デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

3章 商工業
2節 蚕糸・絹織業
3款 帝国蚕糸株式会社(大正九年設立)
■綱文

第52巻 p.390-397(DK520042k) ページ画像

大正10年11月25日(1921年)

是ヨリ先栄一、日米関係委員会ヲ代表シテ、渡米ス。是日、ニュー・ヨーク絹業協会副会頭ステリー主催ノ午餐会ニ出席シ、同協会会頭ゴールドスミス及ビ其他有力ナル絹業者ト、当会社持荷ノ生糸売却方ニツキ意見ヲ交換ス。是月二十七日、栄一、同地ヨリ当会社専務取締役今井五介ニ打電シ、市場ニ動揺ヲ与ヘザル程度ニ於テ当会社持荷ヲ漸次売却スベキ旨勧告ス。


■資料

大日本蚕糸会報 第三一巻第三六〇号・第六四頁 大正一一年一月 蚕界の人事並往来(DK520042k-0001)
第52巻 p.390 ページ画像

大日本蚕糸会報 第三一巻第三六〇号・第六四頁 大正一一年一月
    蚕界の人事並往来
△十月十三日○大正一〇年 子爵渋沢栄一氏・法学博士添田寿一氏・掘越善重郎氏渡米。
   ○本資料第三十三巻所収「第四回米国行」参照。


渋沢栄一 日記 大正一〇年(DK520042k-0002)
第52巻 p.390 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正一〇年         (渋沢子爵家所蔵)
十一月二十五日 曇 寒
○上略 十二時半当地○紐育絹糸業者ノ案内ニ応シテ、ステリー氏主催ノ午餐会ニ出席ス、ゴールドスミス、チニー及スキンナー、其他有力ナル絹糸業者十数名来会シ鄭重ナル宴会アリ、食卓上ステリー氏ノ挨拶ニ対シテ、生糸ニ関スル従来ノ経験ヲ述ヘ、更ニ日米両国ニ於ケル本事業ノ需要供給ニ付テ両者間ニ注意スヘキ要件ヲ演説ス、更ニチニー氏ノ華盛頓会議ニ於ル企望ニ答ヘテ、余ノ日米両国ノ国光親善《(交)》ニ関スル苦衷ヲ陳述ス 午後三時過散会帰宿○下略
   ○中略。
十一月二十七日 雨 寒
   ○本文略ス。
(欄外記事)
 ○上略
 昨年帝国蚕糸会社ニ於テ買取リタル生糸ヲ、目下ノ好況ヲ機トシテ徐々売却セラルル様忠告ノ電報ヲ今井五介氏ニ発ス、但横浜ノ原氏ト協議スヘキ事ヲモ申添ヘタリ
   ○中略。
十一月三十日 曇 寒
○上略
当地○紐育ニ於ル生糸業者ノ案内ニテ〔  〕《(原本欠字)》旅館ニ開催スル午餐会ニ出席ス、食卓上生糸業ノ発展歴史ヲ講演ス、午後三時帰宿○下略


竜門雑誌 第四〇七号・第三六―三七頁 大正一一年四月 ○渡米日誌 青淵先生(DK520042k-0003)
第52巻 p.390-391 ページ画像

竜門雑誌 第四〇七号・第三六―三七頁 大正一一年四月
 - 第52巻 p.391 -ページ画像 
    ○渡米日誌 青淵先生
○上略
 十一月○大正一〇年二十五日(金) 正午子爵及堀越氏は紐育絹業副協会長ステリー氏主催の午餐会に出席、日本生糸に関し来会の生糸業者と意見を交換したり
○中略
 十一月三十日(水) 正午子爵には堀越氏同伴、在紐邦人生糸業者の午餐会に出席し、一場の演説を試みられ○下略


大日本蚕糸会報 第三一巻第三六〇号・第七四頁 大正一一年一月 帝蚕売出に対する紐育市場の反響(DK520042k-0004)
第52巻 p.391 ページ画像

大日本蚕糸会報 第三一巻第三六〇号・第七四頁 大正一一年一月
    △帝蚕売出に対する紐育市場の反響
 在荷二万俵、消費二万五千俵、機屋持荷相当、帝蚕売出好評、市場に影響少く手堅きも、貴地の変化傍観の態度で取引減、日本維持せばつくならん。
 物価は年末と輸入品で下向の傾向(十二月十七日蚕糸中央会着)


