デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.6.13

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

7章 経済団体及ビ民間諸会
1節 商業会議所
2款 東京商工会
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治21年1月27日
(1888年)
第19巻 p.5-20(DK190001k)
是日以降当会益田孝ノ建案ニヨリ委員ヲ選ビテ東京湾築港ノ方案ヲ調査セシム。其後委員等調査資料ヲ東京経済学協会ニ供シ同会ノ審議ニ委ヌ。栄一当会会頭トシテ之ニ与ル。
明治21年1月27日
(1888年)
第19巻 p.20-24(DK190002k)
是日ノ会議ニ於テ大塚艮城ノ建案セル火薬取締規則改正ノ儀審議セラル。栄一原案修正ノ上其筋ヘ建議スベキ旨ヲ主張ス。
明治21年2月29日
(1888年)
第19巻 p.24-31(DK190003k)
是日栄一当会会頭ニ重任ス。
明治21年2月29日
(1888年)
第19巻 p.31-35(DK190004k)
是日栄一会頭トシテ定式会ニ於テ明治二十年度収支決算報告並ニ明治二十一年度予算案ヲ提出ス。予算案可決セラル。
明治21年3月7日
(1888年)
第19巻 p.35-51(DK190005k)
先ニ法律取調委員長伯爵山田顕義ヨリ屋号専用規則ニ関シ当会ニ諮問アリ。審議ノ末、是日栄一当会会頭トシテ右規則ノ実施ナカラン事ヲ希望スル旨復申ス。
明治21年3月23日
(1888年)
第19巻 p.51-60(DK190006k)
是日栄一、当会会頭トシテ米其他七種ノ商業ニ就キ問屋習慣ノ調査ヲ法律取調報告委員長森敬斐・本尾敬三郎ニ答申ス。
明治21年5月15日
(1888年)
第19巻 p.60-70(DK190007k)
是ヨリ先法律取調委員長伯爵山田顕義ヨリ再ビ屋号専用規則ニ関シ諮問アリ。是日栄一当会会頭トシテ之ニ答申ス。
明治21年5月15日
(1888年)
第19巻 p.70-72(DK190008k)
是ヨリ先、元横浜駐在英国領事ロンフホルドヨリ大倉喜八郎宛ロンドン商法会議所ト当会トノ間ニ通信ヲ開キタキ旨申来ル。仍テ是日栄一当会会頭トシテ、ロンフホルド宛書ヲ送リ当会ニテモ同様通信ヲ開カンコトヲ希望スル旨ヲ述ブ。
明治21年5月30日
(1888年)
第19巻 p.72-83(DK190009k)
是日栄一、当会会頭トシテ煙草税則ニ改正ヲ加ヘ和製巻煙草税ヲ免除サレタキ旨大蔵大臣伯爵松方正義ニ建議ス。
明治21年5月30日
(1888年)
第19巻 p.83-88(DK190010k)
是日栄一当会会頭トシテ、先ニ松木平吉ノ建案セル出版条例ニ改正ヲ加ヘ、届出期日ヲ短縮セシメンコトヲ内務大臣伯爵山県有朋ニ建議ス。
明治21年6月12日
(1888年)
第19巻 p.88-89(DK190011k)
是日栄一当会会頭トシテ、外務省通商局長浅田徳則ヨリ諮問サレタル東京府下ニ於ケル菜油消費高並ニ其用途ニ就キ復申ス。
明治21年8月20日
(1888年)
第19巻 p.89-93(DK190012k)
是ヨリ先当会、会堂新築ニ就キ審議ヲ遂ゲシガ、是日ノ会議ニ於テ新築案可決セラル。栄一会頭トシテ之ニ与ル。
明治21年8月22日
