デジタル版「実験論語処世談」[55a](補遺) / 渋沢栄一
2. ワシントンと徳川家康
わしんとんととくがわいえやす
[55a]-2
然らば、如何なる人が知仁勇兼備の人であるかといふに、現代に於ても、其の権衡はとれてゐないにしても先づ三徳を備へてゐると言ひ得る人が幾分はあるに相違ないが、差当つて此人ならば亀鑑とするに足ると推称するやうな人は見当らない。私の見る処では、アメリカ独立の初代大統領ワシントンなどは、先づ三徳兼備の人と言ひ得よう。又た我国に之を求むれば、多少の欠点はあつたけれども、徳川家康などは比較的此の徳を備へて居つた人のやうに思ふ。彼のナポレオン[、]ペートル、アレキサンダーの如き、何れも非凡卓越の英傑であつたには相違ないが、悉く一方に偏して居つた事は拒まれない。英雄とか豪傑の歴史を繰つて見ると如何にも華々しい処があるけれども、知仁勇の秤にかけて見ると、其の大部分は偏重してゐるのを認める。されば夫等の人々の全部を無条件で推称する事は出来ないと思ふ。
- デジタル版「実験論語処世談」[55a](補遺) / 渋沢栄一
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底本(初出誌):『実業之世界』第18巻第7号(実業之世界社, 1921.07)p.54-56
底本の記事タイトル:実験論語処世談 (第九十八回) / 子爵渋沢栄一