テキストで読む
凡例
一、本書題して『論語と算盤』とせしは、毫も奇を衒ひ異を好みて世人に迎合せんが為にあらずして、其の命名は全く次項の理由に基くものなり。
一、本書収むる所は、我邦実業界の一大権威たると共に、特に財界の恩恵者たる渋沢男爵が、明治の初年大に慨する所あり、輒ち印綬を解きて野に下り、翻然として実業界に投ぜらるるに方り、信条を孔子教に執り、爾来四十有余年の久しき、『論語と算盤』とは必ず合致すべきもの、又合致せしめざる可からざるもの、換言すれば、『仁義と殖利』とは、其の根柢に於て必ずしも捍挌するものにあらざることを創唱し実践し、身を以て範を垂れ、且つ筆に舌に鼓吹せられつ〻あるの精髄なり。
一、簡冊を成すが如きは、素より男爵の志にあらざるは敢て再言するの要なしと雖も、世上今尚ほ『道義と金銭』とは枘鑿相容れざるもの〻如き謬想に囚はる〻もの尠少にあらざるを
- p.2 - 画像で読む
以て、茲に偉人の活教訓を提供して、之が迷夢を警醒せんが為め、特に快諾を得て蒐集編纂せるものなり。一、書中に蒐輯せるものは、男爵が時処に関はらず、物に応じ事に接して訓話せられたるものなれば、固より一の著述に於けるが如く、秩序的の系統をなさ〻゙ るは言を須ゐざるのみならず、往々重複するもの尠からざれども、重複は即ち丁寧反覆の意にして、特に其の事項に対して注意を促すものと謂ふべきのみ。
一、書中、篇を設け章を別ちたりと雖も、是れ固より毎訓話の全璧に亘るものにあらずして、中に就て崑山の片玉を捃摭し、読書子の繙閲に便ぜんが為め、特に編者が推類区分したるに過ぎざるなり。
一、本書を編纂するに方りては、之が資料は悉く竜門雑誌に仰ぎたるものなれば、爰に明記して責任を明かにす。
- p.3 - 画像で読む
一、本書の刊行に際しては、男爵門下の竜門社幹事八十島親徳氏は、常に公私の要務多端なるにも関はらず、一再ならず貴重の時間を割愛し、以て懇篤なる幇助と便宜とを与へられたり、仍つて茲に特記し、謹んで感謝の意を表す。
大正五年九月 編者識
底本:『論語と算盤』(再版)(東亜堂書房, 1916.09)前付1 p.1-3
サイト掲載日:2024年11月01日