(1888年)
第19巻 p.93-100(DK190013k)
是ヨリ先、大村五左衛門ノ建案ニヨリ肥料糠濫製取締ノ儀ニ就キ審議セシガ、是日栄一当会会頭トシテ東京・京都・大阪・神奈川・兵庫・三重・愛知・静岡・和歌山ノ各府県知事宛書ヲ送リ、管下ニ於ケル肥料糠濫製ノ取締方ヲ依頼ス。
明治21年9月13日
(1888年)
第19巻 p.100-112(DK190014k)
是日栄一当会会頭トシテ、先ニ設置セラレシ東京市区改正委員会ニ当会ヨリモ委員ヲ出シ、会議ニ参与セシメンコトヲ内務大臣伯爵山県有朋ニ建議ス。此儀容レラレ、十月二十六日当会栄一並ニ副会頭益田孝ヲ臨時委員ニ推薦ス。
明治21年9月13日
(1888年)
第19巻 p.112-115(DK190015k)
是日栄一当会会頭トシテ、東京煙草問屋組合ノ建案セル旧装置刻煙草改装期限ノ延期ヲ要スル儀ニ就キ大蔵大臣伯爵松方正義・農商務大臣伯爵井上馨ニ建議ス。
明治21年10月3日
(1888年)
第19巻 p.115-129(DK190016k)
先ニ第三回内国勧業博覧会開設ニ際シ、同会副総裁伯爵井上馨ヨリ参考品陳列ニ就キ当会ニ意見ヲ求メラル。是日栄一当会会頭トシテ、我邦ヨリ欧米ニ輸出スベキ商品ニ関スル調査乃至模範トスベキ欧米商品ニ関スル調査等ヲ復申ス。
明治21年12月28日
(1888年)
第19巻 p.129-136(DK190017k)
是日栄一、当会会頭トシテ東京市区改正ノ実施ニ就イテハ尚一層ノ慎重ナル審議ヲ希望スル旨、内務大臣伯爵松方正義ニ建議ス。
明治22年1月23日
(1889年)
第19巻 p.136-138(DK190018k)
是日栄一当会会頭トシテ、ウラジオストツクニ於ケル経済事項ノ調査ヲ農商務省商務局長斎藤修一郎ニ依頼ス。六月十七日同局長ヨリ回報ニ接ス。
明治22年2月23日
(1889年)
第19巻 p.138-144(DK190019k)
是日栄一、当会会頭ニ重任ス。
明治22年2月23日
(1889年)
第19巻 p.144-148(DK190020k)
是日栄一、定式会ニ於テ明治二十一年度収支決算報告並ニ同二十二年度予算案ヲ提出ス。予算案可決セラル。
明治22年3月29日
(1889年)
第19巻 p.148-150(DK190021k)
是日栄一、当会会頭トシテ岩手県西閉伊郡試作ノ葉煙草品質鑑定ノ儀ニ就キ農商務省農務局長宮島信吉ニ回答ス。
明治22年4月15日
(1889年)
第19巻 p.150-153(DK190022k)
是日栄一、当会会頭トシテ東京湾築港ノ参考ニ供スル目的ヲ以テ、日本郵船会社ニ対シ東京湾ヲ経テ府下ニ輸入スル商品ノ数量等ノ調査ヲ依頼ス。八月二十一日同社ヨリ回報ニ接ス。
明治22年4月30日
(1889年)
第19巻 p.153-160(DK190023k)
是ヨリ先島津金七外二名、米切手ノ発行ニ関シ当会ノ賛助ヲ求メシガ、是日栄一、当会会頭トシテ実行不可能ナル旨ヲ回答ス。
明治22年5月6日
(1889年)
第19巻 p.160-162(DK190024k)
是日栄一当会会頭トシテ、明治十五年十二月、十六年十二月及二十一年十二月ニ於ケル銀行信用貸利息割合ヲ外務省通商局次長河上謹一ニ回答ス。
明治22年5月15日
(1889年)
第19巻 p.162-165(DK190025k)
