デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.16

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

2部 実業・経済

3章 商工業
2節 蚕糸・絹織業
4款 関東大震災焼失生糸問題
■綱文

第52巻 p.398-430(DK520043k) ページ画像

大正13年3月29日(1924年)

是ヨリ先、関東大震火災ニ因リ焼失セル横浜在荷生糸ノ損害負担歩合ニ関シ、製糸家・問屋・輸出商間ニ紛議ヲ生ズ。是月下旬、栄一、之ガ裁定者タランコトヲ請ハレテ承諾シ、是日渋沢事務所ニ於テ、牧野忠篤・志村源太郎ト共ニ、製糸家及ビ問屋ノ代表委員ト会見ス。爾後栄一、裁定案ノ作成並ニ生糸取引ノ改善方策ニ関シ種々尽力ス。


■資料

製糸業同業組合中央会史[蚕糸業同業組合中央会史] 同会編 第四二八―四三六頁 昭和七年一二月刊(DK520043k-0001)
第52巻 p.398-402 ページ画像

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蚕糸業同業組合中央会史 同会編 第四三六―四四一頁 昭和七年一二月刊(DK520043k-0002)
第52巻 p.402-406 ページ画像

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竜門雑誌 第四二六号・第四九―五〇頁 大正一三年三月 ○議会解散と財界(DK520043k-0003)
第52巻 p.406 ページ画像

竜門雑誌 第四二六号・第四九―五〇頁 大正一三年三月
 ○議会解散と財界 左は議会解散に対する財界の影響如何に付、二月二日の万朝報に青淵先生談として掲載せるものなり。
 私は政治の事には門外漢だが○中略 此解散によつて財界は混乱する、仮令一割支払にせよ、火保問題も葬られ、横浜の生糸焼失善後策もうやむやとなり、復興計画の目鼻もつかぬ有様である。○下略


集会日時通知表 大正一三年(DK520043k-0004)
第52巻 p.406 ページ画像

集会日時通知表 大正一三年         (渋沢子爵家所蔵)
三月廿四日 月 午前九半時 志村源太郎氏来約(事ム所)
   ○中略。
三月廿九日 土 午前九時 志村源太郎氏外数氏来約(事務所)


(志村源太郎)書翰 渋沢栄一宛 (大正一三年)三月二五日(DK520043k-0005)
第52巻 p.406 ページ画像

(志村源太郎)書翰 渋沢栄一宛 (大正一三年)三月二五日
                      (渋沢子爵家所蔵)
拝啓 兼て御耳に入れ候焼失生糸問題に関する製糸家・問屋及輸出商側之意見不取敢御参考まてに御手許に差上け候、尚ほ横浜の問屋及輸出商の営業取扱高調添附致置候間、何卒御高覧被成下度願上候 敬具
  三月廿五日                志村源太郎
    渋沢子爵殿閣下
   ○添付書類ハ参考資料中ノ文書ト同ジ。


(今井五介)書翰 渋沢栄一宛 大正一三年三月二九日(DK520043k-0006)
第52巻 p.406-407 ページ画像

(今井五介)書翰 渋沢栄一宛 大正一三年三月二九日
                      (渋沢子爵家所蔵)
             (別筆朱書)
             大正十三年三月二十九日今井五介氏来状
拝啓 春寒料峭之候益々御清穆之段奉慶賀仕候
陳者兼々御承知之上乍蔭御配慮を蒙り居り候昨夏震火災之際焼失せる生糸処分並ニ横浜市場改善問題ニ対し、昨夏以来関係者数十回相会し接衝を重ねたる処、其帰着する処を見出す事を得さりしを以て、甚御
 - 第52巻 p.407 -ページ画像 
迷惑様之御事とは存候得共、志村氏を介し御懇願申上たる処、御聞済み被下候趣敬承同業者一同大ニ感謝する処ニ御坐候
右ニ付今朝御指定之時間午前九時ニ丸ノ内御事務所ニ相伺可申自動車にて出発致し候処、折悪敷途中にてパンク為に御指示之時刻ニおくれ遂ニ尊顔を拝し御高説を拝聴するの機会を失し遺憾至極ニ奉存候
実は早速御都合相伺拝芝之上愚見陳情且御高説拝聴可仕之処、生憎と国元ニ不得止要件相生し、今夜々行にて帰国数日間滞在仕り度候ニ付御詫旁御挨拶申上度如此御坐候 敬具
  三月廿九日               今井五介
    子爵 渋沢栄一閣下


