デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.6.13

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

1部 実業・経済

2章 交通
2節 鉄道
10款 筑豊興業鉄道[株式]会社(筑豊鉄道株式会社)
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治24年7月
(1891年)
第9巻 p.5-10(DK090001k)
是ヨリ先、二十二年七月設立ヲ免許サレタル筑豊興業鉄道会社ノ発起人ノ請ヲ容レ、栄一当会社株主トナリシガ、是月相談役ニ就任シ、指導ト援助トヲ与ヘタリ。
明治30年3月22日
(1897年)
第9巻 p.10-16(DK090002k)
筑豊鉄道株式会社ト九州鉄道株式会社トノ合併機運熟スルヤ、是日栄一合併条件ニツキ案ヲ提示シ、以後協定成立ニ努メ、同年十月一日両社合併トトモニ筑豊鉄道相談役ハ解任トナル。
11款 北越鉄道株式会社
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治27年4月
(1894年)
第9巻 p.17-23(DK090003k)
栄一先キニ北越地方ノ鉄道敷設計画ニ関係シ来リシガ、是月北越鉄道株式会社創立発起人トシテ、新潟県直江津官線停車場ヨリ柏崎・長岡・新津ヲ経テ新発田ニ至ル間、並ニ新津ヨリ分岐シテ沼垂(新潟)ニ至ル間ノ鉄道敷設ヲ出願ス。同年七月仮免状ヲ下付セラル。
明治28年1月10日
(1895年)
第9巻 p.23-34(DK090004k)
是日当会社創業総会ヲ開キ、栄一監査役ニ当選ス。同年十二月十二日免許状ヲ下付セラレ、翌十三日業務ヲ開始ス。
明治30年7月5日
(1897年)
第9巻 p.34-51(DK090005k)
是ヨリ先、当会社ノ沼垂線路ヲ繞ツテ新潟派・株主派間ニ軌轢ヲ生ジ、栄一コノ間ニアリテ円満解決ニ腐心ス。サレド紛擾熄マズ、是年五月、栄一遂ニ他ノ株主派重役トトモニ監査役辞任ヲ表明スルニ至リシモ、是日臨時総会ニオイテ監査役ニ再選セラレ、爆破事件発生スルナド険悪ナル空気ノ中ニ引続キ事態拾収ニ尽力シ、三十三年一月ニ至リ、栄一ノ推進スル万代橋停車場設置ノ決定ヲ見ルニ及ンデ紛争漸ク解決ス。
明治31年2月3日
(1898年)
第9巻 p.51-70(DK090006k)
栄一当会社ノ資金調達ニ尽力シ来リシガ、是日兜町ノ私邸ニ開カレタル取締役会ニ於テ、直江津・沼垂間工費ニ充ツル資金調達ノ為ノ社債募集ヲ協議シ、ソノ募集要領ヲ決ス。爾来数次ニ亘リ取締役会ニ出席シテ、地方ニオケル応募促進ニ力ヲ致ス。
明治34年4月27日
(1901年)
第9巻 p.70-75(DK090007k)
是日、栄一長岡ノ当会社本社ニ於テ社員一同ニ対シ社務整理ニ関スル一場ノ訓誡演説ヲ為シ、夜越後地方各銀行者及ビ其他ノ関係者ヲ招宴シテ社債応募ヲ勧誘ス。翌二十八日各課長ニ再ビ社務整理ニツキ意見ヲ述ベテ注意ヲ与フ。
又、三十四、五年ニ於テ屡次ニ亘リ英人数名ト北越鉄道外債募集ニツイテ会談セリ。
明治38年7月
(1905年)
第9巻 p.75-77(DK090008k)
北越鉄道株式会社監査役ヲ辞シ相談役トナル。後四十二年六月之ヲ辞ス。
12款 磐城鉄道株式会社
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治28年10月4日
(1895年)
第9巻 p.78-87(DK090009k)
栄一外十一名発起人トナリ、福島県郡山町ヨリ三春・小野新町ヲ経テ同県平町ニ至ル間ニ鉄道ヲ敷設セントシ、是日出願ス。三十年七月十七日仮免状ヲ下附セラレタルモ失効ニ終リ、会社解散ス。
13款 京北鉄道株式会社
