デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.6.13

1編 在郷及ビ仕官時代

2部 亡命及ビ仕官時代

4章 民部大蔵両省仕官時代
和暦(西暦)目次【綱文】資料リスト/本文
明治四年辛未一月四日
(1871年)
第3巻 p.3(DK030001k)
一月四日
大蔵省客歳諸国新ニ墾開セル田畝ヲ統計シテ太政官ニ奏上ス。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未一月五日
(1871年)
第3巻 p.3-5(DK030002k)
太政官令シテ神社仏寺ノ領有地ヲ還納セシム。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未一月十二日
(1871年)
第3巻 p.5(DK030003k)
太政官令シテ関東諸国各川ノ船埠ニ罔利ノ弊有ル者ヲ戒禁ス。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未一月十三日
(1871年)
第3巻 p.5-16(DK030004k)
太政官租税米金出納ヲ計算スル方規ヲ釐正シテ之ヲ府県及ビ諸藩預所ニ頒示ス。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未一月十四日
(1871年)
第3巻 p.16-17(DK030005k)
大蔵民部両省府藩県管轄内畑ノ田ト為ルモノ若クハ田ノ畑ト為ルモノ若クハ田地ノ隠占ニ係ル者ヲ点検シテ之ヲ常制ニ帰セシムル方法ヲ太政官ニ稟議シ、裁可宣達ス。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未一月十四日
(1871年)
第3巻 p.17-18(DK030006k)
京都府稟議セル皇族、華族、神社、仏寺ノ領有地ノ処分方ヲ太政官ヨリ垂問シ、民部省之ニ対議ス。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未一月十七日
(1871年)
第3巻 p.18-19(DK030007k)
大蔵省租税司ノ立案ニ基キ乗馬及ビ任車ニ課税ス可キヲ立議ス。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未一月二十一日
(1871年)
第3巻 p.19-20(DK030008k)
静岡藩ニ世禄ノ返上ヲ願出ツ。二月十三日許サル。
明治四年辛未一月二十五日
(1871年)
第3巻 p.20(DK030009k)
太政官諸藩ニ令シテ租税ノ課法ヲ改更シ及ビ賦課ヲ増減スル等ハ必ズ稟議取裁シテ之ヲ施行セシム。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未一月二十九日
(1871年)
第3巻 p.20-21(DK030010k)
大蔵省租税司ノ立案ニ基キ登米、胆沢、江刺三県ノ租米運輸ノ処分方ヲ垂問セルニ対議シ、裁可決行ス。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未一月
(1871年)
第3巻 p.21-80(DK030011k)
大蔵省永田甚七・高崎長右衛門・山路勘助・岩橋万造等ヲシテ廻漕取扱所ヲ設立セシメ、廻漕会社ノ用船一切ヲ引継ギ営業セシム。尋イデ五年十一月同取扱所ヲ解散シテ、日本国郵便蒸気船会社ヲ設立セシム。大蔵大輔井上馨、栄一並ニ駅逓頭前島密等ノ関与スル所ナリ。而シテ栄一ハ明治八年六月解散ニ至ルマデ当社ニ関係セリ。
明治四年辛未二月三日
(1871年)
第3巻 p.80(DK030012k)
民部省外国人ヲ雇用シテ農学ヲ創興シ開墾牧畜ノ方法ヲ講究ス可キヲ太政官ニ稟議シ、裁可ス。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未二月五日
(1871年)
第3巻 p.80-81(DK030013k)
太政官本省及ビ民部省ニ下令シ山形県雑税ヲ免除スル専断ノ罪状ヲ糺理シ、其ノ免除ノ告命ヲ収回セシムル為メニ両省官員ヲ発遣セシム。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未二月五日
(1871年)
第3巻 p.81(DK030014k)
大蔵省府県管轄地及ビ各藩旧預所ノ租税米金ノ出納計算ヲ清完スル順序ヲ議定ス。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未二月十五日
(1871年)
第3巻 p.81-82(DK030015k)
大蔵省租税司ノ立案ニ基キ醸酒税法ヲ設定ス可キヲ太政官ニ稟議ス。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未二月十七日
(1871年)
第3巻 p.82-87(DK030016k)
大蔵省是日ヨリ数日ヲ期シ、横浜外四港ニ於テ外人所有ノ封緘ニ分金ヲ墨銀ニ交換セントス。栄一監督ノ為メ前日ヨリ横浜ニ出張ス。然レドモ交換ヲ乞フ者僅ニ一名ノミ。乃チ十八日帰京ス。
明治四年辛未二月十八日
(1871年)
第3巻 p.87(DK030017k)
太政官民部省嘗テ全国地租法ヲ改正ス可キヲ稟議セルニ裁令シ、大蔵省ト協議シテ之ヲ査定セシム。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未二月十九日
(1871年)
第3巻 p.88(DK030018k)
太政官府県ニ令シテ正租外ノ税米ヲ金納ト為サシム。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未二月十九日
(1871年)