是日栄一、当会会頭トシテ明治元年ヨリ同四年ニ至ル金紙取引差額ニ関スル調査ヲ外務省通商局長浅田徳則ニ回報ス。
明治22年6月20日
(1889年)
第19巻 p.165-177(DK190026k)
是日栄一、当会会頭トシテ千葉松兵衛外二名ノ建案セル煙草税則及同施行細則改正ノ儀ニ就キ、大蔵大臣伯爵松方正義ニ建議ス。
明治22年6月27日
(1889年)
第19巻 p.177-179(DK190027k)
是日栄一当会会頭トシテ、町会所ノ沿革其他ニ関シ農商務省商務局長斎藤修一郎ニ回答ス。
明治22年6月28日
(1889年)
第19巻 p.179-180(DK190028k)
是日栄一、当会会頭トシテ改良斗量器ノ儀ニ付藤田和助ニ回答ス。
明治22年8月12日
(1889年)
第19巻 p.180-186(DK190029k)
是日栄一、当会会頭トシテ菊池竹治郎南洋回航ノ儀ニ関シ農商務省商務局長斎藤修一郎ニ回答ス。
明治22年8月20日
(1889年)
第19巻 p.186-187(DK190030k)
是日外務省通商局長浅田徳則、当会会頭タル栄一ニ書ヲ送リ孟買棉花ノ商況ニ就キ報告ス。
明治22年9月9日
(1889年)
第19巻 p.187-193(DK190031k)
是ヨリ先農商務大臣伯爵井上馨、商業会議所条例草案諮問ノ為各商工会ヨリ委員二名ヲ招集セントス。是日栄一、益田孝ト共ニ当会ヲ代表シ同委員ニ推薦セラル。諮問会九月二十日ヨリ二十八日迄農商務省ニ於テ開催セラレ、栄一之ニ出席シ討議ニ与ル。
明治23年1月20日
(1890年)
第19巻 p.193-203(DK190032k)
是日栄一、当会会頭トシテ物価・賃銀ニ関スル調査ヲ農商務省商務局長斎藤修一郎ニ回報ス。
明治23年1月20日
(1890年)
第19巻 p.203-211(DK190033k)
是ヨリ先、濠洲アデレード・ゴリン商会ノ照会ニ基キ農商務省商務局長斎藤修一郎、日濠間通商拡張ニ関スル意見ヲ当会ニ諮問ス。是日栄一、当会会頭トシテ其意見ヲ復申ス。
明治23年2月26日
(1890年)
第19巻 p.211-219(DK190034k)
是日栄一、当会会頭ニ重任ス。
明治23年2月26日
(1890年)
第19巻 p.219-223(DK190035k)
是日栄一、当会会頭トシテ定式会ニ於テ明治二十二年度収支決算報告並ニ同二十三年度予算案ヲ提出ス。予算案可決セラル。
明治23年2月26日
(1890年)
第19巻 p.223-233(DK190036k)
是日芝公園紅葉館ニ於テ当会会員懇親会開カル。席上来賓佐野常民印度貿易ニ関シ演説シ、栄一答辞ヲ述ブ。
明治23年3月13日
(1890年)
第19巻 p.233-251(DK190037k)
当会、是日ノ会議ニ於テ梅浦精一ノ建案ニヨリ現下ノ金融逼迫状況ヲ調査スルニ決ス。同年九月調査報告成ル。栄一会頭トシテ之ニ与ル。
明治23年3月15日
(1890年)
第19巻 p.251-256(DK190038k)
是日栄一、当会会頭トシテ笠井鉦太郎・林忠蔵ノ建案セル売薬規則第五条改正ノ儀ニ就キ内務大臣伯爵山県有朋ニ建議ス。
明治23年3月22日
(1890年)
第19巻 p.256-262(DK190039k)
是日栄一、当会会頭トシテ第三回内国勧業博覧会ノ審査員ニ経験アル商業者ヲ加ヘ且ツ其人選ヲ当会ヘ諮詢アランコトヲ農商務大臣岩村通俊ニ建議ス。此儀採可サレ当会推薦者ヨリ正員五十九名、補員十九名ノ審査員任命セラル。
