デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.6.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

6章 学術及ビ其他ノ文化事業
4節 編纂事業
2款 楽翁公伝編纂 付 楽翁公関係資料刊行
■綱文

第48巻 p.5-6(DK480001k) ページ画像

明治44年5月13日(1911年)

是日栄一、天明八年正月、松平定信ガ本所吉祥院ノ歓喜天ニ捧ゲタル願文ヲ書写シ、東京市養育院内ニ祀ル処ノ同公ノ神位ニ充ツ。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四四年(DK480001k-0001)
第48巻 p.5 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治四四年       (渋沢子爵家所蔵)
五月七日 雨後半晴 軽暖
○上略
白河楽翁公ノ起誓文ヲ浄写ス、蓋シ養育院ニ寄附スル為メナリ、且其添書ヲ作リテ本院ト分院トニ各一通宛ヲ作リタリ○下略
   ○中略。
五月十三日 晴暖
○上略 午後一時半、巣鴨ナル養育院ニ抵リ楽翁公ノ紀念会ヲ開キ、江間政発氏ト共ニ公ノ施政ニ関スル行動ニ付意見ヲ述ブ○下略


竜門雑誌 第二七六号・第五八―五九頁 明治四四年五月 ○養育院の楽翁公祭(DK480001k-0002)
第48巻 p.5-6 ページ画像

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冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

楽翁公伝 渋沢栄一著 第一〇六―一〇七頁 昭和一二年一一月刊(DK480001k-0003)
第48巻 p.6 ページ画像

楽翁公伝 渋沢栄一著 第一〇六―一〇七頁 昭和一二年一一月刊
    第五章 施政の方針
○上略
 天明八年正月二日松平越中守義、奉懸一命心願仕候。当年米穀融通宜く、格別之高直無之、下々難義不仕、安堵静謐仕、並に金穀御融通宜、御威信御仁恵下々江行届き候様に、越中守一命は勿論之事、妻子之一命にも奉懸候而、必死に奉心願候事。右条々不相調、下々困窮御威信御仁徳不行届、人々解体仕候義に御座候はゞ、只今の内に私死去仕候様に奉願候。《(原註)》生きながらへ候ても、中興之功出来不仕、汚名相流し候よりは、只今の英功を養家の幸、並に一時之忠に仕候へば、死去仕候方、反て忠孝に相叶ひ候義と奉存候。右之仕合に付、以御憐愍、金穀融通、下々不及困窮、御威信御仁恵行届、中興全く成就之義、偏に奉心願候。敬白
○下略