デジタル版「実験論語処世談」(50) / 渋沢栄一

4. 責任を果さず権利を呼ばはる

せきにんをはたさずけんりをよばわる

(50)-4

子曰、好勇、疾貧乱也。人而不仁、疾之已甚乱也。【泰伯第八】
(子曰く、勇を好みて貧を疾めば乱す。人にして不仁なる、之を疾むこと已甚しければ乱す。)
 これは三島先生も「狭量の弊は、己れ乱を作すに非ざれば、則ち人の乱を招くを言ふ」といはれてをる通り、人の寛容度量の小さいのは遂に乱を作すにいたることを戒められたのである。
 即ち、「勇を好み、事を為すに果断なる人にして、其分に安んずること能はず、富貴を羨みて貧賤に居るを悪み厭へば、遂に上を犯して乱を作すに至り、又不仁の人を悪み嫌うて之れを絶ち、身を置く処なきに至らしむるれば、必らず乱を作すに至る」「貧を悪むは天命を知らず、其分に安ずる能はざる狭量の人たるは言を待たず。不仁を疾む人は、其の人の本心は固より善なれども、之れを悪むこと過甚なるは狭量にして人を包容する能はざる者なり。又ある人郭泰の悪人を絶たざるを譏るものあり。泰曰く、人而不仁、疾之已甚則乱也と。王允性剛稜にして悪を疾む、群下甚だ之に附かず、終に李搉郭汜に殺さる」と、詳しく三島先生の講義にあるが、その通りであらうと思ふ。
 これをつづめていふと、或る人が勇気をもつてをつて然も一方に自分が世に不遇であり貧賤であることを酷く悪むといふと遂に乱を作すやうになり、また人が不仁であるのを少しも許容することなく、飽迄も厳しく責め立てるといふことになれば、これまた遂に乱を作すに至るといはれたのである。
 勇気を鼓舞することは必要であつて、人として為すべきことは充分にこれを為してその任務を尽すべきであるが、徒らに分に不相応のこと迄も望んで世の秩序を乱すやうなことがあつてはならぬ。世間往々にして見受けるが如き、自分はその責任を充分に果しもせずして、只声を高くして権利呼ばはりをする如きは、この類であつて、私の賛成し兼ねる所である。また孔子も斯ういふことを意味されて、よく訓戒されたのであると思ふ。

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デジタル版「実験論語処世談」(50) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.386-390
底本の記事タイトル:三〇三 竜門雑誌 第三八一号 大正九年二月 : 実験論語処世談(第四十九《(五十)》回) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第381号(竜門社, 1920.02)
初出誌:『実業之世界』第17巻第2号(実業之世界社, 1920.02)