デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

8章 軍事関係諸事業
1節 第一次世界大戦関係
4款 聯合国傷病兵罹災者慰問会
■綱文

第48巻 p.560-572(DK480157k) ページ画像

大正6年10月1日(1917年)


 - 第48巻 p.561 -ページ画像 

是日当会、慰問金百九十四万円及ビ当会ノ趣旨ヲ叙述セル小冊子慰問号ヲ、英・仏・伊・露・白及ビセルビア、ルーマニアノ各国ヘ分配送付ス。二日、帝国ホテルニ評議員及ビ都下新聞・通信社代表員ヲ招待シテ、報告会ヲ開キ、栄一報告演説ヲナス。十一月三日当会常務委員会ニ於テ、慰問号二千部及ビ残金四千円ヲ、日本基督教青年会同盟ノ派遣スル慰問使ニ交付シ、該慰問号ヲ聯合国軍隊ニ分配ヲ依頼スル事トス。


■資料

中外商業新報 第一一二九五号 大正六年九月一四日 ○聯合国慰問着手(DK480157k-0001)
第48巻 p.561 ページ画像

中外商業新報  第一一二九五号 大正六年九月一四日
    ○聯合国慰問着手
聯合国傷病慰問会は各聯合国に分配寄贈すべき金額も決定せるを以て該慰問金に添付すべき慰問会の趣旨並に本邦朝野の名士十数名の列国傷病兵慰問に関する談話仏・英両文に翻訳せる純日本式美術的印刷とせる小冊子数十万部の印刷中なるが、右は来る十五日頃迄には製本完成に就き、其内幾部かを来る十八日出発の渡米議員をして携帯せしめ米国に於て各方面に之れを配布する事となり、爾余は慰問金に附し英・仏・露・伊・羅等各聯合国へ向け外務省の手を経て送附する事となるべしと


時事新報 第一二二六一号 大正六年九月二七日 ○正味は漸く百九十余万円 ☆聯合国慰問会の義金近く発送☆ 『予想した最低限度とは実に汗顔の至りです』と 副総裁渋沢男爵聊か不満の面持(DK480157k-0002)
第48巻 p.561-562 ページ画像

時事新報  第一二二六一号 大正六年九月二七日
  ○正味は漸く百九十余万円
    ☆聯合国慰問会の義金近く発送☆
      『予想した最低限度とは実に汗顔の至りです』と
        ――副総裁渋沢男爵聊か不満の面持――
聯合国の傷病兵並びに罹災者に対し本年一月から広く義金を募集した同慰問会の事業も、其後総裁徳川公爵初め渋沢男等の尽力によつて此程略整理が附き
 ◇近く各国へ 向け夫々割当の金額を発送する迄になつた、右につき同会副総裁渋沢男爵は語る
『初めの意気込みでは三百万円を集めたいと云ふ希望で、東京は申すに及ばず大阪・京都・名古屋等の大都市を大分私共が勧誘しましたが締め括つて見るとその予想してゐた最低限度の二百万円に漸く達した位で……実に汗顔の至りです、それも色んな
 ◇雑用を引く と正味はハツキリ覚えないが百九十三、四万円にしかなりません、初めは日本国民の精神をよく先方に通ずるために慰問使を派遣して聯合国の傷病兵を慰める筈でしたが之も沙汰止みとなり唯だ義金を各国の駐箚大使を通じて渡すことに決定しました、金高は大体英・仏・露の順序で塞爾維・羅馬尼・自耳義も含まれて居ます、中には
 ◇特に英国へ だけ特定寄附として申込んで来たのもありました、慰問使を出さない代りに小冊子を出すことにしました、夫は我国が聯
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合国に参加した事を明白にし、聯合各国人から正しい了解を受けるために日本を代表する立派な学者十名を選び、青島の攻陥や南洋の敵艦を一掃した事など多少我田引水的の所もあるでせうが日本の尽した
 ◇任務と立場 を記載して一万六七千許り刷りました、之は金と共に各国有識者に頒つのですが、内容は三十五、六頁のものですけれど自分は価値あるものだと思つてゐます、慰問金は今月末か来月初めに夫々公表の上発送したい心算です、兎に角日本も今や世界の日本となつて、成金連も随分殖えたやうだが、徒に金ばかりに憧れた傾きがないでせうか
 ◇敵も味方も 血を流して幾多の生命と富を犠牲にしてゐる欧洲戦場を想うなら今少し位、同憂の誠をいたす人があるだらうと思つたが全く意外でした』


