5. 「孝」に就て親の理解が必要
こうについておやのりかいがひつよう
(56)-5
父は私の志のどうしても翻へすべからざるを看取して、一日私を其の居間に招いた。そして言ふには、人には各〻備つた才能があり、異つた性分がある。其の性分の最も好む処に向つて進むのが天分を発揮する所以である。さればお前を手離し度くないけれども、お前の決心も一概に悪いと言ふ事も出来ない。それを強ひて止めるとお前は出奔しても望みを遂げようとするであらう。さうすれば不孝の子となる。就ては、お前の身体はお前の自由にするから、望み通り出京するがよい。詰り親が不孝の子とさせまいと思ふ為であつて、言ひ換ふれば親が子に孝行をさせるのであるといつて笑つて私の出京を許されたのであつた。
- デジタル版「実験論語処世談」(56) / 渋沢栄一
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底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.467-471
底本の記事タイトル:三三一 竜門雑誌 第四〇八号 大正一一年五月 : 実験論語処世談(第五十四《(六)》回) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第408号(竜門社, 1922.05)
初出誌:『実業之世界』第18巻第8,9号(実業之世界社, 1921.08,09)