デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

7章 経済団体及ビ民間諸会
1節 商業会議所
1款 東京商業会議所
■綱文

第56巻 p.56-62(DK560019k) ページ画像

大正8年2月7日(1919年)

是日、当会議所ニ於テ、当会議所議員添田寿一ノ渡欧送別午餐会開カル。栄一、出席シテ演説ヲナス。


■資料

渋沢栄一 日記 大正八年(DK560019k-0001)
第56巻 p.56 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正八年      (渋沢子爵家所蔵)
二月七日 晴 寒
○上略 十二時東京商業会議所ニ抵リ、添田寿一氏渡欧ノ送別会ニ出席ス食卓上一場ノ別辞ヲ述フ、畢テ各地ノ商業会議所会頭等ト談話ス ○下略


集会日時通知表 大正八年(DK560019k-0002)
第56巻 p.56 ページ画像

集会日時通知表  大正八年        (渋沢子爵家所蔵)
二月七日 金 正午 東京商業会議所催
          添田寿一氏送別会(商業会議所)


東京商業会議所報 第一一号・第一五―二〇頁 大正八年三月 添田博士送別午餐会(DK560019k-0003)
第56巻 p.56-62 ページ画像

東京商業会議所報  第一一号・第一五―二〇頁 大正八年三月
    ○添田博士送別午餐会
東京商業会議所に於ては、議員添田博士渡欧に付き送別のため二月七日正午午餐会を開催せり、杉原副会頭の開会の挨拶に次で来賓渋沢男爵、京都商業会議所会頭浜岡光哲氏の送別演説あり、終りに添田博士の答辞あり、一同歓を尽して午後二時散会せり
杉原副会頭演説
 添田博士並に御列席の閣下、諸君、本日は最近御渡欧あらせられまする添田博士の為めに、聊か送別の微意を表する為めに此会を主催したる次第であります、目下藤山会頭は旅行中でありまして不在の為めに、私が代理を致す次第であります、悪からず御諒承あらんこ
 - 第56巻 p.57 -ページ画像 
とを希望致します
 添田博士は其御蘊蓄あらせられる所の学識を実地に応用せられつゝあるのであります、即ち財政に経済に我実業界の為めに貢献せられることは多年の久しきに及んで居りまする、又博士は泰西の文物に御精通あらせられまして、而已ならず泰西の有識階級とは殊に密接の御関係を保たれつゝあるのであります、英国の現大蔵大臣チヱンバーレン氏の如きは博士と同窓御同級であつたと云ふことは世の知る所であります、又仏蘭西に於きましては、日仏銀行御計画以来同国の有識者間との御親交の啻ならざることは既往の事蹟に徴して明かであります、更に亜米利加に於きましては其御名声の隆々たること御信用の大なること、之は日米問題の解決の時に当りまして其偉大の功を呈せられたることに於て証し得て余りあるのであります
 今や世界の歴史上思出多き仏国のヴエルサイユに於きまして、列国の是に集まりまするもの二十余国であります、世界の適材は皆此所に集中されたのであります、其議する所のものは一国の安危興亡に関するのであります、幸ひ我国は五大列強の中に加はりまして、此場合我国威を伸張するには絶大の好機会であります、随つて其責任も重且つ大なることを感ずるのであります、夫故に我政府に於きましてもあらゆる人材を挙げられまして、今や派遣し或は派遣されつつあるのであります、然るに純然たる民間を代表する御方は未だ曾て無いのであります、即ち我民意を徹底すべき其任務の御方はないのであります、然るに此度添田博士が純然たる民意を代表して御渡欧あらせられますると云ふことに対しては、我々の最も喜びとする所であります、我国民は平素に於きまして平和主義を採つて居ります、又正義を以て国本として居るのであります、然るに列国の中には我国を目して或は軍国主義の国なりとし、若くは武断主義の国なりと認めて居るのであります、此時、此場合に於きまして、此誤解を氷釈し、相互の意志の疏通を計ると云ふことは最も必要であります、博士の如き御方が公平の見地に立たれまして此誤解を氷釈し、相互の事情の疏通を計られましたならば、其効果や蓋し大なるものであると思ふのであります