中外商業新報 第一一三一四号 大正六年一〇月三日 ○慰問義金発送 国民同情の表現(DK480157k-0003)
第48巻 p.562 ページ画像

中外商業新報  第一一三一四号 大正六年一〇月三日
    ○慰問義金発送
      国民同情の表現
予て募集中なりし聯合国傷病兵罹災者慰問会の寄附金は著しく国民の同情を喚起し総額二百万二千余円に達せしを以て、其内英国に三十六万八千円、仏・伊・露・白各国に各三十六万三千円宛、セルビア、ルーマニア両国に各六万円を送るに決し、之に英・仏両国語を以て記せる美麗なる慰問的冊子を附し、一日其筋に依頼し在外本邦大公使を経て聯合国政府へ送付の手続を了せり、即ち玆に同会所期の事業完成せるを以て二日正午帝国ホテルに於て経過報告会を開き、徳川公の挨拶渋沢男の報告あり、之に対し藤山雷太・杉山忠次郎両氏謝辞を述べ午後二時散会せり、尚同会は最初各国へ慰問使を簡派する筈なりしも之を見合せ、前記慰問号を以て之に代ゆる事となせしなり


竜門雑誌 第三五三号・第一一八頁 大正六年一〇月 ○聯合国傷病兵罹災者慰問会事務終了(DK480157k-0004)
第48巻 p.562 ページ画像

竜門雑誌  第三五三号・第一一八頁 大正六年一〇月
○聯合国傷病兵罹災者慰問会事務終了 既報の如く同慰問会にては、去七月二十三日評議員会を開きて、同会の成績と其慰問方法とに付き審議する所ありたるが、其後無滞事務進捗したるに依り、十月二日同慰問会従来の顛末と其成績とを報告すべく、同会評議員を始め其他の関係者並に都下の新聞通信社代表員等七十余名を招待して帝国ホテルに午餐会を催し、席上徳川総裁の挨拶に兼ぬるに同会の経過顛末の報告あり、副総裁青淵先生亦同会慰問金分配に関する詳細の報告あり、これに対する藤山東京商業会議所会頭、東京朝日新聞社松山氏等の謝辞ありて、同会の事務は玆に其完了を告ぐるを得たる次第なるが、尚ほ右に就き青淵先生の所感として(時事新報所載)を記せば左の如し
  ○前掲ニツキ略ス。


中外商業新報 第一一三五九号 大正六年一一月一七日 ○聯合国慰問号 日本の誠意を表す(DK480157k-0005)
第48巻 p.562-563 ページ画像

中外商業新報  第一一三五九号 大正六年一一月一七日
    ○聯合国慰問号
      日本の誠意を表す
渋沢男等の斡旋に成る聯合国傷病兵慰問会にては、英・仏・露・白・
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伊・塞・羅の聯合与国に対し、夫々慰問金を贈れること屡報の如くなるが、男爵等は日本国民の有する慰問の情意が聯合国の兵士に十分に通ぜざるを遺憾とし、今回四千余円の残金を以て英・仏文の慰問号を発行し彼等戦士に配布することゝなり、去る十五日日本基督教青年会を代表して欧洲に向へる日疋信亮・山本邦之助両氏に託して発送したりと


