デジタル版「実験論語処世談」(34) / 渋沢栄一

1. 伊藤公も政治に囚はる

いとうこうもせいじにとらわる

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 孔夫子の曰はれた如く、道に志し、徳に拠り、仁に依り、芸に遊ぶといふやうな、完全にして併も綽々たる余裕を存する人格の人は却〻世間に少いもので、政道に心掛くれば政道に囚はれ、大義を明かにすることに腐心する者は同じく又之に囚はれてしまふのが、一般人の弱点である。孔夫子の所謂「芸」とは「六芸」の事で、近頃の語を以て謂へば「趣味」である。人は如何に其行為に於て欠くるところ無く、その思想が正しくあつても、なほ趣味といふものを持つて居ねばならぬものだ、といふのが孔夫子の御意見である。
 故伊藤公なぞは却〻優れた才を持つて居られた方ゆゑ、志は政治にあつてもいろいろさまざまの芸があつて、詩も作れば書も達者、音曲のことも心得て居られるといふ風であつた。然し、猶且一生政治に囚はれて暮らされた方で、死ぬまで政治の囚はれより全く脱してしまはれる訳には参らなかつたらしく想へる。つまり哈爾賓で歿くなられるまで、政治癖から脱け切れなかつた方であると観るのが至当だらう。能く世間では伊藤公を初物喰ひだなんかと評して笑つたものだが、それも之も、政治に囚はれて政治癖といふものに取つ付かれ、それが歿くなられるまで身体から脱けなかつたからの事だ。然し又、公が政治に囚はれて政治と共に終始せられた結果、日本の国運を振興し、国体の安固を計り、国威を永久に発揚するには、日本にも欧洲諸先進国に於けるが如く憲法政治を施かねばならぬものである事に想ひ到られ、之が為に工夫尽力せられ、遂に欽定憲法の発布を見、今日の日本をして立憲国としての繁栄を享有するを得せしむるに至らせられたのは、全く以て同公に先見の明があつたからの事で、其功績に至つては、決して忘却すべからざるものである。この一点のみでも伊藤公は実に優れた豪い人であつたと謂はねばならぬのだ。

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デジタル版「実験論語処世談」(34) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.239-245
底本の記事タイトル:二五六 竜門雑誌 第三五九号 大正七年四月 : 実験論語処世談(卅四) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第359号(竜門社, 1918.04)
初出誌:『実業之世界』第15巻第2,3号(実業之世界社, 1918.01.15,02.01)