大日本蚕糸会報 第三一巻第三六二号・第六九頁 大正一一年三月 人事彙報(DK520042k-0005)
第52巻 p.391 ページ画像

大日本蚕糸会報 第三一巻第三六二号・第六九頁 大正一一年三月
    人事彙報
○子爵渋沢栄一氏 米国より一月三十日帰朝。


竜門雑誌 第四一一号・第三九頁 大正一一年八月 ○側面より見たる青淵先生の米国旅行(三) 増田明六(DK520042k-0006)
第52巻 p.391 ページ画像

竜門雑誌 第四一一号・第三九頁 大正一一年八月
    ○側面より見たる青淵先生の米国旅行(三)
                      増田明六
○上略
 子爵の米国人に日本人の厚意を示さんとする御行動は、有らゆる方法に因りて顕はれて居りますが、紐育で絹業協会の会長《(マヽ)》のステリー氏に面会されました、紐育は御承知の通り日本の生糸界の大得意様でありまするが、主として日本の生糸を輸入致して居ります絹業協会会長ステリー氏に会談されまして、種々日本の生糸に関する談話を致しましたが、同氏は目下生糸が他の商品に比し著るしく高価なるは、横浜の帝蚕会社が其所蔵品を売出さゞるにあるを以て、此際子爵に之を売出す事を勧告せられたいとの意見を出しました、子爵は之を道理ある希望と賛成して、遥に電報を同社に寄せて勧告致しました、帝蚕も子爵の勧告に同意して之を売出しまして、相当の利益を収められましたが、此子爵の御行為は絹業協会員に将来の日本生糸取引に関して、非常の好感を与へた次第であります。


