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◎大正維新の覚悟

 維新といふことは、湯の盤の銘に曰ふ『苟に日に新なり、日に日に新にして、又日に新なり』といふ意味であるから、潑溂たる気力を発揮するときは、自然に生れたる新気力を生じ、進鋭の活動が出来るのである、大正維新といふも畢竟この意味で、大に覚悟を定めて、上下一致の活動を現はしたいものであるが、一般が保守退嬰の風に傾いて居る際であるから、一層の奮励努力を要するので、是を明治維新の人物の活動に比較して大に猛省せねばならぬ、明治維新以来の事業中には、失敗に帰したものも有つたが、多数の事業は非常なる元気と精力とを以て、駸々として発展し来つたので、他に種々な原因があつたにしろ、元気と精力の偉大なるものである。

 青年時代は血気時代であるから、其の血気を善用して後日の幸福の基となることであれば、飽くまで之を発揮して、兎角保守に流れ、因循に陥り易い老人をして、危険を感ぜしむる位に活動して貰ひたいのである、青年時代に正義の為め失敗を恐れて居るやうでは、到底見込のない者で、自分が正義と信ずる限りは、飽くまで進取的に剛健なる行為を取つて貰ひたい、正義の観念を以て進み、岩をも徹す鉄石心を傾倒すれば、成らざる事なしといふ意気込で進まねばならぬ、この志さへあれば、如何なる困難をも突破し得るので、縦ひ失敗することがあつても、其れは自己の注意の足らぬので、衷心毫も疚しい所がなければ、却つて多大の教訓を与へられ、一層剛健なる志を養ひ、倍々自信を生じ、勇気を生じて猛進することが出来、次第に壮年に進むにつれて有為なる人物となり、個人としても将た国家の一柱石としても信頼し得る人物となるのである。

 他日国家を双肩に荷うて立つべき青年に於ては、此際大に覚悟をなして、将来は日に月に激甚となるべき競争場裏に飛込まねばならず、今日の状態で経過すれば、国家の前途に対し、大に憂ふべき結果を生ぜぬとも限らぬのであることを思ひ、後来悔ゆるが如き愚をせぬやうに望むのである、明治維新の頃、万事創造の時代とも言ふべき不秩序を極めた時よりは、今日の状態は著しく発達して其の面影を一変し、社会百般の秩序も整備し、学問も普及して、事を為すに便宜も多いのであるから、周到なる細心と大胆なる行動とを以て活力を発揮したならば、大事業を経営するに極めて愉快を感ずるであらう、只か〻る秩序立ち、一般に教育が普及した時代ゆゑ、普通より少しぐらゐ進歩し、僅かに卓越した意気込を以て事に当つては、とても大勢を動かすことは出来ない、多少教育の弊害も生じ易い事情もあるのであるから、大勇猛心を発揮して活気を縦横に溢れしめ、区々たる情弊を打破して、向上の道を猛進せねばならぬ。

底本:『論語と算盤』(再版)(東亜堂書房, 1916.09)p.62-65

出典:新時代の処世法(『竜門雑誌』第304号(竜門社, 1913.09)p.31-34)

サイト掲載日:2024年11月01日