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治28年10月11日
(1895年)
第9巻 p.88-100(DK090010k)
是ヨリ先、京都ヨリ大津ヲ経テ敦賀・常宮ニ至ル京北鉄道敷設ヲ発起シ、栄一創立委員トシテ是日出願、尋イデ創立委員長ニ選バル。三十年四月右出願ハ京都・大津間ヲ除イテ却下サレタルヲ以テ、同年七月京都・大津間トシテ訂正出願シ、十一月仮免状ヲ受ク。
明治31年4月28日
(1898年)
第9巻 p.100-113(DK090011k)
是日当会社創業総会開カレシガ、栄一朝鮮旅行中ニテ出席セズ、且ツ創立中止ノ意アリシモ、総会ニテ創業決議セラレ、栄一相談役ヲ嘱託サル。翌三十二年三月免許状下附セラレシモ、株金徴収困難トナリ、三十五年九月免許失効シテ止ム。
14款 岩越鉄道株式会社
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治28年10月19日
(1895年)
第9巻 p.114-129(DK090012k)
是ヨリ先栄一、福島県知事日下義雄ヨリ当会社設立ニ関シ相談ヲ受ケ、株主募集ニツイテモ斡旋シ来リシガ、是日発起人ニ加ハリ、尋イデ翌二十九年一月創立委員ニ選バル。
明治29年8月4日
(1896年)
第9巻 p.129-138(DK090013k)
是日、当会社創業総会開カレ、栄一会長ニ推サレテ議事ヲ主宰シ、取締役ニ選バル。尋イデ九月八日会社設立免許ヲ申請シ、翌三十年五月二十六日免許状下付セラル。
明治33年6月11日
(1900年)
第9巻 p.138-142(DK090014k)
是ヨリ先、社費ノ使途、若松以西ノ線路ナドニツキ当会社内ニ紛議アリシガ、是日株主総会ニ於テ栄一社長ニ代リテ議事ヲ主宰、他ノ取締役全部改選サレシモ栄一ノミ再選重任ス。
明治38年1月31日
(1905年)
第9巻 p.142-146(DK090015k)
是ヨリ先、栄一取締役トシテ引続キ若松以西線路問題ノ解決ニ努力シ、三十七年一月二十日若松喜多方間ノ開通ヲ見タリシガ、是日重役会ニ於テ辞意ヲ表明シ、二月取締役会長ヲ辞任ス。コノ間三十四年五月ニハ現地ヲ視察シ、同二日岩越鉄道会社ニ抵リ社員ニ勤務上ノ注意ヲ示諭セシコトアリ。
15款 掛川鉄道株式会社
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治28年12月27日
(1895年)
第9巻 p.147-151(DK090016k)
掛川鉄道株式会社創立発起人ノ一員トシテ、是日山崎千三郎・藤山雷太等ト共ニ出願ス。許可サレズシテ会社解散ス。
16款 総武鉄道株式会社
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治22年2月8日
(1889年)
第9巻 p.152-157(DK090017k)
是ヨリ先、明治二十年末武総並ビニ総州鉄道同時ニ発起サレシガ、是日両鉄道合併シ、総武鉄道会社創立ヲ願出デ、後許可サル。栄一其株主タリ。
17款 函樽鉄道株式会社(北海道鉄道株式会社)
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治29年1月
(1896年)
第9巻 p.158-159(DK090018k)
栄一、函樽鉄道株式会社創立発起人トナリ、是月小樽函館間鉄道敷設免許ヲ請願シタルモ、未ダ政府ノ方針定ラズシテ却下サル。五月北海道鉄道敷設法公布セラルルニ及ビ、六月再願シ、翌三十年四月仮免状ノ下附ヲ受ケシモ資金募集ニ悩ミ組織未ダ成ラズ。
明治32年10月27日
(1899年)
第9巻 p.159-192(DK090019k)
是ヨリ先、北垣国道等函樽鉄道株式会社ノ再興ヲ企ツルヤ、栄一之ニ与リ、是日会社創立総会ニ臨ミ重役ヲ指名推薦シ、相談役ニ推サル。