集会日時通知表 大正一三年(DK520043k-0007)
第52巻 p.407 ページ画像

集会日時通知表 大正一三年         (渋沢子爵家所蔵)
四月一日 火 午後二時 志村源太郎・牧野両氏来約(事務所)
   ○中略。
四月七日 月 午前九時 渋沢義一氏来約(飛鳥山)


中外商業新報 第一三六七四号 大正一三年四月二日 焼失生糸の善後問題 漸く解決の曙光を認む 渋沢子・牧野・志村三氏の凝議で(DK520043k-0008)
第52巻 p.407 ページ画像

中外商業新報 第一三六七四号 大正一三年四月二日
    焼失生糸の善後問題
      漸く解決の曙光を認む
        渋沢子・牧野・志村三氏の凝議で
焼失生糸善後策の仲裁方を引受けた渋沢老子爵は、一日午後二時頃から丸の内渋沢事務所で蚕糸業同業組合中央会の牧野・志村正副会頭と会見し、予て志村氏の手許において取まとめられて居た各種の材料並びにこれに対する同氏の意見等を基礎とし、如何なる方法を以て解決の歩を進めるを可とすかとの大体方針に付いて凝議した所、たゞ単に焼失生糸の解決をなすと云ふことだけでは到底円満な結果は覚つかないから、是非共本邦蚕糸業今後の改良発展と云ふことをも包含せしめねばならない、それにはなほ充分考慮するの必要があるとの理由で何等具体的の成案を見るに至らず、更に来る五日の午後一時から会合協議することゝし同四時過ぎ散会


(明石照男)書翰 渋沢栄一宛 大正一三年四月五日(DK520043k-0009)
第52巻 p.407-408 ページ画像

(明石照男)書翰 渋沢栄一宛 大正一三年四月五日 (渋沢子爵家所蔵)
              (別筆朱書)
              大正十三年四月五日明石照男氏来状
拝啓 先夜ハ夜深参上失礼仕候、焼失生糸ニ関聯せる問題ニつきてハ日夜御苦心御推察申上候、御内示の件ニつきてハ製糸家・問屋及輸出商より損失分担の割合ニ異議無之や、又各団体より一致の行動を取り得るや否や疑はしと雖も、此以外新会社設立案ニつきても唯思ひ附候疑点を挙ぐるも左の通りニ御坐候
一、製糸家ニ果して出資の力ありや如何、製糸家ニハ空論家多きも其資金ハ固定して新会社の株式ニ投資し得るもの果して幾人ぞ
一、問屋の暖簾の評価の困難ハ何とかして打勝ち得るとするも、新会社の資力は此評価格をも包容するニ充分なりや否や、且又一会社となりて合同経営することの利害を徹底せしめ得らるゝや否や、仮令之を為し得たりとするも多年の家業を犠牲に供する決心を透
 - 第52巻 p.408 -ページ画像 
徹せしむることハ容易の業に非るべし、更ニ二・三有力筋より合同を肯んぜず独立営業する場合ハ如何
一、輸出商の新会社ニ対する関係ハ焼失生糸の問題を除きてハ利害相半するニ非る乎、新会社ニして確実ならバ、焼失生糸の損失負担の幾分かが軽減するものとして輸出商ハ大体ニ於て賛成すべけれど、利害中々ニ錯綜せるを以て更ニ此点も亦考慮を要すべし
一、銀行か此震災前の債権をば如此条件ニて如此会社の債務に乗替ふることを承諾すべきや否や
  又、最高一億数千万円ニ上ると称せらるゝ所謂製糸資金をバ、今後如此会社の手を経て放出することを肯んずるや否や(勿論製糸資金の全部ニ非ず、従来ハ製糸資金の大部分が何等かの形式ニ於て問屋の手を経居れり)
一、政府ハ国費多端の折柄新会社ニ対して十二分の出資、又ハ的確なる保証を敢てするや否や、見積書ニ示す三千五百万円の低資のみを以てしてハ、多大の債務を背負つて立つ新会社の経営ハ中々困難なるべく、又問屋も銀行も非常なる犠牲を払ふ代償として満足を表せざるべし
右ハ一件書類を昨朝既ニ御返却申上候まゝ記憶を辿りて今夜在宅を幸ニ全然私見の疑義を秩序もなく書列ねたるまでに有之、御参考と不相成とも御高覧被下候はゞ望外ニ御坐候 敬具
  四月五日夜                   照男
    渋沢尊大人膝下
 二伸○略ス


