デジタル版「実験論語処世談」(34) / 渋沢栄一

5. 芸人の気風を一変す

げいにんのきふうをいっぺんす

(34)-5

 九代目市川団十郎なぞも、単に芸を職として秀れた技倆があつたのみならず、芸に游ぶ事のできた立派な人物であつたかのやうに想はれる。今日でこそ俳優は素よりいふまでも無く凡ゆる芸人が、社会一般より尊敬され、蔑視にもせられぬやうになりはしたれ、昔は爾う尊敬せられなかつたどころか、殊に俳優なんかになれば「河原者」とさへ称ばれて、穢多同様に軽んぜられ、士君子は共に齢ひするを恥辱としたほどのものだ。斯る従前の大勢を一変し、社会をして今日の如く芸人に敬意を払ひ、俳優をも尊敬するに至らしめたのは、全く九代目市川団十郎の力である。近代語で謂へば、団十郎は覚醒した人であつたのだ。
 団十郎以前の芸人が賤しめられたのは、芸人の間にも悪い風習があつたからで、俳優のみならず総じて当時の芸人はみな下品この上無く野卑猥褻が殆ど芸人の生命であるかの如き観を呈し、座敷を壊せぬやうでは未だ一人前の芸人で無いとされたほどのものである。随つて当時の俳優其他の芸人は、客に聘ばれて座敷へ現るやうなことがあれば如何にしたら座敷を壊せるだらうかと其ればかりに苦心し、野卑猥褻の談話を連発して客を可笑しがらせ、一座が興に乗つて無礼講になるのを視、自分の技倆が芸人として一人前になつたなんかと言つて誇つたものだ。
 然るに団十郎は元来が優れた人物であつたからでもあるが、自分の経験に教へられて大に覚醒し、こんなことでは永遠迄経つても俳優が世間より尊敬せらるるに至る時代が来るもので無いと考へ、これではならぬと感憤し、先づ俳優の位置を向上させ、世間より野卑劣等視せられぬやうに致さねばならぬと思ひ、第一に自ら持する事謹厳、客の前へでても野卑猥褻の談話や座興を添ゆる為のチヤランポランな話なんかする事は一切避け、総て真理のある真実の談話をする様にしたのである。
 団十郎が俳優の品位を高め、その位置を向上させようとの一念を起し、努めて自ら持すること謹厳に、苟も坐敷を壊す如き野卑猥褻がかつた言行を避くるやうにしたのは、恰度私が商人百姓の位置を高めたいものだと思つて論語に拠り商売をするやうになつたのと、其消息に於て相似た処がある。団十郎の根本思想は私の論語算盤思想と同一であつたらしく、兎に角団十郎が俳優の位置を高むるに努力した結果、今日では立派な紳士として世間一般の人々と堂々たる交際ができ、芸術家として世間より尊敬を払はるるまでにもなつたのである。

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キーワード
芸人, 気風, 一変
デジタル版「実験論語処世談」(34) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.239-245
底本の記事タイトル:二五六 竜門雑誌 第三五九号 大正七年四月 : 実験論語処世談(卅四) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第359号(竜門社, 1918.04)
初出誌:『実業之世界』第15巻第2,3号(実業之世界社, 1918.01.15,02.01)