デジタル版「実験論語処世談」(4) / 渋沢栄一

4. 大久保卿に反抗す

おおくぼきょうにはんこうす

(4)-4

 新政府当時の財産状態は頗る不確実不統一のもので、歳入は約四千万円もあつたらうが、之とても明瞭でなく、歳出は殆ど攫み払ひと云つたやうな風を帯び、収納がありさへすれば何んでもやるが、無い時には廃めて置くといふ如き実状にあつた。私は、これではならぬ、如何しても財政整理を断行すべきであると思ひ込み、種々苦慮して、歳入の統計を作り之に応じて歳出を調節せんものと、私が大蔵次官といつたやうな格で諸事工夫し、中村清行が専ら調査統計の任に当つたがそれの未だ出来上りもせぬうちに、約四千万円ばかり不確実な歳入中から、陸海軍合して一千五十万円の経費を支出しようといふのが大久保大蔵卿の意見で、之により私が折角工夫中の財政計画を滅茶滅茶にされてしまふ事になつたから、私もグツと癪に障り、大久保卿の此の意見には反対せざるを得なかつたのである。
 依て私は諮問会議の席上に於て、大久保卿に対し、自分の反対意見を述べたのであるが、総じて財政は「量入為出」を以て原則とせねばならぬ、国家の財源が豊かになりさへすれば「為出量入」の方針を取るも敢て妨げなきに至るやも知れざれど、当時は未だ斯る状態に国家の資源が発達して居らぬ、然るに、歳入の精確なる統計も未だ分明せざるに先ち、兵事は如何に国家の大事なればとて、之が為一千五十万円の支出を匆卒の間に決するなぞとは以ての外のことで、本末顛倒の甚しきものである。宜しく統計が出来上り、歳入額の明白になつた後に於て、徐ろに事の軽重を詮衡し、之に応ずる支出額を決定すべきである、といふのが私の述べた意見である。

全文ページで読む

キーワード
大久保利通, 反抗
デジタル版「実験論語処世談」(4) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第6(渋沢青淵記念財団竜門社, 1968.11)p.664-668
底本の記事タイトル:一九五 竜門雑誌 第三二八号 大正四年九月 : 実験論語処世談(四) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第328号(竜門社, 1915.09)
初出誌:『実業之世界』第12巻第14号(実業之世界社, 1915.07.15)