○中略
 尚ほ此場合に大倉男爵より、自分は演説はしないが、お前より一言言つて呉れろと云ふ御希望がありましたから申上げますが、即ち今度の巴里は全くの檜舞台である、本当の歌舞伎役者が行くのだから其御土産は又大なるものであらう、宜しく期待して居るから能く申上げて呉れろと云ふことでありました、本日は実業界に於きましては渋沢男爵を始め外有数の御方々、更に京都の会頭浜岡君を始め八会議所の会頭が御列席になつて居ります、又岡警視総監・田尻市長夫れと新聞社の御方の御来臨を忝じけなう致しました、誠に光栄として深く感謝致します、玆に各位と共に盃を挙げまして、博士の健康を祝したいと存じます
添田博士演説
 唯今副会頭より賜はりましたる御言葉は迚も当りませぬのでござい
 - 第56巻 p.58 -ページ画像 
まして、実に慚愧の至りであります ○中略
 今大倉男爵の御注文もありましたが、仲々微力の私に対して御土産を御待ち下さいましても、必らず諸君は失望せられることゝ思ひます、夫れは檜舞台は檜舞台でありませうが、馬の足が後れ馳せに跛足引きながら参るやうなものでございますから、到底御土産は得られませぬから、今から失望なさらぬやうに呉々も御覚悟を願つて置きます
 さて此度参ることになりましたのは、矢張り会議所問題に付ても非常に私の尊敬致しまする渋沢男爵の御尽力に感佩したのと同様に、男爵の実に遠大なる御考に感激しまして、意を決するに至つたのであります、後に男爵から親しく御言葉もありませうが、渋沢男爵の御考では、世間が講和談判の条件だとか、或は実業上の利益だとか云ふやうな事ばかりに没頭して居ると云ふ丈けでは、日本の所謂此一大帝国として全きを尽して居る訳ではない、其以外に、若くは以上に日本として考へなければならぬ問題がありはしないかと云ふことから起つたのであります、私は此点に就きまして実に敬服致したのであります、而して其問題は即ち此思想の変化と云ふことであります、之は男爵御自身の御話がありませうから詳しくは申しませぬが、玆で特に申上げて置きたいのは詰り思想界にしろ、実業界にしろ、一歩先きに始終眼を御注ぎになると云ふことは国家の為に非常に必要でありまして、唯目前の事ばかりに追はれて居ることは到底大をなす所以でないと云ふことは申す迄もありませぬ、今や講和会議と云ふことに皆没頭して居る際に、其以外に御考を付けられて居ると云ふことは、実に諸君と共に感謝して已まざる所であります
 申す迄もなく此度の欧羅巴の大戦に依りまして起りましたる変化は即ち軍国主義が倒れたと云ふことゝ、而して此独逸と云ふ有力なる商工業国が混乱状態に陥つたと云ふことであります、軍国主義の倒れましたる結果、詰り大体に於て民主々義の勃興となり、戦時非常に注意されて居りました此労働問題は、戦時中に彼等が貢献したる事の大なるが為に、戦後に於ては非常なる勢を以て再現すると云ふことは、之は免かれぬ事でありまして、既に其徴候は見へて居るのであります、又経済上に於きましては皆様御承知の通り、独逸と云ふ有力なる経済的帝国主義の国が倒れましたのでありますが、再び之は起るかも知れませぬけれども、起るには多少時期があらうと思ふので、彼からして殖民地を奪うと云ふことになりまするならば、彼は原料を失ひます、原料を失つたる独逸は戦前に於ける独逸の如く働くことは出来なからう、今後経済上に活躍致しまするものは、どうしても米国と英国でありまして、彼等は豊富なる原料を有し、資本労働と云ふものを加へて雄飛致しまするから、世界の即ち実業界は此二ケ国の舞台になりはしないかと思ふのでありますが、此点からはどうしても今一人の副会頭たる山科君の深き御関係のある支那との関係を尚ほ善くして、彼から原料の供給を得なければ日本は二大国と対抗するの道はないと思ふ、資本は多少戦時に於て蓄積せられましたけれども、是又英米に比すると大いに遜色がある、唯日