第3巻 p.88-89(DK030019k)
大蔵省改正掛ノ立案ニ基キ新潟県ノ稟議セル仲金ト称スル抽税ノ措置ヲ県官ニ専任セントスル太政官ノ垂問ニ対議ス。栄一改正掛長トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未二月二十九日
(1871年)
第3巻 p.89-90(DK030020k)
太政官大津県ニ令シ琵琶湖航船規則及ビ税法ヲ設施セシム。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未二月三十日
(1871年)
第3巻 p.90-95(DK030021k)
是ヨリ先大蔵少輔伊藤博文財政講究ノ命ヲ奉ジテ米国ニ在リ、三年十二月二十九日附ヲ以テ欧米ノ実況ニ鑑ミ書ヲ大蔵卿伊達宗城ニ上リ我ガ国貨幣本位ヲ銀ヨリ金ニ更革セザル可ラザル旨ヲ建議ス。是日大蔵卿・参議大隈重信・大蔵少輔井上馨及ビ栄一等連名ニテ、当分金銀両本位ニ定ムル旨ヲ返書ス。
明治四年辛未二月
(1871年)
第3巻 p.95-107(DK030022k)
皇太后・皇后親シク養蚕ヲ御試ミ遊バサレントス。栄一命ヲ蒙リテ吹上御苑内ニ御養蚕所ヲ設ケ、田島武平ヲ薦メテ奉仕セシム。是レ宮中御養蚕ノ濫觴ナリ。
明治四年辛未三月五日
(1871年)
第3巻 p.107-108(DK030023k)
大蔵省新潟県其ノ租米ヲ糶売スルニ外国人ヲシテ射票セシムル可否ヲ太政官ヨリ垂問セルニ対議ス。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未三月七日
(1871年)
第3巻 p.108-109(DK030024k)
民部省潰廃田地ノ代米ヲ区処スル方規ヲ府藩県ニ頒布ス。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未三月八日
(1871年)
第3巻 p.110(DK030025k)
太政官各県ニ令シテ地理、経界、水利、道路、戸籍、田畝等ヲ査計シテ之ヲ録上セシム。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未三月二十日
(1871年)
第3巻 p.110-111(DK030026k)
太政官府藩県ニ令シテ蚕糸ヲ製造シ売買スル者ノ収税高並取締方ヲ詳具シ本年四月ヲ期シテ送上セシム。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未三月二十日
(1871年)
第3巻 p.111-113(DK030027k)
太政官府藩県ニ令シテ地方ニ慣行スル牧畜ノ方法ヲ具上セシム。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未三月二十日
(1871年)
第3巻 p.113(DK030028k)
大蔵省三府及ビ五開港場ノ地租ヲ賦課スル方法ヲ確定ス可キヲ太政官ニ建議ス。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未三月二十四日
(1871年)
第3巻 p.113(DK030029k)
大蔵民部両省連署牒達シテ各開港場輸出輸入物品税ノ月額ヲ計査シ翌月ヲ以テ之ヲ録上セシム。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未三月
(1871年)
第3巻 p.114(DK030030k)
大蔵省租税司ノ立案ニ基キ田収ノ荒損ニ租裸ヲ免除スル稟明書ヲ送上セシムルヲ罷ム。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未四月二日
(1871年)
第3巻 p.114-119(DK030031k)
是ヨリ先大蔵少輔伊藤博文米国ヨリ金貨本位制採用・紙幣発行会社設立ノ事ト並ビテ金札引換公債証書ヲ発行スベキコトヲ大蔵卿伊達宗城ニ建議ス。栄一本年二月三十日大蔵卿・参議大隈重信・少輔井上馨等ト連署及ビ単独ニ伊藤ニ書ヲ送リテ、公債証書及ビ会社紙幣ノ註文ヲ一時見合スベキヲ説キタリシガ、此日連署ノ書状ヲ以テ公債証書二千五百万円、会社紙幣一千万円ノ註文ヲ承認ス。尋イデ同年六月ニモ更ニ連署ノ書状ヲ以テ右ノ件ヲ命ジタリ。
明治四年辛未四月二日
(1871年)
第3巻 p.119-120(DK030032k)
太政官府藩県ニ令シテ工商ノ職業ヲ制限シ若クハ製産物品ヲ鑑検スル為メニ課税法ヲ創設スルニハ必ズ稟議取裁シテ之ヲ施行セシム。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未四月三日
(1871年)
第3巻 p.120-122(DK030033k)
大蔵省新規定免及ビ定免切替等ノ事項ヲ申明スル式様ヲ府県ニ頒示ス。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未四月四日
(1871年)
第3巻 p.122-135(DK030034k)
是ヨリ先、栄一等改正掛ニ於テ戸籍法ヲ調査シタリシガ、是日太政官布告トシテ戸籍法公布セラル。
明治四年辛未四月四日
(1871年)
第3巻 p.136(DK030035k)
大蔵省租税取調書差出期限租税勘定帳ハ貢米納完期月以後ノ第三月ヲ期シ、伺届類ハ十二月二十五日ヲ限リ差出ス可キヲ府県ニ達示ス。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未四月十日
(1871年)
第3巻 p.136-137(DK030036k)
太政官府県其ノ租税米金概計書ヲ録製スル体式並ニ之ヲ送上スル期月ヲ令示ス。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未四月十二日