聯合国傷病兵罹災者慰問会報告書 同会編 第三〇―四八頁 大正六年一二月刊(DK480157k-0006)
第48巻 p.563-572 ページ画像

聯合国傷病兵罹災者慰問会報告書 同会編  第三〇―四八頁 大正六年一二月刊
    八 慰問金の送付及慰問号の発行
聯合国傷病兵及罹災者慰問の為慰問金百九十二万円を聯合国に送付することに決定したるは既記の如し、然るに右慰問金は慰問号と共に送付すべき手筈となしたるが、慰問号作製中に京都其他の地方より送付し来りたる寄附金約二万円に達したるを以て、更に常務委員会の決議を経て該慰問金に金弐万円を増加して金百九十四万円とし、之を左記の如く分配送付することゝし、十一月一日其筋に依頼し、在外本邦大公使を経て聯合国政府へ送付の手続をなせり
 慰問金   金百九十四万円
   内
  英吉利    金参拾六万八千円
  仏蘭西    金参拾六万参千円
  伊太利    金参拾六万参千円
  露西亜    金参拾六万参千円
  白耳義    金参拾六万参千円
  セルビア   金六万円
  ルーマニア  金六万円
  英国慰問金の仏国其他に比し、金五千円の差異あるは英国指定寄附金五千円有之に依る
右に関する外務省との往復文書左の如し
 拝啓 予て及御依頼置候本会より聯合国へ送付すべき慰問金は別紙請取書の通、横浜正金銀行東京支店を経て在外本邦大公使を請取人とし、左記の通送金の手続を了し候
  送先聯合国  慰問金額        受取人名
 英吉利    金参拾六万八千円    珍田大使
 仏蘭西    金参拾六万参千円    松井大使
 伊太利    金参拾六万参千円    伊集院大使
 露西亜    金参拾六万参千円    内田大使
 白耳義    金参拾六万参千円    山中代理公使
 セルビア   金六万円        伊集院大使
 ルーマニア  金六万円        内田大使
 計金百九拾四万円
 尤も同東京支店より同倫敦支店及ハルピン支店を経由し、経由支店に於ては左記の如く外国貨幣に換算し、当該大公使に送付するの手筈に有之候
  送先聯合国 経由支店 換算貨幣
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 英吉利     倫敦支店     磅
 仏蘭西     同        法
 伊太利     同        リーラー
 白耳義     同        法
 セルビア    同        法
 露西亜     ハルピン支店   留
 ルーマニア   同        留
 就ては御手数恐入候へ共閣下より前記在外本邦大公使に対し、右慰問金預収候はゞ、之を当該聯合国政府へ転送の上、本会の目的に副ふべく使用相成度旨伝言有之様特に御通知被下度、此段御依頼旁得貴意候 敬具
            聯合国傷病兵罹災者慰問会
  大正六年十月一日      総裁  公爵徳川家達
                副総裁 男爵渋沢栄一
    外務大臣 子爵本野一郎殿
  追て右慰問金送付に対し、聯合国民の感情等当該大公使より通知有之候はゞ、乍御手数御移牒被下候様致度、此段添て及御依頼候

