デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

7章 経済団体及ビ民間諸会
2節 其他ノ経済団体及ビ民間諸会
9款 万国工業会議
■綱文

第56巻 p.337-343(DK560092k) ページ画像

昭和3年6月12日(1928年)

是日、日本工業倶楽部ニ於テ、明年我国ニ開カルベキ万国工業会議ノ第二回評議員会開カレ、栄一、当会議名誉副会長ニ推サル。


■資料

万国工業会議報告 第一―二頁 昭和六年七月刊(DK560092k-0001)
第56巻 p.337 ページ画像

万国工業会議報告  第一―二頁 昭和六年七月刊
    第一 会議開催の由来
 工業に関する国際的の会議は、従来から屡々各国で開かれた。我国からも政府・学会、又は民間から代表者を之に派遣した場合も屡々あつた。日本に於ても工業の会議を開催するの希望を其の当時の会議参加者の間で話題とした事もあつた。然し乍ら何分にも欧米諸国からは遠く離れて居り、風俗習慣言語等の種々なる困難を伴ふことであるから、従つて工業技術者の国際的会合の開催を実現せんとするまでに深く考へられたことはなかつた。然るに大正十四年三月八日突然米国のヱルマー・エー・スペリー博士から、東京帝国大学教授加茂正雄博士に電報を寄せて『米国機械学会の役員は全員一致を以つて、今後五年以内に万国工業会議を日本に於て開催する事に関して、国内の各学会に勧誘しようと思ふが、右の如く歩を進めて宜しきや、関係要路と協議の上回答を乞ふ』旨申し来つた。スペリー博士の電報は頗る突然であつたが、其の後加茂博士に宛てた手紙に依れば『日米両国民は互に理解と協力を要し、而も之を達成する唯一の方法としては、両国技術者の接近を捷径と認める。米国の有識階級の人々が日本に行つて、日本の有識者と交り、日本の進歩を見聞する事は、日本に対して完全なる了解と同情とを抱くに至る所以である』と言ふ真意であつた。是に於て加茂博士から工学会に此の問題を移牒した。工学会に於ては直ちに態度を決し兼ねたので、万国工業会議の規模・範囲等に関してスペリー博士に照会を発すると共に、工学会評議員会を開いて、大体万国工業会議の主催者となるの方針を定め、先づ本計画の実現には、資金其の他の点に於て政府の援助を必要とするのであるから、政府に対して『大正十八年に我国に於て万国工業会議を開く計画であるが、政府に於ても本計画の趣旨を賛同せられ、経費其の他の点に於て相当の援助を得度き』旨を申出た。大正十五年十月になつて、若槻総理大臣は工学会理事並に学界・実業界の有力者を官邸に招いて、政府に於ても本計画に協賛し、十五万円以内の補助金を支出する事に閣議に於て決定した旨を披露し、関係者は勿論、官民一致して其の実現を期せむ事の希望を宣べた。


万国工業会議書類(DK560092k-0002)
第56巻 p.337-338 ページ画像

万国工業会議書類             (渋沢子爵家所蔵)
昭和三、六、二、本会幹事膳桂之助、古市会長ノ使トシテ来訪アリ、
 - 第56巻 p.338 -ページ画像 
「明年十月東京ニ於テ万国工業会議開催セラルヽニ付キ、会長以下実務ニ従事スルモノハ本紙 ○本紙トハ役員表ヲ指スノ如ク決定シ、更ニ総裁ニ宮様、名誉会長ニ田中首相、名誉副会長ニ中橋商工大臣及渋沢子爵ヲ御推薦申度ニ付キ、予メ御同意ヲ頂タキ度シ」ト、而シテ来十二日評議員会開会ニ付キ夫迄ニ御内示ヲ請フトノ談話アリ、六、八 ○六月八日飛鳥山邸ニ参上ノ節右ノ趣言上ニ及ヒタルニ付、別段異議ナシトノ事ニテ右ノ希望ヲ内諾セラレタルヲ以テ、同日膳氏ニ此旨通シタリ
   ○右ハ謄写版刷ノ役員表ノ余白ニ記サレタル増田明六ノ手記ナリ。


