渋沢栄一「実験論語処世談」について

公開日:2017年3月8日

 渋沢栄一(しぶさわ・えいいち、1840-1931)は、幼少の頃から『論語』に親しんでいましたが、実業に従事するようになった1873(明治6)年以降、『論語』を人生の指針としました。栄一の事績に関する資料集『渋沢栄一伝記資料』の中には、『論語』について語ったものが数多く収載されています。

 その中のひとつ、「実験論語処世談」は1915(大正4)年6月から1924(大正13)年11月にかけ雑誌『実業之世界』に連載され、ほぼ同時期に竜門社の機関誌『竜門雑誌』に転載された栄一の談話筆記です。論語章句と読み下し文に続いてその解釈が語られ、多くはその後に実体験(実験)に基づく処世談が掲載されています。話はおおむね論語の篇章順に進められますが、残念ながら連載は「衛霊公第十五」の途中で途切れてしまいました。連載中の1922(大正11)年には、それまでの記事をまとめた書籍版『実験論語処世談』が刊行され、後に多くの版を重ねました。

 記事には『論語』に関する逸話として、豊臣秀吉徳川家康松平定信など歴史上の人物、栄一と同時代を生きた西郷隆盛大久保利通井上馨徳川慶喜大隈重信など「人」に関する話題が豊富に盛り込まれています。当時の新聞では、書籍版について「一面子爵 [渋沢栄一] 自身の言行録であると共に、一面明治大正年間に於ける子爵の関係人物に対する道義的批判をも含んでをる」(注1)と紹介されています。その他にも、小見出しには大日本人造肥料養育院協調会理化学研究所のような事業名なども見ることができ、本文ではさらに多くの事柄が語られました。徳富蘇峰(とくとみ・そほう、1863-1957)は書籍版に接し、「特に渋沢老人の如き、歴史付と云はんよりも、歴史其物の談話は面白い。渋沢翁は懸値なき所が、歴史だ。正札付の歴史だ。」(注2)と書いています。

 「実験論語処世談」は「論語に就いては代表的」なものとして『渋沢栄一伝記資料』に収載されました。『論語』にまつわる栄一の著述というと『論語と算盤』(1916年初版)や『論語講義』(1925年初版)などが有名ですが、『渋沢栄一伝記資料』にほぼ全文が収載されている唯一のものとして「実験論語処世談」はユニークな位置を占めています。

(注1)「出版界」(『東京朝日新聞』1923年1月9日付朝刊)

(注2)蘇峰生「修史余筆(十八) : 渋沢翁と論語」(『国民新聞』1923年8月28日付)。この記事の全文は『竜門雑誌』第429号(竜門社, 1924.06)p.65-66に転載され、さらに『渋沢栄一伝記資料』第41巻(渋沢栄一伝記資料刊行会, 1962.01)p.359-360(DK410088k-0012)に収載されたが、オリジナルとは句読点や段落の位置等について異同がある。