明治23年4月9日
(1890年)
第19巻 p.262-276(DK190040k)
是日栄一当会会頭トシテ、先ニ土地収用法公布セラレテ以来鉄道用地収用ノ方法困難トナリ同企業ノ発達ヲ妨害スルヲ以テ、其収用方法ヲ簡便ナラシメンコトヲ内務大臣伯爵山県有朋ニ建議ス。
明治23年4月17日
(1890年)
第19巻 p.276-278(DK190041k)
是日栄一、当会会頭トシテ東京府下米其他七種商品ノ明治十年ヨリ二十二年ニ至ル毎年平均相場ヲ大蔵省出納局長松尾臣善ニ回報ス。
明治23年5月1日
(1890年)
第19巻 p.278-280(DK190042k)
是日栄一、当会会頭トシテ先ニ照会アリシ、カナダ領ノバスコシア洲ハリフハツクス製蒸圧鱈ニ対シテハ本邦当業者間ニ見込ナキ旨外務省通商局長河上謹一ニ回答ス。
明治23年5月24日
(1890年)
第19巻 p.280-282(DK190043k)
先ニ議決サレシ会堂新築ノ儀事情アリテ其着手ヲ延期シ来タリシガ、農商務省ヨリ手当金ノ下附アリタルヲ機トシ、是日理事本員ヨリ会堂新築ニ関スル新案提出サレ修正可決サル。栄一会頭トシテ之ニ与ル。
明治23年5月24日
(1890年)
第19巻 p.282-360(DK190044k)
是ヨリ先三月二十七日商法公布セラレ二十四年一月一日ヨリ施行サレントス。同法ニハ修正ヲ要スルモノ少カラザルニ鑑ミ、栄一東京銀行集会所ト相謀リ是日ノ会議ニ於テ商法質議会設立ノ儀ヲ提案シ可決セラル。七月十日第一回質議会開催セラレ、爾来数十回ニ亘リ質議ヲ継続セリ。栄一会頭トシテ質議ニ参加ス。
明治23年5月26日
(1890年)
第19巻 p.360-364(DK190045k)
是日栄一、当会会頭トシテ清酒特別税徴収方法ヲ簡便ナラシメンコトヲ、東京府知事侯爵蜂須賀茂韶ニ建議ス。
明治23年6月18日
(1890年)
第19巻 p.364-392(DK190046k)
是ヨリ先大蔵省銀行局長田尻稲次郎、当会会員・同盟銀行員其他府下商工業者ヲ阪本町銀行集会所ヘ招集シ、手形取引拡充ノ急務ナル所以ヲ演説ス。其ノ意ヲ体シ是日当会、銀行集会所ト共ニ手形取引ヲ盛ナラシムル方法ヲ同局長ニ復申ス。栄一会頭トシテ之ニ与ル。
明治23年6月30日
(1890年)
第19巻 p.392-394(DK190047k)
是日栄一、当会会頭トシテ農商務省商務局長斉藤修一郎ノ諮問ニ応ジ外国人ト直接取引アル商社・商店ノ住所姓名等ヲ回報ス。
明治23年8月12日
(1890年)
第19巻 p.394-396(DK190048k)
是日栄一、当会会頭トシテ商業会議所条例並ニ商法実施延期ノ儀ニ就キ京都商工会議所ニ回答ス。
明治23年8月15日
(1890年)
第19巻 p.396-401(DK190049k)
是日栄一、当会会頭トシテ米価騰貴、糖価低落ノ原因ニ就キ沖縄商法会議所ニ回報ス。
明治23年8月26日
(1890年)
第19巻 p.401-402(DK190050k)
是日開カレタル第二十五定式会ニ於テ内国商業・外国商業・金融・工業・運輸ノ五部門ニ調査委員設置ノ儀ヲ審議ス。栄一会頭トシテ之ニ与ル。
明治23年8月27日
(1890年)
第19巻 p.402-413(DK190051k)