 - 第56巻 p.59 -ページ画像 
本の誇るに足るのは労力であります、然るに此労力と云ふものも其功程と申しますか、即ちエツセンスと云ふものを余程努めなければならぬ、彼は賃銀は高いやうである、数は少ないやうでありますが功程に於ては彼は非常に我の上にあると云ふ以上は、我労力は数が多いとか、賃銀か廉いとか云ふことを以て満足して居る訳には参るまいと思ふ、而已ならず、玆で即ち思想と経済と合すると思ひます若し過激思想なるものが我労働階級に弥蔓したと云ふ時に於いてはどうであらうか、日本に於てはそこに非常なる欠陥が生ずるのでありまして、我労働社会として誇るに足るのは、未だ彼等に於けるが如く過激思想と、資本と労力の間に於ける衝突を見ないと云ふ点にあるのであります、我労働階級か各国と同一の状態に陥りましたならば、最早我は唯一の誇りとする所の労働に依頼することは出来ないことになりますから、此英米の競争に対して我国は非常なる不利益の地位に立たなければならぬ、是れ即ち渋沢男爵が実業界であらせられながら、此思想界に重きを置かれる所以だらうと窃に拝察するのであります、又之に感激して私は意を決したのであります、願はくは皆様も今後益々御健在であらせられまして、此戦後益々激甚なるべき所の此経済上の競争に対し十分の御覚悟を願ひたいと思ひます、而して此商業とか云ふことばかりでなくして、即ち此世界の平和と云ふことは御互を始終支配する問題であります、此度の国際聯盟と云ふものが成立致しましたならば、果して夫れが為に恒久的の平和か来るかどうか、之は大いなる疑問であらうと考へます ○中略 之を恒久的ならしめるには、詰り根元に遡らなければならないのでありまして、夫れは此物質に偏したる事を、精神作用を以て調和すると云ふことで、語を換へて言へば、西洋の文明の物質に偏したる所を、東洋文明の無形の方面に秀でたる所を以て補う外はない、即ち東西文明が相融和すると云ふことが必要である、此大任を果たす上に於きまして、日本は非常なる好地位に居ると思ふのでありまして、詰り日本は種々なる誤解は弁明して之を解かなければなりませぬけれども、又世界に大なる貢献をする丈けの力は有つて居ると云ふ位の抱負は抱かんければならぬと思ふのであります、此の如き事は実業界の上からは直接に必要はないやうでありますけれども、世界の平和と云ふことは此貿易商業に必要であると云ふ上からして、矢張り根本的に世界の平和を継続せしめることに付ては、皆様の常に御配慮を願つて置かなければならぬ問題であると存じます、此の如き思想の問題に於て、又今副会頭から御沙汰のございました経済政策などの事に就きましては、仲々私如き微力の及ぶ所ではありませぬ、之は今より御詑を申上げて置きますが、唯諸君の驥尾に付しまして幾分の貢献を此我実業界になり、我思想界になすことを得ますならば、之は全く諸君の御指導の結果であります、玆に謹んで御礼を申上げまして、諸君の御健康を祈る次第であります
渋沢男爵演説
 今日当席の御招ぎを受けましたに就きまして一言御挨拶旁々申上げます、何か私か深い考へを有つて申上げるが如く御申付でございま
 - 第56巻 p.60 -ページ画像 
すが、それ程私は大なる意思を備へて、何か遠大の考へがあるが如く思召されては甚だ困るので、評判程でないと云ふ事を御承知を願つて置きたいのでございます