18款 西成鉄道株式会社
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治29年2月8日
(1896年)
第9巻 p.193-198(DK090020k)
是ヨリ先、大阪港付近ニ西成鉄道ヲ敷設スル計画進メラレ、二十七年十月仮免状下付セラレ、是日免許状下付セラル。栄一発起人タリ。
19款 台湾鉄道株式会社
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治29年5月5日
(1896年)
第9巻 p.199-204(DK090021k)
是日、栄一発起人総代ノ一員トシテ、台湾縦貫鉄道敷設ヲ目的トスル当会社ノ創立ヲ総督府ニ出願ス。九月創立委員ニ選バル。十月二十七日当会社創立許可セラル。
明治30年2月25日
(1897年)
第9巻 p.204-210(DK090022k)
前年秋起レル恐慌以来金融逼迫シ株金募集意ノ如クナラズ、是日当会社総督府ニ対シ、台湾鉄道利子補給及ビ基隆台北間鉄道並ニ附属物ノ無償払下ニツキ請願ス。栄一創立委員トシテ之ニ与ル。利子補給ハ是年五月十五日下附ノ命令書中ニオイテ、無償払下ハ同ジク六月八日公布ノ台湾鉄道保護ニ関スル勅令ニオイテ認メラル。
明治32年3月25日
(1899年)
第9巻 p.210-218(DK090023k)
是ヨリ先、当会社国内及ビ外国ニ於ケル募債皆敗レ、其成立ノ望ミ絶エ、政府亦之ヲ官設ニ改メントス。仍テ会社ハ其費消セシ創業費並ニ起業費ノ下付ヲ請ヒ、之ヲ譲渡セントシ、是日栄一創立委員総代トナリ、総督府ニ出願ス。六月二十三日ニ至リ、起業費ノ下付ノミ認メラレ、八月二十一日総督府トノ間ニ代金二十九万四千余円ヲ以テ機関車其他物件授受契約ヲ結ブ。
明治32年10月25日
(1899年)
第9巻 p.218-225(DK090024k)
是日栄一当会社創立発起人総会ニ臨ミ、事務経過ノ要領ヲ演説ス。仍テ総会ハ会社解散ヲ決議シ、栄一等八名残務委員ニ選バル。尋イデ翌二十六日栄一及ビ小野金六ヨリコノ旨ヲ台湾総督ニ申報ス。
20款 九州鉄道株式会社
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治30年4月23日
(1897年)
第9巻 p.226-237(DK090025k)
筑豊鉄道株式会社ト九州鉄道株式会社トノ間ニ合併契約締結サレ、十月一日合併実行サル。コノ議モト栄一ノ発案ニカカリ、栄一爾後九州鉄道株式会社ノ株主タリ。
明治32年9月17日
(1899年)
第9巻 p.237-265(DK090026k)
是ヨリ先、九州鉄道株式会社株主ノ一派会社ノ経営方針ニ不満ヲ抱キ、臨時株主総会ノ開催ヲ要求シ、社長仙石貢排斥運動ヲ起スヤ、栄一、岩崎弥之助・益田孝等ト共ニ斡旋調停シ、改革派株主ヲシテ要求ヲ撤回セシメ、是日伯爵井上馨ニ無条件仲裁ヲ依頼ス。
明治32年9月26日
(1899年)
第9巻 p.265-303(DK090027k)
九州鉄道株式会社ノ紛議調停ニツキ伯爵井上馨ヲ援ケ、調査委員詮衡ニ与リ、是日益田孝・片岡直温・住江常雄・根津嘉一郎ノ四名選バル、井上是等委員ト共ニ会社内容ヲ調査シ、翌三十三年二月其調査報告ニ基ク裁定ヲナシ、四月臨時株主総会ニ於テ重役改選行ハレ、玆ニ紛議全ク止ムニ至ル。此ノ間栄一関係者ト接見シ紛議解決ニ種種努ムル所アリタリ。
明治36年4月21日
(1903年)
第9巻 p.303-307(DK090028k)
是ヨリ先、九州鉄道鉄道会社株主ノ一部ニ山陽鉄道株式会社トノ合併ヲハカリ臨時株主総会ヲ要求スルモノアリ、会社重役ハ之ニ反対シテ粉擾ヲ見ントス、是日栄一岩崎弥之助ト連名ニテ株主ニ合併反対ノ意見ヲ通告ス。後五月九日右ノ要求撤回セラレテ止ム。
21款 函館馬車鉄道株式会社
