デジタル版「実験論語処世談」[52b](補遺) / 渋沢栄一

6. 現代人の虚礼を戒む

げんだいじんのきょれいをいましむ

[52b]-6

 之れは孔子が、所謂虚礼を戒められたのであつて、子路が師を思ふの情は掬すべきものであるけれども、其の分量即ち程度が超えて居つた。此の様な事は、今の世の中にも有り勝な事であつて、必ずしも悪いとは言へないが、其の程度を超えてはならない。孔子の傑い処が、斯かる事実に就ても見得らるるのである。而して此の章句に於て、子路の師を思ふ情愛と、孔子の能く門弟子を教へられたる、今の世には多く見得られない師弟の情合を窺ひ知る事が出来る。
 現代は文化の度が大に進んだけれども、師弟の関係の如きは、其の間に真の温情と敬愛とを欠き、其の結果、学生々徒の教職員の排斥と言ふ如き不祥事を往々見聞する。之れは人の師たる者のゝ誠意と温情の掛けてゐるのも原因であらうが、学生にも敬愛の念慮に欠けた処がある。又虚栄は現代人通有の弊害であるが、之れは大に慎むべき事であつて、近時漸く虚礼廃止の声が高まり、生活改善を目的とする会なども出来た様であるが、今後は更に之れが徹底を期する必要があると思ふ。

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現代人, 虚礼, 戒む
デジタル版「実験論語処世談」[52b](補遺) / 渋沢栄一
底本(初出誌):『実業之世界』第18巻第1号(実業之世界社, 1921.01)p.44-49
底本の記事タイトル:実験論語処世談 第九十三回 現代人の最大欠陥 / 子爵渋沢栄一