(増田明六) 書翰控 膳桂之助宛 昭和三年六月八日(DK560092k-0003)
第56巻 p.338 ページ画像

(増田明六) 書翰控  膳桂之助宛 昭和三年六月八日
                     (渋沢子爵家所蔵)
   万国工業会議幹事
    膳桂之助殿
拝啓 然ハ過日御来談ノ、明年十月東京ニ開催セラルヽ万国工業会議ノ名誉副会長トシテ渋沢子爵ヲ御推薦被成度現役員各位御希望ノ趣、渋沢子爵ニ御伝致候処、老齢タルノミナラス目下病気加療中ナルニ付キ、其任ニ堪エ得ル《(ヘ)》哉無覚束感セラレ候モ、折角ノ御申越ニ付キ評議員各位ニ於テモ御異議無之候ハヾ御引受可申トノ事ニ御座候、此段御回答申上候 敬具
  昭和三年六月八日
                    渋沢事務所
                      増田明六


万国工業会議報告 第五―六頁 昭和六年七月刊(DK560092k-0004)
第56巻 p.338 ページ画像

万国工業会議報告  第五―六頁 昭和六年七月刊
    名誉役員及名誉員の推薦
 昭和三年六月十二日第二回評議員会の決議によつて、名誉会長には内閣総理大臣を推薦し、又名誉副会長には我が国工業の官民の代表者の意味に於て商工大臣及渋沢子爵を推薦した。尚外国の代表者中よりの名誉副会長の推薦は昭和四年十月会議が開かれる時に於て米・英・伊・仏・独・中華・露・瑞典・丁抹・日耳義の名士十名を推薦した。
 顧問には外ム・内ム・大蔵・陸軍・海軍・司法・文部・農林・逓信鉄道・拓ムの各大臣、帝国学士院長、東京・京都・東北・九州・北海道の五帝大総長、早稲田大学総長・貴衆両院議長・東京市長・日本商工会議所会頭及び清浦奎吾伯・金子堅太郎子・岩崎小弥太男・三井八郎右ヱ門男・若槻礼次郎氏・阪谷芳郎男・中橋徳五郎氏・鎌田栄吉氏の八長老を推薦した。
 名誉員には工学又は工業に功績顕著なる朝野の学者・実業家の中から四十二名を推薦した。


青淵先生職任年表(未定稿) 昭和六年十二月調 竜門社編 竜門雑誌第五一九号別刷・第二四頁 昭和六年一二月刊(DK560092k-0005)
第56巻 p.338 ページ画像

青淵先生職任年表 (未定稿) 昭和六年十二月調 竜門社編
                竜門雑誌第五一九号別刷・第二四頁 昭和六年一二月刊
    昭和年代
 年  月
 三  六 ―万国工業会議名誉副会長―昭、四、一一。
 - 第56巻 p.339 -ページ画像 


万国工業会議書類(DK560092k-0006)
第56巻 p.339 ページ画像

万国工業会議書類            (渋沢子爵家所蔵)
  昭和三年六月二十一日
          万国工業会議会長 男爵 古市公威
    子爵 渋沢栄一殿
拝啓 益々御清穆奉賀候、陳者去ル六月十二日万国工業会議第二回評議員会ニ於テ閣下ヲ名誉副会長ニ推薦致候間、御多用ノ処御迷惑ノ儀トハ存候ヘ共、何卒御聴許ヲ賜リ本会議ノ為御尽力ニ預リ度、不取敢以書中及御依頼候 敬具
 追テ別紙日程等御参考迄御送付申上候