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治30年12月
(1897年)
第9巻 p.308-311(DK090029k)
函館馬車鉄道会社ハ函館地方有志者ノ創立ニ係リ、栄一地方人士ノ依頼ニ依リ当社株主ト為ル。是月当社開業ス。
22款 毛武鉄道株式会社
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治32年1月17日
(1899年)
第9巻 p.312-323(DK090030k)
是ヨリ先、栄一毛武鉄道株式会社ノ株主ト為ル。然レドモ財界不振ノ為株式十分ノ一ノ払込ヲ為シタル外資金ヲ得ルコト能ハズ。是日栄一ヲ始メトシ益田・馬越・今村・原等ノ大株主会社解散ニツキ協議ス。五月十五日ニ至リ解散ス。
23款 京阪鉄道株式会社
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治32年7月9日
(1899年)
第9巻 p.324-328(DK090031k)
是ヨリ先明治三十年、栄一、加東徳三・岡部広・河村隆実・佐分利一嗣・渡辺嘉一等ト京阪鉄道ノ創立ヲ発起シ、後創立委員長トシテ奔走、特ニ軍当局ト屡々折衝スルトコロアリシガ、是日桂陸相ニ大阪停車場用地トシテ陸軍所轄地ノ下附ヲ請願ス。引続キ尽力シ仮免状ヲ得タルモ、明治三十五年外遊ノタメ中断シ、栄一帰朝前ノ同年十月失効シテ止ム。
24款 京阪電気鉄道株式会社
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治39年11月19日
(1906年)
第9巻 p.329-349(DK090032k)
是ヨリ先、京都大阪間電気鉄道敷設ノ計画ニ、田中源太郎等大阪側ノソレト栄一等東京側ノソレトノ二者アリシモ、両者合流シテ三十六年十一月九日畿内電気鉄道株式会社ノ名称ヲ以テ許可ヲ申請、三十九年八月三十日発起人総会ヲ開キ、栄一創立委員長ニ推サル。是日創立総会ヲ開キ、社名ヲ京阪電気鉄道株式会社ト改メ、重役ヲ選任ス。栄一相談役トナル。後四十二年六月之ヲ辞ス。
25款 其他ノ鉄道 1. 両山鉄道株式会社・大社鉄道株式会社
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治27年8月
(1894年)
第9巻 p.350(DK090033k)
両山鉄道設立サレ栄一ソノ株主トナル。然レドモ同鉄道ハ二十九年六月大社鉄道ト合同シ、名称ヲ大社両山鉄道ト改メシガ起業ノ見込ナク、三十一年十二月解散ス。
明治28年12月10日
(1895年)
第9巻 p.350-353(DK090034k)
千家尊弘外十七名大社鉄道ヲ設立ス。栄一ソノ株主ノ一員トナル。同鉄道ハ翌二十九年六月両山鉄道ト合同シ、名称ヲ大社両山鉄道ト改メシガ、起業ノ見込ナク三十一年十二月解散ス。
25款 其他ノ鉄道 2. 京都鉄道株式会社
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治28年11月5日
(1895年)
第9巻 p.353-356(DK090035k)
是ヨリ先、京都地方ノ有力者田中源太郎・浜岡光哲等京都鉄道建設ニ奔走シ、是日免許状下付サル。栄一ソノ株主タリシモ、後三十年一月ソノ関係ヲ断ツ。
25款 其他ノ鉄道 3. 陸羽電気鉄道株式会社
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治28年
(1895年)
第9巻 p.356-357(DK090036k)
栄一、宮城県塩釜ヨリ仙台ヲ経テ最上川ニ聯絡スベキ陸羽電気鉄道株式会社ノ創立委員トナリ、賛助スル所アリ。
25款 其他ノ鉄道 4. 南豊鉄道株式会社
