デジタル版「実験論語処世談」[51a](補遺) / 渋沢栄一

6. 実践躬行の範を示さる

じっせんきゅうこうのはんをしめさる

[51a]-6

 之れも亦明治大帝の御治績にぴつたりと当箝る。前の章に於て恰かも先帝の為めに書かれたものゝ如くであると言ふたが、本章も亦同様である。曾て石黒忠悳男より拝承した事であるが、先帝は平時の御居間の如きは極めて質素に渡らせられたさうで、殊に宮廷炎上の事あるや、永らくの間再建を遊ばされなかつた。今日の朝廷は外国との御交際もある事故、茅茨土堦に甘んずる事は自ら不可能の事に属するを以て、相当の宮殿が建つて居るが、御質素の点に於ては御変りはない。
 更に「菲飲食而致孝乎鬼神」に就ては申上ぐるも畏き次第ながら全く其の通りであつて、平素飲食を奢り給はず諸事簡易を旨とせられ、祖宗を祭らるゝには古式に範り飽迄も厳かに行はせられ至高の範を示された。又た一旦お定めになつた事は之れを猥りに変へさせられる事を好ませられず。一例を挙ぐれば宮内省の正服を御制定になると、終始一貫して之れを屡々御変更になる事を遊ばされない。其の産業の発達に力を尽されし御治績に就ては今更喋々する迄もなく世人周知の事実であつて、今日我が国運の斯くの如く隆盛なるは全く其の御盛徳に拠る処のものである。
 斯くの如く此の章は、明治大帝の為めに造られた言葉と言ふても宜しい程であるが、而し明君賢臣が続かなければ此の盛運が永く持続せざるものなるを以て、我々国民は大に覚悟しなければならぬが、特に政治を補佐するの重任に在る者は深く考慮する処あらねばならぬと信ずる。(小貫生憶記)

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デジタル版「実験論語処世談」[51a](補遺) / 渋沢栄一
底本(初出誌):『実業之世界』第17巻第5号(実業之世界社, 1920.05)p.43-46
底本の記事タイトル:実験論語処世談 (第九十回) 明治大帝の懿徳 / 男爵渋沢栄一