  大正六年十月九日 外務大臣 法学博士 子爵本野一郎
    聯合国傷病兵罹災者慰問会
     総裁 公爵徳川家達殿
  聯合国傷病兵罹災者慰問会醵金聯合国政府へ転交方の件
 本件に関し、本月一日附貴翰を以て御申越の次第致了承候、右は早速夫々関係帝国大公使へ及訓令置候条右様御承知相成度、此段及回答候也
  追て御送附相成候送金領収証一葉爰に及返戻候間御査収相成度、此段申添候
次に慰問使簡派の件は在外本邦大公使の意見をも徴し之を見合はせ、之に更ふるに慰問号を作製し、之を慰問金と共に聯合国へ送付することに決定したるは既記の如し、右慰問号は之を英・仏両文にて編輯し本会設立の趣意書・規約及経過の大要、並に徳川総裁、渋沢・島田両副総裁、寺内首相・本野外相・大岡衆議院議長・黒田貴族院副議長・原敬氏・子爵加藤高明氏・犬養毅氏・男爵阪谷芳郎氏・添田寿一氏・中野武営氏・大谷嘉兵衛氏・川崎芳太郎氏・松山忠次郎氏の寄稿を掲載し、本会役員の肖像及び帝国の風景の写真を挿入して和紙に印刷し表紙は北斎の富士、光琳の花卉を日本特殊の技術たる木版にて摺上げたり、右慰問号は一万五千五百部を作製し、十月慰問金と共に其筋の手を経て之を欧洲に於ける聯合国に送付の手続を了せり、又米国へは同国に於ける朝野知名の士・新聞社・図書館等に対し本会より之を送附し、又米国派遣衆議院議員団に托し、同国要路の人に分配せり
    九 事務終了の報告
本会募集の寄附金は稍予期の金額に達し、之を慰問金として慰問号と共に十月一日其筋の手を経て聯合国へ送付の手続を了し、玆に本会の事務略完了したるを以て、十月二日帝国ホテルに本会評議員及東京新
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聞通信社を招待し、是れが報告会を開けり、当日の出席者左の如し
 公爵 徳川家達  侯爵 細川護立 伯爵 林博太郎
 伯爵 柳原義光  男爵 渋沢栄一 男爵 大倉喜八郎
 男爵 近藤廉平     谷森真男    島田三郎
    寺田栄      大橋新太郎   大谷嘉兵衛
    串田万歳     柿沼谷雄    藤山雷太
    団琢磨      小池国三    福原有信
    相馬半治     小野金六    村井吉兵衛
    山下亀三郎    松方巌     末延道成
    有賀長文     堀越角次郎   山川瑞三
    坪谷善四郎    松井広吉    松山忠次郎
    伊達源一郎    漆間真学
    報知新聞社 東京朝日新聞社  東京日日新聞社
  東京毎日新聞社 東京夕刊新聞社  中外商業新報社
     万朝報社  やまと新聞社    国民新聞社
     都新聞社   時事新報社  大阪時事新報社
  東京毎夕新聞社   日本通信社    東洋通信社
    大東通信社   帝国通信社    自由通信社
    実業通信社 日本経済通信社   千代田通信社
    愛国通信社   内外通信社    大陽通信社
午前十一時開会徳川総裁は立ちて、只今諸君に配付したる本会経過の大要に記載したる如く、本会の寄附金も諸君の御尽力に依り略予期の金額に達し、昨一日其筋の手を経て之を慰問号と共に聯合国に送付の手続を了したるを以て、玆に其報告を為さんが為め、諸君の会同を煩はしたる次第なり、尚詳細は渋沢副総裁より報告する処あるべしとの挨拶を述べられ、次に渋沢副総裁は左の演説をなされ、之に対し東京商業会議所会頭藤山雷太氏実業側を代表し、東京朝日新聞社主筆松山忠次郎氏新聞社側を代表して答辞を述べられ、午後二時散会す
渋沢副総裁の演説
 諸君本会募集の寄附金は予期の如く約金弐百万円に達し、別紙経過大要に記載しあるか如く、之を慰問号と共に昨日其筋に依頼し、在外本邦大公使を経て聯合国政府へ送付の手続を了したるを以て、右に関する御報告の為め、玆に御参堂を煩はしたる処、御繁用中御来会を辱うしたるは誠に光栄とする所なり
 顧みれば去る一月諸君の熱誠なる御賛成を得て本会を設立し、爾来各方面に対し寄附の勧誘を為せり、小生も専ら之れが勧誘に従事し三月初には神戸・大阪・京都及名古屋地方に赴き、之れが賛成を求むる等、聊か微力を尽したるが、幸に各方面の賛成を得て、著々其の効果を得たるは、諸君と共に満足する所なり、而して五月十五日に締切り、七月二十三日に至り評議員会を開き、聯合国へ金百九十弐万円の慰問金に慰問号とも称すべき小冊子を添へて送附することに決定相成りたるは御承知の通りの次第なり
 元来当初の計画は慰問使を特派し、之に慰問金を齎すべき筈なりしが、慰問使を特派するときは多額の費用を要するのみならず、兵馬
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倥偬の際、聯合国に対し多大の手数を掛くるを以て、七月二十三日の評議員会に於ては慰問使特派を見合はし、之に換ふるに慰問号を作製し、之を慰問金と共に聯合国に送付することとなれり、右の如く慰問号作製の件は新なる計画にして八月中出来の見込なりしも、時恰も盛暑に際し、原稿の蒐集翻訳等に尠からざる日数を費し、九月下旬に入り漸く出来せり、此慰問号作製中に於て京都其他の地方より送付し来りたる寄附金約弐万円ありしが故に、評議員会の決議に基き、右弐万円も慰問金に加へ、結局金百九拾四万円を送付することとせり、其の内訳は英吉利に金参拾六万八千円、仏蘭西・伊太利・露西亜・白耳義に各参拾六万参千円、ルーマニア及セルビアに各六万円を配送せり
