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現代に於ける事業界の傾向を見るに、ま〻悪徳重役なる者が出でて、多数株主より依托された資産を、恰かも自己専有のもの〻如く心得、之を自儘に運用して私利を営まんとする者がある、それが為め会社の内部は一の伏魔殿と化し去り、公私の区別もなく秘密的行動が盛んに行はれるやうになつて行く、真に事業界の為に痛嘆すべき現象ではあるまいか。
元来商業は政治などに比較すれば、却つて機密抔といふことなしに経営して行かれる筈のものであらうと思ふ、唯銀行に於ては事業の性質として幾分秘密を守らねばならぬことがある、例へば、誰に何程の貸付があるとか、それに対してどういふ抵当が入つて居るとかいふことは、徳義上これを秘密にして置かねばならぬことであらう、又一般商売上のことにても、如何に正直を主とせねば為らぬとは云へ、此の品物は何程で買取つたものだが、今これ〳〵に売るから幾らの利益のあると云ふやうなことを、わざ〳〵世間へ触れまはす必要もあるまい、要するに不当なることさへないならば、それが道徳上必ずしも不都合の行為となるものではあるまいと思ふ、併し是等の事以外に於て、現在有るものを無いといひ、無いものを有るといふが如き、純然たる嘘を吐くのは断じて宜しくない、故に正直正銘の商売には、機密といふやうなことは、先づ無いものと見て宜しからう、然るに社会の実際に徴すれば、会社に於て無くてもよい筈の秘密があつたり、有るべからざる所に私事の行はれるのは如何なる理由であらうか、余は之を重役に其人を得ざるの結果と断定するに躊躇せぬのである。
然らば此の禍根は、重役に適任者を得さへすれば自ら絶滅するものであるか[が]、適材を適所に使ふといふことは、中々容易のものでなく、現在にても重役としての技倆に欠けた人で其職に在るものが少くない、例へば、会社の取締役若くは監査役などの名を買はんが為に、消閑の手段として名を連ねて居る、謂ゆる虚栄的重役なるものがある、彼等の浅薄なる考は厭ふべきものだけれども、其の希望の小さいだけに、差したる罪悪を逞うするといふやうな心配はない、それからまた好人物だけれども、その代り事業経営の手腕の無いものがある、さういふ人が重役となつて居れば、部下に居る人物の善悪を識別するの能力もなく、帳簿を査閲する眼識もない、為に知らず識らずの間に部下の者に愆まられ、自分から作つた罪でなくとも、竟に救ふべからざる窮地に陥らねばならぬことがある、是は前者に比すると稍罪は重いが、併し孰れも重役として故意に悪事をなした者でないことは明かである、然るに夫等二人の者より更に一歩進んで、その会社を利用して自己の栄達を計る蹈台にしようとか、利慾を図る機関にしようとか云ふ考を以て重役となる者がある、斯の如きは実に宥すべからざる罪悪であるが、夫等の者の手段としては、株式の相場を釣上げて置かぬと都合が悪いと言うて、実際は有りもせぬ利益を有るやうに見せかけ、虚偽の配当を行ふたり、又事実払込まない株金を払込んだやうに装うて、株主の眼を瞞着しようとする者なぞもあるが、是等のやり方は明かに詐欺の行為である[、]而して彼等の悪手段は未だそれ位にては尽きない、その極端なる者に至ては、会社の金を流用して投機をやつたり、自己の事業に投じたりする者もある、是では最早窃盗と択ぶ所がない、畢竟するに此種の悪事も、結局その局に当る者が道徳の修養を欠けるよりして起る弊害で、若しも其の重役が誠心誠意事業に忠実であるならば、そんな間違は作りたくも造れるものでない。
自分は常に事業の経営に任じては、其の仕事が国家に必要であつて、又道理に合するやうにして行きたいと心掛けて来た、仮令その事業が微々たるものであらうとも、自分の利益は少額であるとしても、国家必要の事業を合理的に経営すれば、心は常に楽んで事に任じられる、故に余は論語を以て商売上の『バイブル』となし、孔子の道以外には一歩も出まいと努めて来た、其れから余が事業上の見解としては、一個人に利益ある仕事よりも、多数社会を益して行くのでなければならぬと思ひ、多数社会に利益を与へるには、其の事業が堅固に発達して繁昌して行かなくてはならぬといふことを常に心にして居た、福沢翁の言に『書物を著はしても、それを多数の者が読むやうなものでなくては効能が薄い、著者は常に自己のことよりも国家社会を利するといふ観念を以て筆を執らなければならぬ』といふ意味のことがあつたと記憶して居る、事業界のことも亦この理に外ならぬもので、多く社会を益することでなくては正径な事業とは言はれない、仮りに一個人のみ大富豪になつても、社会の多数が為に貧困に陥るやうな事業であつたならば如何なものであらうか、如何に其人が富を積んでも、其の幸福は継続されないではないか、故に国家多数の富を致す方法でなければ不可ぬといふのである。
底本:『論語と算盤』(再版)(東亜堂書房, 1916.09)p.302-307
出典:事業経営に対する理想(『青淵百話 : 縮刷』(同文館, 1913.07)p.209-215)
サイト掲載日:2024年11月01日