デジタル版「実験論語処世談」(47) / 渋沢栄一

1. [淳樸の風興れば協調会は不要]

じゅんぼくのかぜおこればきょうちょうかいはふよう

(47)-1

君子篤於親。則民興於仁。故旧不遺。則民不偸。【泰伯第八】
(君子親に厚ければ則ち民仁に興り。故旧を遺れざれば則ち民偸《うす》からず。)
 此句の本旨とする所は、民を化するには始めを修むるに在りと云ふので、一国の天子となるものが心懸けねばならぬ事を説かれたものである。三島先生の説も其の通りであるが、又亀井南冥先生が論語語由に於て、「尭舜率天下以仁。而民従之是也」と大学の句を引用し説明されたのも、矢張り同じ意見である。君子たるものが親に篤ければ、人民一般も自然と之に感化されて親に篤くなり、民の風が勃然として興るに至り、八ケ間敷法制とか禁令とか云ふには及ばなくなる。一家の内に於てもさうであつて、主人が親切であれば、子供や僕婢も之れに倣つて親切になり、若し之れに反して主人が不親切であり軽薄であれば、之れに従つて子供や僕婢も亦不親切となり軽薄となつて来る。是等は極く小さい例であるが、上の者の行ひが自然下の者の行ひの規範となるべき点に於ては等しいのである。而して茲に親と言ふのは、単に親と云ふ意味ではなく、祖先は固よりの事、親戚故旧を指して言ふのである。
 次に「故旧を遺れざれば民偸からず」とは、自然一般の民風が軽薄にならずして極く情愛に富むことを云ふのである。是も其通りであつて、一国の主たる君子が極く情に篤いと云ふと是に従ふ所の人民も亦随つて情に篤くなり、軽薄の気風は次第に消滅して了ふのである。而して斯くの如き風は独り大なる国家に於てのみならず、小にしては会社、銀行に於ても其通りである。夫々其上に立つ人のやり方如何に依つて其下に居る人々の風習を如何様にでもする事が出来るのである。
 例へば三井、三菱の如きもさうであつて、初め三菱は英吉利風で凡ての事を行ひ、三井は亜米利加風で何事も処理して居つたが為に、自然夫れが会社の社風を成すに至つて各〻特徴を有すると云ふ工合である。私の長く経営して居つた第一銀行の如きも矢張一つの特徴を有して居る。新進の風には乏しいけれども、論語の主旨の通り、親に篤く故旧を遺れずと云ふ主義を以て、終始一貫第一銀行の行風として来た積である。されば、今でも第一銀行に於ては多数の行員が恰も親戚ででもあるかの如く情に篤く、お互ひが親切に交際して居る。私の関係して居つた所の事を言ふのは余り面白くないかも知れぬが、之れは私が確く信じて居る事であつて、少しも誇張するが如き事は無いつもりである。
 又、斯くの如き淳朴の風習を一般の工業会社等にも盛にして、お互ひの交情を篤くし、上に立つ者が先に立つて手本を示すと云ふ事になれば、今頃八ケ間敷なつた労働問題も喧々囂々の声を静め、協調会等と云ふものも、必要が無くなつて来る。況んやストライキ等の起りやうがないのである。
 されば大は一国を始めとして一会社一工場一家に於て、上に立つものが斯くの如き風習を盛んにすることに努めたならば、天下を挙げて悉く淳朴の風に満ち、平和の世と化して夫々生を楽しむ事が出来るのである。今日世間一般の風習が漸次軽薄になつて行くと云ふことは、誠に遺憾の事と言はねばならぬ。

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デジタル版「実験論語処世談」(47) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.366-370
底本の記事タイトル:二九七 竜門雑誌 第三七八号 大正八年一一月 : 実験論語処世談(第四十七回) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第378号(竜門社, 1919.11)
初出誌:『実業之世界』第16巻第10号(実業之世界社, 1919.10)