 又慰問号は壱万五千五百部を作製し、別紙報告大要に記載したる如く、欧洲に於ける聯合国及米国に送付せり、而して慰問号は英・仏両文を以て編輯し、和紙を用ひ、聯合国の人士が多少注意を払ふべき様意匠を凝らしたる積なり、只今御手許に差上げたる筈に付御高覧を乞ふ
 又本会に於ける収支計算の概要は、経過大要に記したる通りなるが此の寄附金募集には多少の費用を要するは勿論なるに、全く之を要求せられざる府県有之、他の府県との権衡を得ざると、当初或る程度の費用を支弁すべしと云ひたる行掛りもあり、旁是等府県庁へ照会中に係り、其の回答に接するに於ては、前記の計算に多少の変更を生ずるは免れざるべし、随て今日是等一切の報告をなし得ざるは誠に遺憾なれども、是は報告書を編纂し、不日明確にして御通知致すべし
 尚ほ念の為に申上げ置くべきは、総決算の上利子其他の関係より残金を生じたる際は、予て御決議の如く、常務委員の評議を経て本会の目的に副ふ様処分すべきに付き、此段諸君の御了承を乞ふ
 以上御報告申上げたる通り、本会寄附金は予期の額に達し、之を首尾克く聯合国に送附し、本会の目的を遂行し得たるは、諸君と共に誠に満足に堪へざる所なり、此好果を収むるに至りたるは、畢竟本会委員及評議員諸君の非常なる努力に帰因すると共に、操觚者諸君が其紙上に於て本会の寄附金募集広告を無料にて掲載せられたる等種々の事柄に援助を賜りたる結果に外ならざるなり、今玆に評議員諸氏並に操觚者諸君に対し、謹で感謝の意を表す
当日配付したる本会経過の大要
 本会寄附金の募集は既に結了し、爾来是が整理に従事中なりしも、昨日を以て慰問金及慰問号を其の筋に依頼し、在外本邦大公使を経て聯合国政府へ送付の手続を為し、事務完了したるを以て、其の報告の為め玆に御来会を煩したる次第なり
 昨大正五年末に当りて男爵渋沢栄一・中野武営の両氏、欧洲の戦乱既に数年に渉り聯合国の惨状見るに忍びざるものあるを慨し、実業界の諸有志と相謀り寄附金を取纏め慰問使を簡派して聯合国に於ける傷病兵及罹災者を慰問すへき計画を樹て、之を徳川貴族院議長及島田衆議院議長に相談したるに、何れも熱心に同意を表せられ、更
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に寺内首相及本野外相に交渉したるに、右は外交上よりするも至極時宜に適したる処置にして同感なるを以て、速に其取運びを為したる方然るへしとのことなりしを以て、本年一月十七日首相官邸に於て有志一同参集協議の上、本会設立のことを決定し、徳川公爵を総裁に、渋沢男爵及島田三郎氏を副総裁に、男爵大倉喜八郎・男爵近藤廉平の両氏を会計監督に、中野武営・大橋新太郎・柿沼谷雄・安田善三郎・早川千吉郎・串田万蔵・和田豊治・柳田国男・岡崎国臣の諸氏を常務委員とし、其の事務は前年に於ける水害救済会及凶作救済会の例に傚ひ之を衆議院事務局に依託し岡崎委員事務に鞅掌したるも、同氏休職後は寺田栄氏常務委員となり専ら之に鞅掌せり
 常務委員会は二月初旬迄は殆ど連日開会し、大小の事務を評議処理すると共に、東京及地方の新聞通信社に対して本会の挙に賛同を求め、各省次官・地方長官・殖民地民政長官及東京市長に対し寄附金募集勧誘の依頼をなし、又東京に於ける重なる有志者に対し寄附金の直接勧誘をなすと共に、東京及各地方に於ける有志約八万人に対し寄附勧誘をなせり
 二月十二日首相官邸に於て東京市に於ける有力なる実業家を招き、寄附金に対する協議をなしたる処、出席者五十四名にして席上直に寄附の申込をせられたる者三井男爵を初め二十三名、其寄附金額四十五万一千円に達せり
 渋沢副総裁は寄附金勧誘の為め三月十四日東京出発、神戸・大阪・京都及名古屋に於て地方有志の賛同を求め之れが勧誘をなし、同二十二日帰京せり、而して神戸に於ける会同席上の寄附金申込高は実に十万円以上の額に達せり
 今回寄附金の募集は当初可成速に終了したき見込にて、三月三十一日を以て締切期限となしたるも、当時各地方長官は衆議院議員総選挙に際したる故を以て寄附金募集に従事するを難じ、且総選挙取締上寄附金募集締切期間を総選挙施行後まで延期すべしとの希望なりしも、戦況計り難きを以て、予定通り締切るべき方針にて進行せり
 然るに其後、各地方より慰問金募集の挙あるを漸く世人が周知したる時に於て締切となすは、地方人民の遺憾尠なからざるを以て、締切期限を暫く延期すべしとの請求ありしを以て、常務委員会に於て協議の末寄附金募集の締切期限を延期することに決定せり
 七月廿三日に至り本会の事務整理したるを以て、評議委員会を開き慰問金百九十弐万円を聯合国へ送付すへく決定せり
 然るに本会設立の当時に於ては前記の如く慰問使に慰問金を齎して簡派する計画なりしが、現況に依れは慰問使を簡派するは多大の費用を要すると共に、兵馬倥偬の際聯合国に対し、尠なからさる手数を煩はすを以て、七月廿三日の評議委員会に於て慰問使派遣は是れを見合せ、慰問号を作製して之を慰問金と共に聯合国へ送附することに決せり
 慰問号作製の計画は前記の如く七月廿三日の評議委員会に於ける新たなる提案にして、英・仏両文にて是を編輯せるを以て、尠なからさる日数を要するに至れり
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 此の慰問号作製中、京都其他地方より送付し来りたる金額約弐万円に達せしを以て、聯合国に送付すべき慰問金に弐万円を増加し、金百九拾四万円を左記の如く送付することに更正せり
