デジタル版「実験論語処世談」[69a](補遺) / 渋沢栄一

3. 賢を挙ぐるを忘るゝな

けんをあぐるをわするるな

[69a]-3

子曰。臧文仲其窃位者与。知柳下恵之賢而不与立也。【衛霊公第十五】
(子曰く臧文仲はそれ位を窃む者か、柳下恵の賢を知つて、而るに与に立たざるなり)
 本章は、臧文仲の賢を挙げ用ゐさせないことを咎めたのである。
 臧文仲は魯の僖公、文公を助けて政なして居ること長年である。故に上位にある彼は、賢者を君に薦めて用ゐさせなければならぬのに、臧文仲は柳下恵の賢者であることを知りながら、これを推薦しなかつたのは、位を窃む者と云ふことが出来ると云はれたのである。
 柳下恵の家は柳樹の下にあり、身恵徳を行つたので柳下恵と称したと言はれて居る。魯に仕へて士師となり、卒して恵と諡したと、孟子は柳下恵は聖の和なる者であると言つて居る。論語の微子篇にも柳下恵は士師となり、三度踆らる、人曰く子未た[だ]去るべからざるかと、然るに柳下恵は道を直くして人に事へば、焉くに往いて三度踆へられやう、道を枉げて人に事へば、何ぞ必ずしも父母の邦を去らんやと言つて居る程の真直な人である。
 曾て文仲が爰居(烏名)を祭つたので、恵は之れを譏つたことがある。文仲之れを聞いて成る程これは己れが過ちであつたと云ふこ[と]を言つて居るから、文仲は恵の賢を知つて居ることは事実である。而して之れを用ひしめないのは、文仲の過ちと云ふべきである。

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デジタル版「実験論語処世談」[69a](補遺) / 渋沢栄一
底本(初出誌):『実業之世界』第21巻第11号(実業之世界社, 1924.11)p.17-19
底本の記事タイトル:実験論語処世談 第二百六十三回 自ら厚うして薄く人を責めよ / 子爵渋沢栄一