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治29年7月1日
(1896年)
第9巻 p.357-359(DK090037k)
南豊鉄道株式会社設立セラル。栄一株主ノ一員タリ。後三十一年六月十日会社解散ス。
25款 其他ノ鉄道 5. 金城鉄道株式会社
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治29年7月22日
(1896年)
第9巻 p.359-360(DK090038k)
是ヨリ先、栄一、大倉喜八郎・楠本正隆・米倉一平等トトモニ、金沢・名古屋間ニ敷設ヲ計画セラレシ金城鉄道ノ発起人トナリ、是日創立委員長ニ選バレシガ、時期尚早論起リ中止解散ス。
25款 其他ノ鉄道 6. 船越鉄道株式会社
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治29年10月
(1896年)
第9巻 p.360-364(DK090039k)
船越・浜崎両鉄道合併シテ船越鉄道株式会社設立サレ、栄一株主ノ一員タリ。然レドモ当会社ハ株金徴収ヲ為サザルウチニ三十一年五月二十一日九州鉄道株式会社ニ敷設権ヲ譲リ解散ス。
25款 其他ノ鉄道 7. 京板鉄道株式会社
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治29年12月14日
(1896年)
第9巻 p.364-370(DK090040k)
先キニ出願シテ仮免状ヲ下附サレタル毛武鉄道ノ板橋駅ヨリ東京市小石川区春日町ニ至ル鉄道ノ敷設ヲ目的トシテ、久能木宇兵衛等京板鉄道株式会社ヲ設立セントシ、是日創立認可申請書ヲ提出ス。栄一、発起人タリ。
25款 其他ノ鉄道 8. 神戸電気鉄道株式会社
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治39年11月17日
(1906年)
第9巻 p.370-374(DK090041k)
是ヨリ先、神戸市ニ電気鉄道ヲ敷設センカ為メ出願スルモノ数派アリテ栄一及ビ安田善次郎等モ之ニ加ハリ、競争激烈トナリシガ、先願ノ池田貫兵衛等ノ神戸電気鉄道株式会社ニ合併シテ再出願ヲ為シ、是日其免許ヲ得タリ。
25款 其他ノ鉄道 9. 京越電気鉄道株式会社
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治39年11月27日
(1906年)
第9巻 p.374-375(DK090042k)
橋本正人等清水越ノ京越電気鉄道株式会社創設計画ヲ栄一ニ諮ル。是日栄一鉄道ニ経験学識アル知友数名ヲ招致シ、其意見ヲ問フ。
25款 其他ノ鉄道 10. 小倉鉄道株式会社
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治40年6月14日
(1907年)
第9巻 p.375-377(DK090043k)
是ヨリ先、岩田作兵衛外六名小倉鉄道敷設ヲ請願シ、是日許可サル。会社資本金三百五十万円ノ内百万円ハ栄一ノ斡旋ニヨル。後大正三年経営不振ノ為興業銀行ヨリ右百万円ノ支払命令アルヤ、栄一、渡辺嘉一・谷口守雄等ヲ派シテ会社業態ヲ調査セシメ、打開ノ道ヲ講ゼシメ、以テ窮境ヲ脱セシメタリ。
26款 東京馬車鉄道会社
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治13年12月28日
(1880年)
第9巻 p.378-396(DK090044k)
是ヨリ先、谷元道之・種田誠一等東京市街ニ馬車鉄道ヲ敷設センコトヲ計画シ、是日東京馬車鉄道会社創立セラル。栄一、谷元・種田等トノ関係ヨリ其勧メニ応ジテ株主タリ。且ツ要務ノ協議ニ与カリシモ後チ事業盛大ヲ致スニ至リテ止ム。
27款 東京市ノ市街鉄道