(1871年)
第3巻 p.137-140(DK030037k)
大蔵省度量衡改正掛ノ立案ニ基キ度量衡提理規則ヲ立草ス。栄一改正掛長トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未四月十九日
(1871年)
第3巻 p.140-141(DK030038k)
大蔵民部両省庚午年額ノ堤防国役金ヲ課収スル方図ヲ太政官ニ稟議シ、裁可ス。民部省之ヲ府県ニ申達ス。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未四月二十三日
(1871年)
第3巻 p.141-143(DK030039k)
太政官令シテ神社仏寺ノ還納セル朱印地及ビ除地ヲ各藩ニ管轄セシムルノ費用ニ供スル口米永ハ之ヲ其ノ納地ノ租税額ニ取ラシム。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未五月四日
(1871年)
第3巻 p.143-144(DK030040k)
在米大蔵少輔伊藤博文ニ書ヲ寄セテ公債証書及ビ銀行紙幣ノ図案ニ付キ報告ス。以後図案ニ変更アリシモ、栄一終始之ニ与ル。
明治四年辛未五月八日
(1871年)
第3巻 p.144-145(DK030041k)
大蔵民部両省租税司ノ立案ニ基キ府県管轄スル郡村並ニ諸藩管轄スル神社仏寺ノ納地ニ係ル村里ノ貢租ノ其ノ米納ニ難ンズル者ハ金納ニ換ヘシム可キヲ太政官ニ稟議シ、裁可宣達ス。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未五月九日
(1871年)
第3巻 p.145-146(DK030042k)
民部省伊勢国度会郡無租田ノ措置ヲ太政官ニ稟議シ、太政官裁可シテ度会県ニ令達ス。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未五月九日
(1871年)
第3巻 p.146-147(DK030043k)
大蔵省改正掛ノ立案ニ基キ輸出入物品ハ官用ニ属スル者ト私用ニ属スル者トヲ問ハス総テ税金ヲ課徴セントスル外務省ノ商議ニ牒答ス。栄一改正掛長トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未五月九日
(1871年)
第3巻 p.148(DK030044k)
大蔵権大丞ニ任ジ、正六位ニ叙セラル。
明治四年辛未五月十日
(1871年)
第3巻 p.148-158(DK030045k)
是ヨリ先本年四月二日附伊達大蔵卿・大隈参議・井上大蔵少輔等ト共ニ曩ニ金貨本位制採用ヲ建議セル滞米中ノ伊藤大蔵少輔ニ宛テ金貨本位制ヲ採用スル旨ノ回答ヲ発シタリシガ、是日金貨本位制ヲ規定セル新貨条例並ニ造幣規則公布セラル。共ニ栄一ノ起草立案スル所ナリ。
明治四年辛未五月十一日
(1871年)
第3巻 p.158-159(DK030046k)
第三女伊登子生ル。夭ス。
明治四年辛未五月十三日
(1871年)
第3巻 p.159-160(DK030047k)
大蔵省租税司ノ立案ニ基キ明年貿易条約改定ノ期ニ会スルヲ以テ税則ヲ改定セントスル外務省ノ商議ニ回答ス。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未五月十四日
(1871年)
第3巻 p.160-167(DK030048k)
太政官蚕卵紙製造規則ヲ改定シテ之ヲ府県ニ頒布ス。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未五月十七日
(1871年)
第3巻 p.167-168(DK030049k)
大蔵省府県管轄内ニ在ル無地高若クハ年年引ト称シテ高内引ト為セル石額ニ賦課スル高掛物ヲ免除ス可キヲ太政官ニ稟議シ、裁可宣達ス。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未五月二十四日
(1871年)
第3巻 p.168(DK030050k)
太政官府藩県管轄内ニ在ル仏寺ノ境域ヲ界限スル方法ヲ再示ス。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未五月二十四日
(1871年)
第3巻 p.168-169(DK030051k)
太政官東京府下ノ馬車及ビ人力車ニ課税ス。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未五月二十五日
(1871年)
第3巻 p.169-170(DK030052k)
大蔵省租税司ノ立案ニ基キ府県ノ租米ヲ搭載スル津港ノ形勢、里程並ニ運賃ノ慣例ヲ具申セシム可キヲ太政官ニ稟議シ、裁可宣達ス。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未五月二十八日
(1871年)
第3巻 p.170-173(DK030053k)
造幣寮事務取扱規則・事務施為方法概略・毎年製貨試験分析定則制定セラル。栄一ノ関与スル所ナリ。
明治四年辛未五月三十日
(1871年)
第3巻 p.173-176(DK030054k)
大蔵省租税司ノ立案ニ基キ民部省稟議セル全国ノ租税賦課法ヲ釐正セントスル太政官ノ垂問ニ対議ス。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未五月三十日
(1871年)
第3巻 p.176-177(DK030055k)
大蔵省度量衡改正掛ノ立案ニ係ル度量衡提理規則ノ条款中刑事ニ関スル各項ヲ刑部省ニ商議シ、刑部省之ニ回答ス。栄一改正掛長トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未五月
