デジタル版「実験論語処世談」 理財と道徳(54) / 渋沢栄一

1. [理解力はあるが実行が伴はない]

りかいりょくはあるがじっこうがともなわない

(54)-1

子曰。語之而不惰者。其回也与。【子罕第九】
(子曰く。之に語《つ》げて而して惰たらざる者は、其れ回か。)
 此の語げるといふのは道を教ふるといふ意味があつて、孔子が群弟子に道を説くに当つて、之を完全に理解するのみならず、又、能く之を実行して少しも違ふ事のないのは顔回のみであると他の弟子を励まされたのである。当時、群弟子の中には、聖言を聞くも其の意を解し得ない者があり、又、其の意を解し得るも、実行に勖めない者があるので、折に触れて夫子が訓戒されたのである。
 之は現代に当て嵌めて見ても適切な訓戒であると思ふ。総じて今の人々は理解力はあるけれども、実行が之に伴はぬ憾みがある。如何に道を知つて居つても、之を実行するに非ずんば何の権威もなく、寧ろ学ばざるに如かずである。私は固より欠点の多い人間であるが、自分の善いと信じた事は必ず之を実行する様に心掛けて居る。現代の青年子弟も上滑りの学問のみに満足せず、是非実行に力めなければならぬと思ふ。

全文ページで読む

デジタル版「実験論語処世談」 理財と道徳(54) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.453-455
底本の記事タイトル:三二五 竜門雑誌 第四〇四号 大正一一年一月 : 実験論語処世談 理財と道徳(第五十二《(四)》回) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第404号(竜門社, 1922.01)
初出誌:『実業之世界』第18巻第5号(実業之世界社, 1921.05)