  英吉利    金参拾六万八千円
  仏蘭西    金参拾六万参千円
  伊太利    金参拾六万参千円
  露西亜    金参拾六万参千円
  白耳義    金参拾六万参千円
  セルビア   金六万円
  ルーマニア  金六万円
  英国慰問金額の仏国其他に比し金五千円の差異あるは、英国指定寄附金五千円有之に依る、慰問金は磅・留・法及リーラー等に換算するに当り、可成端数を生ぜざる様になせり
前記慰問金は慰問号と共に昨一日其筋に依頼し、在外本邦大公使を経て聯合国政府へ送付の手続を了せり、而して慰問号は聯合国に於ける各方面に配付する目的を以て、英・仏・露・伊・白の五箇国に弐千部宛、塞・羅の二箇国に五百部宛、米国にも弐千部送付せり
本会の収支計算概要左の如し
 一、収入総額金弐百万弐千九百八拾参円五拾六銭弐厘
    内訳
  御下賜金  金拾万円
  寄附金   金百八拾七万五千八拾五円六拾壱銭弐厘
  利子    金弐万七千八百九拾七円九拾五銭
 一、支出総額金百九拾九万八千九百五拾六円四拾四銭六厘
    内訳
  慰問金   金百九拾四万円
  慰問号費  金壱万円
  事務費   金四万八千九百五拾六円四拾四銭六厘
     差引残金四千弐拾七円拾壱銭六厘
 尤も目下残務に係る報告書編纂事務及地方募集に関する慰労手当等の事務未了の分有之を以て、其の結了の上は前記の収支に多少の変更を来すべし、詳細は追て配付すへき報告書に依り御了承を乞ふ
 本会の成績は予期の如く収入総額弐百万円以上に達し、以て本会の目的を達成し得たるは、諸君と共に満足する所なり、而して此の如き好果を収むるに至りたるは、畢竟評議員諸氏の熱心なる尽力に基因すると共に、新聞通信社諸氏の其紙上に於て声援を与へられ、本会寄附金募集広告を無料を以て掲載せられし等、大に本会の事業を翼賛せられたる賜なりと謂はざるべからず、玆に評議員諸氏及新聞通信社諸氏に向つて深く感謝の意を表す
  大正六年十月二日
  ○右報告書ハ前掲七月二十三日ノ条ニ収メタル栄一ノ挨拶ト過半同一ナリ。
    一〇 残金の処分及残務の整理
残金の処分に関しては常務委員会に一任せられたるは既記の如し、今次日本基督教青年会同盟に於て、慰問使として陸軍主計監日疋信亮氏
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及日本基督教青年会理事山本邦之助氏を派遣して、戦地にある聯合軍隊慰問のことに当らしむるの挙あり、右は本会と其目的を同うするものなるに依り、之に該慰問号を托し、聯合国軍隊に分配し、以て本会の趣旨を宣明し、併せて慰問の意を致さしむるは適宜の処置なりと信じ、十一月三日常務委員会を開き是れが議を決し、該慰問使に英・仏文慰問号二千部及金四千円を交附し、玆に残金の処分を了せり
往翰
 拝啓 本会設立の趣旨及経過は、別紙趣意書及経過大要記載の通に有之、即ち聯合国傷病兵及罹災者慰問の為、本年一月本会を設立し爾来寄附金の募集に従事候処、其結果略予定の額に相達候に付、去十月二日金百九十四万円を慰問金とし、其筋の手を経て之を聯合国に分配送付の手続を了し候、尤も当初は慰問使を簡派して聯合国を巡訪慰問するの計画に有之候へ共、右は聯合国に於て、兵馬倥偬の折柄、之が接待等に就き迷惑すき《(衍)》べき虞も可有之に付、見合候方可然との在外大公使の意見も有之、旁慰問使簡派の儀は之を見合はせ之に代ふるに、慰問号を作製し、之を慰問金と共に前記聯合国及北米合衆国に配付し、以て本会の趣意を宣明し、聯合国慰問の意を致したる次第に御坐候、然るに今般貴下に於ては欧洲戦場に於ける聯合同軍隊慰問の為、日本基督教青年会同盟を代表し、慰問使として聯合国を巡訪相成候趣、右は本会と略其目的を同ふする儀に有之、同感に堪へざる儀に御坐候、就ては別冊慰問号二千冊及御廻送候間聯合国御巡訪の際、乍御手数戦場に於ける聯合国軍隊及其他適宜の方面に御分配被下、本会の趣旨普く徹底候様煩御配慮度、右に要する費用として金四千円差上候間御査収被下度、尤も右金円は冊子御携帯の費用及本会の趣旨宣明に関する経費に御使用被成下度、尚聯合国訪問及慰問号配付の状況等は追々御報告に預り度候、此段得貴意候 敬具
  大正六年十一月四日
              聯合国傷病兵罹災者慰問会
                副総裁 男爵 渋沢栄一
  日本基督教青年会同盟聯合軍慰問使
             陸軍主計監 日疋信亮殿
    東京基督青年会理事《(教脱)》 山本邦之助殿
復翰
 謹啓 今般日本基督教青年会同盟を代表し、聯合軍慰問使として欧洲戦地に赴き候に就ては、傷病兵及罹災者慰問之為金四千円及慰問号弐千部(仏文千五百部英文五百部)御交付被下、忝く拝領仕候、戦地到着之上は、御指示に従ひ、最も有効に配布致し、貴会の誠意を貫徹するに相努可申候、先は右御礼旁御挨拶迄如斯に御坐候也
  大正六年十一月四日
           日本基督教青年会同盟
              聯合軍慰問使 日疋信亮
                     山本邦之助
  聯合国傷病兵罹災者慰問会副総裁 男爵 渋沢栄一殿
 - 第48巻 p.570 -ページ画像 
又残務に就ては、渋沢副総裁及寺田常務委員専ら之を担任整理せられたり
    一一 聯合国の感謝
