デジタル版「実験論語処世談」[55a](補遺) / 渋沢栄一

3. 明治大帝は三徳兼備の典型

めいじたいていはさんとくけんびのてんけい

[55a]-3

 之を我国近代に求むれば、甚だ畏れ多い話ではあるが、明治大帝が能く知仁勇の三徳を兼備せられて居つたやうに拝察する。大帝は、特別に学問が深くあらせられた訳ではないが、非常な知者であつて聡明に渡らせられ、能く人材を登用されて、適材を適所に用ひられた。又、大事に臨んで惑はず懼れず、快刀乱麻を断つが如くに決断遊ばさるゝ点などは実に御見あげ申す程であつた。其の仁愛の深くあらせられた事に就ては、余りに顕著な事実であり、且つ国民の脳裏に深く印せられて居る処であるから、今更言ふ迄もない。実に明治大帝の如きは、近代に於ける知、仁、勇三徳兼備の好典型と申し上ぐべきである。明治維新以来、我国が長足の進歩発展を来して今日の盛運を致したるは、賢明なる輔弼の臣と忠良なる臣民の力に負ふ処あるは勿論であるが、帰する所、此の英主ありしが為めに外ならぬ。
 又た、明治大帝輔弼の重任に在りし三条、木戸、岩倉の諸氏を始め、後に至つては伊藤、大隈其他の諸氏も亦何れも偉いには違ひがないが、各々一長一短があつて、未だ三徳兼備の人といふ事は出来ない。現今も、偉い人は相当に居るやうであるが、さて知仁勇を兼ね備へた人といへば、仲々見当らない如である。

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キーワード
明治大帝, 三徳, , 典型
デジタル版「実験論語処世談」[55a](補遺) / 渋沢栄一
底本(初出誌):『実業之世界』第18巻第7号(実業之世界社, 1921.07)p.54-56
底本の記事タイトル:実験論語処世談 (第九十八回) / 子爵渋沢栄一