デジタル版「実験論語処世談」[33a](補遺) / 渋沢栄一

3. 私は作詩の夢を見た

わたしはさくしのゆめをみた

[33a]-3

 昔から「聖人に夢無し」なぞいふ諺もある。私は決して聖人であるんでも何んでも無いが、大体に於て夢を見ぬ方の質である。随つて、私自身の経験から、夢に就て談るべき何者をも持つて居らぬが、時に偶々夢を見るやうな事があれば、それは寝た時の具合で、高い処から急に低い処へ落ちでもしたかのやうな夢を見るぐらゐに過ぎぬのである。然し、この種類の夢は、殆んど総ての人が皆な見る夢で、珍らしくも何んとも無い。
 斯くの如く聖人に夢無し式の私にも、たゞ一つだけ不思議な夢を見た例がある。よく西洋の音楽者なぞが、夢の中に曲を作つたとか、或は又文章家で夢のうちに文章を作つた者があるとかいふ譚を聞いてるが私は夢の中で詩を作つたのだ。何んでも友人と一緒に景色の美しいところを逍遥して居るうちに、二三句ばかりの詩が出来て「こんな詩が出来たから見てくれ」と、それを同行のものに示した夢であつたやうに記憶する。詩は固より立派なチヤンとしたもので無かつたに相違無いが、兎に角詩の体を成してたもので、翌朝目を醒ましてからも、判然と其の詩句を記憶して居り、当時は之を他人に示したことのあるほどだ。然し、余程古るい事であるから昨今では何んな詩句であつたか、全く記憶から逸してしまつて居る。
 然し、この詩とても私が全く夢の中で作つたものか何うか今になほ疑問のうちにある。或は半睡半醒のうちに作つた詩を夢中に作つたかの如く思ひ違へて居るのかも知れぬ。

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キーワード
渋沢栄一, 作詩, , 見る
デジタル版「実験論語処世談」[33a](補遺) / 渋沢栄一
底本:『実業之世界』第15巻第1号(実業之世界社, 1918.01.01)p.104-106
底本の記事タイトル:実験論語処世談 第六十二回 孔子の政治的手腕 / 男爵渋沢栄一