デジタル版「実験論語処世談」(4) / 渋沢栄一

7. 孝は子に強ふべからず

こうはこにしうべからず

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 却説、これから又論語の談話に移るが、孔夫子は茲に挙げた「為政篇」の章句によつても明かなる如く、孝道の事に就て屡〻説かれて居る。然し親から子に対して孝を励めよと強ひるのは、却て子をして不孝の子たるに至らしむるものである。私にも、不肖の子女が数人あるが、それが果して将来如何なるものか、私には解らぬ。私とても子女説き等[子女等]に対して時折「父母は唯その疾を之れ憂ふ」といふやうな事を[、説き]聞かせもする。それでも、決して孝を要求し、孝を強ひるやうな事は致さぬことにして居る。親は、自分の思ひ方一つで、子を孝行の子にしてもしまへるが、又不孝の子にもしてしまふものである。自分の思ふ通りにならぬ子を、総て不孝の子だと思はばそれは大なる間違で、皆能く親を養ふといふ丈けならば、犬や馬の如き獣類と雖も猶且つ之を能くする。人の子としての孝道は、斯く簡単なるものであるまい。親の思ふ通りにならず、絶えず親の膝下にあつて親を能く養ふやうな事をせぬ子だからとて、それは必ずしも不孝の子で無い。

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デジタル版「実験論語処世談」(4) / 渋沢栄一
底本:『渋沢栄一伝記資料』別巻第6(渋沢青淵記念財団竜門社, 1968.11)p.664-668
底本の記事タイトル:一九五 竜門雑誌 第三二八号 大正四年九月 : 実験論語処世談(四) / 青淵先生
底本の親本:『竜門雑誌』第328号(竜門社, 1915.09)
初出誌:『実業之世界』第12巻第14号(実業之世界社, 1915.07.15)