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『竜門雑誌』第304号(竜門社, 1913.09)p.31-34

◎新時代の処世法

青淵先生

本篇は青淵先生の顧問たる雑誌『向上』九月号の誌上に掲載せるものなり。

▲憂ふべき傾向

 社会の進歩と共に秩序が整つて来るは当然の事であるが、夫れと共に新奇の活動を始めるに多少不便ともなり自然保守に傾く如な事にもなる、元より軽佻浮薄な行動は何れの塲合に於ても慎むべき事ではあるが、余りに大事を考へて因循姑息となり、所謂固くもなり、隋[惰]に流る〻如き事ともなる結果、進歩発展を阻害する傾向を生じては、個人の上に於ても、亦国家の前途に関しても甚だ憂ふべき事と言はねばならぬ。

▲潑溂たる進取の気力

 世界の大勢は日に月に動いて競争は激甚となり、文物は日進月歩の有様であるが、我国は不幸にして久しい間鎖国状態にあつたので世界の趨勢に遅れた、開国以来たとへ列国を驚異せしむる程の急速の進歩を為したとは言へ、万般の事物が彼に後れて居る事は争はれぬ、即ち後進国の状態を免れないのである。

 故に彼先進国と競争し駆逐し更に之を凌駕して行かうとするには、彼に倍する努力を以て進まねばならぬ、多少にても個人の向上を助け国運を進転せしむる事には全力を傾倒して進取する勇猛心を必要とするのである、然れば従来の事業を後生大切に保守し、或は過失失敗を恐れて逡巡するが如き弱い気力では到底国運の退嬰を来さずには居らぬのである、是非とも此点を深く考へて、大に計画もし発達もして真実の価値ある一等国と成らねばならぬ、潑溂たる進取の気力を養ひ且発揮する必要を痛切に感ずるは現時に於て殊更である。

▲独立不覊の意気

 潑溂たる進取の気力を養ひ且発揮するには、真に独立独歩の人とならねばならぬ、人に依頼するに過ぎる時は、甚敷自分の実力を退嬰せしめ、最も大切な自信と云ふものが容易に生ぜず、遂には因循卑屈な性を為して終ふものなれば深く自己を鞭韃して弱い気の生ずるを防止せねばならぬ、又余りに堅苦しく、物事に拘泥し、細事に没頭する時は、自然に潑溂の気力を消磨し、進取の勇気を挫く事となるものであるから此点も深く注意せねばならぬ、元より細心周到なる努力は必要であるが一方大胆なる気力を発揮して、細心大胆両者相俟つて潑溂たる活動をなして始めて大事業を完成し得るものであるから、近来の傾向に就ては大に警戒せねばならぬ、近頃青年の間に新い活気が勃興し、大に其本領を発揮せんとする傾向を生じたのは、甚だ慶賀すべきことなるが、壮年社会に不活潑の傾向が、依然として蔓延するやうでは憂ふべき事と言はねばならぬ、独立不覊の精神を発揮するには、今日の如く政府万能の状態で民間の事業が政府の保護に恋々たる状の観える如き風を一掃し、鋭意民力を伸張して政府を煩はせないで事業を発展せしむる覚悟が必要である、又細事に拘泥し部局の事にのみ没頭する結果、法律規則の類を増発し汲々として其規定に触れまいとし、或は其規定内の事に満足して齷齪として居るやうでは、とても新進の事業を経営し、潑溂たる生気を生じて世界の大勢に駕する事は覚束ないと言はねばならぬ。

▲大正維新の覚悟

 幸か不幸か 明治大帝の崩御以来、国民一般に深く哀悼し奉つて謹慎に諒闇を送たので、不幸の間にも沈着細心の気風を養ふに少からぬ効があったこと〻思ふ、一般沈着質実の風に養はれた後、諒闇が明ける事となつて、大正の新時代に活躍するのであるから、沈着細心の堅固な準備の上に立つて、思ひ切つた勇猛心を出し、大に飛躍し発展せねばならぬ、維新と言ふ事は、湯の盤の銘に曰ふ、「苟に日に新なり、日に新にして又日に新なり」と言ふ意味であるから、潑溂たる気力を発揮する時は、自然に生々の新気力を生じ、新鋭の活動が出来るものである、大正維新と言ふも畢竟この意味で、大に覚悟を定めて上下一心の活動を現はしたいものであるが、前申す通り一般が著しく保守退嬰の風に傾いて居る際であるから、一層の奮励努力を要するので、是を明治維新の人物の活動に比較して大に猛省せねばならぬ、明治維新以来の事業中には失敗に帰したものも有つたが、多数の事業は非常なる元気と精力を以て駸々として発展し来つたので、他に種種な原因もあつたにしろ元気と精力の偉大なるものである事は痛切に感じられて居るのである。