別紙
    万国工業会議日程
         昭和四年十月二十九日東京市ニ於テ開会
十月二十九日  開会式並ニ総会会議
十月三十日乃至十一月一日 部会会議
十一月四日乃至同月六日  部会会議
十一月七日   総会会議並ニ閉会式
備考、右日程ノ外閉会前四日間、会期中並ニ閉会後約十五日間ニ亘リ日光・箱根・東京及横浜附近・東北・北陸・名古屋・京都・奈良・大阪・神戸・瀬戸海及沿岸、並ニ九州ノ各地方ニ於テ見学旅行ヲ挙行ノ予定ニ有之
        万国工業会議役員名簿
    会長            男爵 古市公威
    副会長(常務)       男爵 斯波忠三郎
    同                団琢磨
    同             男爵 四条隆英
    総務委員長         男爵 斯波忠三郎
     計画小委員長          加茂正雄
     資金小委員長          大橋新太郎
    論文委員長            俵国一
    会議委員長            稲田三之助
    編纂委員長            那波光雄
    見学委員長            八田嘉明
    接待委員長            門野重九郎
    庶務幹事             吉野信次
    会計幹事             膳桂之助
   ○本会議ノ参加人員ハアメリカ合衆国二百四十二人、中華民国五十二人、ドイツ国五十人、イギリス国四十五人、外二十ケ国ニ及ブ予定ナリ(同年九月調)