十月三日及四日渋沢副総裁は帝国駐箚聯合国大公使を歴訪して、本会の事務決了し、慰問金は其筋の手を経て聯合国政府へ送付の手続を為し、以て慰問の意を致したることを告げたるに、各聯合国大公使は孰れも本会の事業及我が高義に対し感謝の意を表せられ、就中白耳義公使は同国に対し、仏・露・伊の大国と同等の待遇をなし、多額の慰問金を贈与せられたるは深く感謝に堪へざる旨の挨拶を述べられたり
○中略
在露内田大使の報告
 十一月四日露国外務大臣に会見の序を以て、慰問会寄附金の次第を説明し、両三日中に公文を以て送金すべきに付、可然配慮あり度旨陳述せしに、同大臣は深く満足の意を表し、曩に日本赤十字社よりは救護班派遣の挙あり、露国民上下の感謝し居る所なるに、今次又斯く多額の贈与を被り、慰問会の好意に対しては感謝の辞を見出し得ざる所なり、右領収の上は、早速関係諸大臣とも協議の上、本慰問金利用に関し委員会を設け、日本大使と常に接触を保ち、慰問会の好意に背かざらん様使途を講じ、同時に広く露国民に同会の好意を知らしめ度希望を述べたるに付、内田大使より其尽力の好意を謝し置きたり
在白安達公使の報告
 十一月七日白国外務大臣に面接の際、慰問金送付の電報に接したる趣談話したるに、同大臣は小国たる白耳義を英仏同様厚遇せらるゝ日本国民の好意は、同大臣の深く感動する所にして、右は独り不幸なる白国民に莫大なる物質的救助を与ふるのみならず、其如何に精神的安意を給すべきや、実に想像に余りあるに付、深厚なる白国政府の謝意を慰問会に伝達あり度と依頼あり
在伊伊集院大使の報告
 傷病兵罹災者慰問金小切手に公信を添付し、大臣不在に付今井を十一月二十六日書記官長に遣はし手交せしめたるに、同氏は日本朝野の深厚なる同情を感謝する旨陳べたるが、更に二十九日附公信を以て、日本国民の好意は伊国民一般感銘する所にて、両協同交戦国は益連結を鞏固ならしむ、此の意味の謝辞を日本政府及慰問会に伝へられたき旨申来れり、尚各新聞紙は時節柄特に感動を与へ、一様に日本の任意的に巨額の金円を送付せられたるは其の同情の深厚を示すものなりとし居れり、塞爾比亜の分は当地同国代理公使に手交し政府に送金方を依頼せるに、此又深く感謝の意を表し居れり、委細郵便
在仏松井大使の報告
 貴電(慰問会寄贈金額取次方に関する電訓)御訓示に関し、仏国割当額金参拾六万参千円、此仏貨換算百五万八千五百七拾弐法、当地日仏銀行払小切手を以て在倫敦横浜正金銀行より送越したるに付、公文を添へ、本月八日「マルジユリー」氏(仏国外務省政務局長)
 - 第48巻 p.571 -ページ画像 
に面会の上之を手交し、且つ慰問会の性質等に関し説明する処ありたるに、同氏は罹災者の為現下各種の出費多き折柄、本金額の交付を受くるは感謝に不堪、早速大臣に進達致す可き旨を答へたり、尚ほ当方よりの公文に対する正式回答其他は郵報す
    一二 収支決算
本会の収支決算左の如し
      収入の部
 一金拾万円             御下賜金
 一金壱百八拾七万五千参百八拾六円参拾六銭弐厘
                   寄附金
 一金八千九拾参円八拾壱銭五厘    新聞広告料寄附金
 一金弐万七千八百九拾七円九拾五銭  利子
  合計金弐百壱万壱千参百七拾八円拾弐銭七厘
      支出の部
 一金壱百九拾四万円         慰問金
 一金九千弐百七拾円六拾壱銭     慰問号費
 一金四千円             基督教青年会同盟派遣慰問使交付金
 一金八千九拾参円八拾壱銭五厘    新聞広告料金
 一金弐万参千七百参円九拾銭六厘   地方事務費
 一金弐万六千参百九円七拾九銭六厘  本部事務費
  合計金弐百壱万壱千参百七拾八円拾弐銭七厘
    一三 宮内大臣への報告
家達等曩きに聯合国傷病兵罹災者慰問会を起すや畏多くも
皇后陛下より本会事務補助の御思召を以て、金拾万円の御下賜を辱うす、家達等感奮措く能はず、愈精励努力仕候処、朝野人士の賛同を得内地並朝鮮台湾及満洲より送金する者約三万五千口に上り、其金額御下賜金及預金利子を併せて金弐百万弐千九百八拾参円五拾六銭弐厘に相成候、其内事務費を控除し金百九拾四万円を慰問金に充て、之を外務大臣に依頼し、英吉利に金参拾六万八千円、仏蘭西・伊太利・露西亜・白耳義に金参拾六万参千円宛、セルビア、ルーマニアに金六万円宛分配送付の手続を了し候、尚各地新聞社に於ても本会事業に賛同し寄附金募集広告を無料にて掲載し、其広告料の相当額金八千九拾弐円八拾壱銭五厘《(三)》に達し候
右慰問方法に関しては、物品贈与若くは医師派遣の議も有之候へ共、外務省及在外帝国大公使に協議の末、前記の如く慰問金贈与のことに決定したる儀に有之候、尚本会設立の砌に於ては、慰問使を簡派して聯合国を巡訪慰問するの計画に有之候処、右は兵馬倥偬の折柄、是れが接待等の為め聯合国をして却て迷惑を感ぜしむるの虞も有之べしとの在外帝国大公使の意見も有之、旁慰問使簡派の儀は之を見合はせ、之に代ふるに英・仏文の慰問号壱万五千部を作製し、慰問金と共に聯合国に送付仕候
本会は急劇の事業として此短期間に斯の如き好結果を収め候は、偏に天恩の優渥なるに起因し、家達等感激措く能はざる次第に御座候、玆に本会経過の大要及慰問号を添付し及御報告候也
 - 第48巻 p.572 -ページ画像 
  大正六年十月廿九日  聯合国傷病兵罹災者慰問会
                総裁  公爵 徳川家達
                副総裁 男爵 渋沢栄一
                副総裁    島田三郎
    宮内大臣 子爵 波多野敬直殿


