デジタル版「実験論語処世談」(23) / 渋沢栄一

7. 向上心が発達の動機

こうじょうしんがはったつのどうき

(23)-7

子曰。十室之邑。必有忠信如丘者焉。不如丘之好学也。【公冶長第五】
(子曰く、十室の邑、必ず忠信丘が如き者あらん。丘の学を好むが如くならざるなり。)
 茲に掲げた章句で第五の「公冶長篇」に就ての談話を終ることになるのであるが、斯の章句の意は、人に向上心の必要なる所以を説かれたもので、僅に十戸ばかりの小さな村にも孔夫子の如く、能く忠に能く信なる者は必ずある。然し孔夫子の如くに、学を好んで絶えず向上を心掛けて居る者が無いので、偉い人物が現れぬのだと仰せられたのが、斯の章句の間に顕はるる孔夫子の御精神である。如何にも其の通りで、人々は如何に忠貞の心があり、信義を守るに厳なるところがあつても、唯之を消極的に守つてゆく丈けでは決して発達進歩するもので無い。道に志して学を好み、絶えず修養を怠らぬ者が進歩発達するのである。
 私が郷里の血洗島に帰つてもその時に起す感じは、矢張孔夫子が、斯の章句に於て説かれたところと同じで、血洗島にも私の如く能く忠なるものはあらう。私の如く能く信なるものもあらう、又私と同じ程度に学問したものもあらう。然し、私の如く実学を志して学問し、私の如く道を愛して自分を向上させようとの熱心を以て学問した者は無からうと申したくなるのである。さればとて、私のした漢学なんかは至つて浅薄なもので、是れというほどの役には立たず、殊に私が学問を致すべき盛りの齢頃には、世の中が騒しくつて落着いて学問などして居るわけに参らず、為に私は遂に洋学を修める機会を逸してしまつた事を、今以て甚だ遺憾に思ふものである。
 孔夫子の斯の章句に於て「学」と仰せられた語の内容中には、二つの意義が含まつて居る。その一つは今日で謂ふならば物理学、化学、工学、応用化学、機関学等までも含まれて居る格物致知の学を意味したもので、他の一つは精神上の修養を意味したものであらうと私は思ふのである。同じ格物致知の百科学を修むるにしても、真に学問を好んで修めると、ただ親の手前世間の手前、学問をせねば体裁が悪いからとて、義務的に修めるのとでは、その出来栄えに非常な差を生ずるものである。孔夫子の如きは、真に学を好んで学を修められたから彼の通り古今無比の聖人になられたのである。真に学を好んで学を修め孜々として及ばざるを唯是れ恐れて居りさへすれば、人の品性も亦自づと向上して来るものである。

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デジタル版「実験論語処世談」(23) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.150-157
底本の記事タイトル:二三四 竜門雑誌 第三四七号 大正六年四月 : 実験論語処世談(二三) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第347号(竜門社, 1917.04)
初出誌:『実業之世界』第14巻第4,5号(実業之世界社, 1917.02.15,03.01)