(1871年)
第3巻 p.177-180(DK030056k)
大阪造幣局ニ出張シ、新貨幣量目公差ノ制限ヲ定ム。帰途感ズル所アリ、官途ヲ退キテ身ヲ商業ニ委ネント欲シ、之ヲ参議大蔵大輔大隈重信・大蔵少輔伊藤博文ニ謀ル。二人同ゼズ、暫ク官ニ留ランコトヲ勧ム。
明治四年辛未六月五日
(1871年)
第3巻 p.180(DK030057k)
大蔵省地方ノ凶荒ヲ済貸スルニ実米ヲ以テスルヲ廃シ、貸付還納共ニ価金ヲ以テセシム可キヲ太政官ニ稟議シ、裁可宣達ス。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未六月十五日
(1871年)
第3巻 p.180-181(DK030058k)
大蔵省三都府及ビ各開港場ノ諸収税金ハ悉皆納致セシメ其ノ管轄庁ノ費用ハ別ニ之ヲ支付ス可キヲ立議ス。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未六月十八日
(1871年)
第3巻 p.181(DK030059k)
是ヨリ先五月十日大蔵省改正掛ノ立案ニ基キ福地源一郎訳述スル所ノ会社弁及ビ栄一編述スル所ノ立会略則ヲ府県ニ頒示ス可キヲ太政官ニ稟議シ、是日裁可セラル。
明治四年辛未六月二十日
(1871年)
第3巻 p.181-183(DK030060k)
東京府平民に編入セラレンコトヲ弁官ニ願出デ允許セラル。
明治四年辛未六月二十九日
(1871年)
第3巻 p.183-184(DK030061k)
大蔵省政正掛ノ立案ニ基キ大学ヨリ頒暦規則及ビ税法ヲ太政官ニ稟議セル垂問ニ対議ス。栄一改正掛長トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未六月
(1871年)
第3巻 p.184-185(DK030062k)
弁官ニ上書シテ、公式以外帯刀ヲ廃サンコトヲ請ヒ、許サル。
明治四年辛未六月
(1871年)
第3巻 p.185(DK030063k)
大蔵民部両省申達シテ府藩県貢納租米ノ裹苞ヲ作ルニハ故稲稈ヲ択用セシム。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未七月三日
(1871年)
第3巻 p.185-194(DK030064k)
制度取調御用掛ヲ仰付ケラル。
明治四年辛未七月四日
(1871年)
第3巻 p.194-196(DK030065k)
太政官官幣神社以下ノ各神社ノ領有地ヲ査点シテ之ヲ録上セシム。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未七月九日
(1871年)
第3巻 p.196-197(DK030066k)
民部省官林規則ヲ設定シテ之ヲ府県ニ頒示ス。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未七月十四日
(1871年)
第3巻 p.197-205(DK030067k)
詔シテ藩ヲ廃シ県ト為ス。是日諸藩発行ノ藩札ヲ時価ヲ以テ交換スベキ旨ヲ予告シ、其順序ヲ定ム。栄一ノ主トシテ調査スル所ナリ。
明治四年辛未七月二十四日
(1871年)
第3巻 p.205-206(DK030068k)
大蔵省新置各県ヲシテ租税徴収ノ慣法ヲ録申セシム可キヲ太政官ニ稟議シ、裁可宣達ス。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未七月二十七日
(1871年)
第3巻 p.206-207(DK030069k)
是ヨリ先明治二年十一月五日民部省租税司ノ立案ニ基キ府県及ビ預所有ル各藩ヲシテ助郷役ヲ課スル郷村ノ六尺給米・蔵前入用・伝馬宿入用ノ三課ヲ免除スル予図ヲ以テ毎村ノ事情調査ノ上稟申ス可キヲ命ジタリシガ、是日大蔵省租税司ノ立案ニ基キ前々入用ノ課税法ヲ更正シ、伝馬宿入用・六尺給米ノニ税ヲ廃除ス可キヲ太政官ニ稟議シ、太政官裁可宣達ス。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未七月二十七日
(1871年)
第3巻 p.207-208(DK030070k)
民部大蔵両省前キニ転封換邑ヲ命ジ而シテ未ダ代地ヲ割交セザル各藩ヲ措置シ及ビ知事ノ家禄ヲ算定スル方規ヲ議定ス。栄一租税正トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未七月二十七日
(1871年)
第3巻 p.208-210(DK030071k)
民部省廃セラレ、同時ニ大蔵省ノ租税司ヲ廃シ、租税寮ヲ置ク。是日栄一租税正ヲ罷メタルモノヽ如シ。翌二十八日ニ至リ大蔵少輔伊藤博文租税頭ニ、大蔵少丞吉田清成租税権頭ニ、大蔵少丞安藤就高租税助ニ任ゼラル。
明治四年辛未七月二十九日
(1871年)
第3巻 p.210-213(DK030072k)
枢密権大史ニ任ゼラル。
明治四年辛未七月
(1871年)
第3巻 p.213-222(DK030073k)
三井組家宰三野村利左衛門ニ勧メ三井組バンク設立ヲ大蔵省ニ出願セシム。八月政府之ヲ許可ス。幾クモナクシテ政府ノ議変ジ、其許可ヲ取消ス。コハ大蔵省ニ於テ井上大輔及ビ栄一等進ンデ完全ナル銀行制度ノ創設草案ヲ編纂中ナリシ為ナリ。
明治四年辛未八月四日
(1871年)
第3巻 p.222-223(DK030074k)
是ヨリ先、為替会社ノ監督ノ事ニ関与セシガ、其ノ健全ナル発達ノ不可能ナルヲ見透シ、是日在米通商正中島信行等ヘ書翰ヲ寄セテ其旨ヲ報ズ。
明治四年辛未八月十三日
(1871年)
第3巻 p.223-224(DK030075k)
大蔵大丞ニ任ゼラル。
明治四年辛未八月十九日
(1871年)
第3巻 p.224-233(DK030076k)
大蔵省、職制及ビ事務章程ヲ改定ス。栄一ノ調査立案スル所ナリ。