(志村源太郎)書翰 渋沢栄一宛 大正一三年四月五日(DK520043k-0010)
第52巻 p.408-409 ページ画像

(志村源太郎)書翰 渋沢栄一宛 大正一三年四月五日 (渋沢子爵家所蔵)
             (別筆朱書)
             大正十三年四月五日志村源太郎氏来状
拝啓 昨日横浜輸出商総代弐名参リ、横浜生糸・内外綿花二会社ハ終ニ裁定一任ニハ賛同難致事ニ決定候間、残余五名丈裁定依頼致度、且輸出商も政府低利資金ニ均霑候様配意希望之旨懇談有之候間右御了承可被下候
前記二会社不参加之理由ハ、看貫未済の「引込中」の生糸ニ対してハ全然何等の責任なきものと信ずる故、裁定一任の結果何等かの負担を生ずる様相成候而者株式会社の事にも有之、迷惑候ニ付参加致兼候由ニ御座候
引込中生糸の問題は法律家の意見も二分し最困難の者ニ御座候間、小生ニ於而も昨日及本日尚法律家(乾博士)及中央会幹部連中の意見相尋攻究中ニ有之候、従而先頃申上候原案ニ変更を来す義も可有之、予メ御了承相願候
又輸出商希望の政府低利資金均霑の義採用の場合には、対銀行償却金高弐千五百万円ハ参千弐参百万円と相成可申《(〔原註〕此分も一梱ニ付六百円の融通として)》
従而低利資金供給にも増額を必要とする義も可有之被存候、是亦御了承被下度候
尚小生義十一日出発九州へ旅行之予定ニ候間、次回御面会ハ可相成七日ニ御決定被下候ハヽ好都合と存し候
 - 第52巻 p.409 -ページ画像 
右取急乱筆申上候 草々頓首
  四月五日                志村源太郎
    渋沢子爵閣下


集会日時通知表 大正一三年(DK520043k-0011)
第52巻 p.409 ページ画像

集会日時通知表 大正一三年      (渋沢子爵家所蔵)
四月八日 火 午前九時 牧野子・志村源太郎氏ト御会談ノ約(飛鳥山邸)
四月九日 水 午后一時 首相官邸御訪問(同官邸)


中外商業新報 第一三六八一号 大正一三年四月九日 焼失生糸問題 解決遅延 仲裁案は十日(DK520043k-0012)
第52巻 p.409 ページ画像

中外商業新報 第一三六八一号 大正一三年四月九日
    焼失生糸問題
      解決遅延
        仲裁案は十日
焼失生糸問題の調停者渋沢・牧野両子爵及び志村源太郎氏は九日午前九時から王子の渋沢子邸に会合して種々協議したけれど、ある一点に就て尚慎重考慮しなければならない事に逢着した、従つて仲裁案の確定を見るに至なかつたから、牧野・志村の両氏は午後一時半から蚕糸業中央組合中央会事務所に、同会実行常務委員となつてゐる製糸家及び問屋側の代表者十数名と会見し、志村氏から仲裁案作成の経過並びに提示さるべき仲裁案は渋沢子よりの案なれば、各当事者共何等の異議をさしはさむことなく賛成され度いと其実行方を懇談し、若しこれが実行されない以上は仲裁者は手を引くの止むなきに到るであらうと大体方針を報告して同三時散会したが、三仲裁者は更に十日午前中今一度会合して最後の決定をなした上、同日午後三時から中央会実行常務委員にこれを提示する筈であると


中外商業新報 第一三六八二号 大正一三年四月一〇日 焼失生糸善後の解決策案頓挫 政府調停者の要望を容れず(DK520043k-0013)
第52巻 p.409-410 ページ画像

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中外商業新報 第一三六八三号 大正一三年四月一一日 焼失解決策骨子 仲裁者立案の共栄蚕糸会社(DK520043k-0014)
第52巻 p.410-411 ページ画像