先ニ設置サレシ商法質議会ノ質議未ダ終ラザルニ商法施行ノ期至ルノ虞レアルヲ以テ、是日栄一当会会頭トシテ其施行ヲ明治二十六年一月一日即チ民法実施ノ日マデ延期アランコトヲ司法大臣伯爵山田顕義ニ建議シ、次イデ翌二十八日全国各商業会議所宛書ヲ送リ、各会議所ニ於テモ同一趣旨ノ建議呈出ヲ希望ス。
明治23年8月28日
(1890年)
第19巻 p.413-424(DK190052k)
政府草案ノ商業会議所条例元老院ニテ否決サレシヲ以テ、是日栄一当会会頭トシテ同条例ノ発布ヲ希望スル旨農商務大臣陸奥宗光ニ建議ス。九月十一日商業会議所条例公布サル。
明治23年8月28日
(1890年)
第19巻 p.424-429(DK190053k)
是日栄一当会会頭トシテ大阪商法会議所会頭田中市兵衛ニ書ヲ送リ、現下不景気ノ原因及其救治策ニ関スル大阪商法会議所ノ決議書並ニ調査書ニ就キ意見ヲ述ブ。
明治23年9月4日
(1890年)
第19巻 p.429-433(DK190054k)
是日栄一当会会頭トシテ全国各商業会議所宛書ヲ送リ、十一月東京ニ於テ各地商業会議所委員聯合会ヲ開催、商法施行期日延期ノ儀ヲ討議センコトヲ勧誘ス。然ルニ時恰モ商業会議所条例ノ発布セラレ各地会議所トモ解散又ハ組織変更中ニシテ聯合会ニ参加シ難キ旨回答セルモノ多ク、暫ク右計画ヲ見合ス。
明治23年12月13日
(1890年)
第19巻 p.434-456(DK190055k)
是日栄一外当会会員四十八名連署シテ商法ノ施行ヲ延期センコトヲ貴族院議長伯爵伊藤博文・衆議院議長中島信行ニ請願シ、次イデ十八日右意見書ノ写ヲ各地商業会議所ニ送附セリ。後第一帝国議会其延期法案ヲ可決シ政府之ヲ公布ス。
明治24年4月7日
(1891年)
第19巻 p.456-457(DK190056k)
是日栄一、当会会頭トシテ英国製金巾ノ輸入ニ就キ農商務省商工局長斎藤修一郎ニ回報ス。
明治24年8月18日
(1891年)
第19巻 p.457-458(DK190057k)
是日栄一、当会会頭トシテ米国麦粉輸入高ニ就キ農商務省商工局長斎藤修一郎ニ回報ス。
明治24年8月22日
(1891年)
第19巻 p.458-459(DK190058k)
是日栄一、当会会頭トシテ海外ニ支店出張所ヲ有スル会社商店名並ニ其本店所在地ニ就キ大蔵省主計局長松尾臣善ニ回答ス。
明治24年8月25日
(1891年)
第19巻 p.459-462(DK190059k)
是日栄一、当会会頭トシテ最終ノ臨時会ニ於テ明治二十三年二月ヨリ二十四年七月ニ至ル収支決算ヲ報告ス。
明治24年8月31日
(1891年)
第19巻 p.462-466(DK190060k)
昨二十三年十月二十日ノ会議ニ於テ東京商業会議所ノ設立ヲ期シ当会ヲ閉鎖、建物其他ノ財産・帳簿・什器ノ類ハ総テ之ヲ新商業会議所ニ寄附スルニ決ス。本年二月十八日事務所ヲ日本橋区南茅場町ニ移シ、八月二十五日最終ノ臨時会ヲ開キ、当会閉鎖ニ関スル事務報告其他ヲ可決ス。次イデ二十九日財産・帳簿・什器類ヲ商業会議所ニ寄贈、京橋区木挽町ノ拝借地ヲ新会議所ニ引継ギ、是日ヲ以テ当会閉鎖ノ旨ヲ農商務大臣及東京府知事ニ届出デ即日官報ヲ以テ公告ス。栄一会頭並ニ残務整理委員トシテ尽力ス。
明治24年9月21日
(1891年)
第19巻 p.466-505(DK190061k)
是日栄一、当会残務整理委員総代トシテ商法修正意見書ヲ司法大臣子爵田中不二麻呂・農商務大臣陸奥宗光ニ上呈シ、十月二日貴衆両院ニ提出ス。
