2. 豪傑と漁猟の趣味
ごうけつとぎょりょうのしゅみ
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狩猟は、主として豪傑肌の人によつて歓ばれるが、釣は少しく之と其趣を異にし、主として思慮思案に耽ける傾向のある人によつて悦ばるるものだ。同じ殺生がかつた事でも、茲に狩と釣との間に著しい相違がある。太公望は志を得るまで、釣をして居つたとの事だが、茫然として糸を垂れてたのではあるまい。釣をしながら静に思索に耽り、天下の経綸を稽へてたのだらう。九代目団十郎も好んで舟に乗り、釣に出たものであるとの事だが、舞台の上の工夫から、技芸上の考慮、さては新狂言の台詞の暗誦までも海上に小舟を浮べて釣糸を垂れてる間にしたものであるとの事だ。釣は如何にも静寂なものであるから、思想を練つたり、思索に耽つたりするには誠に恰好の遊びであるらしく思へる。
- デジタル版「実験論語処世談」(42) / 渋沢栄一
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底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.327-333
底本の記事タイトル:二八〇 竜門雑誌 第三六八号 大正八年一月 : 実験論語処世談(第四十二回) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第368号(竜門社, 1919.01)
初出誌:『実業之世界』第15巻第22号,第16巻第1号(実業之世界社, 1918.12.01,1919.01)