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治22年6月15日
(1889年)
第9巻 p.397-402(DK090045k)
是日栄一、田口卯吉・山中隣之助、伴直之助・安田善次郎等ト東京市街鉄道布設ノ儀ヲ内閣総理大臣黒田清隆ニ出願ス。同月二十九日却下サル。
明治28年7月6日
(1895年)
第9巻 p.403-410(DK090046k)
藤山雷太等東京電車鉄道ヲ計画シテ複線式ヲ出願シ、是日発起人会ヲ開ク。栄一議長トシテ議事ヲ主宰ス。是ヨリ先明治二十六年十月、雨宮敬次郎等東京市内ニ電気鉄道ノ敷設ヲ出願ス。当時此ト前後シテ市街鉄道敷設ヲ出願シタル者ニ立川勇次郎・藤岡市助・草刈庄五郎等アリ、明治二十七年、雨宮ハ此等ヲ合併セシメテ東京電気鉄道ヲ計画出願セシモ市区改正委員会ハソノ出願ニカカル架空単線式ヲ許サズ。本年ニ至ツテ藤山等右複線式ヲ計画出願ス。ココニ競争ヲ生ジ、栄一、今村・渡辺(洪基)荘田・森村等ト共ニ調停ニ立チ、合併ヲ計リシモ不調ニ了ル。
明治29年2月27日
(1896年)
第9巻 p.410-412(DK090047k)
是日、東京瓦斯鉄道株式会社創立発起人会開催サレ、栄一、渡部温・浅野惣一郎・佐々木慎思郎等ト共ニ創立委員ニ選バル。
明治32年7月24日
(1899年)
第9巻 p.412-419(DK090048k)
栄一、東京商業会議所ヲ代表シ、東京市ノ市街鉄道ヲ有力ナル私設会社ニ特許シテ、速ニ敷設セシムベキ旨ヲ内務大臣侯爵西郷従道ニ建議ス。
明治32年10月14日
(1899年)
第9巻 p.419-445(DK090049k)
是ヨリ先、東京市内ニ電気鉄道ヲ敷設セントスル東京市街鉄道株式会社計画セラレ、其許可ヲ内務大臣、東京市長ニ出願ス。市長之ヲ市会参事会ニ諮リシニ、市営民営ノ紛議アリシガ民営ニ決シ、是日其敷設条件ヲ定メテ之ヲ市会ニ提案ス。栄一名誉市参事会員トシテ之ガ斡旋ニ努ム。
明治32年10月17日
(1899年)
第9巻 p.445(DK090050k)
深川区役所ニ於テ開催サレタル、市街鉄道許否ニ関スル区会議員協議会ニ列ス。
明治32年11月16日
(1899年)
第9巻 p.445-456(DK090051k)
是ヨリ先東京市会、市参事会ノ提出セル市街鉄道敷設特許条件ニ修正ヲ加フ、栄一田口卯吉等ト共ニ其修正セル公納金額ノ市ニ不利ナル所以ヲ力説シ、十月二十五日及ビ十一月二日市参事会ニ臨ミテ市会ニ其再議ヲ求メントス。其議行ハレズ。栄一乃チ市政ノ腐敗セルヲ慨キ是日名誉職市参事会員ヲ辞ス。然レドモ十二月五日再ビ選任セラル。
明治36年5月15日
(1903年)
第9巻 p.456-457(DK090052k)
栄一、東京電気鉄道株式会社相談役ニ推サル。
明治36年7月9日
(1903年)
第9巻 p.457-485(DK090053k)
是ヨリ先、東京市街鉄道株式会社ト東京電車鉄道株式会社トノ間ニ合併ノ交渉行ハレシモ整ハズ、栄一及ビ東京府知事男爵千家尊福之ガ仲裁ニ当リ斡旋大ニ努ム。是日両会社重役ニ示セシ合併ニ関スル覚書ニ基キ仮契約締結セラレシモ、東京市街鉄道株式会社株主総会ニ於ケル重役間ノ烈シキ紛争ノ為遂ニ合併成立ヲ見ズ。
28款 東京鉄道株式会社
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治39年6月4日
(1906年)
第9巻 p.486-505(DK090054k)
是ヨリ先、東京市街鉄道・東京電気鉄道・東京電車鉄道三株式会社乗車料金ニ付共通均一制ヲ協定セントセシ事ヨリ合併ノ機運ヲ促シ、栄一及ビ馬越恭平其合併裁定者ト為ル。是日三社ニ対シ合併条件ノ裁定ヲ与フ。同月二十八日各社臨時株主総会ヲ開キ之ヲ可決ス。九月十一日旧三鉄道会社解散合併シ、東京鉄道株式会社ヲ設立ス。栄一相談役ニ選バレ、後、退職重役ヘノ贈与金ノ分配ニ付一任セラル。