明治四年辛未八月二十八日
(1871年)
第3巻 p.233-234(DK030077k)
是ヨリ先、改正掛□□非人等ノ称ヲ廃シテ平民籍ニ編入ス可キ事等ノ布告案ヲ起草ス。是日太政官布告トシテ公布セラル。栄一改正掛長トシテ之ニ与ル。
明治四年辛未八月
(1871年)
第3巻 p.234(DK030078k)
改正掛廃止セラル。
明治四年辛未八月
(1871年)
第3巻 p.234-244(DK030079k)
大蔵卿大久保利通ノ諮問ニ対ヘテ国家ノ歳入未ダ定マラザルニ各省経費ノ定額ヲ設クルノ不可ナル所以ヲ切論ス。容レラレズ。乃チ去ツテ大蔵大輔井上馨ヲ訪ヒ挂冠ノ意ヲ告グ。馨慰諭シテ大阪造幣局ニ出張セシム。
明治四年辛未九月二十九日
(1871年)
第3巻 p.244-245(DK030080k)
是ヨリ先、大坂出張ヲ仰付ケラレシガ、是日古金銀預証券ノ事、造幣寮ノ事、出納寮支署ノ事、営繕寮支署ノ事、為替座ノ事等ニ付キ公務処弁ノ事宜ヲ具申ス。
明治四年辛未九月
(1871年)
第3巻 p.245-255(DK030081k)
是ヨリ先、大蔵省改正掛ノ立案ニ基キ栄一編述スル所ノ立会略則、福地源一郎訳述スル所ノ会社弁ヲ府県ニ頒示ス可キヲ太政官ニ稟議シ、本年六月十八日其裁可ヲ得タリシガ、是月之ヲ刊行ス。栄一会社弁ニモ叙ス。
明治四年辛未九月
(1871年)
第3巻 p.255-262(DK030082k)
大蔵省戸籍寮中ノ判理局ヲ独立ノ一局タラシメ、外債ニ関スル審判ヲ掌ラシム。栄一等ノ建議スル所ナリ。六年四月廃止ス。
明治四年辛未九月
(1871年)
第3巻 p.262-263(DK030083k)
是ヨリ先、明治三年六月十五日附横浜通商司ハ、従来ノ洋銀為替札ノ製方粗悪ニシテ贋製ノ憂アルヲ以テ英国ニ注文シテ作製セシメンコトヲ請願シ、栄一其ノ決裁ニ与リシガ、是月英国ヨリ送リ越シタルヲ以テ、栄一其ノ下付方ニ関与ス。
明治四年辛未十月二日
(1871年)
第3巻 p.263-264(DK030084k)
大坂ヨリ井上大蔵大輔ニ書状ヲ贈リ、東京横浜為替会社金券増発ノ件等ニ関シ意見ヲ具申ス。
明治四年辛未十月十五日
(1871年)
第3巻 p.264-271(DK030085k)
是ヨリ先、栄一政府所有ノ古金銀ヲ引換準備トスル兌換証券ヲ三井組ヲシテ発行セシメントシ、三野村利左衛門ニ勧メ、大久保大蔵聊・井上大蔵大輔ニ謀リ、本年九月大蔵卿及ビ大輔ノ名ニ於テ正院ニ伺ヒ、其裁可ヲ得タリシガ、是日三種ノ証券ヲ発行ス。
明治四年辛未十月二十日
(1871年)
第3巻 p.271-276(DK030086k)
是ヨリ先下阪シ、造幣寮ノ事務ニ鞅掌セシガ、是日造幣寮中出納寮処務準序及ビ金銀地金買入規則ヲ定ム。栄一ノ立案スル所ナリ。
明治四年辛未十月二十日
(1871年)
第3巻 p.276-277(DK030087k)
大蔵大輔井上馨・大蔵少輔吉田清成ノ名ヲ以テ、新貨幣為替座ヲ三井組ニ命ズ。之ニ関スル規約ハ栄一在阪中ノ調査・立案ニ係ル。
明治四年辛未十一月二十二日
(1871年)
第3巻 p.277-283(DK030088k)
父市郎右衛門逝ク。法諡シテ晩香院藍田青於居士ト曰フ。
明治四年辛未十一月
(1871年)
第3巻 p.283(DK030089k)
是ヨリ先下阪シ、省務ニ鞅掌セシガ、是月神戸為替会社金券ヲ調査シ、遣出残ノ分弐拾弐万両ヲ差出ス可キコトヲ命ズ。
明治四年辛未十二月九日
(1871年)
第3巻 p.283-284(DK030090k)
大蔵省各寮ニ関スル事務ヲ、丞官ニ分課ス。栄一造幣寮・紙幣寮・統計寮・駅逓寮・ニユーヨーク往復・フランクホールド往復ノ事務担当ヲ命ゼラル。
明治四年辛未十二月十日
(1871年)
第3巻 p.284-290(DK030091k)
古金銀預証券ノ発行ヲ布告ス。栄一ノ立案スル所ナリ。
明治四年辛未十二月十二日
(1871年)
第3巻 p.290-291(DK030092k)
従五位ニ叙セラル。
明治四年辛未十二月十八日
(1871年)
第3巻 p.291(DK030093k)
紙幣頭ニ兼任ス。
明治四年辛未十二月二十四日
(1871年)
第3巻 p.291(DK030094k)
是ヨリ先、明治四年十二月十八日肥前伊万里県ノ藩士等暴動ス。時ニ県令欠員タリシヲ以テ、栄一山岡鉄太郎ヲ推挙セシガ、是日山岡ハ同県権令ヲ命ゼラレ、五年正月赴任ス。
明治四年辛未十二月二十四日
(1871年)
第3巻 p.292-293(DK030095k)
大蔵大輔井上馨ニ書翰ヲ呈シ、其大阪出張中ニ於ケル本省ノ公務取扱方ノ順序ニ付キ指令ヲ仰グ。
明治四年辛未十二月二十七日
(1871年)
第3巻 p.293-295(DK030096k)
是ヨリ先、明治三年六月大蔵省ハ紙幣改正ノ事ヲ建議シ、太政官之ヲ容レテ同年十月五千万円ノ紙幣製造ヲ独逸ニ注文シ、尋イデ四年七月廃藩置県ニ際シ旧藩札整理ノタメニ更ニ五千万円ノ増注文ヲ発シタリ。是日、新紙幣ヲ五年二月十五日ヨリ発行ス可キコトヲ布告ス。栄一此議ニ与ル。
明治四年辛未十二月
(1871年)
第3巻 p.295-298(DK030097k)
居ヲ神田小川町裏神保小路ニ移ス。
明治五年壬申一月十四日
(1872年)
第3巻 p.298-303(DK030098k)
一月十四日
開拓使兌換証券ノ発行ヲ布告ス。栄一之ニ関与ス。
明治五年壬申一月十四日
(1872年)
第3巻 p.303-304(DK030099k)
為替会社ノ請願ニヨリ其入用分ヲ払フ可キコトヲ出納寮吏僚ニ談ズ。
明治五年壬申正月
(1872年)
第3巻 p.304-306(DK030100k)
曩ニ明治二年五月箱館ニ於テ降伏セル渋沢成一郎本年正月六日特命ヲ以テ赦免セラル。栄一家人ヲシテ之ヲ迎ヘシメ、大イニ之ヲ款待ス。
明治五年壬申正月
