3. 長州人は党を組む質
ちょうしゅうじんはとうをくむしつ
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長州の毛利元就が臨終の際に子息等を寄せ、十本の矢を束ねて之を折るべく命じ、その到底折り得られざるを見るや、それを題材にして団結力の偉大なる力ある所以を遺言した一事は、小学の読本にまで載つてるほどで有名な逸話だが、長州人は那的元就の遺訓を誰でもみな能く守ることに骨折り、非常にそれを尊崇して居るのである。随つて長州人は薩州人よりも一層団結力に富み、党心が強くなつてるかの如くに見受けられる。全く長州人は団結力の強い人達だ。蓋し元就の遺訓が之を然らしめたものだらう。開国論の方から謂へば幕府方が素と早くより之を主張したもので、長州が開国論に傾くやうになつたのは伊藤、井上など泰西から帰つてきた連中が開国を説き出してからあとの事である。然るにも拘らず、開国になつてからの維新後に、幕府方の人達を押し除けて、其勢力を張り、明治の政治舞台へ活躍し得らるるやうになつたのは、全く長州人に党心があつて団結力の強い為である。薩州とても長州に比してこそ開国論に於て稍古くはあれ、幕府に比すれば猶且晩いのだ。長州にしても薩州にしても、維新後に至つて勢力が昂がつたのは、泰西の文明を早く取り入れたからで無い。全く仲間の非を隠して助け合ひ、同国人を用ゐ合ふ事に力を入れ、飽くまで党を樹てて団結を強くしたからである。
- デジタル版「実験論語処世談」(43) / 渋沢栄一
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底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.333-339
底本の記事タイトル:二八一 竜門雑誌 第三六九号 大正八年二月 : 実験論語処世談(第四十三回) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第369号(竜門社, 1919.02)
初出誌:『実業之世界』第16巻第2号(実業之世界社, 1919.02)