明治42年2月6日
(1909年)
第9巻 p.505-531(DK090055k)
是ヨリ先、東京鉄道株式会社乗車料金ヲ引上ゲントシ四十一年十二月二十一日願書ヲ警視庁及ビ東京府ニ提出セシガ却下セラレタルニ因リ、其責ヲ負フテ牟田口社長以下重役連袂辞任ス。是日栄一ヲ首メ大倉喜八郎・近藤廉平・福原有信・渡辺福三郎等其後任役員選定ノ依頼ヲ受ケ大イニ尽力ス。栄一等、初メ重役ヲ選定シタルニ事態紛糾セルニヨリ其任ヲ辞シタレドモ中野武営等ノ懇望ニ依リ復任シ、男爵千家尊福ヲ社長ニ推薦シ他ノ役員ハ同氏ノ処理ニ一任スベク決シ、株主之ニ異議ナク三月二十九日ニ至リ同社株主総会ハ役員ヲ選出シ問題落着セリ。
29款 鉄道国有問題
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治24年11月28日
(1891年)
第9巻 p.532-546(DK090056k)
是ヨリ先十一月二十五日、川田日本銀行総裁、栄一ヲ首メ園田孝吉・安田善次郎・中上川彦次郎・山中隣之助等銀行業者ヲ招キテ私設鉄道買上ノ事ヲ諮ル。是日銀行集会所ニ於テ東京銀行集会所同盟銀行臨時会議ヲ開キ、栄一会長トナリテ該件ニ付キ東京商業会議所ニ建議スベキコトヲ決議シ、同三十日建議ス。
明治24年12月12日
(1891年)
第9巻 p.546(DK090057k)
是ヨリ先、東京銀行集会所ヨリ私設鉄道買上ニ関シ建議アリシヲ以テ、東京商業会議所ハ是日栄一外九名ノ委員ヲ挙ゲ審議ノ後、同趣旨ヲ以テ二十二日貴衆両院ニ請願ス。
明治31年12月7日
(1898年)
第9巻 p.546-563(DK090058k)
是ヨリ先、五月三十日東京商業会議所ハ副会頭中野武営ノ名ヲ以テ私設鉄道ヲ国有ト為スノ議ヲ政府ニ建議請願セシガ、議会解散シ内閣更迭セシ為是日栄一、同会議所ヲ代表シテ同件ニツキ内閣総理・大蔵・農商務・逓信各大臣並ニ貴衆両院議長ニ宛テ再ビ建議請願ス。
明治34年12月25日
(1901年)
第9巻 p.563-579(DK090059k)
是ヨリ先、二月六、七日栄一、東京商業会議所ヲ代表シテ経済整理ノ為メ内国公債償還・私設鉄道買収ノ二件ヲ政府ニ建議請願シ、爾後屡々経済整理ノ件陳情委員会議ヲ開キ之ニ臨ミシガ、十一月十九日東京・京都・大阪・神戸四商業会議所聯合ノ下ニ決議セシ鉄道国有実行ノ建議(請願)書ヲ是日東京商業会議所会頭ノ名ヲ以テ内閣総理・大蔵・逓信・農商務各大臣並ニ貴衆両院議長ニ提出ス。
明治39年2月27日
(1906年)
第9巻 p.579-630(DK090060k)
是ヨリ先、侯爵西園寺公望内閣ヲ組織シ第二十二回帝国議会ニ臨ムヤ鉄道国有法案ヲ提出スルノ意アリ。栄一、是日首相ト会見シ鉄道国有ニ関スル意見ヲ述ブ。爾後屡々首相及ビ阪谷蔵相ト討議セシノミナラズ伯爵井上馨・豊川良平・園田孝吉等トモ会合シ対策ヲ協議ス。三月二十七日議会該法案ヲ可決シ、同月三十日鉄道国有法公布セラル。
明治41年6月4日
(1908年)
第9巻 p.630-649(DK090061k)
是ヨリ先、栄一被買収私設鉄道諸会社側ヨリノ請ヲ受ケ、買収価格ノ協定並ニ鉄道公債価格維持ニ関シ、豊川良平・原六郎・園田孝吉・早川千吉郎等ト共ニ斡旋尽力スルトコロアリシガ、是日首相侯爵西園寺公望ト会見シ、右ニ関スル政府ノ方針ヲ質ス。七月十四日内閣更迭シ、交渉少時中止ス。
明治41年10月5日
(1908年)
第9巻 p.649-679(DK090062k)
是ヨリ先、西園寺内閣倒レ桂内閣成立スルヤ、栄一、豊川良平・原六郎・園田孝吉・早川千吉郎等ト共ニ引続キ鉄道公債問題ニ関シ斡旋尽力シ屡々桂首相トモ会見セシガ、是日桂首相ヲ其官邸ニ訪ネ、鉄道公債交付ノ内示ヲ受ク。尋デ二十一日銀行集会所ニ於テ被買収私設鉄道会社関係者ニ其旨ヲ伝ヘ、二十六日其ノ同意ヲ得テ問題解決ス。