大正九、十年第二次蚕糸業救済の顛末 河杉信勇編 第四五四―四六一頁 大正一三年一二月刊(DK520042k-0007)
第52巻 p.391-393 ページ画像

大正九、十年第二次蚕糸業救済の顛末 河杉信勇編
                      第四五四―四六一頁
                      大正一三年一二月刊
 ○後編 第七章 会社の持荷処分
    一、持荷処分の準備及び第一回持荷売却
○上略
十二日○大正一〇年一二月午前山本農相の私邸に於て会社の総務会を開き、既に知り得たる輸出商の引受け内意に付き報告し、左の決議を為せり。
 - 第52巻 p.392 -ページ画像 
      決議
一、市況の現状は当社持荷の内約二百万斤程度を此の際売却するを以て適当とし、其の実行に就ては之れを原・尾沢・渡辺三専務に一任する事に決議せり
  但し売却値段は大体時価を標準として約五・七十円方を割引することを得、又た其の荷渡は本年十二月より明年二月に亘る事を得
一、右の実行に就ては本来内規に基き重役会を開会すべき筈なれども、此の際其の暇なきを以て、本会臨席の農商務大臣内示の下に総務会に於て決定する事とす
    以上
 同日午後始めて本社に於て之れを発表し、左記の通知を一斉に内外輸出商に向け送付したり。
 拝啓 貴社益御繁栄奉賀候、陳者最近弊社持荷買受け御希望の旨申出され候向き甚だ少なからず、其取引数量を内示せられたる分にても既に相当多量に上り候次第に有之、就而は乍唐突此の際第一回売却を実行致候事に決定、別紙の要領により各位の御申込に応ずる様仕候間、何卒御承知置き被下、期日迄に御所要の数量御示し被下候様仕度、此段得貴意候 敬具
  大正十年十二月十二日         帝国蚕糸株式会社
    各輸出商宛
  追而売買御契約成立致候時迄は御同様便宜の為め内々にて取扱ひ候様仕度、併而御願致候
      第一回売却要領
 一、売却数量   二百万斤
 一、品種     当社持荷ノ内各種
 一、売却値段   別紙値段附ノ通リ
 一、受渡     本年十二月ヨリ明年二月ニ至ル間ニ於テ、買方ノ希望ニヨリ随時分割荷渡シスルコトヲ得
           但シ品位検査ハ買方ノ希望アル場合ニ限リ之ヲ行フコトヲ得ルモ、顕著ナル変質品ノ外ハ一切不合格トナサヾル事
           看貫ハ市場ノ習慣ニヨル
一、支払      代金ハ看貫後三日目ニ支払ヲ受クベキコト
一、買受申込ノ締切 本月十三日午前八時限リ希望ノ品種及ビ数量ヲ当社支配人宛親展書ヲ以テ申込マレタキ事
           但シ申込斤量ガ予定ヲ超過シタル時ハ其ノ割当ニ就テハ当社ノ任意タルベキ事
一、品目ノ選択   品目ノ選択ニ就テハ可成買方ノ希望ニ添フ様努ムベシト雖ドモ、大体当社ノ任意ト承知サレタキ事
一、買約ノ決定   買約決定シタル上ハ売買契約書ノ交換ヲ為スベキ事
    以上
 - 第52巻 p.393 -ページ画像 
  大正十年十二月十二日 帝国蚕糸株式会社
 備考
  第二回以後ノ売却ハ今後相当ノ時期ヲ置キ、且ツ其ノ数量モ少量宛ニ限リ残荷ヲ一時ニ売出サヾル予定ナリ
○中略
 之れより先き、米国に於ても当時在米中の渋沢子爵と絹業協会との間に、帝蚕会社持荷の処分に付き屡意見の交換行はれたり、即ち当時同協会々頭ヂエームス・エー・ゴールドスミス氏より同子爵宛書翰の抜萃左の如し。
 拝啓
 先以拝顔ノ栄ヲ得タルコトヲ無上ノ喜悦ト存居候、陳者予テ貴下ノ御提言ハ大ナル興味ヲ以テ拝聴致シ、且ツ深甚ナル尊敬ヲ払フモノニ御座候、尚大木氏ヨリ受取リ候貴翰難有拝見仕候、拙者ハ絹業協会ノポスト、ステーリ、スユワルツエンバツハ、三副会頭トモ会談仕リ候処、貴方ニ於テ帝蚕会社ガ其持荷ヲ徐々ニ処分致サルヽニ就テ最善ノ努力ヲ払ハレ、延イテハ米国絹業界ニ好影響ヲ齎ス様ノ御尽力被下候事ト当方一様ニ信ジ居リ候
 現時ノ紐育市場ニ於テ蒙リ居リ候投機的影響ヲ軽減スルニ足ルベキ手段ハ、何事ト雖モ斯界ノ為メニ直接且ツ永久ノ利益ヲ齎スノミナラズ、永久両国間ノ最上ノ利益ト相成可申候
 筆者ノ私見ヲ以テスレバ、帝蚕会社持荷ノ処分ノ如キハ徐々ニ行ハレザルベカラザルモノト存候、且ツ此意見ハ絹業協会員ニ在テモ亦タ同様ニ抱懐致居候 云々
  大正十年十一月二十八日
             ヂエームス・エー・ゴールドスミス
尚ほ此の売却と前後して子爵渋沢栄一氏より今井専務宛に
 「紐育絹業協会々員諸君ハ帝蚕ノ持荷ヲ此ノ際徐々ニ売却セラレンコトヲ希望シ居レリ、小生モ同意見ニテ、市場ニ動揺ヲ与ヘザル程度ニ於テ漸次売却スルヲ賢明ナル取扱ト思フ、浅田社長ト協議セラレタシ」(大正十年十一月廿九日紐育発電《(マヽ)》)
の旨十二月一日着電し、尚ほ十二月十三日着電を以て原専務宛に「今井氏ニ電報セシガ、此ノ際徐々ニ帝蚕ノ糸ヲ売出スヲ穏当ト思フ」旨の忠告に接し、又た十二月十四日着電を以て米国絹業協会のCheney. Goldsmith. Post.三氏連名を以て「徐々ニ帝蚕持荷ノ処分ヲ促ス」旨の忠告あり、会社は之れに対し翌十五日其の助言を感謝し且つ
 「今回ハ持荷ノ約半数ヲ二月末日迄ニ買方ノ希望ニヨル分割荷渡トシテ売却セリ、残荷ハ相当ノ期日ヲ経ルニアラザレバ売出サレズ、且ツ其ノ売却ハ市場ヲ害セザル適当ナル機会ニ於テ成ルベク幾度ニモ分割サルヽ筈ナリ」
と返電し、渋沢子爵へも亦た厚意を謝して答電する所ありたり。