竜門雑誌 第三五七号・第八五頁 大正七年二月 ○白国我が慰問金を受領す(DK480157k-0007)
第48巻 p.572 ページ画像

竜門雑誌  第三五七号・第八五頁 大正七年二月
○白国我が慰問金を受領す 一月廿一日国民新聞の報ずる所に拠れば在ハーブルなる我が安達白耳義公使は、昨年十一月廿一日附本野外務大臣宛にて、我が聯合国傷病兵罹災者慰問会の義捐金を、同国内務大臣に交附したるに、今回右義捐金受領に関するブロツクウイル外相の書翰に接したる旨、同来翰写並に其訳文を添へて報告し来りたるより我が外務省に於ては其旨幣原次官の名を以て、聯合国傷病兵罹災者慰問会副総裁青淵先生に右の趣き通知したりと。


竜門雑誌 第三五八号・第九五頁 大正七年三月 ○我慰問金と伊国民の感謝(DK480157k-0008)
第48巻 p.572 ページ画像

竜門雑誌  第三五八号・第九五頁 大正七年三月
○我慰問金と伊国民の感謝 巴里アヴアー社二月十七日発の電報に依れば、「駐仏日本大使松井慶四郎氏は、東京に於て徳川家達公、渋沢栄一男の、主唱の下に組織せられたる聯合国戦争罹災者救護会より送られたる百五万八千五百七十二法の小切手を受取り、之を仏国外相ビシヨン氏に供託したるに、外相は仏国政府及び全国民を代表して深厚なる謝意を表する旨を各醵金者に伝達せられんことを請ひたり」と。文中聯合国戦争罹災者救護会とあるは、我が聯合国傷病兵罹災者慰問会たること勿論なり。