デジタル版「実験論語処世談」[51a](補遺) / 渋沢栄一

5. 非議する間隙なき君徳

ひぎするかんげきなきくんとく

[51a]-5

子曰。禹吾無間然矣。菲飲食。而致孝乎鬼神。悪衣服。而致美乎黻冕。卑宮室。而尽力乎溝洫。禹吾無間然矣。【泰伯第八】
(子曰く、禹は吾れ間然すること無し。飲食を菲うして而して孝を鬼神に致し、衣服を悪うして而して美を黻冕に致し、宮室を卑うして而して力を溝洫に尽す。禹は吾れ間然すること無し。)
 禹の君徳の大なるを讃美したものであつて、禹といふ人は家庭的道徳の優れた人であつて、且事業に就ても卓抜し、或は土地の境界を正し、水利を善くする等に力を尽したので、如何なる寒村僻地と雖も、三年居を定むると都となつたと謂はれた程である。而も居常自己の飲食は粗末なるものを用ひて、父祖宗廟の鬼神を祭るには清潔なる供物を豊かにし、礼を厚うして孝を極め、又日常の衣服は粗悪なる物を用ひて祭りの時の服装は美麗なる物を用ひて神を敬し、常住の宮室は茅茨土堦の卑しきに安んじて、人民の為めに農耕の本たる田間の水利に力を尽し、境界を正しくした。斯くの如く福利民福の為めに実践躬行し、自ら範を示して政を司つたので、之れを非議せんと欲するも、毫も非議すべき間隙を見出すこと能はずと深く之れを賛歎されたのである。

全文ページで読む

デジタル版「実験論語処世談」[51a](補遺) / 渋沢栄一
底本(初出誌):『実業之世界』第17巻第5号(実業之世界社, 1920.05)p.43-46
底本の記事タイトル:実験論語処世談 (第九十回) 明治大帝の懿徳 / 男爵渋沢栄一