万国工業会議報告 第二九―四〇頁 昭和六年七月刊(DK560092k-0007)
第56巻 p.339-342 ページ画像

万国工業会議報告  第二九―四〇頁 昭和六年七月刊
    第一 法規
  (イ) 万国工業会議規則(Regulation)(昭和二年九月制定、昭和
 - 第56巻 p.340 -ページ画像 
三年十二月修正)
 万国工業会議規則は昭和二年九月準備委員会にて定めたもので、其後小修正をした、最後の修正は昭和三年十二月であつた。
       万国工業会議規則
    第一章 会議ノ名称、時期及場所
第一条 本会議ハ之ヲ万国工業会議ト称シ、昭和四年十月日本帝国東京市ニ於テ之ヲ開催ス
    第二章 会議ノ目的
第二条 本会議ハ世界各国ノ工学及工業関係者協同シテ左ニ掲クル事項ヲ遂行スルヲ以テ目的トス
   一、工学及工業ニ関スル論文ノ発表及意見ノ交換ヲ為シ以テ智識ヲ増進シ且懇親ヲ図ルコト
   二、発表ノ論文、意見並決議ヲ記録シテ世界的ノ参考資料ト為スコト
    第三章 会議及施設
第三条 本会議ハ総会及部会ノ二種トシ、左ノ施設ヲ為ス
     旅行及見学
     記録ノ出版
     其ノ他会議ノ目的達成ニ必要ナル事項
第四条 総会ニ於テハ重要事項ノ審議及報告並各部会ヨリ提出セラレタル決議事項ヲ審議ス
第五条 部会ニ於テハ論文ヲ発表シ之ニ対スル意見ヲ交換シ且必要ト認ムル事項ニ就キ決議ヲ為ス
   部会ハ発表セラルベキ論文ノ種類ニ応ジ適宜数箇ニ分類シテ之ヲ設ク
第六条 旅行及見学ハ日本ノ領土及南満洲ニ渉リ之ヲ行フ
第七条 本会議ニ於テ発表セラレタル論文・意見・決議ハ之ヲ刊行ス
    第四章 会議執行機関ノ組織
第八条 本会議ニ総裁・名誉会長・会長・名誉副会長・副会長・評議員・総務委員・論文委員・会議委員・見学委員・接待委員・編纂委員・庶務幹事・会計幹事ヲ置ク
   本会議ニ顧問ヲ置クコトヲ得
第九条 総裁ハ評議員会ノ決議ニ依リ之ヲ推戴ス
第十条 名誉会長・会長ハ評議員会ノ決議ニ依リ推薦セラレタル者トス
   会長ハ本会議ニ関スル事務ヲ統轄ス
第十一条 名誉副会長・顧問及副会長ハ評議員会ノ決議ニ依リ推薦セラレタル者トス
   副会長ハ会長ヲ補佐シ、会長事故アルトキハ其職務ヲ代理ス
第十二条 評議員ハ工学会ニ於テ推薦セラレタル者トス
   評議員ハ評議員会ヲ組織シ重要ナル事項並委員会ノ提案ニ係ル事項ヲ審議ス
第十三条 委員ハ会長之ヲ嘱託ス
   委員ハ第八条ノ区分ニ依リ委員会ヲ組織シ本会議ノ計画並実施
 - 第56巻 p.341 -ページ画像 
ニ関スル事項ヲ分担ス
第十四条 幹事ハ会長之ヲ嘱託ス
   幹事ハ本会議ニ関スル庶務並会計ヲ担任ス
第十五条 幹事ノ職務ヲ補佐スル為事務員ヲ置ク
   事務員ハ会長之ヲ嘱託ス
    第五章 会員ノ種類及資格
第十六条 会員ノ種類ヲ左ノ六種トス
   一、代表
   二、名誉員
   三、賛助員
   四、正員
   五、准員
   六、客員
第十七条 代表ハ各国ノ官衙・大学・学会・協会其ノ他ノ学術的諸機関ノ代表者トス
   大学・学会・協会其ノ他学術的諸機関ノ存在セザル国ニ在リテハ之ニ準ズベキモノノ推薦ニ係ル者ヲ以テ代表ト為スコトヲ得
第十八条 名誉員ハ評議員会ノ決議ニ依リ推薦セラレタル者トス
第十九条 賛助員ハ本会議ノ目的ヲ賛助シ寄附金ノ醵出ヲ為シタル者ニ就キ総務委員会ノ決議ニ依リ推薦セラレタル者トス
第二十条 工学及工業ニ関係アル各国ノ諸学会・協会其ノ他学術的諸機関ノ正員ニシテ入会ノ申込ヲ為シタル者ヲ正員トス
   前項ノ外入会ノ申込ヲ為シタル者ニシテ総務委員会ニ於テ前項会員ノ資格ニ準ズルモノト認メタル者ハ之ヲ正員トス
第二十一条 工学会ノ会員タル諸学会ノ准員ニシテ入会ノ申込ヲ為シタル者ヲ准員トス
   前項ノ外入会ノ申込ヲ為シタル者ニシテ総務委員会ニ於テ前項会員ノ資格ニ準ズルモノト認メタル者ハ之ヲ准員トス
第二十二条 客員ハ本会議ヨリ招待シタル者並代表・名誉員・賛助員又ハ正員ノ夫人及総務委員会ノ銓衡ヲ経タル其ノ随伴者トス
第二十三条 代表・名誉員・賛助員及正員ハ総会及部会ニ出席シ其ノ決議ニ加ハリ、且旅行及見学其ノ他本会ノ各種施設ニ参加スルコトヲ得
   准員ハ総会・部会ニ出席スルコトヲ得ルモ其ノ決議ニ加ハルコトヲ得ズ、且特別ノ場合ヲ除クノ外旅行及見学其ノ他本会議ノ各種施設ニ参加スルコトヲ得ザルモノトス
   客員ハ第一項ノ会員ト同一ノ待遇ヲ受ク、但シ決議ニ加ハルコトヲ得ズ
    第六章 論文ノ範囲及条件
第二十四条 本会議ニ提出スベキ論文ノ範囲ハ工学及工業ノ総テノ部門ニ渉リ其ノ関係箇所ノ地域ヲ限定セザルモノトス
第二十五条 論文ハ指定題目ニ依ルモノ及任意題目ニ依ルモノノ二種トス
第二十六条 指定論文ノ題目ハ論文委員会ニ於テ之ヲ選定シ、任意題
 - 第56巻 p.342 -ページ画像 
目ニ就キ提出ニ係ル論文ハ会議ノ目的ニ適合スルヤ否ヤニ就キ論文委員会ニ於テ之ヲ審査ス
   前項論文ハ日本語・イギリス語・フランス語・ドイツ語ノ中、提出者ノ選択ニ係ル国語ヲ以テ之ヲ記載スルコトヲ得
第二十七条 論文ハ論文委員会ニ於テ審査ノ上左ニ掲グル方法ノ一ニ依リ之ヲ処理ス
   一、全部ヲ発表ス
   二、所論ノ要旨ノミヲ発表ス
   三、所論ノ項目ノミヲ発表ス
   前項発表ノ方法ハ部会ニ於ケル朗読又ハ報告ニ依ル
    第二 役員及事務所
  (イ) 役員及事務員
 役員は規則所載のものは総裁・名誉会長・名誉副会長・顧問・会長副会長・評議員・委員・幹事であるが、会議の議事に関しては部会座長・部会理事・協議委員・決議委員、接待に関しては婦人接待委員あり、又各地方には地方委員がある。
 其の氏名次の如くである。
  総裁   秩父宮雍仁親王殿下
  名誉会長   内閣総理大臣      浜口雄幸
  名誉副会長  商工大臣        俵孫一
                  子爵 渋沢栄一
○下略