 是は寧ろ添田君より言ひ出された事が元へ戻つたやうな事実でございます、現に諸君は御覧でありましようが一・二度報知新聞の社説に、渋沢をやつたら宜からうと云ふやうな事が書いてあつたやうに私は覚えて居る、さう仰しやられたのを私は大変嬉しく思つた、添田君は私をどうか出したいと思ふて下さると云ふ事を喜びましたが唯悲しい哉是は随分当らない話で、少し是は私を買被つて居られると思つたのであります、そこで段々お話が添田君及其他四・五の有志の間に進みまして、どうしても今度政治上の任務を以て所謂樽爼の間に折衝し、若くは経済上の間に付てお出で下さるのは宜しいが政治家若くは実業家ばかりでなしに、同じ其方面に居つても、少しは思想界の事に付てどう云ふ評議が起るか、日本の人々の考へは斯様であると云ふ事を言ひ得るお方が出て下さつた方が宜くはないか其方面に付ても必ず英吉利・亜米利加あたりからも相当の人が集まるのであるから、日本から其向の任務を有つた人が一人も行かないと云ふ事は物足らぬやうな感じが致して、私自身は役に立たぬ事は勿論でございますけれども、どうぞ言葉も通じ、事情も知り、又相当に蘊蓄ある人をお勧めしてお出で下さるやうにしたら宜からうと云ふ事を、業に既に私共考へて居りましたものですから、恰度仰しやり出した添田君、貴下こそ適当の人ではないかと云ふ事で、恰度反対の望がお手に属したと云ふやうな訳でございます、話が段々進んで参つて、已むを得ぬ、さう云はれるならば、果してどれ程の効果かあるか知らぬが出て見やうと云ふ事に相成つたのが、今度御旅行の実は順序で御座います、是だけは一応其顛末を斯るお席に申上げるのは、必ず無用でもなからうと思ふのでございます、添田君は私か行つた所が何物をも土産に持つて来られない、土産と云ふ事を期待して呉れては困ると云ふお申出であります、如何にも皮肉みたいに、馬の脚と仰しやられたが、馬の脚にはなつて頂たき度ない、誰も馬の脚とは思はぬのですから、無理に馬の脚たる事をお望なさらぬやうにしたいのでございます、是は皆さんと共にお願ひしたいのであります、殊に今仰しやつたやうに西洋の物質的文明が、果してそれだけで世の中の平和を完全に維持して行けるものであるか、国際聯盟の結果唯それだけで足りるであらうか、試みに今度の戦争に付て考へて見ても、今度の戦争は何ぜ起つたかと云へば、詰り英吉利と独逸の経済戦争が先づ一番主眼ではないかと見えるのであるが、果して然らば、扨是から先きに、唯物質文明だけを以て世界の平和を期待することは出来ぬであらう、本当に平和たらしめるには矢張り個人個人の道徳が進み、其道徳が国体に及ぼし、弱い者は強い者に圧迫せられると云ふ観念が世界の人類から取去られなければ真正なる国際聯盟は遂げる事は出来ない、而して其前に本尊様は如何であるか知らぬが、日本は兎に角相当に道徳の高い国民と考へて居る、此間も或る席に於て、大隈さんが唱へられて居るから、それ
 - 第56巻 p.61 -ページ画像 
等の論は大隈さんが先輩のやうであるけれども、実は私が先きであると云はれた、如何にも是は其通りで東西文明を融和すると云ふのは日本国民の任務である、私も時々申しますが、添田君のお言葉に依つて度々伺つて居る、斯の如く学識共に豊富なる添田君であつて之を馬の脚とは甚だ不満足である、御自身も馬の脚と云ふ観念はお止めなすつて、立派に名代以上《(題)》の俳優になつて頂き度い、私は斯う思ふのでございます
 実は此人様の海外御旅行の送別の宴に付ては度々列席いたしましたが、自から考へて見ると斯うも変つて来るかと思ふ、斯様な気が致すのでございます、又今日ほど変つた送別の宴をお設けになつたと云ふ事は無いと云ふて宜しい、商業会議所の此お催しに付ては感謝いたします、自分がずつと昔を考へて見ますると、今朝も其掛物が掛けてあつたのでさう思ひましたが、慶応三年に私が欧羅巴へ行く時分に、原市之進と云ふ講道館の学長をして居つた漢学者がありました、其人が私の海外旅行を送つて呉れるのに書いて呉れた、それは八大家文にございますが、尹員外郎か回紇と云ふ所へ唐の帝の命を帯びて行くに付て、それを送つた尹員外