デジタル版「実験論語処世談」[69a](補遺) / 渋沢栄一

実験論語処世談 第二百六十三[百三十三]回 自ら厚うして薄く人を責めよ
『実業之世界』第21巻第11号(実業之世界社, 1924.11)p.17-19

子曰。人無遠慮。必有近憂。【衛霊公第十五】
(子曰く、遠き慮り無ければ、必ず近き憂あり。)
 本章は、人に慮りなければならぬと云ふたのである。
 それ程深い意味があるのでなく、現在無事であると思つて心に油断をして、将来はどう云ふことが出来るかを考へないで居ると、憂ふべきことが眼の前に来ることがある。故に現在や、目前のことのみでなく、遠き将来のことを考へて居らねばならぬ。若しさうでないと近き将来に憂ふべき事が出来るものであると説いた。
子曰。已矣乎。吾未見好徳如好色者。【衛霊公第十五】
(子曰く、已ぬるか、吾未だ徳を好むこと色を好むが如き者を見ざるなり)
 本章は、前の子罕篇に出たもので、唯異る所は已矣乎の語が多い丈けである。そしてこの已矣乎は歎声であつて、本当に心の底から徳を好んで居る者はないと絶望の歎声を洩らしたのである。孔子の時代も既にさうであつたが、今の有様を見ても、世間には真に徳を好むで、心から湧き出て、徳を行ふやうな者はない。
子曰。躬自厚而薄責於人。則遠怨矣。【衛霊公第十五】
(子曰く、躬自ら厚して薄く人を責むれば、則ち怨みを遠ざく。)
 本章は、己れを責むべきを言ふたのである。
 己れを責むること厚く、完全なることを求めて止まなかったならば、身は益々修まる。又人を責むること薄くして、完全なることを望まないならば、人の怨みを受けることがないものである。
 韓退之の「原毀」と云ふ処にも、古の君子は己れを責むるに重くして十分なることを欲するが、人に対しては軽くして満足することを望まない。己れを責むることが重いと修養を怠らない。又人に対しては満足を期しないから、人は善をなすことを楽しむものだ。舜は仁義の士となつたのは、己れを責むることが大で、彼れも人である我も人である、彼の能くする所、我是れを能し得ない事はないと云ふ様に、努力した。又周公は才芸の人であつたのは、己れを責めて我も人である彼も人である、彼れの能くする所我が能くしないことはないと努力して、そして何れも大聖人となつた。我が舜や周公の如くならないのは、我の病であるとなし、己れを責むること重くなければならぬ。それと同時に彼れは人である。そして此の長所がある、から之れを発達させるやうにするがよい。即ち其の一を取つて其の二を責めないやうにして善に進むやうにすべきである。
 然るに今日の君子は人を責むるや詳であるが、己を待つに廉である。故に詳なれば人は善を為すことを難しとするに至るが、それに反して廉であると自ら取ること少いものである。己れはまた善がないから之れを善くしやうとするから足るに至るものである。若し衆人を以て其の身を待たずして、聖人を以て人に望むのは己れを尊ぶものでないと述べて居るのは、丁度此の章を敷衍したやうなものである。
 又菜根譚にも、「人の悪を攻むるには太だ厳であつてはいかぬ、それを受入れる度合を得なければならない。人を教へるにもその善が余りに高いと遂に行ふことが出来ぬやうになる」と言つて居る。
 賢い人でも自分を見るときには寛かになるので、己れの非を知らず己れを責むるに至つて軽くなり勝ちになるが、人の短所は直ちに見付け、責むることも厳になる。阿呆のやうな人でも人の短所は見つけることが出来るものであるから、短所があるからとて直ちに責めると云ふことはいけない。
 兎に角人は己れの非を知らず、自分を責めることは少いものであるが、併し冷静に考へて見ると己れに過ちのあることが判るものである。議会などでは能く人を咎め立てをして居るけれども、能く見ると随分自分でも悪いことをやつて居るやうに思はれる。或は文字を書くにしても、人の書いたものは、茲が間違つて居るとか云ふて咎め立てをするが、自分がやつて見ると劫々さうはいかんものである。故に自己を責めることが厳重で、人を責めることが寛かでなければならぬ。そしてそれを行ひ得る出来るのは君子であつて、吾々は心懸ても劫々それが出来ぬので困つて居る。