(1872年)
第3巻 p.306-309(DK030101k)
政府米穀輸出ヲ許シタルガ、其入札方法ニ付キ諸国公使ヨリ抗議アリシヲ以テ、栄一之ガ解決ニ当ル。
明治五年壬申二月十二日
(1872年)
第3巻 p.309-311(DK030102k)
大蔵大丞ヲ免ジ、大蔵省三等出仕ヲ仰付ケラレ、大蔵少輔事務取扱ヲ命ゼラル。紙幣頭ヲ兼ヌルコト元ノ如シ。コヽニ於テ栄一事実上ノ大蔵次官ノ地位ニ立テリ。
明治五年壬申二月二十日
(1872年)
第3巻 p.311-321(DK030103k)
澳国博覧会御用掛ヲ仰付ケラレ、養蚕書ヲ編纂ス。
明治五年壬申二月
(1872年)
第3巻 p.321-323(DK030104k)
是ヨリ先、造幣寮ニ輸送セラルヽ地金銀欠乏ス。仍テ当局者ハ一時権宜ノ方法トシテ、是月三井組・為替会社及ビ東洋銀行等ノ外国銀行ニ命ジ、旧金銀貨ヲ買収セシメ、以テ鋳造ノ材料ニ供ス。是レ栄一ガ参議大隈重信・大蔵大輔井上馨等ヲ助ケテ施設スル所ナリ。
明治五年壬申三月四日
(1872年)
第3巻 p.323-326(DK030105k)
是ヨリ先、本年二月二十六日火災ノ為丸ノ内・京橋等灰燼ニ帰スルヤ、正院災地ニ煉瓦家屋ヲ建築セントシ、経費ノ支出ヲ大蔵省ニ命ズ。栄一大蔵大輔井上馨等ト謀リ、省中吏員各分ニ応ジテ義捐シ、煉瓦家屋建築及ビ貧窮者救恤ノ資金ニ充テントシテ、是日井上ノ名ニヨリテ正院ニ稟請シ、其許可ヲ得タリ。此時栄一省中醵出ノ外別ニ金百円ヲ東京府ニ寄附ス。
明治五年壬申三月二十九日
(1872年)
第3巻 p.326-327(DK030106k)
造幣寮・戸籍寮・土木寮・出納寮・紙幣寮・検査寮・記録寮・正算寮・諸務寮・負債掛ノ事務担任ヲ命ゼラル。
明治五年壬申三月
(1872年)
第3巻 p.327(DK030107k)
大蔵省廃藩置県後ノ施政ヲ視察セシメンガ為ニ諸県巡回掛ヲ派遣スルニ当リ、栄一大蔵大輔井上馨ト謀リ条目ヲ制定シテ之ヲ交付ス。
明治五年壬申四月七日
(1872年)
第3巻 p.327-337(DK030108k)
是ヨリ先、明治四年八月三井八郎右衛門等十八名相謀リ、関西鉄道会社ヲ創立シテ京都大阪間ニ鉄道ヲ敷設センコトヲ京都府ニ出願シテ允許セラレ、又鉄道敷設工事ヲ工部省ニ託シ、会社株券七十万円ノ募集促進ヲ図リ、且ツ其工事費ヲ支弁センコトヲ大蔵省ニ請ヒテ許サル。然ルニ工部省ハ実地調査ノ結果工事予算ヲ百三十一万四千八百余弗ト見積リ、之ヲ大蔵省ニ諮ルヤ、大蔵省ハ会社ノ資力到底斯カル増額ヲ弁ジ難キヲ慮リ、是日省議ヲ以テ敷設工事費ノ軽減ヲ工部省ニ交渉ス。栄一終始其局ニ当リ折衝甚ダ勉ム。
明治五年壬申四月
(1872年)
第3巻 p.337-339(DK030109k)
大蔵大輔井上馨ト共ニ太陽暦ニ改ムベキコトヲ正院ニ建議ス。政府之ヲ容レ、同年十一月九日改暦ノ詔ヲ発シテ、太陽暦ヲ採用ス。
明治五年壬申四月
(1872年)
第3巻 p.339-366(DK030110k)
是ヨリ先、明治四年七月政府盛岡藩ノ債務ヲ継承スルニ及ビ、大蔵省同藩用達村井茂兵衛ノ採掘権ヲ有スル秋田県尾去沢銅山ヲ差押ヘ、後之ヲ上納セシメテ是月岡田平蔵ヲシテ採掘ニ従事セシム。当時井上馨大蔵大輔ヲ以テ其局ニ当リ、栄一等モ之ニ与リシガ、其間ニ私曲アリトノ嫌疑ヲ受ケタリ。尋イデ六年十二月十八日村井ハ司法省裁判所検事局ニ出訴シ、井上及ビ栄一等数名連坐ス。明治八年十二月二十六日東京上等裁判所判決ヲ下シ、之ヲ紙幣大属川村選ノ大蔵省十等出仕ニテ判理局出仕中ノ過誤ナリトシ、同人ニ罰俸三ケ月ヲ申付ケ、大蔵省ヨリ二万五千円ヲ村井ニ還付シ、井上ニハ川村ノ第三従トシテ懲役二年ニ代フルニ贖罪金参拾円ヲ申付ケ、栄一等数名ハ無罪トナル。
明治五年壬申五月三日
(1872年)
第3巻 p.366-369(DK030111k)
是ヨリ先、在横浜 Walsh Hall & Co. ヨリ日本蚕糸業ニ関シ建議書ヲ提出ス。栄一之ヲ翻訳セシメテ訂正ヲ加ヘ「蚕紙生糸ノ説」ト題シ、是日之ヲ大蔵省ヨリ刊行ス。
明治五年壬申五月十三日
(1872年)
第3巻 p.369-370(DK030112k)
是ヨリ先、明治四年四月、尋イデ同年六月栄一等ハ在米大蔵少輔伊藤博文ニ銀行紙幣一千万円ノ製造ニツキ命令セシガ、是日栄一等在米中島信行ニ対シ更ニ五百万円ノ増製ノ命令書ヲ発シタリ。
明治五年壬申五月二十一日
(1872年)
第3巻 p.370-375(DK030113k)
栄一大蔵大輔井上馨ト謀リ、是日三井八郎右衛門小野善助及ビ三共・小野両組ノ番頭手代ヲ井上邸ニ招致シ、両組共同ニテ国立銀行ヲ創立センコトヲ告諭ス。此以前ヨリ両組不和ナリシモ、是ニ依テ已ムヲ得ズ六月ニ至リ両組連署シテ国立銀行ノ創立願書ヲ大蔵省紙幣寮ニ提出ス。
明治五年壬申五月
(1872年)
第3巻 p.375-384(DK030114k)
出納頭得能良介会計ノ記帳ニ洋式ヲ用フルヲ難ジテ、洋式ヲ可トスル栄一ト論争シ、腕力ヲ以テ迫ル。栄一之ニ応フルニ穏言ヲ以テシ、得能ヲシテ暴行ヲ止メシム。
明治五年壬申五月
(1872年)
第3巻 p.384-387(DK030115k)
神奈川県令陸奥宗光田租改正ニ付建議ス。大蔵大輔井上馨及ビ栄一等其ノ審議ニ当リシガ、其事ノ重要ナルニ鑑ミ、之ヲ広ク衆議ニ問フノ必要アルヲ認メ、同年七月租税頭ヲシテ各地方官ニ達シテ其意見ヲ徴セシム。
明治五年壬申六月二日
(1872年)
第3巻 p.387-388(DK030116k)
兼紙幣頭ヲ免ゼラル。
明治五年壬申六月七日
(1872年)
第3巻 p.388-393(DK030117k)
是ヨリ先、本年三月以降開拓使ハ百拾万円ノ正金兌換証券ヲ増発センコトヲ正院ニ禀請セシガ、是日栄一大蔵大輔井上馨等ト共ニ之ニ反対シ、新紙幣ヲ貸下グベキ旨ヲ正院ニ答申ス。栄一等ノ意見採用セラレ、正院ハ証券製造ノ代リトシテ新紙幣百拾万円ヲ貸付スル旨ヲ達シ、八月二十二日栄一等ハ開拓次官黒田清隆ト新紙幣貸付ノ約定書ニ調印ス。