30款 鉄道民有調査会
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治27年6月16日
(1894年)
第9巻 p.680-687(DK090063k)
是ヨリ先、栄一、中上川彦次郎・末延道成等ト共ニ官設鉄道払下ヲ計画シ、是日民間ノ有力者ヲ帝国ホテルニ招キ、其ノ相談会ヲ開キ調査委員ヲ選ブ。栄一其ノ一員ト為ル。爾後屡々会合シ協議セシモ、日清戦争ノ起ルニ及ビ此事熄ム。
31款 鉄道関係諸資料 1. 群馬電気鉄道会社
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
--第9巻 p.688(DK090064k)
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31款 鉄道関係諸資料 2. 駿甲鉄道会社
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
--第9巻 p.688(DK090065k)
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31款 鉄道関係諸資料 3. 武上電気鉄道会社
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
--第9巻 p.688(DK090066k)
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31款 鉄道関係諸資料 4. 鉄道諸問題
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
--第9巻 p.688-694(DK090067k)
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31款 鉄道関係諸資料 5. 其他ノ鉄道会社
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
--第9巻 p.694(DK090068k)
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3節 電話
1款 電話会社
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治18年5月15日
(1885年)
第9巻 p.695-705(DK090069k)
栄一工部省電信局長石井忠亮ノ勧説ニ依リ、益田孝・大倉喜八郎外発起人十八名等ト共ニ民間ニ於ケル電話会社ノ創立ヲ企テ、是日工部卿佐々木高行ニ会社創立願書ヲ提出ス。同年十一月三十日却下セラル。
明治19年7月26日
(1886年)
第9巻 p.705-712(DK090070k)
是日電話会社創立ノ件ニ付キ発起人総代梅浦精一ヨリ逓信大臣榎本武揚ニ再出願ヲ為ス。栄一発起人ノ一人ナリ。翌年五月理学士沢井廉ヲシテ欧米ニ於ケル電話事業ヲ調査セシムル為メ留学セシム。
明治21年9月
(1888年)
第9巻 p.713-716(DK090071k)
是ヨリ先、逓信省ノ省議電話官設ニ決シ、逓信次官子爵野村靖之ヲ栄一等ニ告ゲテ、其ノ電話会社発起ヲ取消サンコトヲ請フ。止ムヲ得ズ之ヲ容レ、米国ニ派シタル沢井廉ハ逓信省嘱託トナサシメテ企画ヲ中絶ス。
明治23年3月10日
(1890年)
第9巻 p.717-725(DK090072k)
逓信省ニ於テ電話交換方法ヲ公布シ、東京及ビ横浜ニ於ケル電話交換ヲ実施セントスルニ当リ、同省ヨリ東京商工会ニ其交換加入者募集方ヲ依頼セラレタリ。仍テ栄一等是日勧誘状ヲ発シ之ヲ斡旋ス。是年十二月十六日ニ至リテ東京及ビ横浜間ニ電話交換ノ業務開始セラル。