日本蚕糸業史 第一巻 大日本蚕糸会編 生糸貿易史・第三八六―三八七頁 昭和一〇年二月刊(DK520042k-0008)
第52巻 p.393-394 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
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〔参考〕大日本蚕糸会報 第三一巻第三六〇号・第六〇頁 大正一一年一月 大正十年蚕界回顧録 沈静より活躍へ蚕糸業界(DK520042k-0009)
第52巻 p.394-395 ページ画像

大日本蚕糸会報 第三一巻第三六〇号・第六〇頁 大正一一年一月
    大正十年蚕界回顧録
      沈静より活躍へ蚕糸業界
 - 第52巻 p.395 -ページ画像 
 本年の生糸貿易の情勢を見るに、前年よりの持越生糸は七万余梱の多きに達し、帝蚕の第三次買付ありしも依然沈静を呈して、定期市場は常に空廻りを続けしが、此大不況に鑑み、斯界に又々帝蚕事業助成金交付を政府に請願し、以て帝蚕の威力を益々発揮せしめて糸価維持に努めんと企画し、当局に要請する所あり、迂余曲折を経て漸く帝蚕損失補償三千万円契約の形となりて無事両院を通過したると、上海生糸損失の入電が好材料となりて糸況多少活気付けり、一方農商務省は内外財界形勢に鑑み、全国各府県に対し養蚕家の採るべき途に関し通牒を発する所ありたり、四月に入り八日定期市場漸く再開し一寸活況を呈せしも、忽ち不振に陥り、帝蚕第四次買付も市場を引立たしむるに至らず、五月末日限り帝蚕維持相場撤廃、六月より自由取引相場となれり、一面繭価の取引は当時の糸価に比し割高の値を告げたり、以後糸価は一高一低の状態なりしが、九月下旬より米国の買気付ける為漸次上向き、十月に入るや定期高に刺戟され現物愈高価を呈し、一時行閊へたるが直ちに恢復し、以後益々活躍を続けたり、十二月十二日には糸界に於ける大障礙物と迄唱へられたる帝蚕持荷半数売出の旨発表されたるも、別に悪影響なく底堅き成行を持続して越年したり。今横浜市場に於ける信州上一番・武州格の毎月の最高最低を左に掲ぐ。
(七月迄信州上一番=八月より標準糸は武州格に改めらる)

 月次  取引日    最高    取引日   最低
 一月より五月迄千五百円売上
               円           円
 六月  二十四日  一、四九〇  二十九日 一、四五〇
 七月  二日    一、四九〇  二十二日 一、四六〇
 八月  一日    一、四六〇  三十日  一、三九〇
 九月  三十日   一、五八〇  一日   一、三九〇
 十月  四日    一、六二〇  十九日  一、五三〇
 十一月 二十八日  一、八九〇  一日   一、五八〇
 十二月          ――          ――




〔参考〕大日本蚕糸会報 第三一巻第三六一号・第六三頁 大正一一年二月 蚕人冗語(DK520042k-0010)
第52巻 p.395-396 ページ画像

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〔参考〕大日本蚕糸会報 第三一巻第三六二号・第五七頁 大正一一年三月 蚕人冗語(DK520042k-0011)
第52巻 p.396 ページ画像

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〔参考〕日本蚕糸業史 第一巻 大日本蚕糸会編 生糸貿易史・第三八八―三九〇頁 昭和一〇年二月刊(DK520042k-0012)
第52巻 p.396-397 ページ画像

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