デジタル版「実験論語処世談」(55) / 渋沢栄一

6. 事変に臨みて節義を変へざるは君子なり

じへんにのぞみてせつぎをかえざるはくんしなり

(55)-6

子曰。歳寒然後知松柏之後凋也。【子罕第九】
(子曰く。歳寒く然る後松柏の凋むに後るるを知る。)
 春夏の温暖なる時に於ては、草木が皆青々として繁つて居るけれども、厳寒の候となるに及びては是等の草木が皆悉く凋落して仕舞ふ。けれども独り松柏のみは緑の色を変へず、蒼然として風雪に堪へてゐるといふ意味であるが、之は人を松柏に譬へたのであつて、天下無事なる時は人々皆一様に見えるけれども、一旦利害に臨み事変に遭遇すれば、小人は皆萎縮して利に就き身を保つに汲々たるも、独り君子のみは死生禍福の為めに心を動かす様な事がなく、節義を守る。
 何時の世にも匹夫小人のみが多くて、松柏の如き卓然たる処ある人間は尠い、殊に現代に斯かる松柏の如き節義を重ずる人物の尠いのを遺憾に思ふ。

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デジタル版「実験論語処世談」(55) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.459-462
底本の記事タイトル:三二八 竜門雑誌 第四〇五号 大正一一年二月 : 実験論語処世談(第五十三《(五)》回) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第405号(竜門社, 1922.02)
初出誌:『実業之世界』第18巻第6号(実業之世界社, 1921.06)