デジタル版「実験論語処世談」(25) / 渋沢栄一

4. 富貴に淫せぬ心懸け

ふうきにいんせぬこころがけ

(25)-4

 人は富むやうになりさへすれば、道を楽む志が失せてしまつて我と我が富貴に淫するに至るものと限つたわけのもので無いのである。私の許へ出入せられて私が御交際を致して居る人々の多くは、何んでも金銭さへ儲ければ其れで宜しいといふ方々で無い積りである。中には金銭が出来たからとて、直ぐ純金の茶釜を拵へるやうな人も無いでは無いが、其れは至つて稀である。私とても、仮令顔回ほどにはゆかなくつても、一簞の食一瓢の飲を毫も憂とせず、道を楽むだけの志を持つて居る。少くとも私が廿四歳で故郷を脱た時には、確かに斯の志のあつたものだ。
 愈よ故郷を出るといふ時には、これまで既に申述べ置いたやうに、父より二分金で百両貰つたのであるが、その頃は血気盛りであつたものだから、江戸へ出てから吉原で二十両ばかり使つてしまひ、京都へ行つても、儒生の塾に出入り儒生と往来したので、屡〻祇園町などで遊んだものである。それが為随分金銭が要つたのみならず、江戸でも始終喜作とは一緒で、喜作に比し私の方は多少金銭も多く持つてた処より、二人の間は生死さへ共にしようといふ間柄の事とて私が大抵喜作の分までも払ひ、旁〻京都に着いて一ケ月もしたら金銭が無くなつてしまつたのである。この時は、父へ申送つてやれば又金銭を取寄せ得られぬでも無かつたのであるが、一度郷関を出てしまつた上は二度と金銭の無心を父に申入れぬといふ決心が私にあつたので、苦しい処を我慢し、そこは飽くまで一簞の食一瓢の飲に甘んじて、如何に懐中が淋しくなつても父へ金銭の無心を申送つてやらず、前条に談話したうちにある如く、猪飼正為氏より借金して当座を凌ぐ事にしたのである。人は如何に貧窮したからとて、心の持ちやう一つで如何にでもなるものである。顔回の如く一簞の食一瓢の飲に甘んずる事は、一見苦しいやうでも、そこには又そこで衷心に一種の誇を感じ得らるるものゆゑ、不自由のうちにも自ら楽みを覚ゆるものだ。

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キーワード
富貴, 心懸け
デジタル版「実験論語処世談」(25) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.166-170
底本の記事タイトル:二三七 竜門雑誌 第三四九号 大正六年六月 : 実験論語処世談(二五) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第349号(竜門社, 1917.06)
初出誌:『実業之世界』第14巻第8号(実業之世界社, 1917.04.15)