中外商業新報 第一三六八三号 大正一三年四月一一日
    焼失解決策骨子
      仲裁者立案の共栄蚕糸会社
渋沢・牧野両子爵および志村の三仲裁者の手で作成された焼失生糸問題の解決案は、既報の如く同案実行上の基本たる低利資金供給方に付き政府当局の承諾を得ず、頓挫のやむなきに至つたが、三仲裁者が十日蚕糸中央会の実行常務委員に左の案を提示したので、製糸家・問屋輸出者等の代表者十数名は午後二時から同会事務所に参集して協議し同案骨子は現在横浜問屋の取扱ふ生糸数量を一ケ年五十万コリ、価格を一コリ当一千百円とし、手数料を千分の八半と見て、一ケ年の総手数料は四百六・七十万円となり、この内三分の二を諸入費として消失されるから問屋の純益が百五十万円内外に過ぎないが、これを会社に移して大規模に取扱へば、入費は問屋が個々に営業する時よりは約三分の一位に節約される結果、純益を三百万円以上にのぼせ、これを以て焼失生糸の損害てん補に振り向けやうとの趣意で一会社を設立せんとするにある、しかしてこれに対する各方面の態度はまだ決定しないが、横浜側の如き参加を拒絶するに至らずやと見られてゐる
      共栄蚕糸株式会社要綱
 一、問屋及製糸家は共存共栄の精神を以て焼失生糸の損害補償の方法を立つると共に、生糸貿易の発展を計るため将来を達観して此際販売組織に一大改善を加ふること
 二、右の目的を達する為め問屋及製糸家は成る可く多数結合して株式会社を造り、問屋業務を大規模かつ経済的に経営し費用の節約を計ること
 三、従来の問屋営業の利権は評価委員の評価に依り新会社之を買収すること
 四、会社の資本金を弐千万円として之を弐拾万株に分ち、問屋及製糸家各同数即ち十万株づゝを引受くること、問屋引受の十万株はその営業の利権買収に振当て、不足額は五分利付社債券を交付すること
 五、会社は左の事業を営むこと
  (イ)製糸家の委託を受け生糸の販売を為すこと、(ロ)株主たる製糸家に対し資金の融通、生糸荷為替の受払を為すこと、(ハ)倉庫業
 六、会社の利益配当を当分年八朱に止め、その残余金を焼失生糸の
 - 第52巻 p.411 -ページ画像 
損害補償に充つること、但一半は損害額に、一半は生糸出荷数に按分すること、焼失生糸の損害補償完了したる後は、前項残余金の一半を生糸出荷数に応じて株主たる委託者に割戻し、一半を株主に配当すること(本項の補充を為す外に製糸家はその焼失生糸に関する債務額に応じ出荷一コホリに付若干の積立を為すこと)
 七、株主たる製糸家は左の区別に依りその生産する生糸の販売を会社に委託すること、但内国用の生糸は此限にあらず
 (イ)年産額三千コホリ未満のものはその全部、(ロ)年産額三千梱以上のものはその三分の二以上、但一工場の生産に係るものはその全部たるべきこと
 八、委託されたる生糸は特に指定あるものゝ外販売の時期・数量・価格または売先きに付会社の自由裁量に任ずること
 九、問屋営業の利権を会社に譲渡したる者は同種営業若くは類似営業を為し、または此等に関し他人の事業に援助するを得ざること
 十、株主以外の者に株式を譲渡せんとするときは役員会の承認を受くること


集会日時通知表 大正一三年(DK520043k-0015)
第52巻 p.411 ページ画像

集会日時通知表 大正一三年       (渋沢子爵家所蔵)
四月十一日 金 午前八半時 今井五介氏外来約(アスカ山)
四月十二日 土 午前九時 原富太郎・渋沢義一両氏来約(飛鳥山)


中外商業新報 第一三六八四号 大正一三年四月一二日 焼失生糸解決の促進方を懇請 今井・工藤氏等が(DK520043k-0016)
第52巻 p.411 ページ画像

中外商業新報 第一三六八四号 大正一三年四月一二日
    焼失生糸解決の
      促進方を懇請
        今井・工藤氏等が
渋沢・牧野・志村の三仲裁者の手で作成された焼失生糸の解決案は、既報の如くその実行上の基礎となつて居る低利資金の供給方に就て、容易に政府当局の承諾を得る能はず、こゝもと行き悩みの状態に陥つた、これがため蚕糸業同業組合中央会実行常務委員中の今井五介氏・工藤善助氏外四名は十一日午前八時半王子の渋沢子邸に子爵を訪問し仲裁者の中枢人物となつて居る志村氏が暫く旅行不在中なるにせよ、焼失生糸の解決は焦眉の急を要する問題であるを以て、なるべく早く解決する様尽力せられたきこと、及び銀行方面へも充分諒解する様交渉されたきこと、また政府に対しても極力援助方の諒解を求むることの三点を懇談し、午後は蚕糸中央会事務所へ牧野会長の出席をわづらはして同様の依頼をなした