明治五年壬申六月九日
(1872年)
第3巻 p.393-394(DK030118k)
是ヨリ先、大蔵大輔井上馨等ト共ニ華士族家禄及ビ賞典禄処分ノ事ヲ謀ル。是日滞英中ノ大蔵少輔吉田清成ニ井上等ト連署ノ書状ヲ寄セ、禄制処分ノ苦心多キ事情ヲ報ズ。
明治五年壬申六月九日
(1872年)
第3巻 p.394-491(DK030119k)
是ヨリ先、本年二月大蔵少輔吉田清成七分利付外国公債募集ノ為理事官トシテ渡米、尋イデ五月渡英シ、参議大隈重信、大蔵大輔井上馨、栄一及ビ大蔵省三等出仕上野景範等ヘ公書ヲ寄セタリシガ、是日栄一井上大輔及ビ上野三等出仕ト連署シテ吉田理事官ヘ公書ヲ発ス。爾後六年ニ至ル迄栄一等ト吉田等トノ間ニ屡バ公書ヲ往復シテ其事ヲ議ス。明治六年一月之ガ発行ニ成功ス。
明治五年壬申六月
(1872年)
第3巻 p.491-496(DK030120k)
杉浦靄山ト共著ニ係ル航西日記六巻刻成ル。
明治五年壬申六月
(1872年)
第3巻 p.496(DK030121k)
製紙事業ヲ興サントシ、井上馨・上野景範ト連名ニテ正院ニ建議ス。尋イデ三井・小野・島田三組其他ヲ慫慂シ、妹婿渋沢才三郎ヲモ加ヘ、合本組織ヲ以テ抄紙会社ヲ設立センコトヲ計画ス。
明治五年壬申六月
(1872年)
第3巻 p.496-501(DK030122k)
創設準備金規則成ル。栄一之ニ与ル。
明治五年壬申六月
(1872年)
第3巻 p.501-502(DK030123k)
大蔵大輔井上馨・同三等出仕上野景範ト連名ニテ造幣寮開業以来ノ新貨幣出来高ヲ正院ニ具申ス。
明治五年壬申七月二十日
(1872年)
第3巻 p.502-505(DK030124k)
是ヨリ先、栄一改正掛長トシテ伝馬助郷ノ制ヲ改正スベキヲ議シ、略其ノ成案ヲ得タリシガ、後駅逓頭前島密ノ管掌スル所トナル。是日太政官伝馬所及ビ助郷ヲ廃スベキヲ布達ス。
明治五年壬申七月二十五日
(1872年)
第3巻 p.505-508(DK030125k)
租税寮中ニ地租改正局ヲ設ク。大蔵大輔井上馨及ビ栄一等相謀リテ立案スル所ナリ。改正局ハ全国租庸ニ属スル一切ノ旧規ヲ更新シ、新法ヲ創肇スル処ニシテ、改正スベキ諸件ハ寮頭及ビ改正局ヲシテ案ヲ具シ、卿輔ノ決判ヲ請ハシメタルヲ以テ、栄一井上大輔ト共ニ決判ノ任ニ当レリ。而シテ栄一等六年五月退官ニ至ルマデ決判セルモノ地券等ニ関スル事項甚ダ多シ。
明治五年壬申七月二十五日
(1872年)
第3巻 p.508-509(DK030126k)
是ヨリ先、京都府正院ニ建議シテ、本年五月二十二日ノ布達ノ如ク、名目金ニ付キ一切棄捐セシムルハ弊害アルヲ以テ右布達ヲ修正センコトヲ請フ。此建言ニ対シ大蔵大輔井上馨ハ七月十八日附修正ヲ要セザル旨正院ニ答申セシガ、是日栄一参事ノ心得ヲ以テ説得示談セシムルハ格別ナレド、取上ゲ裁許スルハ不可ナル旨中村大外史ヘ申稟ス。
明治五年壬申八月六日
(1872年)
第3巻 p.509-510(DK030127k)
三井・小野両組既ニ連署シテ国立銀行創立ヲ願出タレドモ、実ハ協同経営ヲ懌バズ、之ヲ辞セントノ意アルヲ以テ、栄一等ハ是日俄ニ為替方ヲ廃止シ、三井・小野組合銀行ヲ組織セシメテ為替方ノ事務ヲ玆ニ移シ、以テ其決心ヲ促セリ。
明治五年壬申八月十三日
(1872年)
第3巻 p.510-514(DK030128k)
太政官、大蔵省及開拓使正金兌換証券ノ内一円・五円・十円等裏面糊附ノ小印紙ヘ更ニ何円ノ名称ヲ加印セシメ、古金銀預証券ヘモ同様加印セシムルコト、並ニ五十銭・二十銭・十銭ノ小券ハ追々新紙幣ヲ以テ交換ス可キコト、ヲ布告ス。栄一大蔵大輔井上馨等ト共ニ之ニ与ル。
明治五年壬申八月十五日
(1872年)
第3巻 p.514-516(DK030129k)
政府嚮ニ三井八郎右衛門、小野善助等ノ出願セル国立銀行創立ヲ許可シ、既ニ組織セラレタル三井小野組合銀行ニ対シ第一国立銀行ノ名称ヲ公許ス。栄一、大蔵大輔井上馨等ト共ニ之ニ与ル。其ノ後モ実際ニ取扱ヘル事務ハ大蔵省ノ官金出納ニシテ、明治六年六月以後ノ第一国立銀行トハ性質ヲ異ニセルモノナリ。
明治五年壬申八月
(1872年)
第3巻 p.516-519(DK030130k)
造幣寮首長キンドル並ニ造幣権頭益田孝徳新鋳ノ金銀貨ニ竜顔ヲ彫鐫センコトヲ建議ス。栄一大蔵大輔井上馨ト共ニ之ヲ賛シ、十月正院ニ允許ヲ仰グ。許サレズ。
明治五年壬申九月一日
(1872年)
第3巻 p.520(DK030131k)
是日三野村利左衛門・斎藤純造、栄一ヲ訪レ、三井・小野両組協同経営ノ事決定シ、コレヨリ第一国立銀行ニ関スル大体ノ方針定マルニ至レリ。
明治五年壬申九月十二日
(1872年)
第3巻 p.520-528(DK030132k)
工部省ノ建設ニ係ル東京横浜間ノ鉄道竣成シ、是日 天皇陛下ノ臨幸ヲ仰ギテ開行式ヲ挙グ。栄一供奉ス。
明治五年壬申十月一日
(1872年)
第3巻 p.528-542(DK030133k)
大蔵省、銀行諸般ノ事務ヲ諮訽セントシテ、横浜東洋銀行ノ書記タリシ英人アレクサンダー・アーレン・シヤンド Alexander Allen Shandヲ向フ三箇年ノ契約ヲ以テ紙幣頭附属書記官ニ任命ス。栄一之ニ与ル。
明治五年壬申十月八日
(1872年)
第3巻 p.542-543(DK030134k)
正五位ニ叙セラル。
明治五年壬申十月十六日
(1872年)
第3巻 p.543(DK030135k)
長男篤二生ル。
明治五年壬申十月
(1872年)
第3巻 p.543-545(DK030136k)
大蔵省紙幣寮ヨリ出納寮ニ繰替貸ノ為メ新紙幣ヲ発行ス。栄一ノ発議ニ依ル。
明治五年壬申十一月十五日
(1872年)
第3巻 p.545-629(DK030137k)