▲飽くまで大胆勇猛なれ

 青年時代は、血気時代であるから、其血気を善用し後日の幸福の基となる事であれば、飽くまで是れを発揮して、兎角保守に流れ因循に陥り易い老人をして、危険を感ぜしむる位に活動して貰ひたいものである、青年時代に正義のために失敗するを恐れて居るやうでは到底見込の無い者で、自分が正義と信ずる限りは飽くまで進取的に剛健なる行為を取つて貰ひたい、正義の観念を以て進み、岩をも徹す鉄石心を傾倒すれば成らざる事無しと言ふ意気込みで進まねばならぬ、此志さへあれば如何なる困難をも突破し得るので、たとへ失敗する事があつても夫れは自己の注意の足らぬので衷心少しも疚ましい所が無ければ、却つて多大の教訓を与へられ、一層剛健なる志を養ひ、益々自信を生じ勇気を生じて猛進する事が出来、次第に壮年に進むにつれて有為なる人物となり、個人としても国家の一柱石としても信頼し得る人物となるのである。

▲志あるものは奮起せよ

 他日国家を双肩に担うて立つべき青年に於ては、此際大に覚悟を為して将来は日に月に激甚となるべき競争塲裡に飛び込まねばならず、今日の状態で経過すれば国家の前途に対し大に憂ふべき結果を生ぜぬとも限らぬのである事を思ひ、後来悔ゆるが如き愚を為ぬ様に望むものである。明治維新の頃万事創造の時代とも言ふべく不秩序を極めた時よりは、今日の状態は著しく発達して其面影を一変し、社会百般秩序も進歩し、学問も普及して事を為すに便宜も多いのであるから、周到なる細心と大胆なる行動とを以て活力を発揮したならば、大事業を経営するに極めて愉快を感ずるであらう。只斯かる秩序立ち一般に教育が普及した時代故、普通より少し位進歩し、僅かに卓越した意気込を以て事に当つては、とても大勢を動かす事は出来ぬ、多少教育の弊害も生じ易い事情もあるのであるから大勇猛心を発揮して活気を縦横に溢れしめ区々たる情勢を打破して向上の道を猛進せねばならぬ。

▲勇猛心は如何にして養ふか

 活力旺盛となつて心身潑溂となれば自然大活動を生ずる、大活動をなすに就て其方法を誤れば甚敷い過失を生ずる事となる、そこで平生注意を払つて如何に猛進すべきかを考へて置かねばならぬ、猛進する力が正義の感念を以て鼓舞されると非常に勢を助長するものであるが、其正義を断行する勇気は如何にして養ふかと言へば、如何しても平生より注意して肉体上の鍛錬をせねばならぬ、武術の練磨、下腹部の鍛錬なども其良法である[、]武術の鍛錬は自然身体を健康にすると共に著しく精神を陶冶し、心身の一致したる行動に熟し、自信を生じ、自ら勇猛心を向上せしむるものである、下腹部の鍛錬も、今日腹式呼吸法とか静座法とか息心調和法とか称して盛んに流行して居るが、総べて人の常として脳へ充血し易く自然神経過敏となつて物事に動じ易くなるものであるが、下腹部に力を込める習慣を生ずれば、心広く体豊かなる人となり沈着の風を生じて勇気ある人となるのである。ゆゑに古来の武術家の性格が一般に沈着にして然も敏活であるのは、武術の試合が下腹部を鍛錬するものであると共に、一方全力を傾倒して活動するの習慣より自在に一身を動す様になつたからであると思ふ。

▲精神上の修養

 勇気の修養には肉体上の修養と共に、内省的修養法に注意せねばならぬ、読書の上に於て古来の勇者の言行に私淑して感化を受くるもよし、又長上の感化を受け説話を聴いて深く身に体し行ふ習慣を養ひ、一歩々々剛健なる精神を向上せしめ正義に関する趣味と自信とを養つて、歓び望んで義に進むまでに到れば勇気は自ら生じ来るであらう。唯注意すべき事は、呉れ〴〵も青年時代の血気に逸り、前後の分別を誤つて血気を悪用し、勇気を誤り用ひて、暴慢なる行動を執るやうな事があつてはならぬ、品性の劣等なる者の勇気は真の勇気に非ずして、自然野卑狂暴となり、却つて社会に害毒を流し遂には一身を滅亡せしむるに到るものであるから、此点はよく〳〵注意し、平生の修養を怠つてはならぬ。要するに我国今日の状態は、姑息なる考を以て従来の事業を謹直に継承して足れりとすべき時でない、未だ創設の時代であつて先進国の発展に企及し更に凌駕せねばならぬのであるから、一般に一大覚悟を以て万難を排し勇猛すべき時である、夫れには不断心身の健全なる発達を促し、潑溂たる活動をなし得る活力を旺溢せしむる心懸けを忘れてはならぬ、青年に対して殊に此の点を望んで熄まぬ次第である。

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