(渋沢義一)書翰 渋沢栄一宛 大正一三年四月一二日(DK520043k-0017)
第52巻 p.411-412 ページ画像

(渋沢義一)書翰 渋沢栄一宛 大正一三年四月一二日
                    (渋沢子爵家所蔵)
              (別筆朱書)
              大正十三年四月十二日渋沢義一氏来状
拝啓 倍々御清栄奉賀候、今朝ハ原氏と同道参堂長座失礼仕候、さて其節貴意を得候焼失生糸並に夫に附随せる問題に関し、当地問屋の重立ちたる者数名親しく御面語事情具陳致《(晤)》し度様申上候処、幸に御了承被下成候に付てハ、来る十五日午前九時迄に王子御邸へ渡辺・小野外
 - 第52巻 p.412 -ページ画像 
両三名参上仕度候間、何卒御引見被下度、此段予め申上度如此に候
                         敬具
  四月十二日               渋沢義一
    渋沢子爵閣下
 尚御申聞の製糸家工藤・小口・越氏ハ十四日午前八時半迄に参堂可仕候


中外商業新報 第一三六九一号 大正一三年四月一九日 焼失生糸問題善後の低資借入要求額 裁定者は最低三千五百万円希望(DK520043k-0018)
第52巻 p.412 ページ画像

中外商業新報 第一三六九一号 大正一三年四月一九日
    焼失生糸問題善後の
      低資借入要求額
        裁定者は最低三千五百万円希望
 政府当局は焼失生糸問題解決の調停者たる渋沢・牧野・志村三氏の手で作成された共栄蚕糸会社及び同案実行の基本となつて居る低利資金の供給方について、目下種々考究してゐるが、十八日には大蔵省は吏員を蚕糸業同業組合中央会に派して、裁定案作成の経過よりその内容にわたつて詳細な取り調べを行ひ、他方中央会の高島主事が農商務省の招集に接して長満農務局長を訪問し、共栄蚕糸会社案の内容、低利資金の供給方に付いて説明懇談するところあつた、右共栄蚕糸会社案の内容は既報の通り、横浜問屋の営業権を買収して問屋業務を経営する傍ら、倉庫業をも兼営して、年額約二百十二万円の純益を挙げ、会社で引受くべき焼失生糸損害額二千五・六百万円を八ケ年賦で償却せんとするのであるが、この償却上前記の純益金だけでは約百五十万円方の不足を生ずるので、政府から低利資金の融通を受け、これを運用して三、四歩の利鞘をうみ出して塡補しやうと云ふのである、しかして裁定者の希望する低資借入高は、従来横浜問屋が各製糸家に融通せる前資金や為替金に最低五千万円の資金を要する実況から見て、最低三千五百円と見積つてゐるが、この外に政府の諒解を得て普通金利で千五百万円の融通をも懇請してゐる、これに対し農商務当局は共栄蚕糸会社案並びに低資融通に対し大体異存ない様であるが、大蔵当局は低利資金の利ざやを以て損害を塡補することについては理論上根本的に容認すべからずと反対してゐる模様であるが、然し大蔵当局とて蚕糸界の現状を知悉してゐることであるから、結局は会社の内容に変更を加へさせ低資融通を認容するに至るであらうと見られて居る


集会日時通知表 大正一三年(DK520043k-0019)
第52巻 p.412 ページ画像

集会日時通知表 大正一三年       (渋沢子爵家所蔵)
四月廿四日 木 午前十一時 志村源太郎氏来約(事務所)
   ○中略。
四月廿八日 月 午後二―三時 志村源太郎氏来約(芝協調会館)
四月廿九日 火 午后十二半時 清浦首相御訪問、志村源太郎氏同道(官邸)
   ○中略。
五月三日 土 午后三時 志村源太郎氏・牧野氏来約(アスカ山)

 - 第52巻 p.413 -ページ画像 

中外商業新報 第一三六九九号 大正一三年四月二七日 共栄蚕糸会社設立案中低資運用方精査 その上で焼失生糸問題に対し農商務方針決定(DK520043k-0020)
第52巻 p.413 ページ画像