是ヨリ先、大蔵省国立銀行条例ノ編成ニ着手シ、栄一之ガ調査・立案ニ当リシガ、明治五年六月十七日草案成リ太政官ニ上呈シタリ。太政官ハ同年八月五日ヲ以テ右条例ヲ認可シ、是日国立銀行条例発布セラレタリ。
明治五年壬申十一月二十八日
(1872年)
第3巻 p.629-637(DK030138k)
是ヨリ先、司法・文部両省経費定額ノ要求アリ。
大蔵大輔井上馨之ニ反対シ、疾ト称シテ登庁セズ。是日栄一モ亦辞表ヲ呈出ス。然レドモ、太政大臣三条実美ノ慰諭ニ依リテ事漸ク止ム。
明治五年壬申十一月
(1872年)
第3巻 p.637-643(DK030139k)
太政大臣三条実美各省主任者ヲ招キテ台湾征討ノ可否ヲ諮問ス。栄一大蔵大輔井上馨ニ代リテ出席シ、其不可ナル所以ヲ説ク。
明治五年壬申十一月
(1872年)
第3巻 p.643-645(DK030140k)
大蔵大輔井上馨等ト共ニ宮方負債ノ処分案ヲ定メ、宮方負債ハスベテ大蔵省ニ引受ケ、旧藩債ノ処分ニ準ジテ消却ノ方法ヲ立ツルニ決ス。
明治五年壬申十一月
(1872年)
第3巻 p.645(DK030141k)
第一国立銀行、株主募集ニ着手ス。
明治五年壬申十一月
(1872年)
第3巻 p.645(DK030142k)
三野村利助、古河市兵衛ノ名ヲ以テ抄紙会社設立願書ヲ大蔵省ニ提出ス。翌六年二月十二日許可セラル。抄紙会社ト称シ、資本金十五万円ト定ム。続イテ三月二十三日栄一立会ノ下ニ機械買入ニツキ在横浜亜米一商会ト正式ニ契約ヲナス。
明治五年壬申某月
(1872年)
第3巻 p.645-654(DK030143k)
参議西郷隆盛、栄一ヲ小川町邸ニ訪ネ旧相馬藩ノ興国安民法ノ存続ニ付栄一ニ謀ル。栄一之ヲ拒ム。
明治六年癸酉一月十二日
(1873年)
第3巻 p.654-658(DK030144k)
一月十二日
是ヨリ先、五年九月十八日工部少輔山尾庸三関西鉄道会社ノ資金ヲ工部省ニテ借上ゲ、京阪間ノ鉄道ヲ建築センコトヲ正院ニ建議シテ、許可セラル。栄一之ヲ以テ大蔵省ノ権限ヲ冒シ、会計ノ事務ヲ紊スモノト為シ、正院ニ抗議ス。是日正院ヨリ自今鉄道ノ建設ハ民間会社ニ一任シ、其会社設立取扱方ヲ大蔵省ニ委任スベキコトヲ発令ス。尋イデ同年十二月二十八日大蔵省ノ稟申ニ因リ関西鉄道会社遂ニ解散セシメラル。
明治六年癸酉一月十五日
(1873年)
第3巻 p.658-660(DK030145k)
滞欧中ノ大蔵卿大久保利通及ビ工部大輔伊藤博文ニ書ヲ送リ、大蔵省内ノ事情ヲ報ジテ、其対策ヲ熟慮センコトヲ求ム。
明治六年癸酉一月下旬
(1873年)
第3巻 p.661-662(DK030146k)
租税頭陸奥宗光ト共ニ富岡製糸場ヲ視察シ、租税権大属尾高惇忠等ヲシテ該製糸場ヲ管セシム。
明治六年癸酉三月三日
(1873年)
第3巻 p.662-670(DK030147k)
藩債処分法公布セラル。尋イデ本月二十五日新旧公債証書発行条例発布セラル。共ニ栄一ノ関与スル所ナリ。
明治六年癸酉三月八日
(1873年)
第3巻 p.670-674(DK030148k)
是ヨリ先、神戸居留地在留ノ外国人等瓦斯製造所ヲ建設センコトヲ兵庫県令神田孝平ニ出願シテ許サル。大蔵省初メ其県令ノ独断許可セルニ慊ラサリシモ遂ニ之ヲ外務省ニ移牒シ正院ニ具申シテ許可セントシ、是日栄一情ヲ具シテ之ヲ大阪滞在中ノ大蔵大輔井上馨ニ報告ス。
明治六年癸酉三月十七日
(1873年)
第3巻 p.674-693(DK030149k)
是ヨリ先、明治五年十一月国立銀行条例公布ノ後、大蔵大輔井上馨ト共ニ為替会社ノ処分ニ当リシガ、是日西京・大阪・神戸・大津・敦賀ノ五為替会社ノ処分ヲ了セリ。其他ノ為替会社ノ処分ハ栄一等退官ノ後ニ行ハレタリ。
明治六年癸酉三月三十日
(1873年)
第3巻 p.693-699(DK030150k)
是ヨリ先、明治三年十二月在米大蔵少輔伊藤博文公債証書発行ノ議ヲ建ツルヤ、之ヲ担保トシテ銀行紙幣ヲ発行セントス。栄一等評議ノ結果公債証書ヲ発行シテ之ヲ其所有者ニ交付スルト共ニ、之ヲ抵当トシテ銀行紙幣ヲ発行セシムルコトトナシ、国立銀行条例稟議ノ翌日引続キテ之ヲ稟議シ、是日金札引換公債証書発行条例公布セラル。
明治六年癸酉四月二日
(1873年)
第3巻 p.699-701(DK030151k)
是ヨリ先、大蔵大輔井上馨等ト共ニ家禄及ビ賞典禄処分ノ事ヲ謀ル。是日在米ノ大蔵少輔吉田清成ニ井上ト連署ノ書翰ヲ寄セ、禄制処分ノ議略決定セルヲ報ズ。
明治六年癸酉四月
(1873年)
第3巻 p.701-719(DK030152k)
大蔵省議事章程ヲ頒布シテ各地方ノ長次官七十余名ヲ会シ、井上大蔵大輔議長トナリテ地方要務ノ諸件ヲ議ス。栄一章程ノ題言ヲ草シ、会議ニ与ル。議題ノ最モ重大ナルモノハ地租改正ノ方法ナリシガ、審議ノ結果石盛・検見ヲ廃シ、地価賦税ノ画一ナル新法ヲ実施スルニ決ス。是ニ於テ議長ハ議員中若干名ヲ委員ニ選ビテ、地租改正法ヲ起草セシメ、案成ルニ及ビ栄一井上大輔ト共ニ審議シ、将ニ正院ノ決ヲ仰ギテ之ヲ公布セントスルニ際シ、栄一井上大輔ト共ニ辞職シタルヲ以テ、其ノ施行ハ新ニ大蔵事務総裁トナレル参議大隈重信ニヨリテ行ハレタリ。
明治六年癸酉五月四日
(1873年)
第3巻 p.719-741(DK030153k)
是ヨリ先、各省経費増額ノ要求益々烈シ。大蔵大輔井上馨極力論争シタレドモ、遂ニ拒ム能ハズ。乃チ五月三日ニ至リ辞意ヲ決シ、吏僚ヲ集メテ之ヲ告グ。栄一之ニ同ジ、是日辞表ヲ奉呈ス。十四日願ニ依リ出仕ヲ免ゼラル。
明治六年癸酉五月七日
(1873年)
第3巻 p.741-779(DK030154k)
大蔵大輔井上馨ト連署シテ奏議ヲ上リ、政府財政ノ基礎ヲ確立ス可キ必要ヲ痛論ス。其書新聞紙上ニ現ハルヽニ及ビ、物議大イニ起リ、太政大臣三条実美・大蔵省事務総裁参議大隈重信ノ奏議ニ対スル反駁書ヲ各省使府県等ニ達示ス。