郎を送るの序と云ふ文章を書いた、其文章の趣意は唐の天下が能く治まつて頻りに諸方の文物を入れた、併しまだ回紇と云ふ国とは交はりが厚くない、そこで員外郎を派遣する訳になりましたが、其土地も大変遠くつて其風俗習慣、消息も分らぬ、員外郎は壮年であるけれども其任務を受けたそれ等の事は意に介する所なく其任務を果さうと云ふのである、凡そ是までの人が海外に旅行すると云ふ場合には、或は勇気を出し負けぬ気を起すけれども、或る一方から云へば始終内を顧みて其間に少しは顧慮……左顧右眄を生ずるものである、然るに員外郎は決して左様な事はないので、実に此人は十分に任務を尽せると思つた、韓退之の文章は余り結構ではないが、さう云ふ趣意で、蓋し原市之進が私に其時其文を書いて呉れたのは、自分はまだ極く壮年でございましたけれども大変嬉しかつた、それまでは攘夷論者であつたのが、海外へ行く、内を顧慮する念もなく五年の間、手一ぱいにやつて御覧に入れると云ふ事を言つてお引受けしたのであります、それを見て員外郎を送る韓退之の文章を原氏が賞賛の心で書いて呉れたと思ふのでございます、是はマア私が昔海外へ行くに付て人に贈られたる一つの故事でございますが、それから以来或は官途の方が行くとか、或は条約改正の為めとか、教育視察であるとか、種々の事でお出でになるお方をお送り申したけれども、今度添田君をお送り申す如き、経済上であるかと云へば経済上ではない、政治上かと云へば政治上ではない、学術上かと云へば学術上でもない、而して其事は此世界は此世界の大変乱の跡の欧羅巴に於ける状況は如何になるか知らぬが、表面の職分ではないが、吾々国民の大に期待する所のことで、実に絶後とも云ひ得るので確かに空前ではあると思ふ、私の今申上げた如く、五十年前左様な些細な事すら原と云ふ人が私に韓退之の文章を書いて呉れたと云ふやうな事に考を及ぼすと、実に世の中は変化して、それを贈られた渋沢が今日添田博士の東西文
 - 第56巻 p.62 -ページ画像 
明を融和せしむると云ふ事の任務を有つてお出でになる其行を送ると云ふ事は、私自身も誇りとする所であります、国家の誇としても宜いであらうと思ふのであります、私は此御任務に対しても馬の脚どころではない、立派な立役者の心持をお持ち下さる事をお願ひ申すと共に、更に一つの事項を申上げたいのは、英吉利と仏蘭西でございます、亜米利加との関係は近頃相応に交通が頻繁になつたやうでありますけれども、英吉利に対しては向ふから来る人も甚だ乏しい、此方から行く人も余りない、消息を相通ずる者も少ないと云ふ有様でございます、政治上に於ては而も攻守同盟であつて政治上の結付きはあるが、商人との関係は甚だ薄い、頗る冷淡であると云はなければならぬ、是は私は殊に実業家諸君の御心配を要するものではないかと思ふので、或る場合には少し形式になりますけれども、例その形《(マヽ)》を見付けて此方で団体旅行で行くとか、向ふからさう云ふ人を連れて来て盛んに歓迎でもするやうに、モウ少し相互ひに足跡を頻繁ならしめたい、此会議所に於てもどうか是等に付て考へを及ぼして貰ひたいと思ひます、幸ひ今度添田君がお越しになるので、前申上げた重要の任務以外に、英吉利若くは仏蘭西には種々なる方面に御懇親もおありであるから、政治家・実業家にも、どうか今のやうな事をお考へにお加へ下すつて、何かの機会を見て或は団体旅行でも催さやるとか《(マヽ)》、又は此方から行く場合には十分向ふが引受けて呉れるやうに、モウ少し交通頻繁を惹起すやうな機会をお造り下さる事を希望して止まぬのでございます
 此所に今日、此席に参列するの光栄をお与へ下すつた事を、主催者に感謝すると同時に、添田君の行を諸君と共に送るに、是非此東西文明融合に付て、どうぞ此度の御旅行に於て完全に達し得られるやう、少なくとも、其端緒をお開き下さる事を希望して止まぬのでございます(拍手)
浜岡光哲君演説
○下略