つた。色々庭園などを歩きますと、寧ろ私が後へに瞠若たる有様であつたのは誠に恥かしい次第でございます。私が今述べんとするのは此の人の健康法ではございませぬ、寧ろ欧羅巴説でございますけれども、私はそれに依つて数年実習して居ますが、今日のお方々には殆ど前途遼遠で、今さう云ふお考をなすつてはいけぬけれども、諸君も今に六十になることはどうしても免れぬのである。六十になつたときは私が今玆に申上げることに能く御注意あれかしと、先づ転ばぬ先の杖を差上げて置くのでございます。凡そ人は大抵六十になると、口が達者でも身体が利かぬ。どうもうるさくばかりあつて世の用を足さぬと云ふのが和漢古今、東西の差別なく然りと、斯う申す有様でございます(笑声)、今私の述べんとするのは、倫敦のラプソン・スミスと云ふ人の説であります。凡て人は六十になつても老人と云ふ心ではいかぬ。六十猶ほ若い者と云ふ考で、三十から六十までの三十年を同じ調子に身を持つと九十まで確に物の用に足りると云ふことを請合ふ。果して然らば人の
 - 第51巻 p.64 -ページ画像 
経済が大変に良くなる訳である。今日日本では少し人間が生れ過ぎるから、余りそんな事は言はないで早く死ぬ方が宜いかも知れませぬけれども(笑)、是は全く別問題とお聴取を願ひたいのであります。其六十から九十までを健全に保つ手段といふのは至て容易な事である。まあ食事を程良くせいとか、水を呑むとか云ふやうな教もありますが、より以上心の持方、身体の持方に就て、必ず其の三十年無病息災、極く活溌に何事にも堪へ得ることが出来る。それは何かと言うたら三十から六十まで同じ有様を以て活動を継続せい。六十からもう老人だと云ふ観念を持つのが即ち老境に陥る一つの原因になる。六十は何も年を取つたのぢやないと斯う覚悟すれば、若い有様が持続出来る。但し其の持続するものは精神から愉快に活動をせねばいかない。故に先づ活動が根本である。併し三十から六十まで同じ活動で行けぬ場合がある。玆に一つの注意を要するのは、自制即ち節制を守ると云ふことである。無理をすると宜くない。それで活動と同時に節制。今一つの必要は年を取ると自ら種々な事に懊悩する。彼此れと心配するやうな事が生じ易いが、之が必ず其の生命の害を為す。即ち心を平和に保ち満足の位置に置く。例へば世の諺に健康の身体に良い精神が宿ると云ふけれども、それは蓋し逆の言葉で、良い精神から其の身体を健康にするのである。どうしても精神を始終平和に始終安虚に和かにして置くと、必ず無病息災たり得るものである。故に活動・自制、次には平和満足。斯の如くにして居れば九十までは必ず健全を保つて行けると云ふのがラプソン・スミスの説でございます。私は不幸にして其の書物をツイ六・七年前に見ましたので、今、試験中でございますが、まだ九十には三年、間がありますから、この間に相当な研究をして、否、九十に限つたことは無い、百まで生きても決してスミスに小言は言はれないと思ひますから、或は更に今十年を通り越して今の研究を為し得るかも知れませぬ。満場の諸君の未だ四十に足らないお方に対して斯様な事を申すのは、余り通り越した申分かも知れませぬけれども。併し諸君が四十はさて置き、六十にならぬと仰しやつても、ならざるを得ぬのであります。斯く考へますると今日私が此の事を申上げるのは少しく早過ぎると云ふ嫌がありますけれども、敢て無用の弁でも無からうと思ひます。好い井上君の御演説をお聴きなさるにも、身体が丈夫でなければなりませぬ。果して然らば私の此の弁は決して無用の弁でも無からうと思ひますからして、今夕の御馳走の御答礼に健康法を御伝授致したのであります(拍手)



〔参考〕渋沢栄一 日記 大正一五年(DK510013k-0003)
第51巻 p.64 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正一五年       (渋沢子爵家所蔵)
一月六日 快晴 寒
午前七時起床、入浴ト朝飧ヲ畢リ、銀行集会所井口百太郎氏速記者同行ニテ来訪シ、通信録ヘ記載スヘキ意見ヲ請ハル、依テ最近ノ世態ニ感スル意見ヲ述テ筆記セシム ○下略
  ○右ニ該当スル記事ハ「銀行通信録」ニ見当ラズ。