デジタル版「実験論語処世談」(58) / 渋沢栄一

2. 孔子冉求の誤りを惜しむ

こうしぜんきゅうのあやまりをおしむ

(58)-2

季氏富於周公。而求也為之聚斂而附益之。子曰。非吾徒也。小子鳴鼓而攻之可也。【先進第十一】
(季氏周公より富めり。而るに求や之が為に聚斂して之を附益す。子曰く。吾徒に非ざるなり。小子鼓を鳴らして之を攻めて可なり。)
 季氏は魯の大夫であつたが、賦税を重くして富を積み、昔の周公よりも遥かに財宝を蓄へた。周公は大国の王室の近親で宰相となり、清廉潔白であつた許りでなく、大功があつた人であるが、其の周公よりも富を蓄積したのは、皆民を苦しましめて自分の懐中を肥した結果である。然るに冉求が季氏に仕へて其の家宰となつたが、季氏の非を改めさせようとはせず、其部下として働いたので、孔子は冉求の主に事ふる道を誤つて居る事を述べ、且つ、求はもはや吾が弟子ではない。門人諸子は宜しく其非を攻むべしと言はれた。
 之れは孔子が必ずしも冉求の行為を憎んで言はれたものではないと思ふ。即ち孔子は師として冉求の非を改めさせようとし、師としての立場を明かにして先づ門弟を誡め、而して門人をして忠告せしめて其の誤りを正さしめようとした、深く人を愛するの情より斯く言はれたものであると解釈するのが至当であらう。

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デジタル版「実験論語処世談」(58) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第7(渋沢青淵記念財団竜門社, 1969.05)p.482-488
底本の記事タイトル:三三七 竜門雑誌 第四一〇号 大正一一年七月 : 実験論語処世談(第五十六《(八)》回) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第410号(竜門社, 1922.07)
初出誌:『実業之世界』第19巻第1,2号(実業之世界社, 1922.01,02)