万国工業会議報告 第一二五―一二六頁 昭和六年七月刊(DK560092k-0008)
第56巻 p.342-343 ページ画像

万国工業会議報告  第一二五―一二六頁 昭和六年七月刊
    結章
 曩きに万国工業会議閉会式を昭和四年十一月七日に挙行したる後は帝国議会中にあつた事務所は閉鎖して、再び日本工業倶楽部内の本部に合併した。
 見学旅行事務は臨時に東京ステーション・ホテル内の福地委員室に移した。其の後大部分の会員が京都に赴くに及んで、見学旅行事務は京都のステーション・ホテル内の見学旅行委員室に移し、更に下関山陽ホテルに移して最後の見学旅行を終了した。
 会議委員は部会理事会を会議後昭和四年十二月二十日に開いて、部会の報告其他重要事項につき会議をした。昭和五年一月十七日会議委員部会理事集りて、部会にてなしたる討議に関する件其他重要の件につき打合会を開いた。そうして次て編纂委員と論文集編纂の打合せをした。
 編纂委員は同年二月十八日再び会議委員・論文委員の主なるものと集まりて論文集編纂の件を会議した。玆に残れる論文集の編纂は大事業である。
 総裁宮殿下には昭和四年十一月廿六日夕、会長初め主なる幹部のものを御殿に召され、妃殿下御同列にて親しく会議の模様、見学旅行の状況等聴し召され、終つて御陪食の栄を賜つた。召されたる人々は、古市会長・斯波副会長・団副会長・加茂副会長・稲田委員長・那波委
 - 第56巻 p.343 -ページ画像 
員長・渋沢委員・成瀬委員・伊木委員・金原委員・梶井委員・松田委員・田島委員・福地委員・田中委員・吉野委員・佐野幹事・膳幹事、世界動力会議東京部会の、肝付男・倉橋・平沢・中西・山口の諸員であつた。
 古市会長は昭和四年十二月六日、万国工業会議の幹部役員を日本工業倶楽部に招待して、会議成功の感謝を表した。尚ほ十二月九日に婦人の接待委員及それに関係した委員に謝意を表した。
 万国工業会議の残務は大体昭和四年にて終り、昭和五年一月事務関係者の慰労座談会を開いて解散した。
○中略
  昭和六年七月
                     万国工業会議



〔参考〕万国工業会議書類(DK560092k-0009)
第56巻 p.343 ページ画像

万国工業会議書類            (渋沢子爵家所蔵)
(印刷物)
拝啓 愈々御清祥奉賀候、陳者万国工業会議開催に付ては多大の御後援を蒙り、御蔭を以て各般の準備頗る順調に進捗致居候段感謝ニ不堪候、今般本会議総務委員会に於て貴下を本会議規則第十九条に依り、賛助員に推薦申上候間御諒承被成下度候 敬具
  昭和四年七月三十一日
              万国工業会議
                 会長 男爵 古市公威
    子爵 渋沢栄一殿《(宛名手書)》
   ○栄一当会議ニ金千円ヲ寄付ス。(万国工業会議報告ニ拠ル)
   ○本資料第三十八巻所収「THE AMERICAN SOCIETY OF MECHANICALENGINEERS」及ビ第三十九巻所収「其他ノ外国人接待」昭和四年十一月二十四日ノ条参照。