中外商業新報 第一三六九九号 大正一三年四月二七日
  共栄蚕糸会社設立案中
    低資運用方精査
      その上で焼失生糸問題に対し
        農商務方針決定
農商務省は廿六日午後一時半から富士見町農相官邸において焼失生糸問題に関する協議会を開催、前田農相・鶴見次官・長満農務・四条工務・松村商務の各局長及び関係官吏出席、先づ長満農務局長から志村氏の蚕糸共栄会社案が生るゝに至るまでの経過並びに志村氏の蚕糸共栄会社案の内容について大体の説明あり、次いで直に同案を議題として長満局長と鶴見次官、松村・四条両局長との間に
 一、焼失生糸救済資金として三千五百万円を融通され度しとのことであるが、右金額は適当であるか
 一、若し右金額を融通するものとすれば、その運用方法は如何にするか
等について意見の交換を試みたが、志村案はその趣旨において時節柄好適ながら、何分にもその綱領を示してゐるだけで、低資三千五百万円の運転方法の如きに就ては何等具体的の説明を欠くので、兎に角今一応志村氏若くは渋沢子と会見し、親しくがい案の内容を聴取し、その説明に基いて重ねて商議を開催することとし午後五時散会した、尚ほ右の結果長満局長は廿八日渋沢・志村両氏中の一人と会見する筈


(渋沢義一)書翰 渋沢栄一宛 大正一三年四月二八日(DK520043k-0021)
第52巻 p.413 ページ画像

(渋沢義一)書翰 渋沢栄一宛 大正一三年四月二八日
                   (渋沢子爵家所蔵)
                (別筆)
                大正十三年四月二十八日
                    渋沢義一氏来状
拝啓 暮春の候に候処此頃ハ御不快の御趣新聞紙上にて散見仕候に付てハ御容態如何に御座候や、折角御自愛祈上候、さて先頃来非常なる御配慮蒙り居候生糸市場改善に関し、彼の志村氏案なる共栄会社の事に付てハ、製糸家・問屋・銀行方面の意見は夫ゝ御聴取被下候事とハ存候へ共、輸出商側に於てハ右会社成立の暁ハ従来の如く多数の売手ハなくなり、只一間《(軒)》の売手と可相成関係上是を「トラスト」視し、相当内外人輸出商間に反対の声も有之、夫を此儘に不問に附し置けば或ハ米国機屋にも誤解起り、時節柄面白からざる事も起り得べきかとも被考、其辺原氏も憂慮せられ居候に付てハ、一応三井・日本棉花・生糸会社・原等有力輸出商御招見、意見御聴取方極めて必要事かと被存候間、右御考慮の上可然御願申上候 敬具
  四月廿八日                 渋沢義一
    渋沢子爵閣下
            座右


中外商業新報 第一三七〇三号 大正一三年五月一日 共栄蚕糸の低資運用方法 返済方法と共に農商務省へ提出(DK520043k-0022)
第52巻 p.413-414 ページ画像

中外商業新報 第一三七〇三号 大正一三年五月一日
    共栄蚕糸の低資運用方法
      返済方法と共に農商務省へ提出
 - 第52巻 p.414 -ページ画像 
焼失生糸問題の裁定者たる志村源太郎氏は、農商務省の要求に依り、共栄蚕糸会社の資金運用方法、並びに借入資金の返済方等に関する詳細な目論見書を、三十日長満農務局長の手許へ提出した、右資金運用方法の
 概要 を聞くに、先づ会社の保有せんとする運転資金の総額は、政府より低利資金として融通を受くべき三千五百万円、会社の払ひ込み株金中運転資金に振向け得るもの三百五十万円及び政府援助の下に日銀若くは勧銀の手を通じて借受くべき普通資金千五百万円、合計五千三百五十万円であるが、その内から九月中旬頃の貸出し高は最高となり運転資金五千三百五十万円全部を貸出すことになる、それから以後前資金は順次回収に向ひ、翌年五月末までに完済せしめると云ふ仕組である、次に会社の借入金返済方法は、政府貸下の低利資金を八ケ年据置き、その間に会社が引受くべき焼失生糸の損失高約二千五百万円を償却し、その後最早低利資金の必要がなくなるから、これを普通資金に借替へ、二ケ年間に低利資金を返還する、また問屋業務買収のため発行する社債七百五十万円は十ケ年間据置き、会社設立より十一ケ年目即ち低利資金返還済み翌年から毎年利益金中から約五十万円づゝ償還し、十五ケ年間に完済しやうと云ふのである
    共蚕へ貸出の
      資金利子歩合
        五分が適当かと当局の観測
別項の如く志村源太郎氏より共栄蚕糸会社の資金運用方法明細書の提出を受けた長満農務局長は、早速関係官とこれが査定に着手したが、大体において妥当と認められるので、一日に前田農相の裁断を仰ぎ、その決定を待つて大蔵省と協議し急速解決に務むる方針であると、なほ政府より同社に貸出すべき低資の利子は未だ決定しないが、裁定者等が政府の貸付けと蚕糸共栄会社の貸付との間に三分五厘の利鞘を生ずるものたることを希望して居ることを認むるとすれば、年利五分見当のものとなるであらうと


