デジタル版「実験論語処世談」(4) / 渋沢栄一

1. 頼山陽の文に感動させらる

らいさんようのぶんにかんどうさせらる

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 敢て天命を知つたといふほどでも無いが、明治元年六月以来、旧主の徳川慶喜公に対し情義を全うして終りたいとの一念より、仮令一時は召されて止むなく新政府に仕へたことがあつたにしろ、全く仕官の念を廃し、政治方面に功績を挙げようとの望みを全然絶つてしまひ、明治六年以後は、如何に勧められても官に就く事を断然御断りして今日に至つた次第は、前回までに縷々申述べた通りであるが、私が斯く決心するに当つて、非常に私を感動さした、有力なる一つの刺戟がある。
 私が明治元年仏蘭西より帰朝致してから後、当分、その頃駿府と申した静岡に隠退して居つたことはこれも既に申述べて置いてあるが、その静岡に引つ込んでる時に、私は頼山陽の書いた甲州の貞女おまさに就ての文を読んだのである。

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キーワード
頼山陽, , 感動
デジタル版「実験論語処世談」(4) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第6(渋沢青淵記念財団竜門社, 1968.11)p.664-668
底本の記事タイトル:一九五 竜門雑誌 第三二八号 大正四年九月 : 実験論語処世談(四) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第328号(竜門社, 1915.09)
初出誌:『実業之世界』第12巻第14号(実業之世界社, 1915.07.15)