明治24年11月17日
(1891年)
第19巻 p.505-510(DK190062k)
是日当会使命ヲ果シテ解散シタルヲ祝シ終宴ヲ開ク。栄一出席シテ演説ス。梅浦精一当会ヲ代表シ正副会頭ニ対シ謝状ヲ朗読ス。
明治25年5月10日
(1892年)
第19巻 p.510-534(DK190063k)
是日栄一、残務整理委員総代トシテ東京商工会沿革始末ヲ東京府知事富田鉄之助ニ上呈ス。
3款 東京商業会議所
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治23年12月15日
(1890年)
第19巻 p.535-549(DK190064k)
是ヨリ先栄一当会議所設立発起人タリシガ、是日発起人三十八名連署シテ当会議所ヲ設立センコトヲ東京府庁ヲ経テ農商務大臣陸奥宗光ニ申請ス。二十四年一月十二日認可セラル。
明治24年5月13日
(1891年)
第19巻 p.549-636(DK190065k)
是ヨリ先栄一ヲ初メ当会議所設立発起人等、商業会議所条例施行規則第二条ニ基キ選挙人及被選挙人名簿ヲ作成中ナリシガ、名簿成ルニヨリ是日会員選挙施行サレ、同月十五日ヲ以テ終了ス。栄一会員ニ選挙セラレ明治三十四年ニ至ル。
明治24年5月28日
(1891年)
第19巻 p.636-639(DK190066k)
是日当会議所初集会開催サレ仮役員ヲ定メ、栄一仮会頭ニ選挙セラル。仍テ同月三十日設立発起人解任ノ儀ヲ東京府知事侯爵蜂須賀茂韶ニ願出デ、許サル。
明治24年6月2日
(1891年)
第19巻 p.640(DK190067k)
是日栄一、当会議所ヲ代表シ仮事務所ヲ日本橋区南茅場町二十三番地ニ設置セル旨東京府知事侯爵蜂須賀茂韶ニ届出ヅ。同年九月十一日同区兜町二番地ニ移転ス。
明治24年6月29日
(1891年)
第19巻 p.640-642(DK190068k)
是ヨリ先当会議所数次ノ臨時会議ヲ開キテ定款議定中ナリシガ、成ルヲ以テ是日栄一当会議所ヲ代表シ其認可ヲ東京府知事侯爵蜂須賀茂韶ヲ経テ農商務大臣陸奥宗光ニ申請ス。七月七日認可セラル。
明治24年7月17日
(1891年)
第19巻 p.642-645(DK190069k)
是日栄一、会頭ニ選挙セラル。爾後任期満了毎ニ再選サレ明治三十四年ニ至ル。
明治24年8月29日
(1891年)
第19巻 p.645-656(DK190070k)
当会議所、是日ノ臨時会議ニ於テ農商務大臣陸奥宗光ヨリ諮問サレタル職工条例ノ儀ヲ討議セシガ、工業部ニ托シテ調査セシムルニ決ス。栄一会頭トシテ之ニ与ル。
明治24年9月5日
(1891年)
第19巻 p.656-658(DK190071k)
是日栄一、当会議所理財部長ニ選挙セラル。
明治24年12月15日
(1891年)
第19巻 p.658-664(DK190072k)
是日栄一、当会議所会頭トシテ輸出税ノ全廃ヲ大蔵大臣伯爵松方正義・農商務大臣陸奥宗光ニ建議シ、貴族院議長侯爵蜂須賀茂韶・衆議院議長中島信行ニ請願ス。
明治24年12月22日
(1891年)
第19巻 p.664-685(DK190073k)
是ヨリ先東京銀行集会所ヨリ私設鉄道買収ニ関シ建議アリシヲ以テ、当会議所ハ栄一外九名ノ委員ヲ挙ゲ審議中ナリシガ、是日同件ニ就キ当会議所会頭トシテ貴衆両議院ニ請願ス。