中外商業新報 第一三七〇五号 大正一三年五月三日 共栄蚕糸会社案に対する当業者の態度如何 仲裁者は先づ之を確める(DK520043k-0023)
第52巻 p.414-415 ページ画像

中外商業新報 第一三七〇五号 大正一三年五月三日
    共栄蚕糸会社案に対する
      当業者の態度如何
        仲裁者は先づ之を確める
焼失生糸の処分問題に関聯する共栄蚕糸会社案及び三千五百万円の低利資金融通方に就て、農商務当局は大体妥当であるとしてこれを認容する意向であるに反し、大蔵当局はまだ何れとも態度を決定して居ないが、兎に角も調停者側の方針としては、当業者から委任せられた事項は単に焼失生糸損害の分担歩合を裁定することだけである、併し従来種々の弊害や欠陥ありと認められて居る所の生糸取引を改善し、蚕糸業の発展を図ると云ふ方策が講ぜられて居ないから、たゞ分担歩合の裁定案を作成して焼失生糸の解決を付けるだけでは斯業の発展は望まれないので、分担歩合の裁定案を作成して提示する一方、当業者に対してこの際裁定案を実行するより、斯かる方法を講じてはどうかと
 - 第52巻 p.415 -ページ画像 
云ふ意味の勧告案として、生糸取引の改善を行ひ蚕糸業の発展を図ると同時に、焼失生糸の損害を塡補し得られる如き共栄蚕糸会社案を提議したのであつて、同案に対する政府の大体の内意を聞いた上で当業者にこれを提示する考へであつた、然るに当業者中にこれに反対するものありはしないかとの懸念が、大蔵当局の意向を決定せしめる上に大なる障害となつて居る模様であるを以て、調停者は一両日中に分担歩合の裁定案と共栄蚕糸会社の勧告案を提示して当業者の態度を取まとめた上、更に当業者をして直接政府に交渉せしめることになるが如き形勢である


時事新報 大正一三年五月三日 共栄蚕糸会社の目論見書修正さる 焼糸損失補填額を確定す(DK520043k-0024)
第52巻 p.415-416 ページ画像

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中外商業新報 第一三七〇六号 大正一三年五月四日 焼糸損害分担率裁定案発表 一両日中に裁定者から(DK520043k-0025)
第52巻 p.416 ページ画像

中外商業新報 第一三七〇六号 大正一三年五月四日
    焼糸損害分担率
      裁定案発表
        一両日中に裁定者から
焼失生糸問題の裁定者牧野子爵及び志村源太郎の両氏は三日午後三時渋沢子爵を王子の私邸に訪問して種々協議した結果、いよいよ焼失生糸損害分担歩合に関する裁定案並びに共栄蚕糸会社設立の勧告案を取急ぎ当業者に発表して賛否の意向を取まとめることに大体の決定を告げたから、一両日中に蚕糸業同業組合中央会実行常務委員中の特別委員を招集して、右の両案を提示する筈である



〔参考〕蚕糸業同業組合中央会史 同会編 第四四八―四五一頁 昭和七年一二月刊(DK520043k-0026)
第52巻 p.416-419 ページ画像

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〔参考〕蚕糸業同業組合中央会史 同会編 第四五一―四五五頁 昭和七年一二月刊(DK520043k-0027)
第52巻 p.419-421 ページ画像

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〔参考〕蚕糸業同業組合中央会史 同会編 第四五五―四六〇頁 昭和七年一二月刊(DK520043k-0028)
第52巻 p.421-425 ページ画像

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〔参考〕蚕糸業同業組合中央会史 同会編 第四六〇―四六五頁 昭和七年一二月刊(DK520043k-0029)
第52巻 p.426-430 ページ画像

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