子曰。臧文仲其窃位者与。知柳下恵之賢而不与立也。【衛霊公第十五】
(子曰く臧文仲はそれ位を窃む者か、柳下恵の賢を知つて、而るに与に立たざるなり)
 本章は、臧文仲の賢を挙げ用ゐさせないことを咎めたのである。
 臧文仲は魯の僖公、文公を助けて政なして居ること長年である。故に上位にある彼は、賢者を君に薦めて用ゐさせなければならぬのに、臧文仲は柳下恵の賢者であることを知りながら、これを推薦しなかつたのは、位を窃む者と云ふことが出来ると云はれたのである。
 柳下恵の家は柳樹の下にあり、身恵徳を行つたので柳下恵と称したと言はれて居る。魯に仕へて士師となり、卒して恵と諡したと、孟子は柳下恵は聖の和なる者であると言つて居る。論語の微子篇にも柳下恵は士師となり、三度踆らる、人曰く子未た[だ]去るべからざるかと、然るに柳下恵は道を直くして人に事へば、焉くに往いて三度踆へられやう、道を枉げて人に事へば、何ぞ必ずしも父母の邦を去らんやと言つて居る程の真直な人である。
 曾て文仲が爰居(烏名)を祭つたので、恵は之れを譏つたことがある。文仲之れを聞いて成る程これは己れが過ちであつたと云ふこ[と]を言つて居るから、文仲は恵の賢を知つて居ることは事実である。而して之れを用ひしめないのは、文仲の過ちと云ふべきである。
子曰。不曰如之何如之何者。吾未如之何也已矣。【衛霊公第十五】
(子曰く之れを如何せん、之れを如何せんと曰はざる者は、吾之れを如何ともすることなきのみ。)
 本章は思慮なき人はどうすることも出来ないと言ふことを説いたのである。
 凡そ事を為す初めに於て、之れをどうしやう、之れをどうしたらよいかと、深思熟慮してやるがよい。さうすれば、行ふたことにも過ちがなく、能くその事を成し遂げる。もしさうでなかつたならば、その事の失敗は勿論のこと、斯の如き人に対しては如何ともすることも出来ぬのである。
 能く考へる人即ち深思熟慮する人であれば、話をしても要領を得させることが出来るが、さうでない人は私もどうするも出来ないと言はんければならぬ。今日の此の事はどうしやう、どうしたらよいかと能く考へなければならない。然るに今日の人は少しも考へるやうなことをせずに、どうにかなるであらうとか、又体裁のよいことを言つたりして浮辷りばかりして居る。而もそれが時代を一貫して居るやうに思はれる。真にどうしやう、かうしやうと考へて事柄を論断して居る者は致つて少い。だから何でも根本的に処理すると云ふことも少いのである。
 今日の貿易、金融其他の諸問題を見ても、どうしたらよいかと云ふやうな状態に置かれて居る。この状態になつたのも要するに、最初にどうしやう、どうしたらよいかと云ふことを考へず、場当りとか、その時の都合次第にやつたからである。今日になつては私もそれを如何ともするなきなりと言ひ度ひ。
 先づその事に当るや己自身を打込んで、欠点をも長所をも見て、それに処する方法を講じなければならない。成行に任せる御都合次第と云ふやうなことは、悪く言へば軽薄な行為であつて、こんなことで到底世の中の進歩と云ふことは出来ぬ。
 現在の政治省の言ふて居ることの実際を見ても判る。国の主なる産業は蚕糸、綿糸であるが、是等の事情を見れば当業者は勿論政治省の人は果して経済を如何せんと云ふことを考へて居るかどうか、どうも考へて居ないやうに思ふ。こんな人間には吾々はそれを如何せんやと言はねばならぬ。
底本(初出誌):『実業之世界』第21巻第11号(実業之世界社, 1924.11)p.17-19
底本の記事タイトル:実験論語処世談 第二百六十三回 自ら厚うして薄く人を責めよ / 子爵渋沢栄一